SECIモデル(セキモデル)は、経営学者の野中郁次郎が提唱した「組織はどうやって新しい知識を生むのか」を説明する理論です。個人の経験や勘として身についた暗黙知と、言葉や数字で表せる形式知が、共同化(Socialization)・表出化(Externalization)・連結化(Combination)・内面化(Internalization)の4つのモードで変換を繰り返し、個人から組織へ広がっていく過程を描きます。
この記事では、原典に基づいてモデルの成立と4つのモードを解説し、4つのモードを支える場(Ba)をセブン-イレブン・ジャパンの事例で通して見ます。そのうえで、学術的な批判と野中らの応答、自社に当てはめるときに「どのモードで詰まっているか」を見分ける方法まで整理します。
まとめ:SECIモデルの要点
- 定義:暗黙知と形式知の相互変換を4つのモードで説明する、組織的知識創造の理論。読みは「セキ」
- 原典:野中の1991年のHBR論文と1994年のOrganization Science論文で骨格が示され、1995年の野中・竹内弘高『The Knowledge-Creating Company』(邦訳『知識創造企業』1996年)で体系化された
- 4つのモード:共同化(暗黙知→暗黙知)、表出化(暗黙知→形式知)、連結化(形式知→形式知)、内面化(形式知→暗黙知)
- 場(Ba):各モードを促す共有の文脈。物理的な場所に限らず、仮想空間や心理的な空間も含む
- 批判:「暗黙知は形式知に変換できない」「4モードの実証が弱い」「日本企業の文脈に依存する」という批判があり、野中らは2009年の論文で応答した
- 使いどころ:ナレッジ施策の診断の枠として使う。社内wikiなどの導入だけでは知識創造の循環は成立しないため、対話・文書化・実践のどこが不足しているかを確認する
SECIモデルの定義と原典
SECIは4つのモードの英語の頭文字を並べた略語で、日本語では「セキモデル」と読みます。1994年の論文は「新しい知識は個人が生み出すが、それを明確にし増幅するうえで組織が決定的な役割を果たす」と述べています。企業を情報を正しく処理する機械として見る当時の主流に対し、知識を創る主体として企業を描いた点が新しさでした。
提唱者・野中郁次郎と共著者の竹内弘高
野中郁次郎は一橋大学名誉教授で、知識創造理論を日本発の経営理論として世界に広めた研究者です。2025年1月25日に89歳で亡くなりました。2000年の論文の時点では、北陸先端科学技術大学院大学(JAIST)知識科学研究科の研究科長を務めています。共著者の竹内弘高は一橋大学とハーバード・ビジネス・スクールで教えた経営学者で、二人は1986年のHBR論文「The New New Product Development Game」でも共著者でした。この論文はアジャイル開発の手法スクラムの名前の由来として知られています。
原典となった3つの文献
| 年 | 文献 | 掲載先 | 位置づけ |
|---|---|---|---|
| 1991 | The Knowledge-Creating Company | Harvard Business Review 11-12月号 | 実務家向けに原型を提示 |
| 1994 | A Dynamic Theory of Organizational Knowledge Creation | Organization Science 5(1) | 4つの相互作用を理論化 |
| 1995 | The Knowledge-Creating Company | Oxford University Press | 野中・竹内の共著で体系化 |
モデルを学ぶ基本文献は1995年の書籍で、邦訳『知識創造企業』は梅本勝博の訳で1996年に東洋経済新報社から出ました。2020年12月には新装版が出ています。書籍はホンダ、キヤノン、松下電器、NEC、3M、GE、米海兵隊などの事例から理論を組み立てています。
4つの知識変換モード:共同化・表出化・連結化・内面化
4つのモードは「何から何へ変換するか」で区別されます。下の表の例は、野中・遠山亮子・紺野登の2000年の論文「SECI, Ba and Leadership: a Unified Model of Dynamic Knowledge Creation」(Long Range Planning 33巻1号)が、それぞれのモードの説明に挙げたものです。
| モード | 変換 | 中心となる行為 | 原典の例 |
|---|---|---|---|
| 共同化 | 暗黙知→暗黙知 | 経験の共有 | 徒弟制度、顧客との交流 |
| 表出化 | 暗黙知→形式知 | メタファー・アナロジー・モデル | 製品コンセプトの創出、QCサークル |
| 連結化 | 形式知→形式知 | 収集・結合・編集 | 財務報告、ビジョンの具体化 |
| 内面化 | 形式知→暗黙知 | 実践による学習 | 研修、マニュアルを読んで実践 |
共同化:経験共有による暗黙知の獲得
暗黙知は言葉にしにくく、特定の時間と場所に結びついているため、一緒に過ごす・同じ環境で働くといった経験の共有でしか受け渡せない、というのが原典の説明です。典型は徒弟制度で、弟子はマニュアルではなく手を動かす経験から技能を身につけます。職場の外の懇親の場で世界観や信頼が共有されることも、顧客や取引先との交流から彼らの暗黙知を得ることも、共同化に含まれます。
表出化:メタファーによる暗黙知の言語化
表出化は暗黙知を明確な概念に結晶させ、他者と共有できる状態にする過程です。新製品開発でのコンセプトづくりや、QCサークル(職場の小集団による品質改善活動)で現場の工夫を言語化し、改善提案にまとめる活動がこれにあたります。1994年の論文は、メタファーで矛盾に気づき、アナロジーでそれを解くことで暗黙知が形式知に変わると論じ、2000年の論文はメタファー・アナロジー・モデルを順に使うと整理しました。形式知になった概念は、次の連結化で他の知識と組み合わされる材料になります。
連結化:形式知の統合と体系化
組織の内外から集めた形式知を組み合わせ、編集して、より複雑で体系的な形式知をつくる過程です。原典の例は、経理の責任者が社内のあちこちから情報を集めて財務報告にまとめる場面で、報告書は多くの情報源を一つの文脈に統合した点で新しい知識になります。企業ビジョンを事業や製品のコンセプトへ分解するのも連結化に数えられます。コンピュータネットワークや大規模なデータベースが、このモードを後押しします。
内面化:実践による形式知の体得
形式知を個人の暗黙知として身につける過程で、原典は「learning by doing(やってみて学ぶこと)」と密接に関係すると述べています。製品コンセプトや製造手順は、行動と実践を通じて初めて現実のものになります。研修で業務や組織に関する文書を読み、振り返りながら実務で試すことで、文書の知識が本人の暗黙知に加わります。こうして身についた暗黙知が、次の共同化の出発点になります。
知識スパイラル:二つの次元で広がる知識
4つのモードは一周して終わる円ではなく、回るたびに規模が大きくなるらせん(スパイラル)として描かれます。1994年の論文は、これを二つの次元の組み合わせで説明しました。一つは暗黙知と形式知の対話という認識論的な次元、もう一つは個人からグループ、組織、組織間へと知識の担い手が広がる存在論的な次元です。新しいコンセプトは、関わる人の輪が広がるなかで磨かれ、価値を認められたものが組織の知識として結晶していきます。
2000年の論文は、スパイラルを生む要素として、SECIの過程・場・知識資産の3つを挙げました。知識資産は知識創造の入力であり出力でもある企業固有の資源で、例えばメンバー間の信頼は知識創造の結果として生まれ、同時に場の働きを左右します。トップが知識のビジョンを示し、ミドルが「ナレッジ・プロデューサー」として場を活性化する、という役割分担もこの論文で強調されています。
場(Ba):4つのモードを支える文脈
場(Ba)は、野中と紺野登が1998年にCalifornia Management Reviewの論文「The Concept of ‘Ba’」で組織論に持ち込んだ概念です。論文の要旨は、場を「関係が生まれる共有された空間」とし、物理的・仮想的・心理的な空間のいずれでもありうるとしています。知識は情報と違って文脈から切り離せず、場に埋め込まれている、というのが主張の中心です。
2000年の論文は、場を「個人か集団か」「対面か仮想か」の2軸で4つに分け、各場が主に支えるモードを対応させました。ここでの「仮想」には書籍やマニュアルなどの媒体も含まれ、オンライン空間だけを指すわけではありません。
| 場 | 英語名 | 相互作用 | 主に支えるモード |
|---|---|---|---|
| 創発場 | originating ba | 個人・対面 | 共同化 |
| 対話場 | dialoguing ba | 集団・対面 | 表出化 |
| システム場 | systemising ba | 集団・仮想 | 連結化 |
| 実践場 | exercising ba | 個人・仮想 | 内面化 |
日本語の名称は国内の解説で定着した訳です。解説によって「創発の場」「対話の場」のように表記が揺れるため、原典の英語名と対応させて覚えると混乱しません。
セブン-イレブン・ジャパンに見る4つの場
2000年の論文は、4つの場を一社で通して示す例としてセブン-イレブン・ジャパンを取り上げています。論文当時、全国約7,000の店舗の売り場が創発場で、店員は客との対面のやり取りから地域の需要についての暗黙知をためていました。新入社員は約2年、店舗のさまざまな業務に就いて客と直接向き合う経験を積みます。
その暗黙知は、発注を担う店員が立てる「仮説」として形式知になります。地域で祭りがあると知った店員がビールを多めに発注する、という例が挙げられています。品目ごとに担当を分けた店員どうしの対話や、店舗を巡回するフィールドカウンセラーとの対話が対話場です。ゾーンマネジャーは毎週東京の本部に集まり、各地の成功例と問題を経営陣と共有しました。この会議のための出張費は年約1,800万ドルと見積もられており、論文は同社が費用をかけてでも対面を重んじる点を強調しています。
仮説は実際の販売データで検証されます。販売データを集め、分析し、本部と店舗で共有する情報システムがシステム場です。店員はPOSデータをもとに毎日自店で仮説を試し、売り場が実践場になります。データと現実のずれが、次の知識創造の起点になります。
暗黙知と形式知:SECIモデルの前提
暗黙知(tacit knowledge)の概念は、哲学者マイケル・ポランニーが1958年の『Personal Knowledge』ですでに論じ、1966年の『The Tacit Dimension』(邦訳『暗黙知の次元』)で展開したもので、1994年の論文も彼の「We can know more than we can tell(私たちは語れる以上のことを知っている)」を引いています。形式知(explicit knowledge)は、文書・数式・マニュアルのように、形式的で体系的な言語で伝えられる知識です。
SECIモデルは、ポランニーが個人の認識の問題として論じた暗黙知を、組織が変換し増幅できる資源として扱いました。この読み替えが、次の章で見る批判の焦点になります。暗黙知と形式知の具体例や、現場で形式知化を進める手順は暗黙知と形式知の違いと形式知化の手順で扱っています。
SECIモデルへの批判と野中らの応答
SECIモデルには、暗黙知の解釈、実証的根拠、文化的な適用範囲をめぐる批判があります。主なものは次の3つです。
暗黙知の変換可能性に対するツォウカスの批判
組織論の研究者ハリディモス・ツォウカスは2003年の論考「Do We Really Understand Tacit Knowledge?」で、暗黙知を形式知へ翻訳・変換できるものとする野中・竹内の解釈は、暗黙知が本質的に言葉で尽くせないという性質を無視している、と批判しました。ポランニーにとって暗黙知は言語化の途中にある知識ではなく、あらゆる知識に伴う側面だという読み方です。
4モードの実証的根拠に対するゴーレイの批判
スティーブン・ゴーレイは2006年、Journal of Management Studies(43巻7号)の論文で、4つのモードのうち3つはもっともらしく見えるが、より単純に説明できない証拠に支えられたものは一つもない、と指摘しました。さらに、枠組みが本質的に暗黙的な知識を取りこぼしていること、知識の定義が主観的すぎることも問題にしています。
SECIモデルの日本的文脈への依存と適用上の限界
グリスビーとホールデンは2003年、Knowledge and Process Management誌の論文で、SECIモデルは日本の社会や組織の文化、価値観に埋め込まれた産物として理解すべきであり、普遍的なモデルとして使うには注意が要ると論じました。原典の事例が日本企業に集中していることへの指摘で、雇用の流動性が高い組織や海外拠点に当てはめるときは、前提の違いを確かめる必要があります。
2009年の応答:暗黙知と形式知は連続体
野中はゲオルク・フォン・クローとの2009年のOrganization Science論文で、論争を6つの基本的な問いに整理して応答しました。暗黙知と形式知は一本の連続体のうえで概念として区別できるものであり、知識変換は両者の相互作用を理論的にも経験的にも説明する、という2つの前提を示しています。暗黙知が丸ごと文書に置き換わるという素朴な読み方は、提唱者自身も取っていないことになります。
SECIモデルを組織で使うときの判断
SECIモデルは手順書ではなく、知識がどこで止まっているかを見分けるための枠として使うと役に立ちます。ナレッジ共有の施策が成果を生まないときは、4つのモードの偏りに加え、目標・評価制度・業務時間などの条件も確認します。
知識共有の症状と不足する活動の確認
| 症状の例 | 確認するモードの候補 | 施策の候補 |
|---|---|---|
| ベテランの判断を新人が再現できない | 共同化 | 同行・ペア作業の時間を確保 |
| マニュアルはあるが肝心のコツが書けない | 表出化 | 事例を語らせ、比喩や判断基準を聞き出す |
| 部署ごとに資料が散らばり探せない | 連結化 | 置き場と分類の統一、検索の整備 |
| 研修を受けても現場の行動が変わらない | 内面化 | 学んだ手順を実務で試す機会を設ける |
社内wikiや文書管理ツールで既存資料を整理・統合する活動は、表の3行目の連結化に対応します。表出化が止まったままツールを入れても、書かれるのは既にある資料の転記ばかりで、ベテランのコツは載りません。新人が先輩の判断を再現できない場合は、同行経験の不足、判断基準の説明不足、実践機会の不足を切り分け、共同化・表出化・内面化のどこを補うか決めます。施策の全体設計はナレッジマネジメントの意味と導入手順、特定の人に業務が集中する問題は属人化の原因と脱属人化の進め方で整理しています。
共同化を制度にしたエーザイの例
モードの一つを会社の仕組みに組み込んだ例として、製薬会社のエーザイがあります。同社は「患者様とそのご家族の喜怒哀楽を第一義に考える」という企業理念をヒューマン・ヘルスケア(hhc)理念と呼び、2005年に定款に明記しました。そのうえで、社外取締役を含むグループの全役員・従業員に、業務時間の1%を患者と共に過ごして喜怒哀楽を知る「共同化」を推奨しています(2021年2月22日の同社ニュースリリース)。「共同化」という名称を用い、業務時間の1%という具体的な目安を示している点が、この事例の特徴です。
SECIモデルを持ち出さないほうがよい場面
手順が決まっていて誰がやっても結果が同じ定型業務では、SECIの枠は過剰です。必要なのは知識の創造ではなく標準化なので、手順書と教育で足ります。少人数の組織で、判断の背景を共有でき、文書の更新と実務での検証も日常業務に組み込まれているなら、4モードごとの会議や帳票を追加する必要はありません。SECIモデルが効くのは、新製品やサービスの開発のように、まだ誰も言葉にしていない知識を組織の資産にする必要がある場面です。
SECIモデルのその後:実践知と二項動態
野中は晩年まで理論を広げ続けました。竹内との2011年のHBR論文「The Big Idea: The Wise Leader」は、アリストテレスのいうフロネシス(実践知)、つまり経験に根ざし倫理的に正しい判断を下す知を、リーダーに必要なものとして取り上げました。何が組織と社会にとって善いかを判断する、物事の本質をつかむ、場をつくる、本質をメタファーや物語で伝える、対立する人々を動かす政治力を使う、現場の人の実践知を育てる、という6つの能力を挙げています。
この流れは、二人の共著『ワイズカンパニー』(邦訳は東洋経済新報社、2020年9月)で「知識創造から知識実践へ」の新しいモデルとしてまとめられました。晩年の共著『二項動態経営 共通善に向かう集合知創造』(野中郁次郎・野間幹晴・川田弓子、日本経済新聞出版、2024年11月)の「二項動態」は、対立して見える二つの項をどちらか一方に決めず、動きのなかで両立させる考え方です。2000年の論文がすでに、知識は秩序と混沌、暗黙と形式、自己と他者のような一見対立する概念のあいだをらせん状に進み、それを導く鍵は対立を超えて統合する弁証法的思考だと述べており、SECIモデルの延長にある概念だといえます。
よくある質問
SECIモデルの読み方は何ですか?
「セキモデル」と読みます。共同化(Socialization)、表出化(Externalization)、連結化(Combination)、内面化(Internalization)の頭文字をつなげた略語です。
SECIモデルを学ぶにはどの本を読めばよいですか?
基本文献は野中郁次郎・竹内弘高『知識創造企業』(東洋経済新報社)です。1996年に邦訳が出て、2020年12月に新装版が刊行されました。短い原典を先に読みたい場合は、1991年のHBR論文が入口になります。続編の『ワイズカンパニー』は、知識創造から実践知への展開を扱っています。
暗黙知と形式知は英語で何といいますか?
暗黙知はtacit knowledge、形式知はexplicit knowledgeです。暗黙知はマイケル・ポランニーが『Personal Knowledge』(1958年)ですでに論じ、『The Tacit Dimension』(1966年)で展開した概念です。
SECIモデルとPDCAサイクルの違いは何ですか?
PDCAは決めた目標に対して計画・実行・評価・改善を回し、業務の質を高める管理の手法です。SECIモデルは暗黙知と形式知の変換によって新しい知識が生まれる過程を説明する理論で、目標の達成ではなく知識の創造を扱います。改善活動のなかで現場の気づきを提案に言語化する場面は、SECIでいう表出化にあたります。
SECIモデルとナレッジマネジメントの関係は何ですか?
ナレッジマネジメントは、組織の知識を共有・活用するための経営の取り組み全体を指します。SECIモデルは知識がどう生まれるかを説明する理論で、ナレッジマネジメントはそれを回すための制度やツールを扱う、という関係になります。