コンフリクトマネジメントは、職場で起きる対立を無くすのではなく、扱い方を選んで管理する考え方です。この記事では、辞書と組織研究の定義、対立が生まれる原因と進み方、Thomas-Kilmannの5つの対応モード、そして「課題の対立は業績に良い」という通説を研究がどう扱ってきたかを、原典の記述に沿って整理します。
まとめ:コンフリクトマネジメントの要点
- 対立は出来事ではなくプロセスとして扱います:Pondy(1967年)は対立を、潜在・知覚・感情・顕在・余波の5段階をたどるエピソードの連なりとして定義しました。表に出た口論だけでなく、その前の条件と後に残る影響も管理の対象です。
- 原因は「条件・認知・感情」の3つに分けると打ち手を選びやすくなります:国内の入門書で使われる分類で、資源や目標の食い違い、受け取り方の違い、感情の対立を区別します。
- 5つの対応は2つの軸から導かれ、どれか1つが常に正解ではありません:TKIは自分の関心を満たそうとする程度と相手の関心を満たそうとする程度で、競争(強制)・協調・妥協・回避・受容(服従)を定義します。公式サイトは「単一のスタイルだと特徴づけられる人はいない」と明記しています。
- 「課題についての対立なら業績に良い」は条件付きです:2003年のメタ分析は課題の対立とチーム業績の平均相関をマイナス0.23と報告し、2012年のメタ分析(116研究)は強い負の関連を見つけませんでした。117チームの研究では、心理的安全性が高い条件でだけ課題の対立と業績が正に関連しました。
- 選び方の判断軸はPMBOKガイドに5つ示されています:重要度と激しさ、時間的な切迫度、力関係、関係維持の重要度、長期か短期かの動機です。
コンフリクトマネジメントの意味:辞書の語義と研究上の定義
日本語の解説では「対立を建設的に解決する取り組み」という説明が広く使われますが、どの資料の定義に依るのかは記事ごとに異なります。社内で言葉を揃えるときは、採用する定義の出どころを先に決めておくと早く済みます。
日本語の辞書での語義:衝突・葛藤と、IT用語としての競合
コトバンクの「コンフリクト」には3つの辞書の記述が並びます。小学館のデジタル大辞泉は、第1の語義を「意見・感情・利害の衝突。争い。論争。対立。」とし、第2の語義として「コンピューターで、複数のタスクが同時に同じファイルやメモリ領域を利用して競合する状態」を挙げています。国語辞典の段階で、対人の意味とIT用語の意味が併記されている語です。
精選版日本国語大辞典は「(意見などが)衝突すること。葛藤。また、争い。闘争。」と記し、用例の出典としてアルス新語辞典(1930年)を挙げています。近年の経営用語として入ってきた語ではありません。日本大百科全書(ニッポニカ)は、コンフリクトの項目から心理学用語の「葛藤」へ送っています。
英語 conflict の語義:対立・武力衝突・両立しない状態
Cambridge Advanced Learner’s Dictionaryは、名詞の conflict を可算・不可算の両方で使う語として扱い、複数の語義を並べています。
| 語義(Cambridge) | 日本語での対応 | 職場で使うか |
|---|---|---|
| opposing opinions or principles の間の不一致 | 対立、意見の衝突 | 使う |
| 集団や国家の間の fighting | 武力衝突、紛争 | 使わない |
| 両立できない beliefs, needs, facts の状態 | 両立不能、板挟み | 使う |
| conflict of interest(連語) | 利益相反 | 使う |
最初の語義の原文は「an active disagreement between people with opposing opinions or principles」です。active(現に起きている)という語が入っているので、意見が違うだけの状態ではなく、違いが表に出て相互作用が生じている状態を指します。
心理学の「葛藤」:レヴィンが示した3つの型
心理学で conflict は、主に一人の人の中で動機がぶつかる「葛藤」を指します。コトバンクの「葛藤」に収録された『最新 心理学事典』は、二つ以上の動機(目標)が競合することを葛藤と呼び、レビン(Kurt Lewin)が『パーソナリティの力学説』(1935年)で次の3つの型を指摘したと説明しています。
- 接近‐接近型:異なる二つの目標が、それぞれ等しい正の誘意性(引きつける力)を持つ状態。一方を選べば比較的容易に解決されるとされます。
- 回避‐回避型:負の誘意性を持つ二つの目標にはさまれた状態。事典は「前門の虎,後門の狼」と表現しています。
- 接近‐回避型:一つの目標が正と負の誘意性を同時に持つ状態。
同じ項目の日本大百科全書は、多くの心理学のテキストがこの3つに「二重の接近‐回避葛藤」を加えた4つのパターンで説明していると書いています。職場の対立を扱うコンフリクトマネジメントは人と人の間の対立が対象ですが、異動の打診を受けた本人の迷いのように、個人の中の葛藤が対人の対立の手前にあることも少なくありません。「コンフリクト」と言ったときにどちらを指すのか、社内では言葉を添えて書き分けておくと読み違いを防げます。
研究上の定義:対立は出来事ではなくプロセス
組織研究では、対立を一回の口論ではなく、継続する過程として定義します。De Dreu と Weingart による2003年のメタ分析論文は、冒頭で対立を「the process resulting from the tension between team members because of real or perceived differences」と説明しています。実際の差異、または知覚された差異によって生じる緊張から結果として生じるプロセス、という定義です。
見落としやすいのが perceived(知覚された)という限定です。事実として利害がぶつかっていなくても、ぶつかっていると受け取られていれば対立は成立します。管理の対象には、資源配分や役割分担だけでなく、相手の意図をどう受け取っているかという解釈も含まれます。
コンフリクトレゾリューションとの違い
日本語では両方とも対立への対処を指して使われ、厳密には使い分けられていません。英語でも重なっていて、PMBOKガイドは回避や受容を含む5つを「対立を解消するための技法」として挙げ、TKIの原典は同じ5つを conflict-handling modes(対立への対応様式)と呼んでいます。呼び名が違っても中身の5区分はほぼ共通です。
社内で使い分けるなら、resolution(レゾリューション)を個々の争点の決着、management(マネジメント)を対立の扱い方全体の運用に割り当てると混同しません。前者は「この案件をどう決着させるか」、後者は「対立が起きたときに誰がどの順で扱うか、早い段階でどう拾うか」まで含みます。
Gitなどの技術文脈で使う「コンフリクト」との違い
ソフトウェア開発では、同じ箇所への変更が衝突してマージできない状態を「コンフリクト」と呼びます。対象は人ではなくファイルの差分で、解消手順も組織の対立とは別です。技術文脈での意味と解消手順はコンフリクトとは?Gitで変更が衝突する仕組みと解消手順・予防設計を実装視点で解説で扱っています。以降は職場の対立に限って説明します。
対立が起きる原因の分類:条件・認知・感情とPondyの5段階
原因を分けて捉えると、打ち手を選び違えにくくなります。国内の入門書で使われる3分類と、組織研究で引用されてきた段階モデルを並べます。
国内の入門書の3分類:条件の対立・認知の対立・感情の対立
日本能率協会マネジメントセンター編『異質な力を引き出す 対立のススメ 身近な事例で学ぶコンフリクト・マネジメント入門』(2015年)は、出版社の発売告知で、すべての対立を「条件の対立」「認知の対立」「感情の対立」の三つに分類し、解決の考え方と手順を事例で示す本だと説明しています。この3分類は国内の人事系の解説記事でも広く使われています。
| 分類 | 何がぶつかっているか | 職場での例 | 先に打つ手 |
|---|---|---|---|
| 条件の対立 | 予算・人員・期限・目標 | 2部門が同じ人員を取り合う | 資源と優先順位の決定者を決める |
| 認知の対立 | 事実の受け取り方・前提 | 同じ数字を一方は好調、他方は不調と読む | 事実と解釈を分けて書き出す |
| 感情の対立 | 不信・苛立ち・敵意 | 過去の経緯から相手の提案を退ける | 争点の議論と関係の修復を分ける |
表の「先に打つ手」は本記事の整理です。3つは同時に起きます。人員の取り合い(条件)が長引くと、相手が自部門を軽んじていると受け取られ(認知)、やがて相手の顔を見るだけで苛立つ(感情)状態に移ります。どの層から手を付けるかを決めずに話し合いの場だけを設けると、感情の対立が前に出たまま条件の議論が進みません。
Pondy(1967年)の5段階:潜在・知覚・感情・顕在・余波
対立の進み方を段階で示した古典が、Pondy の論文「Organizational Conflict: Concepts and Models」(Administrative Science Quarterly 12巻2号, 296〜320ページ)です。300ページで、対立のエピソードを次の5段階に分けています。括弧内は原文の付記です。
- 潜在的対立(latent conflict:conditions):対立の土台になる条件。原典は、希少な資源をめぐる競争、自律性の追求、下位組織の目標の相違の3つを基本型に挙げています。
- 知覚された対立(perceived conflict:cognition):当事者が対立を認識すること。
- 感じられた対立(felt conflict:affect):緊張や不安として経験されること。
- 顕在化した対立(manifest conflict:behavior):相手の目標達成を妨げる行動として表に出ること。
- 対立の余波(conflict aftermath:conditions):決着のしかたが、次の対立の条件として残ること。
前の章の3分類と見比べると、条件・認知・感情は Pondy の第1〜3段階に付けられた conditions・cognition・affect と重なります。同書が Pondy を下敷きにしたかどうかは発売告知からは確認できないため、ここでは対応が読み取れるという整理にとどめます。ただし、入門書の3分類は対立の内容を分ける枠組みで、Pondyの段階モデルと同一ではありません。条件・認知・感情が必ずこの順に進むとは扱わず、それぞれを点検する観点として使います。
原典には、そのまま運用の注意になる記述が2つあります。1つは知覚の段階について、潜在的な条件が無いのに対立が知覚されることも、条件があるのに誰も知覚しないこともあると書いた箇所です。前者は誤解が原因なので意思疎通の改善で解ける、という説明に続けて、Pondy は「当事者の本当の立場が対立しているなら、意思疎通を開いても対立を悪化させるだけかもしれない」と付け加えています。もう1つは余波の段階で、対立が解決されずに抑え込まれただけなら、潜在的な条件が悪化し、より深刻な形で噴き出すことがあるとしています。
チームの発達段階の中で対立が表に出る時期をどう扱うかはタックマンモデルは古い?5段階の原典論文と批判から見る今のチームでの使い方で扱っています。
研究上の3分類:課題・人間関係・プロセスの対立
何についての対立かで分ける分類として、ここでは Jehn の研究を取り上げます。1995年の論文(Administrative Science Quarterly 40巻2号, 256〜282ページ)は、人間関係の対立を「interpersonal incompatibilities among group members」(メンバー間の対人的な不適合で、緊張・敵意・苛立ちを含む)、課題の対立を「disagreements among group members about the content of the tasks being performed」(遂行中の業務の内容についての不一致)と定義しました。105の職場集団と管理チームから得た589件の回答を因子分析すると2因子が得られ、回答の分散の79パーセントを説明しています。
Jehn は1997年の論文で、6つの職場チームへの繰り返しの面接と観察から、3つ目の型として process conflict(プロセスの対立)を加えました。誰が何を担当するか、資源をどう割り当てるかといった、仕事の進め方についての不一致です。要旨は、人間関係の対立は業績と満足度に有害、プロセスの対立も業績に有害で、課題の対立の効果は対立の性質によって変わったと報告しています。さらに、課題の対立は受け入れるが人間関係の対立は受け入れないという規範を持つ集団が最も効果的だったとしています。
部門ごとの優先順位の違いは、まず課題の対立として現れます。担当者の姿勢や能力の問題として語られ始めると、人間関係の対立が混ざった状態に移ります。部門の縄張りとして固定化した状態の見分け方はセクショナリズムとは?意味・種類と対義語、縄張り意識・縦割りとの違いと解消策にまとめています。
課題の対立が役に立つ条件:業務の性質・規範・心理的安全性
対立がチームに有益かどうかは、対立の種類や業務の性質によって異なります。以下では、研究で確認された条件と限界を整理します。
定型業務と非定型業務での違い(Jehn 1995年)
Jehn の1995年の要旨は、対立が有益かどうかは対立の種類と、業務の性質・相互依存の度合い・集団の規範に依存したと述べています。きわめて定型的な業務を行う集団では業務についての不一致は集団の機能に有害でした。非定型の業務を行う集団では有害な影響が見られず、場合によっては有益でした。
どのチームに当てはめるかを決めずに「健全な対立を推奨する」と号令をかけると、手順が決まっている定型業務の部署では手戻りが増えるおそれがあります。対立を促す場は、答えが決まっていない企画や設計の議論に絞るのが原典に沿った使い方です。
「対立を率直に議論する規範」が有利でなかった結果
同じ要旨は、期待に反して、対立を率直に議論することを促す規範は常に有利ではなかったと記しています。そうした規範は人間関係の対立の件数と強度の増加と関連していた一方、メンバーが対立を建設的に扱う能力を高めはしなかった、という結果です。
論文が検証したのは規範と対立の関連で、研修の効果ではありません。そのうえで本記事は、「まず言い合える場を作る」施策を単独で置かず、伝え方の型を先に共有する順序を勧めます。言い方の組み立てはDESC法とは?4ステップの例文6場面とワークシートの書き方で扱っています。
心理的安全性が高いときにだけ見られた正の関連(Bradleyほか 2012年)
Bradley、Postlethwaite、Klotz、Hamdani、Brown の研究(Journal of Applied Psychology 97巻1号, 151〜158ページ)は、117のプロジェクトチームを分析しました。要旨によると、チームの心理的安全性の風土は課題の対立と業績の関係を調整し、心理的安全性が高い条件で課題の対立とチーム業績が正に関連しました。著者らは、心理的安全性が課題の対立による業績上の利点を引き出すと結論しています。
この研究は、心理的安全性が高い条件で課題の対立と業績が正に関連することを示しています。本記事では安全性を先に整える運用を勧めますが、これは研究結果を踏まえた実務上の提案です。この研究の結果が企業の職場にそのまま当てはまるかは、対象集団や業務条件を踏まえて確かめる必要があります。心理的安全性の定義と測り方は心理的安全性とは?エドモンドソンの定義と7つの質問、ぬるま湯組織との違いで整理しています。
対立が業績と満足度に与える影響:2つのメタ分析の数値
2003年のメタ分析が報告した4つの相関
De Dreu と Weingart のメタ分析は、2種類の対立がチーム業績とメンバー満足度にどう関係するかを統合しました。次の数値は測定誤差を補正した平均相関(論文表記はρ)で、Journal of Applied Psychology 88巻4号の745ページ・表2に載っています。
| 組み合わせ | 補正後の平均相関 | 研究数 |
|---|---|---|
| 人間関係の対立とメンバー満足度 | マイナス0.54 | 14 |
| 課題の対立とメンバー満足度 | マイナス0.32 | 12 |
| 人間関係の対立とチーム業績 | マイナス0.22 | 24 |
| 課題の対立とチーム業績 | マイナス0.23 | 25 |
論文の要旨は、この結果を「学術研究でも入門的な教科書でも示唆されてきた内容とは対照的に」、課題の対立とチーム業績・メンバー満足度の間にも強い負の相関が見られたと説明しています。一方で論文自身が、4つのうち3つで信用区間にゼロが含まれると注記しています。個々の研究のばらつきが大きいので、平均値を自社の1チームにそのまま当てはめる使い方には向きません。
2012年のメタ分析(116研究)が示した結論の違い
de Wit、Greer、Jehn による2012年のメタ分析(Journal of Applied Psychology 97巻2号, 360〜390ページ)は、116研究・8,880集団を対象に再集計しました。要旨は、人間関係の対立とプロセスの対立には集団の成果との安定した負の関係が見られた一方、De Dreu と Weingart の結果とは対照的に、課題の対立と集団業績の間に強い負の関連は見つからなかったと述べています。
課題の対立と業績の関係がより正の方向になった条件として、要旨は3つを挙げています。課題の対立と人間関係の対立の結び付きが比較的弱い研究、経営層のチーム(top management teams)を対象にした研究、業績を財務成績や意思決定の質で測った研究です。2003年の論文も、両者の相関が強いほど課題の対立と業績の負の関係が強くなると報告していました。2本に共通するのは、課題の対立が人格や態度の話に転化していないかどうかが分かれ目になっている点です。
5つの対応モードと選び方
2つの軸と5つのモード(Thomas-Kilmann)
対立への対応を5つに整理した枠組みが、Thomas-Kilmann Conflict Mode Instrument(TKI)です。共同開発者のKilmann Diagnosticsによる解説は、assertiveness(自分の関心を満たそうとする程度)と cooperativeness(相手の関心を満たそうとする程度)の2軸で行動を記述し、5つのモードを定義しています。国内の人事系の解説では、競争を「強制」、受容を「服従」と呼ぶ例が多く見られるため、表に併記します。
| モード | 国内での別の呼び名 | assertiveness | cooperativeness | 原典の説明の要点 |
|---|---|---|---|---|
| 競争(competing) | 強制 | 高い | 低い | 相手を犠牲にして自分の関心を追う |
| 協調(collaborating) | (同じ) | 高い | 高い | 双方の関心を完全に満たす解を探す |
| 妥協(compromising) | (同じ) | 中程度 | 中程度 | 双方を部分的に満たす便宜的な解 |
| 回避(avoiding) | (同じ) | 低い | 低い | どちらの関心も追わず対立を扱わない |
| 受容(accommodating) | 服従 | 低い | 高い | 自分の関心を後回しにする |
原典の記述で日本語の解説から落ちやすいのが、5つの相対関係です。妥協は「競争より多くを譲るが、受容より譲る量は少ない」とされ、同時に「回避より直接的に争点を扱うが、協調ほど深く掘り下げない」と位置づけられています。妥協は2軸の上で他の4つの中間に置かれています。回避についても、争点を外交的にかわす、より良い時期まで先送りする、脅威のある状況から退くという3つの形が挙げられ、単なる逃避とは書かれていません。
測定は30組の強制選択:タイプ診断との違い
TKIの技術資料(PDF)によると、TKIは30組の強制選択式項目で構成され、各項目で2つの文のうち自分の行動をよく表すほうを選びます。各モードは残りのモードと3回ずつ組み合わされ、素点は0から12の範囲に収まり、規準集団と比べたパーセンタイル得点に変換されます。回答時間は約15分です。
公式サイトは、私たちは誰でも5つの対応様式すべてを使うことができ、対立への向き合い方が単一のスタイルだと特徴づけられる人はいないと書いています。研修の結果を「Aさんは回避型」という固定的なラベルとして運用するのは原典から外れます。使いすぎているモードを控え、使えていないモードを選択肢に加えるための材料として扱います。
どのモードを選ぶかを決める5つの要因(PMBOKガイド)
PMIが公開するPMBOKガイド第8版第2刷の正誤表(PDF・Section 5 Tools and Techniques, 157ページ)は、対立解消の技法を5つ挙げ、「それぞれの技法に固有の位置と用途がある」と述べたうえで、選択に影響する要因として次を並べています。
- 対立の重要度と激しさ
- 解決までの時間的な切迫度
- 関係する人々の相対的な力関係
- 良好な関係を維持することの重要度
- 対立を長期的に解決したいのか短期的に収めたいのかという動機
技法の名称は Withdraw/avoid、Smooth/accommodate、Compromise/reconcile、Force/direct、Collaborate/problem-solve で、TKIの5モードとほぼ対応します。期限が迫っていて決定権が一方に偏っている場面では、双方の関心を十分に検討する時間を確保できるか確認し、確保できなければ暫定判断と継続協議を分けます。
設例:開発部門と運用部門のリリース日程の対立
以下は、5つの要因からモードを選ぶ手順を示すために本記事が作った設例で、実在の企業の事例ではありません。
開発部門は、営業が顧客と約束した月末に新機能をリリースしたいと考えています。運用部門は、監視の設定と障害時の手順書が間に合わないため、翌月に延ばしたいと主張しています。Pondy の段階で言えば、速度と安定という目標の相違(潜在)が、リリース判定の会議で表に出た(顕在)状態です。
| 要因 | この設例での確認結果 |
|---|---|
| 重要度と激しさ | 高い。顧客への約束と障害時の影響の両方がある |
| 時間的な切迫度 | 高い。月末まで2週間 |
| 力関係 | 両部門は同格。決定権は事業部長にある |
| 関係維持の重要度 | 高い。今後も毎月リリースで協業する |
| 長期か短期か | 両方。今回の日程と、今後の判定基準 |
この確認結果からは、今回の日程は妥協で決め、今後の判定基準は協調で作る、という2段の決着が導けます。たとえば限定公開に必要な監視・障害対応・ロールバックの条件を満たせる場合に限り、月末は対象顧客を絞って公開し、全体公開の条件が整った時点で広げます。限定公開の条件も満たせなければ延期します。並行して、リリース可否を判定する条件(監視項目、手順書、ロールバックの確認)を両部門で文書にします。どちらか一方の部門長が押し切る競争(強制)は、関係維持の重要度が高いこの設例では翌月以降の協業に響くため選びません。
対立を扱う手順と研修の設計
争点を扱う5段階の手順(本記事の整理)
以下は、上で引いた資料(TKI公式の解説、Pondy 1967年、Jehn 1995年、2つのメタ分析、PMBOKガイドの5要因)をもとに本記事が組み立てた手順で、標準として定められた工程ではありません。狙いは、課題の対立に人間関係の対立が混ざる経路を減らすことです。
- 事実と解釈を分けて書き出す:起きた事実、当事者それぞれの解釈、判断の根拠にした情報を別の欄に書きます。認知の対立はここで見えるようになります。
- 先に5つの要因を確認する:重要度、切迫度、力関係、関係維持の重要度、長期か短期かを確認し、目指す決着の形を決めます。
- 争点を業務の内容に戻す:態度や人柄の話が出てきたら、どの意思決定のどの条件についての不一致かに言い換えます。2つのメタ分析はいずれも、課題の対立と人間関係の対立の結び付きが弱い研究ほど業績との関係が良い方向に出たと報告しています。
- 選択肢を複数並べて条件を付ける:1案の是非を争うと勝ち負けになります。2案以上を並べ、どの条件が満たされればどちらを採るかという形で書きます。
- 期限を決めて再点検する:合意した内容、担当、確認日を残し、決めた日に実施状況を見ます。抑え込んだだけの対立は次の対立の条件として残る、というのが Pondy の余波の段階の指摘です。
争点が複数部門にまたがり、当事者だけでは決定権が足りない場合は、決められる人を含む横断の場に移します。体制の作り方はクロスファンクショナルチーム(CFT)とは?定義とタスクフォースとの違い、日産の9チームに学ぶ運営を参照してください。
コンフリクトマネジメント研修の演習設計と効果測定
研修に落とすなら、TKIのような測定と、ロールプレイによる練習を組み合わせる構成になります。練習は、上の設例のような同じ仮想事例について期限と決定権の条件を変え、選ぶモードとその理由を説明させる形にします。条件を変えると選ぶべきモードが変わることを体験させるのが目的です。
効果を測るなら、受講後の満足度だけでなく、決着までの日数、決めた内容が期限どおり実施されたか、同じ争点が再発していないかを併せて見ます。日数だけを指標にすると、強引に合意させた案件や、相談を出さずに済ませた案件も良い結果に見えてしまいます。日常のやり取りの中で軌道修正を続ける仕組みはリアルタイムフィードバックとは?意味・年次評価との違いと逆効果になる条件で扱っています。
社外の紛争解決制度の利用件数と集計範囲
社内で処理しきれなかった対立の一部は、行政の紛争解決制度に現れます。厚生労働省が2026年7月7日に公表した令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況(PDF)では、総合労働相談が119万8,010件(18年連続で100万件超)、うち民事上の個別労働関係紛争相談が27万7,053件、助言・指導の申出が9,616件、あっせん申請が4,486件でした。相談内容では「いじめ・嫌がらせ」が55,614件で14年連続の最多です。
引用するときは2点に注意します。1つは、これらが制度ごとの利用件数であり、相談からあっせんへの移行率ではないことです。同じ案件を追った数字ではないため、相談の何割が職場の中で処理されたかはこの資料からは分かりません。もう1つは、令和4年4月の改正労働施策総合推進法の全面施行以降、同法に規定する職場のパワーハラスメントの相談は「いじめ・嫌がらせ」の件数に計上されていないことです。55,614件はパワーハラスメント相談の総数ではなく、令和3年度以前とは単純に比べられません。あっせん・調停・仲裁の違いと使える場面はADR(裁判外紛争解決手続)とは?あっせん・調停・仲裁の違いと使える場面で扱っています。
よくある質問
コンフリクトマネジメントとは何ですか?
職場で生じる対立を、無くすのではなく扱い方を選んで管理する考え方です。組織研究では対立を「実際の差異、または知覚された差異によって生じるメンバー間の緊張から結果として生じるプロセス」と定義するため、管理の対象には資源配分や役割分担だけでなく、相手の意図をどう受け取っているかという解釈も含まれます。
コンフリクトマネジメントの5つのスタイルとは何ですか?
Thomas-Kilmann Conflict Mode Instrument(TKI)が示す競争(強制)・協調・妥協・回避・受容(服従)の5つです。自分の関心を満たそうとする程度と相手の関心を満たそうとする程度の2軸で定義され、妥協は他の4つの中間に位置づけられます。公式サイトは、どれか1つが常に正解ではなく、それぞれに最も適切な用途があると説明しています。
コンフリクトはどのような段階を経て進みますか?
対立そのものの進み方を示したモデルとして、Pondy(1967年)の5段階があります。管理の手順ではなく対立のエピソードを分けたもので、潜在的対立(条件)、知覚された対立(認知)、感じられた対立(感情)、顕在化した対立(行動)、対立の余波です。表に出た口論だけでなく、その前の条件と、決着後に残る影響も管理の対象になります。
コンフリクトの意味は何ですか?
英語 conflict は、対立する意見や原則を持つ人々の間で現に起きている不一致を指す語です。Cambridge Advanced Learner’s Dictionary では、集団や国家の間の武力衝突や、信念や事実が両立しない状態という語義も同じ見出しに並びます。心理学では一人の人の中で動機がぶつかる「葛藤」を指し、ソフトウェア開発では変更の衝突を指します。
部下を追い詰めてしまったと感じたときはどうすればよいですか?
まず追い詰める言動を止め、起きたやり取りを日時と内容で記録します。本人が話せる状態かを確認してから場を設け、自分の解釈と事実を分けて書き出し、相手の解釈は相手に確認します。上司と部下の間には力関係の差があるため協調型の話し合いは成立しにくく、第三者の同席や記録の共有が必要になります。人間関係の対立はメンバー満足度と強い負の相関(2003年のメタ分析の補正後の平均相関でマイナス0.54)を示すため、業務上の判断が正しかったかどうかとは別に、関係の修復を独立した課題として扱ってください。指導とハラスメントの線引きはハラハラ(ハラスメントハラスメント)とは?指導との線引きを厚労省指針で判断する方法と対策で確認できます。