クライシスコミュニケーションは、事故・不祥事・災害などの危機について、組織が発生前・発生中・発生後にステークホルダーと行う情報のやりとりです。記者会見の作法と同じ意味で使われがちですが、研究上の定義はもっと広く、誰に・いつ・何を伝え、何を聞き取るかまでを含みます。
この記事では、リスクコミュニケーションとの違いを学術論文の比較表で示したうえで、危機の型に応じて応答を選ぶCoombsの理論、米CDCのCERC 6原則、日本取引所自主規制法人の不祥事対応プリンシプルを整理します。後半では、小林製薬とフジテレビの調査報告書が「何を誤ったか」と書いた箇所を原文に沿って取り上げます。
まとめ:クライシスコミュニケーションの要点
- クライシスコミュニケーションは、危機がもたらす悪影響を防ぎ、または軽くするために、組織とステークホルダーの間で行うメッセージの発信と受信です(Coombs 2018の定義)。
- リスクコミュニケーションは「起こりうる危害」の確率と減らす手段を関係者と共有するもので、クライシスコミュニケーションは危機の発生前・発生中・発生後を対象とし、発生直後には時間的制約の下で既知と未知を伝えます。
- 応答は危機の型で変えます。自社に落ち度がある危機(予防可能型)では、否認や言い訳ではなく謝罪・補償を軸にします。
- 第一報は全容がわかる前に出します。CDCのCERCは最初の原則に Be First を置き、JPXのプリンシプルは「把握の段階から」の開示を求めています。
- 小林製薬は最初の重篤症例の連絡から公表まで約2か月を要し、フジテレビはフリー記者を入れずテレビカメラもない会見で批判を招きました。どちらも調査報告書が原因を具体的に書いています。
クライシスコミュニケーションの意味と定義
「クライシス」の意味と危機の3要素
クライシス(crisis)は英語で「危機」を指し、物事が良くも悪くも転じうる分かれ目という含みを持つ語です。以下の定義は、中央大学の平澤敦氏の論文「リスクコミュニケーションおよびクライシスコミュニケーションの射程」(『企業研究』第38号、2020年)が整理したものに拠ります。
同論文によると、危機の概念をめぐる研究で注目を浴びたのが国際政治学者Hermann(1972)の3要素で、危機とは(1)政策決定の最上位目標に脅威を与え、(2)意思決定のための対応時間を制約し、(3)政策決定者に不意打ちを抱かせる状況だとしています。同論文はまた、欧米の最近の研究が日本語の「機」の部分も重視する傾向にあるとし、その例としてUlmerら(2017)の定義を挙げています。組織の危機を「特殊な、予期しない、かつ非定型的な事象もしくは一連の事象」で、高い不確実性を生み、組織の最上位目標に「機会と脅威のいずれをも与えるもの」とする定義です(訳は同論文による)。
学術上の定義と「危機管理広報」との範囲の違い
平澤論文が引くCoombs(2018)は、クライシスコミュニケーションを「危機がもたらすネガティブな結果を防止または軽減することによって、組織、ステークホルダーおよび企業を保護するためのメッセージの発受信」と定義しています(訳は同論文による)。同論文の紹介では、Benoit(1995)やFearn-Banks(2016)も、危機の発生前・発生中・発生後を通じた組織とステークホルダーの相互作用として捉えています。
同論文は、日本では危機管理広報(マスメディア対応)をもってクライシスコミュニケーションとする文献が多く、会見のレイアウトなど形式面に偏りがちだと指摘しています。記者会見は手段の一つにすぎず、被害者・顧客・従業員・取引先・行政への個別の説明と、相手の反応を聞き取ることまでが範囲に入ります。広報活動全般の定義はPR(パブリック・リレーションズ)の定義と広報との違いで整理しています。
リスクコミュニケーション・クライシスマネジメントとの違い
リスクコミュニケーションとの違い
両者は、マスメディアを介して公衆に特定の行動を促す点と、信頼性を重んじる点で共通します。違いは、扱う対象と時間の余裕です。平澤(2020)が示した比較表を要約すると次のとおりです。この表は平時のリスク教育と危機発生直後の情報提供を対比したもので、両概念の全範囲を区分するものではありません。
| 観点 | リスクコミュニケーション | クライシスコミュニケーション |
|---|---|---|
| 扱う内容 | 危害の確率と減らす手段 | すでに起きた事象の既知と未知 |
| 時間的制約 | 平時の教育では小さい | 発生直後は強い |
| 主な形式 | 対象を絞った媒体で発信 | 記者会見・発表 |
| 方向 | 双方向の共考・信頼構築 | 情報提供中心(一方向になりやすい) |
| 発信者 | 技術者・科学者 | 影響を受ける組織の責任者 |
同論文が引くWHO(2017)の定義では、緊急時のリスクコミュニケーションは緊急事態の発生前・発生中・発生後に行うものとされており、緊急時にはリスクコミュニケーションにも強い時間的制約がかかります。
リスクコミュニケーションの定義として論文が引くのは米国研究審議会(NRC、1989年)の「個人および集団、さらには組織との間の情報および意見のやりとりの相互作用過程」で、木下富雄氏はこれを、リスク情報を可能な限り開示し関係者と「共考」して解決への道筋を探す思考と技術と位置づけています。クライシスメッセージが「現時点でわかっていること」という形をとるのに対し、リスクメッセージは意思決定を助けるための説明です。
実務では両者は地続きです。平時から関係者の疑問や懸念に応じておくことは、危機時の説明を受け止めてもらう土台になります。米CDCが両者を統合したCERC(後述)を作ったのも、この連続性を前提にしているためです。
クライシスマネジメント・危機管理広報との関係
クライシスマネジメント(危機管理)は、危機への備え・対応・回復を主導する活動全体を指し、Coombs(2018)もクライシスコミュニケーションをそのプロセスに関わるものとして定義しています。原因究明・被害の封じ込め・事業継続と、関係者への説明は切り離せません。後述するフジテレビの事例では、第三者委員会が、執行側が社外取締役と取締役会に情報を提供しないまま記者会見に至ったことを問題にしており、説明の内容は経営判断の手続きと一体で決まります。危機管理全体の手順や、個人情報漏えい・重大製品事故の法定報告の期限はクライシスマネジメントの定義と企業の危機対応手順にまとめています。
危機の型で応答を変える:SCCTの3類型と応答戦略
W. Timothy Coombs が提唱した状況的危機コミュニケーション理論(SCCT)は、ステークホルダーが組織にどれだけ危機の責任を帰属させるかで、取るべき応答が変わるとする理論です。Coombs & Holladay(2002、Management Communication Quarterly 16巻2号)は13の危機タイプを、責任帰属の強さで3つのクラスターにまとめました。
| クラスター | 危機の例 | 責任帰属 | 応答の軸 |
|---|---|---|---|
| 被害者型(victim) | 自然災害・風評・職場暴力・外部者による製品改ざん | 最小 | 事実提示・必要なら否認 |
| 事故型(accidental) | 技術的故障による事故やリコール | 中程度 | 軽減(diminish) |
| 予防可能型(preventable) | 人為ミスによる事故・リコール、組織の不正 | 強い | 再構築(rebuild) |
Coombs(2007、Corporate Reputation Review 10巻3号)は応答戦略を次の4群に分けています。
- 否認(deny):告発者への反論、否認、組織外への責任転嫁。根拠のない風評や不当な批判にだけ使います。
- 軽減(diminish):害意がなかった・制御できなかったという弁明(excuse)や、被害は小さいという正当化(justification)。
- 再構築(rebuild):被害者への補償(compensation)と、全面的に責任を認める謝罪(apology)。
- 補強(bolstering):過去の貢献を想起させる、ステークホルダーを称える、自社も被害者だと伝える。主たる応答の補助としてだけ使います。
表の「応答の軸」は固定的な対応表ではありません。Coombs(2007)は、まず被害を防ぐための情報提供を優先したうえで、危機の型に加えて同種の危機の履歴と以前からの評判を見るよう求めており、事故型でも過去に同種の危機があったり評判が悪かったりすれば再構築を選ぶとしています。
同じ指針は、応答の一貫性を保つために「否認と、軽減・再構築を混ぜない」ことも求めています。責任の否認と全面的な責任承認を同時に示すと、応答の一貫性が崩れます。被害者への共感の表明は、責任を認める謝罪とは別物として扱えます。予防可能型では謝罪・補償を軸にしますが、責任が未確認の段階では被害者の保護と共感の表明を先に出し、確認できた責任について謝罪します。逆に、根拠のない風評に謝罪で応じると、存在しない責任を認めたことになります。評判の毀損そのものの評価と対策はレピュテーションリスクの意味と対策で扱っています。
CDCのCERC:6原則と危機の5段階
米国疾病予防管理センター(CDC)のCERC(Crisis and Emergency Risk Communication)は、リスクコミュニケーションとクライシスコミュニケーションを統合したモデルです。公衆衛生の緊急事態向けの枠組みですが、企業でも、被害の性質や関係者に応じて伝え方を具体化する際の参考になります。CDCのCERCマニュアルのうち「CERC Introduction」は2018年版(2018 Update)が現行で、6原則を次のように掲げています。
| 原則 | 意味 | 企業での当てはめ |
|---|---|---|
| Be First | 最初に伝える | 全容判明を待たず第一報 |
| Be Right | 正確に伝える | 未確認事項は未確認と明示 |
| Be Credible | 信頼される | 不都合な事実も自ら開示 |
| Express Empathy | 共感を示す | 被害者への言及を冒頭に置く |
| Promote Action | 行動を促す | 使用中止・問い合わせ先を示す |
| Show Respect | 敬意を示す | 被害者の尊厳・事情に配慮 |
CERCの基礎になったReynolds & Seeger(2005、Journal of Health Communication)は、危機を「発生前(pre-crisis)」「初期(initial)」「継続(maintenance)」「収束(resolution)」「評価(evaluation)」の5段階に分けます。発生前の段階でメッセージの原案と伝達経路を用意し、試しておくことが求められており、初期段階の第一報は準備の出来で決まるという考え方です。
上場会社に求められる開示:JPX不祥事対応プリンシプル原則④
日本取引所自主規制法人が2016年2月24日に策定した「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」は、原則④「迅速かつ的確な情報開示」で次のように定めています。
不祥事に関する情報開示は、その必要に即し、把握の段階から再発防止策実施の段階に至るまで迅速かつ的確に行う。この際、経緯や事案の内容、会社の見解等を丁寧に説明するなど、透明性の確保に努める。
要点は「把握の段階から」です。調査が終わってから一度に開示するのではなく、把握・調査・原因判明・再発防止の各段階で開示を重ねることが期待されています。プリンシプル自体は、法令や取引所規則と異なり上場会社を一律に拘束するものではないと明記しています。それでも、開示の遅れを説明するときに「原因が確定していなかった」は理由になりにくくなります。原則①〜③の内容はクライシスマネジメントの記事で扱っています。
発生直後の初動:第一報までの手順
第一報に向けた主な作業を、次の6つに整理します。
- 事実と時刻の記録:いつ、誰から、何を把握したかを記録します。この記録は、後で把握・判断・対応の経緯を検証するための資料になります。
- 判断者と窓口の一本化:公表を決める責任者と発信を統括する窓口を定め、代理担当者も決めます。複数の担当者が対応する場合は、確認済みの事実と承認済みの説明を共有します。
- 危機の型の判定:被害者の保護と注意喚起を優先し、確認済みの事実に基づいてSCCTの危機類型と応答方針を暫定的に検討します。分類や責任が未確定でも第一報を遅らせません。
- 第一報の作成:判明している事実、判明していない事実、当面の対応、相手に求める行動、次回の更新予定を書きます。「調査中」の一語で終えないことが重要です。
- 相手別の個別連絡:被害者・顧客・従業員・取引先・監督官庁には、報道より先か同時に伝えます。社員が報道で事態を知る状態では、顧客や取引先からの問い合わせに現場が答えられません。
- 反応の収集と更新:問い合わせ・報道・SNSの反応を記録し、次の発表に反映します。予告した更新時刻は、新情報がなくても守ります。
SNS上で発生・拡大する危機では、公式アカウントが一次情報の置き場になります。平時のアカウント運用体制は企業のSNS運用の業務内容と体制を参照してください。また、不正や不祥事は内部通報で把握されることもあり、通報が経営に届かない組織では「把握の段階」そのものが遅れます。この点は内部通報制度が機能しない原因で消費者庁の調査をもとに解説しています。
平時の準備:マニュアル・想定問答・訓練
危機が起きてから文面を一から作る時間はありません。CERCが発生前の段階に求める準備を企業に置き換えると、次の4点です。
- 危機の種類別の第一報ひな形:情報漏えい・製品事故・役員の不祥事・災害など、想定する危機ごとに、空欄を埋めれば出せる文面を用意します。
- 連絡網と判断権限:夜間・休日でも誰が公表を決めるかを文書にしておきます。社外取締役への報告ルートもここに含めます。
- 想定問答:責任の有無、被害者への対応、再発防止、経営責任の4点で質問を想定し、答えられない質問への答え方(いつまでに答えるか)も決めます。
- 模擬会見の訓練:テレビ撮影やフリー記者からの質問も想定して行います。社内で行う模擬会見でも、厳しい質問への応答と、二次被害を防ぐために質疑を制止する判断を練習します。
事例に見る失敗の型:小林製薬とフジテレビ
小林製薬の紅麹問題:把握から公表まで約2か月
小林製薬の事実検証委員会の調査報告書(2024年7月23日公表)によると、同社のお客様相談室は2024年1月15日、医師から、紅麹関連製品を摂取していた患者が急性腎不全と診断され入院・透析治療中であるとの連絡を受けました。製品の使用中止と自主回収を公表したのは3月22日で、報告書は「公表まで2か月強を要した原因」を独立した節で検証しています。
報告書が挙げた原因の中心は、行政報告を行うのは「因果関係が明確な場合に限る」という従前からの社内解釈です。同社はこの解釈のもとで科学的な原因究明に注力し、行政報告と公表が遅れました。報告書は、事案の重大性からすれば速やかに行政に報告・相談すべきであり、健康被害が製品に起因するか不明であっても、疑いがある以上はより早期に全品回収を決断すべきだったと評価しています。
クライシスコミュニケーションの観点では、第一報の条件を「原因の確定」に置いたことが誤りでした。CERCのBe Firstも、JPXの「把握の段階から」も、原因が判明する前の開示を前提にしています。
フジテレビの2025年1月の記者会見:閉じた会見とやり直し
フジテレビ(CX)は2025年1月17日、元社員の女性をめぐる人権侵害の事案について社長会見を開きました。第三者委員会の調査報告書(2025年3月31日公表)によると、記者クラブの幹事社には「1社2名まで」「動画撮影はお控えください」「写真撮影は会見冒頭5分」などの条件が通知され、記者クラブの記者に加えてNHKなどの放送局にはオブザーバー参加を認めましたが、テレビカメラは入りませんでした。
報告書は、この会見が「社会からの大きな批判を招くとともにスポンサー離れを加速させた」とし、根本的な原因を、事実究明が完了していない段階でのその場しのぎの会見対応と、経営幹部と社会一般の人権意識との大きなズレだと結論づけています。会見がわずか2日前に急遽決まったこと、質疑で「調査委員会に委ねる」との回答が繰り返されたこと、執行側が社外取締役と取締役会に情報を提供しないまま会見に至ったこと(報告書は「異常」と表現)も指摘されています。
1月27日のやり直し会見は16時から約10時間30分にわたり、フリー記者にも開放されました。報告書は会見の公開範囲や開催時間について一定の評価を受けたとしつつ、被害者への二次加害に当たりうる発言があり、そうした質疑を適時に止めなかったとして、二次被害防止の対応は不十分だったと評価しています。
2つの事例は、原因究明を待って注意喚起を遅らせる問題と、事実確認や被害者保護の準備が不足したまま会見する問題を示しています。小林製薬では原因確定を待つ姿勢が注意喚起を遅らせ、フジテレビでは事実究明の不足と被害者への配慮を欠く会見対応が批判を招きました。会見を開く前に決めるべきは、何が判明していて、何について謝罪し、被害者をどう守るかです。
よくある質問
クライシスとはどういう意味ですか?
英語で「危機」を指す語です。平澤(2020)が紹介するHermann(1972)の定義では、最上位の目標への脅威、意思決定の時間の制約、不意打ちの3要素を備えた状況を危機としています。
クライシスコミュニケーションとリスクコミュニケーションの違いは何ですか?
リスクコミュニケーションは、起こりうる危害の確率と減らす手段を関係者と共有し、共に考えるものです。平時の教育にも用いられますが、WHOの緊急時リスクコミュニケーションは、緊急事態の発生前・発生中・発生後を対象としています。クライシスコミュニケーションは危機の発生前・発生中・発生後の情報交換を含み、発生直後には判明した事実と未確認事項を速やかに伝えます。
危機管理広報とクライシスコミュニケーションは同じですか?
本文で紹介した平澤敦氏の論文は、日本の文献では危機管理広報をマスメディア対応として扱う傾向を指摘しています。本記事では、それより広い関係者との情報交換をクライシスコミュニケーションとして扱います。報道対応に加え、被害者・顧客・従業員・取引先・行政への個別の説明と、相手の反応を聞き取って対応に反映することまでを含みます。
クライシスコミュニケーションの事例にはどのようなものがありますか?
国内では、2024年の小林製薬の紅麹問題と、2025年1月のフジテレビの記者会見が、いずれも調査報告書で広報対応の問題点を具体的に指摘されています。海外では、1982年のジョンソン・エンド・ジョンソンのタイレノール事件が、危機対応としてのコミュニケーションが注目される契機になったとされています。
第一報で「調査中」としか言えないときは何を伝えればよいですか?
判明している事実、判明していない事実、当面の対応、相手に取ってほしい行動(使用中止や問い合わせ先など)、次回の更新予定を伝えます。CDCのBe Rightに沿って、確認済みの内容と未確認の内容を区別します。対応や更新時刻が未定なら、その旨と、決まり次第知らせる方法を示します。