社内ベンチャーや新規事業の事業計画書は、銀行や日本政策金融公庫に出す創業計画書と、読み手も問いも違います。公庫が知りたいのは「貸したお金が返ってくるか」で、社内の決裁者が知りたいのは「会社のお金と人をここに張る価値があるか、だめなら損失をどこで止めるか」です。同じ売上計画でも、書くべき根拠が変わります。
この記事では、社内の決裁会議や稟議に出す新規事業の計画書を、決裁者が確認する順に組み立てます。創業計画書との欄単位の違い、投資回収期間とNPVの設例、段階承認(ステージゲート)での計画書の粒度、撤退基準の書き方まで扱います。社内起業という働き方そのものはイントラプレナー(イントレプレナー)とは?社内起業家の定義とアントレプレナーとの違いで解説しています。
まとめ:社内向け事業計画書で押さえる要点
- 社内向けの計画書は、決裁者の問いに順番に答える書類です。「なぜ自社がやるのか(戦略との接続)」「顧客の課題は検証済みか」「いくら投じて、いつ回収するか」「失敗したらどこで止めるか」を、冒頭1枚の要約に入れます。
- 公庫の創業計画書は10欄で、返済能力(自己資金・借入状況・月平均の収支)を確かめる作りです。社内向けでも資金調達と収支の見通しを示したうえで、戦略適合、既存事業とのカニバリゼーション、社内リソースの費用、撤退基準を加えます。
- 収益計画は楽観・標準・悲観の3本で出し、投資回収期間とNPVを並べます。設例では標準ケースの回収が3.9年・NPV846万円(割引率8%)、悲観ケースは5年で回収できずNPVがマイナス1,524万円でした。悲観ケースには、撤退の判定日までの累計支出と撤退にかかる費用を並べ、想定条件下での損失額を示します。
- 一度の稟議で全額を承認してもらう前提で書かないでください。ゲートごとに「次の段階に必要な金額」と「次のゲートで見せる証拠」だけを求める形にすると、計画書の精度を段階に合わせられます。
- 撤退基準は「指標・閾値・判定日・判断する人」の4つを書きます。「売上が伸びなければ撤退」では、判定の日が来ても誰も止められません。
社内向け事業計画書と公庫の創業計画書の違い
日本政策金融公庫の創業の手引き(2025年6月版)に載っている創業計画書は、次の10欄でできています。
| 欄 | 公庫の創業計画書 | 社内向けで置き換える中身 |
|---|---|---|
| 1 | 創業の動機 | 事業の目的と全社戦略との接続 |
| 2 | 経営者の略歴等 | 推進体制と責任者の権限 |
| 3 | 取扱商品・サービス | 顧客課題・解決策・ビジネスモデル |
| 4 | 従業員 | 専任・兼務の人数と既存部門からの異動 |
| 5 | 取引先・取引関係等 | 既存の販路・顧客基盤の使い方 |
| 6 | 関連企業 | 既存事業とのシナジーとカニバリゼーション |
| 7 | お借入の状況 | (不要) |
| 8 | 必要な資金と調達方法 | 段階ごとの投資額と承認の範囲 |
| 9 | 事業の見通し(月平均) | 3シナリオの5年収支・回収期間・NPV |
| 10 | 自由記述欄 | リスクと撤退基準 |
公庫の様式は、事業の見通しを「創業当初」と「1年後又は軌道に乗った後」の月平均で書かせます。借入の返済原資が毎月出るかを見るためです。社内の決裁では、黒字化までの数年間に累計でいくら赤字を掘るか(最大累積赤字)と、その資金をいつ回収できるかが問われるので、月平均の2時点では足りません。
もう一つの違いは、失敗したときの扱いです。創業融資では、借入主体が個人か法人かによって返済義務を負う主体が異なります。計画書には自己資金や借入状況を書き、返済の見通しを示します。社内ベンチャーの提案者は個人で借金を負わない代わりに、決裁者が「損失を限定する仕組み」を求めます。撤退基準が社内向けの計画書でほぼ必須になるのはこのためです。
なお公庫の様式には「この書類に代えて、お客さまご自身が作成された計画書をご提出いただいても結構です」とあります。社外から資金を調達する出向起業やカーブアウトで、社内向けの計画書を公庫にも転用する場合は、欄7(法人の場合は代表者の借入状況)と欄8(自己資金を含む調達方法)に加え、経営者の略歴、取引条件、月平均の収支など、元の社内向け計画書にない項目を補ってください。
社内向け事業計画書に書く項目と順番
冒頭1〜2枚に要約と承認依頼事項を置き、決裁者が提案の全体像を把握できるようにします。項目は次の順に並べると、決裁者の問いに沿って読み進められます。
| 順 | 項目 | 決裁者が確認すること |
|---|---|---|
| 1 | 要約(1枚) | 何を決めてほしいのか |
| 2 | 目的と戦略との接続 | なぜ自社がやるのか |
| 3 | 顧客課題と検証結果 | 課題は実在するか |
| 4 | 解決策とビジネスモデル | 誰がいくら払うか |
| 5 | 市場規模 | どこまで大きくなるか |
| 6 | 競合と自社の優位 | なぜ他社に負けないか |
| 7 | 既存事業との関係 | 本業を食わないか |
| 8 | 収益計画と投資回収 | いくら投じていつ戻るか |
| 9 | 体制と社内リソース | 誰が何%の時間を割くか |
| 10 | リスクと撤退基準 | どこで止めるか |
| 11 | マイルストーンと次のゲート | 次にいつ何を判断するか |
要約1枚に記載する決裁事項・金額・期間・人員
要約の最後には、今回の会議で決めてほしいことを1文で書きます。「第2ゲートとして、6か月・1,200万円の検証予算と専任2名の配置を承認してください」のように、金額・期間・人員まで具体にします。要約に依頼事項が無い計画書は、内容が良くても「検討を続けて」で差し戻されがちです。社内決裁の書類の書き方そのものは稟議とは?意味・稟議書の書き方から決裁との違い・電子化の判断まで解説も参考になります。
新規事業と中期経営計画の重点領域・数値目標の接続
「事業の目的」は、提案者の思いではなく、会社の中期経営計画が掲げる重点領域や数値目標のどれに効くかで書きます。決裁者は、自分が株主や取締役会に約束した目標に照らして案件を比べることが多いためです。中期経営計画にない領域を提案するなら、その領域を今やらないと何を失うのかを書きます。仮の記入例なら「保守サービス売上比率を20%から30%へ高める目標に対し、本事業で年間売上1億円の上積みを目指す」のように、全社目標と事業の寄与を結びます。中期経営計画の構成は中期経営計画とは?作り方5ステップと年度予算・月次予実への落とし込み方で解説しています。
市場規模の算定:TAM・SAM・SOMの計算式
市場規模は、調査会社のレポートの数字を1つ引くだけでは根拠になりません。TAM(理論上の最大市場)、SAM(自社の製品と販路で届く市場)、SOM(数年で実際に取れる市場)を、計算式で示します。
たとえば中小製造業向けの設備保全SaaSなら、SAMは「対象業種のうち製品の適用条件と提供地域を満たす事業所数×1事業所当たりの年額単価」、初年度のSOMを既存取引先からの獲得分に限定する例では、「対象取引先数×初年度の商談化率×成約率×1社当たりの年額単価」と分解します。SOMの各係数を、検証段階で集めた商談データに置き換えていくと、ゲートを進むたびに数字の精度が上がります。
既存事業とのカニバリゼーションと社内リソースの書き方
社内向けの計画書では、既存事業との関係を全社の収益と資源配分の観点から説明します。新事業が既存の顧客に売るものなら、既存製品の売上をどれだけ置き換えるかを顧客層の重なりから見積もり、その分を差し引いた純増で収益を示します。
既存の営業網や工場、ブランドを使える点は強みですが、無償で使える前提で計画を組むと、事業として独り立ちしたときに利益が消えます。営業部門に紹介を頼むなら手数料、共通部門の人件費なら配賦額を、計画書の費用に入れておきます。仮に共通部門の年間人件費が800万円で本事業への稼働割合が25%なら、年間200万円を負担する設例になります。決裁者が「この数字は本業の支援込みか」と聞いたときに、内訳を示せる状態にしておくのが目安です。
決裁者が見る数値:投資回収期間・NPV・IRRの示し方
投資判断の数字は、投資回収期間、NPV(正味現在価値)、IRR(内部収益率)の3つを並べるのが一般的です。社内に投資基準(「回収5年以内」「IRRが資本コストを上回る」など)があれば、その基準と並べて書きます。ROIの計算式はROI(投資利益率)とは?計算式・目安・改善方法をわかりやすく解説にまとめています。
次の表は、初期投資3,000万円の新規事業を5年で見た設例です。キャッシュフローの単位は万円、NPVの割引率は年8%です。NPV・IRRは各年末の入出金、5年後の残存価値ゼロを仮定し、単純回収期間は回収年のキャッシュフローが年内に均等に生じるとして概算しています。
| シナリオ | 0年目 | 1年目 | 2年目 | 3年目 | 4年目 | 5年目 | 回収期間 | NPV | IRR |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 楽観 | -3,000 | -500 | 1,000 | 2,200 | 2,800 | 3,000 | 3.1年 | 3,241 | 30.0% |
| 標準 | -3,000 | -800 | 500 | 1,500 | 2,000 | 2,200 | 3.9年 | 846 | 14.2% |
| 悲観 | -3,000 | -1,000 | 0 | 800 | 1,200 | 1,300 | 5年超 | -1,524 | -4.8% |
標準ケースの累計キャッシュフローは、1年目末に最大のマイナス3,800万円となり、4年目の途中でプラスに転じます(3年目末のマイナス1,800万円を4年目の2,000万円で埋めるので3.9年)。この3,800万円は、標準ケースの年末時点で見た最大資金不足額です。失敗時の損失上限ではなく、下振れや撤退に伴う支出は別に見積もります。
売上予測の検証:積み上げ式と市場シェア式の比較
売上予測は、顧客獲得月ごとに契約数・単価・継続率・課金月数を積み上げる式と、SAMに想定獲得シェアを掛けてSOMを求めるトップダウン式の2通りで出し、差が大きければ前提を見直します。積み上げ式の各係数(商談化率、成約率、解約率)は、検証段階の実測値か、社内の類似事業の実績を出典として書きます。根拠のない右肩上がりの売上予測は、決裁の場で最初に突かれる箇所です。
悲観ケースと撤退基準による損失見積もり
悲観ケースのNPVがマイナスになっても、計画書から外す必要はありません。「2年目末の判定日に有料顧客数が閾値を下回ったら撤退を検討する」と決めておけば、設例で判定日までに生じる累計の支出超過は4,000万円です。最終的な損失は、これに撤退判断後の運用・解約・顧客対応の支出を足し、設備の売却などで戻る額を引いて見積もります。決裁者は、想定条件下でどこまで失うかと、当たったときにどこまで伸びるかを比べて判断するので、悲観ケースと撤退基準は同じページに並べて示します。
Stage-Gateの段階別に必要な証拠と承認範囲
新規事業を段階に分け、各段階の終わりの関門(ゲート)で続けるかどうかを判断する考え方は、Robert G. Cooperが1990年の論文「Stage-Gate Systems: A New Tool for Managing New Products」(Business Horizons誌33巻3号)で体系化しました。Stage-Gateを提供するStage-Gate International社の解説では、ゲートで案件を評価する基準を、戦略適合(Strategic Fit)、製品と競争優位、市場の魅力度、技術的な実現性、シナジーとコア・コンピタンス、財務的なリターンとリスクの6つとしています。判断はGo(資金を出す)、Kill(資金を止める)、Recycle(情報を取り直す)、Hold(リソースが空くまで保留)の4種類です。前の章で挙げた計画書の11項目は、この6基準のどれかに答える形になっています。
社内の新規事業提案制度でこの方式を採る例に、リクルートのRingがあります。リクルートのDATA BOOK 2025によると、FY2024は起案894件に対し、一次審査通過が10件、二次審査通過が5件でした。Ringの公式サイトは、審査を通過した案件を4段階のステージゲート方式で検証し、予算やリソースを段階的に投下しながらテストマーケティングを行うと説明しています。審査を通っても、その時点で全額が出るわけではありません。
社内向けの事業計画書をこの仕組みに合わせると、最初から5年分の精緻な計画を書く必要がなくなります。ゲートごとに求める証拠と、計画書に書く金額の範囲を変えます。次の表は本記事で作成した運用例であり、Ringの各段階やStage-Gate Internationalの標準プロセスをそのまま示したものではありません。
| ゲート | 次の段階でやること | 計画書で示す証拠 | 承認を求める範囲 |
|---|---|---|---|
| 第1 | 顧客課題の検証 | 課題仮説と面談計画 | 少額の調査費と兼務の工数 |
| 第2 | PoC・MVPで解決策の検証 | 顧客面談の結果と支払意思 | 数か月分の検証予算と専任 |
| 第3 | 有料での試験販売 | PoCの成果指標と単価仮説 | 販売開始までの開発費 |
| 第4 | 本格展開 | 有料顧客数・解約率・獲得単価 | 5年収支と組織化の投資 |
第1・第2ゲートで5年後の売上を示す場合は、未検証の仮定と確認済みの事実を区別します。この段階では「顧客の課題が実在し、お金を払う意思がある」という仮説を、面談記録や価格を提示した事前予約で検証します。検証の進め方はPoCとは?意味・進め方・プロトタイプとの違いをわかりやすく解説とMVP開発とは?進め方5ステップとPoC・プロトタイプの違い・範囲の決め方、仮説検証の考え方はリーンスタートアップとは?意味・進め方と「時代遅れ」論を研究データで検証で解説しています。AIを組み込む事業案で技術的に実現できるかが論点になるなら、第2ゲートの前にAIコンサルティング・PoC支援のような外部の検証を挟み、その結果を計画書の証拠に使う方法もあります。
段階承認にするもう一つの利点は、承認額が小さくなることです。決裁権限は金額で区切られている会社が多く、初回から多額の投資を求めると、社内規程によっては取締役会などの承認が必要になりますが、第1ゲートの調査費なら事業部長の権限で決まることがあります。
撤退基準の書き方:指標・閾値・判定日・判断者
撤退基準は、次の4つが揃って初めて機能します。
- 指標:何で判断するか(有料顧客数、月次解約率、獲得単価など)
- 閾値:どの値を下回る、または上回ると撤退を検討するか
- 判定日:いつの時点で測るか
- 判断者:誰が撤退を決めるか(提案者本人に決めさせない)
書き方の例を挙げます。「2年目の第4四半期末(判定日)に、有料契約社数(指標)が30社(閾値)に届かなければ、事業推進委員会(判断者)が撤退または縮小を決める。撤退時は既存顧客へ6か月前に通知し、契約期間満了まで運用を続ける」。撤退後の顧客対応まで書いておくと、既存事業のブランドを傷つけないかという決裁者の懸念にも答えられます。
判断者を提案者以外にするのは、それまでに投じた費用(サンクコスト)を惜しんで続けてしまう判断の偏りを避けるためです。詳しくはサンクコスト(埋没費用)とは?意味・具体例とコンコルド効果との違い・撤退判断で解説しています。閾値は、継続に必要な粗利益、残りの資金、検証期限から逆算します。標準ケースと悲観ケースの中間値を使う場合も、その値で継続可能と判断する根拠を添えます。判定に使う途中の目標値はメルクマールとは?意味・ドイツ語の語源と使い方、マイルストーン・KPIとの違いで整理しています。
撤退基準を「売上が計画を下回り続けたら」のように曖昧に書くのは避けてください。曖昧な基準は判定日が来ても解釈が割れ、結局は追加投資の議論にすり替わります。
社内決裁で差し戻される計画書の典型と直し方
- 技術や製品の説明から始まる:決裁者は顧客の課題を先に知りたがります。冒頭を「誰が、何に、いくら困っているか」と、その検証結果に入れ替えます。
- 市場規模がレポートの数字1つだけ:TAMの数字だけでは自社が取れる額が分かりません。SAMとSOMを計算式で足します。
- 社内リソースを無償で数えている:既存の営業網や共通部門の工数を費用に入れ、独り立ちしたときの利益を示します。
- 最大累積赤字が書かれていない:年度ごとの損益だけでなく、累計キャッシュフローの底と、その時期を書きます。
- 撤退基準が無い、または曖昧:指標・閾値・判定日・判断者の4つを書きます。
- 依頼事項が無い:要約に、今回承認してほしい金額・期間・人員を1文で書きます。
差し戻されたら、まず承認を妨げている主要な論点を決裁者に確認します。必要な修正を反映したうえで、主要論点への回答を次回の冒頭に示します。本格展開の前に市場の反応を小さく測る方法はテストマーケティングとは?手法の選び方と撤退基準・検証環境の作り方で解説しています。
よくある質問
社内向けの事業計画書にテンプレートはありますか?
公的な決まった様式はありません。会社ごとに決裁規程や稟議の書式が違うため、社内の過去の承認案件の計画書を取り寄せ、その項目に上の11項目を当てはめるのが確実です。社外の雛形を使う場合も、撤退基準と既存事業との関係の欄は自分で足してください。
社内向けの事業計画書は何ページにすればよいですか?
決まりはありません。決裁会議の持ち時間に合わせ、社内の指定枚数を優先し、本編は要約1枚と今回の判断に必要な項目に絞ります。市場調査の詳細や収支の計算表は別添にすると、説明時間を調整できます。段階承認の初期ゲートなら、本編はさらに短くて構いません。
創業計画書と事業計画書の違いは何ですか?
創業計画書は、創業時の事業内容や資金・収支の見通しをまとめる計画書です。日本政策金融公庫の様式では、創業の動機から自由記述欄までの10欄で具体化します。事業計画書は事業の目的・収益・体制などを書いた計画書の総称で、様式の決まりはありません。社内向けの事業計画書は、返済能力の代わりに投資回収と撤退基準を示します。
社内ベンチャー制度の計画書と、新規事業部門の計画書は違いますか?
項目はほぼ同じです。違いが出るのは推進体制の欄で、社内ベンチャー制度では提案者本人が事業責任者になることが多いため、提案者の役割と権限、本業との兼務の有無、事業が失敗した場合の処遇を明記します。分社化や外部資金の受け入れを見込むなら、その時期と条件も書きます。
撤退基準は必ず書かなければいけませんか?
社内規程で必須でなくても、書いておくことをおすすめします。撤退基準は継続を見直す条件です。悲観ケースに加え、撤退判断から終了までの支出と回収額を示すことで、想定条件下での損失額を判断できます。