MRR(Monthly Recurring Revenue)は、サブスクリプションやSaaSで毎月繰り返し発生する収益を指す管理指標です。定義と計算式そのものは単純ですが、実務でつまずくのは「年額契約をどう月へ割るか」「従量課金を含めるか」「どの時点の値をMRRと呼ぶか」といった線引きの部分です。しかもMRRは会計基準に定めのある指標ではないため、各社が自社の定義で算定して開示しています。ここでは定義と計算式を押さえたうえで、IR資料の実際の定義文と、自社で集計基盤を作るときの判断点までを整理します。
まとめ:MRRの要点
- MRRは毎月繰り返し発生する収益の合計。初期費用やスポット販売などの一時収益は含めません。会計基準に定義のある勘定科目ではなく、決算短信の売上高とは別物です。
- 基本の計算式は「顧客数 × 顧客1人あたりの平均月間収益(ARPU)」。年額契約は契約金額を12で割って月へ均します(年額1,200ポンドの契約はMRRに100ポンド)。
- 内訳はStripeの区分で新規・拡大・解約・再開・縮小の5種類と、その差引である純新規(Net New)MRR。改善の打ち手はこの内訳ごとに変わります。
- ARRはMRRの12倍が一般的ですが、算定の基準時点や対象収益は各社が独自に定義しています。freeeは「各期末月のMRRを12倍」と明記し、従量課金分は別建てです。他社ARRとの単純比較はできません。
- 集計基盤を作る際は、月末時点のスナップショットを持つのか、従量課金を分離するのかを先に決めます。後から変えると過去の時系列が断絶します。
以下、定義の線引きから計算式、内訳、ARR・NRRとの関係、集計設計、成長率の評価基準までを順に見ていきます。
MRR(月間経常収益)の定義と会計上の売上高との線引き
MRRの日本語訳と公式資料ごとの表記差
MRRの日本語訳は公式ドキュメントの間でも一致していません。Stripeの日本語版リソースは「月間経常収益 (MRR)」、Salesforceの日本語記事は「『月次経常収益』と訳され」と書いています。上場企業のIR資料になるとさらに分かれ、Sansanは決算説明資料の脚注でMRRを「Monthly Recurring Revenue(月次固定収入)」、ARRを「Annual Recurring Revenue(年間固定収入)」と表記しています。どれも同じ概念を指しているので、社内資料では「MRR」というアルファベット表記に統一し、和訳は併記に留めるほうが混乱が少なくなります。
MRRに含める収益と除外する収益
MRRの本質は「来月も同じ金額が入ってくると見込める分だけを数える」ことにあります。Stripeは、総収益がMRRに加えて一時的な手数料・ハードウェアの販売・セットアップ料金など全ての収益源を含むのに対し、MRRは継続する分に限る、と区別しています。したがって初期設定費用、単発のカスタマイズ開発費、コンサルティングのスポット契約は除外します。
会計上の扱いとは切り離して考える必要があります。日本基準で売上高を認識する根拠は企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」で、顧客との契約から生じる収益の会計処理と開示を定めた基準です。MRRやARRはそこに定義のある勘定科目ではありません。Stripeもサポートドキュメントで「Monthly Recurring Revenue (MRR) is not GAAP revenue.」と明記しています。決算短信の売上高とMRR×12が一致しないのは異常ではなく、そもそも測っている対象が違います。投資家向けにMRRやARRを開示する企業が、資料の脚注で必ず算定方法を書いているのはこのためです。
MRRの計算式と、年額契約・従量課金の扱い
Stripeが示す基本式は次の2通りです。どちらも同じ結果になります。
| 算定方法 | 式 | 向く場面 |
|---|---|---|
| ARPU方式 | MRR = 顧客数 × 顧客1人あたりの平均月間収益 | プラン数が少ない、全体傾向を掴む |
| プラン積上方式 | MRR = Σ(各プランの月額 × 契約者数) | プランが複数、プラン別に分解したい |
実務で判断が要るのは端の処理です。年額契約は契約金額をそのまま契約月のMRRに立てず、12で割って各月へ均します。Stripeのサポートドキュメントも、年額1,200ポンドの契約はMRRには100ポンドとして計上される、と説明しています。契約時に一括入金があっても、MRRはキャッシュフローではなく将来の収益見込みを表す指標だからです。同じ理由で、請求書の発行額をそのまま足し上げる集計はMRRになりません。集計対象は有効なサブスクリプションであって、その月に発行した請求ではありません。
従量課金は扱いが割れます。毎月変動する使用量ベースの売上を「経常」と見なすかは経営判断です。freeeは決算説明資料でこれを分離し、月額料金の合計を「サブスクリプションARR」、従量型・手数料型の売上を「トランザクションARR」として別建てで開示しています。変動幅が大きい事業では、MRRに混ぜず別枠で持つほうが解約や単価の動きを読み取りやすくなります。
割引の扱いは自動的に決まりません。継続的に適用される割引はMRRから控除する、単発のクーポンは控除しない、といった方針を先に決めて全契約へ一律に適用します。Stripe Billingでも割引をMRRに反映するかは設定項目として用意されています。無料トライアル期間は課金が発生しないためMRRには含めません。
MRRの6区分とNet New MRR・SaaS Quick Ratio
MRRを合計値だけで追うと、新規獲得で解約を埋めているだけの状態を見落とします。次の表はStripeが挙げる区分に、再開を独立集計する場合の純新規MRRの式を補って整理したものです。
| 区分 | 内容 | 動かす部門 |
|---|---|---|
| 新規 MRR | 新規契約者が生み出すMRR | マーケティング・セールス |
| 拡大 MRR | アップグレードや機能追加による増加 | カスタマーサクセス |
| 縮小 MRR | ダウングレードや一部解除による減少 | カスタマーサクセス |
| 解約 MRR | 解約によって失われたMRR | カスタマーサクセス・プロダクト |
| 再開 MRR | 解約後に再契約した顧客のMRR | セールス・マーケティング |
| 純新規 MRR | (新規+拡大+再開)-(解約+縮小) | 全体 |
国内の記事では新規・拡大・縮小・解約の4区分で説明されることが多いのですが、再開MRRを別建てで持つ意味は小さくありません。休眠顧客の掘り起こしが効いているのか、新規獲得が効いているのかを分けて評価できます。なお、Stripeの解説記事は純新規MRRを「新規+拡大-(解約+縮小)」と再開を含めない式で示しています。再開を独立区分として集計するなら、その月の増減額と一致させるために再開分を加算してください。再開だけが発生した月にMRRが増えた理由を説明できなくなります。
純新規MRRの符号だけでは質がわかりません。増加要因と減少要因の比率を見る指標がSaaS Quick Ratioで、(New MRR+Expansion MRR)÷(Churned MRR+Contraction MRR)で求めます。純新規MRRが同じプラスでも、この比率が1.2の事業と4.0の事業では、増えた分のうちどれだけを解約で失っているかが違います。ただしこの比率にコストは入っていないので、獲得効率そのものはCACとの対比で見る必要があります。解約側の内訳を詰めるときはチャーンレートの計算方法と種類を、獲得コストとの釣り合いを見るときはCACと顧客獲得コストの計算式を併せて確認してください。
ARR・NRRとの違いと、企業ごとに定義がそろわない実態
ARR(Annual Recurring Revenue)は年間の経常収益で、一般にMRRの12倍で求めます。月次契約が主体なら短期の意思決定に使いやすいMRRを、複数年契約を抱えるなら長期計画に向くARRを主指標に置く、という使い分けになります。NRR(Net Revenue Retention)は既存顧客の売上維持率で、拡大MRRが解約・縮小を上回れば100%を超えます。
ここで注意が必要なのは、ARRの算定単位が企業ごとに違うことです。実際のIR資料の定義文を並べると差がはっきりします。
| 企業(資料) | 指標名 | 算定方法 | 対象期の値 |
|---|---|---|---|
| freee(2026年6月期3Q) | サブスクリプションARR | 期末月のMRR×12 | 40,363百万円 |
| freee(同上) | トランザクションARR | 期末月の従量・手数料売上×12 | 差額 2,118百万円 |
| freee(同上) | プラットフォームARR | 上記2つの合計 | 42,481百万円 |
| Sansan(2026年5月期3Q) | ARR(年間固定収入) | 脚注は訳語のみ | 48,013百万円 |
freeeのMRRは「対象月の月末時点における継続課金ユーザー企業に係る月額料金の合計額」で、一時収益を含みません。期中の平均ではなく期末月の1か月分を12倍しているので、逆算するとサブスクリプションARR 40,363百万円は期末月MRR約3,363百万円に相当します。従量分を別建てにしている点も重要で、この分離をしていない企業のARRと並べれば、収益の質が違うものを同じ軸で比べることになります。Sansanのように脚注が訳語の提示にとどまる場合は、対象収益や基準時点をどう置いているかを資料本文で確かめる必要があります。
解約率の分母も各社の定義に依存します。Sansanは同資料で「Sansan」の直近12か月平均月次解約率を「既存契約のMRRに占める、解約に伴い減少したMRRの割合」と定義したうえで0.54%と開示しており、件数ベースではなく金額ベースです。同じ「解約率3%」でも、件数ベースか金額ベースかで意味が変わります。他社の数値を自社の目標に引き写す前に、必ず定義文の脚注を読む必要があります。
MRRを自社システムやSalesforceで集計するときの設計判断
MRRの集計時点:月末値と期中平均の選択
MRRの集計で後から取り返しがつかないのは、時点の定義です。freeeのように「月末時点」と決めれば、月中に契約して月末前に解約した顧客はその月のMRRに現れません。期中平均を採れば現れます。どちらが正しいというものではありませんが、途中で変更すると過去の時系列が断絶し、成長率も解約率も比較できなくなります。
実装面では、契約明細に月次のスナップショットを持たせる設計が扱いやすくなります。契約テーブルの現在値だけを持っていると、過去のある月のMRRを再現できず、拡大MRRと縮小MRRを分解できません。最小構成は「対象年月・契約明細ID・月額換算額・区分」の4列です。区分は当月の値だけでは決まらず、同じ契約明細の前月の月額換算額との差額で判定します。前月より増えていれば拡大、減っていれば縮小、前月に行が無ければ新規か再開で、その切り分けには過去に解約行が存在したかどうかの履歴照会が要ります。サブスクリプション課金側の実装論点は継続課金の仕組みと更新失敗対策で整理しています。
SalesforceでMRRを組む場合の選択肢と落とし穴
Sales Cloudの商談は成立時点の金額と締切日を持つ構造なので、そのままでは月次の経常収益になりません。標準機能で期間へ割るなら商品スケジュールを使います。Salesforceヘルプは「商品スケジュールを使用して、特定の期間にわたって支払いまたは納入が行われる商品の支払いおよび納入サイクルを決定できます」と説明し、顧客が一括で支払い商品を段階的に受け取る場合の「数量スケジュール」と、顧客が定期的に支払い商品を一度に受け取る場合の「収益スケジュール」を区別しています。利用できるのはProfessional Edition、Enterprise Edition、Performance Edition、Unlimited Edition、Developer Editionです。ただしこれはあくまで支払いおよび納入のサイクルを表す機能なので、収益スケジュールの月額をそのままMRRと呼べるわけではありません。年額前払いの入金予定と、MRRとして各月へ配賦する金額は別物です。収益スケジュールをMRRの計算に使うなら、それは自社で決めた配賦ルールを既存機能に載せているのだと理解したうえで、入金予定の集計とは別のレポートに分けてください。
注意したいのは製品選定です。Salesforceヘルプは旧Subscription Managementについて「Subscription Management continues to be available for existing customers, however, there is no longer any new feature development.」と明記し、後継としてAgentforce Revenue Managementを案内しています。これから新規にサブスクリプション収益の管理基盤をSalesforce上に構築するなら、開発が止まった製品を前提にした設計は避けるべきです。標準機能とカスタム項目で足りる規模なのか、収益管理製品を導入するのか、外部の課金システムと連携させるのかは、契約パターンの複雑さで決まります。判断軸はサブスクリプション管理システムの比較軸にまとめています。
MRR成長率の評価基準と事業規模別の読み方
T2D3とRule of 40の評価対象と適用条件
MRRの絶対額は、自社の経常収益の規模と時系列の推移を把握するには十分です。ただし「この水準が良いのか」を判断するには成長率の基準が要ります。よく引かれるのがT2D3とRule of 40です。
T2D3はBattery VenturesのNeeraj Agrawalが2015年に示した成長経路で、ARRを$2百万から3倍・3倍・2倍・2倍・2倍と積み上げて$144百万に到達する道筋を指します。原典はMarketo、NetSuite、Omniture、Salesforce、ServiceNow、Workday、Zendeskの7社が概ねこの経路をたどったと記しています。Rule of 40はBrad Feldが2015年に紹介した目安で、「The 40% rule is that your growth rate + your profit should add up to 40%.」というもので、成長率と利益率の合計で40%を目安にします。入力する成長率は月次の伸びではありません。Feldは同じ記事で「Just do year-over-year growth rate of monthly MRR」と、月次MRRの前年同月比を使うのが最も扱いやすいとしています。利益率の定義も社内で統一しないと、期によって基準が揺れます。成長段階では成長率で40%を稼ぎ、成熟すると利益率側に寄る、という読み方をします。
Stripeは初期段階のSaaS企業について月10〜20%のMRR成長が期待されるとしています。月10%が続けば約7か月で倍増し、12か月では約3.1倍です。この基準はあくまで初期段階を前提にした数字なので、規模も成長段階も違う事業へそのまま当てはめても意味がありません。T2D3が示すとおり年3倍前後の成長自体はARRが$2百万から$18百万へ向かう区間の話で、比較するなら相手の事業を同じ段階に揃えてから見てください。単位あたりの採算まで含めて健全性を見るならユニットエコノミクスとLTV/CACの合格ラインが判断材料になります。
国内SaaSの実勢と、評価を誤らせる読み方
海外発の基準だけで見ると水準感を掴み損ねます。一般社団法人 日本カスタマーサクセス協会「カスタマーサクセス白書2025」の第2部SaaSレポートは、同協会の調査に回答した国内SaaS事業者のNRRについて「NRR(Net Retention Revenue)も90〜100%が中央値で、エクスパンションの弱さが浮き彫りに」と述べています。回答者に限った区間集計なので国内全体の平均ではありませんが、中央値の帯が90〜100%にあるということは、拡大MRRで解約・縮小を大きく上回るところまで届いている企業が回答者の半数に満たない、という読み方になります。同レポートはARRについても「多くが1〜5億円に集中」、年間の顧客単価の中央値を13〜60万円としています。
この実勢を踏まえると、MRRの読み方で実際に危ないのは次の2点です。第一に、純新規MRRがプラスであることを健全さの証拠と見なすこと。NRRが100%前後にとどまる状態で純新規MRRがプラスなら、それは新規獲得が解約を上回っているだけであり、獲得を止めた瞬間にMRRは減ります。第二に、年額契約の一括入金をその月のMRRとして扱うこと。MRRが一時的に跳ね上がり、翌月に落ちる階段状のグラフになって傾向が読めなくなります。月額換算のルールを決めて全契約に一律で適用してください。
MRRを増やす施策そのものは、内訳のどこを動かすかで決まります。新規MRRなら獲得チャネル、拡大MRRなら上位プランへの移行と機能追加、解約MRRなら継続支援です。顧客あたりの回収額から逆算するならLTVの計算方法を、ストック収益の比率そのものを事業構造から見直すならリカーリングとサブスク・ストックビジネスの違いが参考になります。
よくある質問
MRRとはどういう意味ですか?
Monthly Recurring Revenueの略で、サブスクリプションやSaaSで毎月繰り返し発生する収益の合計を指します。日本語訳はStripeが「月間経常収益」、Salesforceが「月次経常収益」、SansanのIR資料が「月次固定収入」と分かれますが、指している概念は同じです。初期費用やスポット契約のような一時収益は含めません。
MRRの計算方法は?
「顧客数 × 顧客1人あたりの平均月間収益(ARPU)」、またはプランごとに「月額 × 契約者数」を合計します。月額1万円のプランを10社が契約していればMRRは10万円です。年額契約は契約金額を12で割って各月へ均します(年額1,200ポンドの契約はMRRに100ポンド)。割引をMRRから控除するかは集計方針として先に決め、全契約へ一律に適用します。無料トライアル中は課金が発生しないため含めません。
ARRとMRRの違いは何ですか?
測る期間が違います。MRRは1か月分、ARRは1年分で、一般にARR=MRR×12です。月次契約が主体なら短期の判断に使いやすいMRR、複数年契約を抱えるなら長期計画に使うARRを主指標に置きます。ただしARRの算定単位は各社が独自に定義しており、freeeは「各期末月のMRRを12倍」と明記しています。他社ARRと比べる際は必ず定義の脚注を確認してください。
MRRとは投資で何ですか?
投資家がサブスクリプション事業の企業価値評価に使う指標としてのMRRです。予測可能な収益の勢いを示すため、MRRの成長率や拡大の傾向とあわせて健全性と拡張性の判断に使われます。ただしMRRは会計基準に定義のある勘定科目ではないため、財務諸表の売上高とは一致しません。開示資料でMRRやARRを見るときは、算定方法を書いた脚注とセットで読む必要があります。
Net New MRRとSaaS Quick Ratioはどう使い分けますか?
Net New MRR(純新規MRR)は、再開を独立区分として持つなら(新規+拡大+再開)-(解約+縮小)で、その月にMRRが実際どれだけ増減したかを示す絶対量です。SaaS Quick Ratioは(New MRR+Expansion MRR)÷(Churned MRR+Contraction MRR)で、増加要因が減少要因の何倍かを示す比率です。前者で増減の大きさを、後者で成長の質を見ます。Net New MRRが同じプラスでも、比率が1に近ければ獲得した分をほぼ解約で失っている状態です。なお解約も縮小も発生しなかった月は分母がゼロになるため、比率を無限大とせず「対象外」と表示し、その月は増加額で評価してください。