病院の在庫管理システムは、診療材料と医薬品を部署ごとの定数で補充し、使った分を医事請求へ漏れなく流すための仕組みです。一般の在庫管理と違い、使用期限とロット番号の追跡、SPD業者の預託在庫、特定保険医療材料の保険請求までが同じデータの上に乗ります。この記事で順に整理するのは、SPDの定数管理と預託在庫の運用、2022年12月に義務化された医療機器・医薬品のバーコード表示を前提にした期限管理、医事会計や電子カルテとの連携の3点です。そのうえで、SPD業者の持込システムで足りる病院と、自院で在庫管理システムを持つべき病院の境界を示します。
まとめ:病院の在庫管理システムは定数補充と医事請求の突合で選ぶ
病院の在庫管理で成果を分けるのは、在庫数の正確さよりも「使った材料が請求と期限管理に確実につながるか」です。定数補充で現場の欠品を防ぎ、GS1バーコードで使用期限とロットを読み取り、患者に使った特定保険医療材料を医事請求データと突き合わせる。この3つの流れが一本のマスタでつながったとき、材料費の削減と請求漏れの防止が同時に進みます。
選定の判断は次の順で進めます。院内物流をSPD業者へ全面委託し、データとマスタを病院の資産として受け取れる契約なら、業者の持込システムで足ります。複数病院でマスタを統一したい、電子カルテや医事会計と双方向に連携したい、業者を替えてもデータを引き継ぎたい。こうした要件が一つでもあるなら、自院側に在庫管理システムを置く設計を検討する段階です。
病院の在庫管理システムが扱う診療材料・医薬品とSPDの守備範囲
病院の在庫は品目数が多く、管理する部門も分かれています。横浜市立大学附属市民総合医療センターのSPD仕様書では、搬送品目だけで診療材料類が約1,000品目、医薬品類が約2,700品目、術式セットが約960と示されています。まず分けて捉えるべきなのは、何を、誰が、どの単位で管理するのかです。
病院の診療材料・医薬品・消耗品で管理単位と責任部署が分かれる理由
診療材料はカテーテルやガーゼのように病棟や手術室で使う物品で、用度課やSPD業者が管理します。医薬品は薬剤部が発注と在庫の責任を持ち、注射薬や内服薬は薬剤師の監査を経て払い出す運用です。事務用品や医療ガスまで同じ物流に乗せる病院もあります。
管理単位も違います。横浜市立大学附属市民総合医療センターのSPD業務委託仕様書は、診療材料の取扱単位を最小単位(使用単位)、医薬品を指定の包装単位と定めています。箱で買ってバラで使う診療材料は、発注単位と払出単位の換算をシステムに持たせないと在庫数が合いません。
一般の在庫管理システムと病院向けで管理要件が変わる4つの違い
倉庫や小売の在庫管理システムをそのまま病院に入れると、次の4点で足りなくなります。
- 使用期限とロット番号を品目ごとではなく入荷単位で持つ必要がある
- 在庫の所有者が病院とSPD業者で分かれる(預託在庫)
- 使った材料を患者単位で記録し、保険請求へ渡す必要がある
- 回収情報が出たとき、該当ロットの所在を部署単位で特定する必要がある
このうち費用対効果が大きいのは3点目の請求連携です。期限管理は廃棄ロスの削減にとどまりますが、請求漏れは売上の取りこぼしに直結します。入出庫と引当の基本は在庫管理システムの仕組みと機能・費用の解説に譲り、本記事では病院に固有の要件だけを扱います。
医療機器管理システム・医薬品受発注システムとの守備範囲の違い
名前が似ていても、医療機器管理システムは輸液ポンプや人工呼吸器などの保守点検・貸出の管理が目的で、主な利用者は臨床工学技士です。在庫管理システムが対象にするのは使えばなくなる消耗品と医薬品で、目的が異なります。
卸との発注データ交換も別の領域です。JD-NETなど卸と医療機関をつなぐ受発注の要件は医薬品業界の受発注システムの選び方で整理しています。院内の在庫管理システムは、卸から受け取った納品データを取り込み、院内の払出と消費へつなぐ側を担います。
SPDの定数管理と預託在庫で所有権が移る時点を記録するシステム設計
SPD(Supply Processing and Distribution)は、院内物品の調達・在庫・払出・補充を一元管理する仕組みです。システム設計で最初に決めるべきなのは、在庫が誰のもので、いつ病院の負債になるかです。
部署定数3日分を基準にした定数補充とSPDカード方式の運用の流れ
定数管理は、部署ごとに置いておく品目と数量(定数)を決め、使った分だけを定期的に補充する方式です。前述の仕様書では、部署の定数在庫を原則3日分とし、休診日を除く毎日の定時搬送に加えて午後1回の定時外搬送を求めています。
- 部署の棚に、品名と管理コードを記したSPDカードを付けた物品を定数ぶん置く
- 職員が物品を使うときにカードを外し、回収ボックスへ投函する
- SPD担当者がカードを回収して読み込み、消費として計上する
- 消費数を院内倉庫からピッキングし、次の定時搬送で補充する
システムに必要なのは、部署別の定数表、カードの読み込みによる消費計上、補充指示の帳票の3つです。定数は消費実績から年1回以上見直すのが前提なので、部署別・品目別の消費履歴を期間で集計できる設計にしておきます。
預託在庫で使用時に所有権が移る運用と所有者別の在庫データの持ち方
預託在庫は、院内に置いた材料の所有権をSPD業者に残し、使った分だけを病院が購入する方式です。同仕様書では、定数管理品はSPDカードを回収して消費を読み込んだ時点、定数外の品目は部署への払出時点で、所有権が病院へ移り債務が発生すると定めています。
この運用を支えるには、在庫レコードに「所有者」と「所有権移転日時」を持たせます。棚の上には業者在庫と病院在庫が混在するためです。契約開始時に病院の買取在庫が残っている場合は、両者を区分したうえで病院在庫を優先して消費させる指示も仕様書にあります。所有者を持たない在庫データでは、月末の請求額と現物の照合ができません。
60日不動品の定数除外と有効期限切れの負担区分を記録する方法
同仕様書には、60日以上発注のない定数品は協議のうえ定数から外し、業者が引き取るという規定があります。期限切れの負担は原則として業者ですが、業者が定数削減を提案したのに病院が定数継続を指示した場合は病院の負担になります。
この取り決めをシステムに落とすと、不動日数の自動算出と、定数削減の提案・承認の履歴が必要になります。誰が継続を判断したかが記録に残らないと、期限切れが出たときに負担区分を決められません。棚卸と有効期限チェックは各部署で年2回、手術室は毎月とされており、点検結果を同じ在庫データに書き戻せる画面も用意します。
GS1バーコードの表示義務化で変わる使用期限・ロット管理の実装
使用期限とロット番号を手入力で管理するのは現実的ではありません。2022年12月以降、医療機器と医薬品には製造販売業者によるバーコード表示が法律上の義務になり、院内システムで読み取る前提が整いました。
2022年12月施行の符号表示義務と包装単位ごとに必要な表示項目
令和元年の薬機法改正で、医薬品・医療機器・再生医療等製品を特定する符号として、バーコードまたは二次元コードを容器等に表示することが令和4年12月1日から義務化されました。厚生労働省の医療用麻薬製品・臨床試用医薬品・再生医療等製品へのバーコード表示に関する事務連絡(令和3年3月3日)では、従来の通知で対象外だった医療用麻薬製品なども表示の対象に加える方向が示されています。
読み取る側が押さえておくべきなのは、包装単位ごとに必須項目が違う点です。令和4年9月13日付の実施要項では、特定保険医療材料は個装・販売包装・元梱包装のすべてで商品コードと製造識別子(有効期限・ロット番号など)が必須表示です。その他の医療機器は、個装単位が任意表示とされています。バラで払い出した後の個装を読んで期限を取れるかどうかは、品目の区分で変わります。
個装単位の表示率91.4%から読む院内の読み取り運用の前提条件
厚生労働省が令和8年3月25日に公表した「医療機器等における情報化進捗状況調査」(令和6年9月末時点)では、表示率は次のとおりです。
| 区分 | 販売包装 | 個装 | DB登録 |
|---|---|---|---|
| 特定保険医療材料 | 100.0% | 97.7% | 99.1% |
| 医療機器計 | 99.8% | 91.4% | 90.4% |
| 消耗材料 | 90.3% | 集計なし | 71.9% |
箱単位で入荷検品するならほぼ全品が読めます。一方、個装で読めない医療機器が約1割、データベース未登録の消耗材料が約3割残る計算です。このため院内ラベルの発行機能は外せません。読めない個装には入荷時に院内バーコードを貼り、GS1の商品コード(JANコード)と院内コードの対応表をマスタに持たせます。
有効期限とロット番号を在庫データに持たせる先入先出の払出設計
同資料が説明するとおり、医療機器のバーコードはGS1-128で、商品コードに加えて有効期限やロット番号などの可変情報を表せます。在庫データは「品目×ロット×有効期限×保管場所」を1行とし、払出時には期限の近いロットから引き当てます。
回収情報が出たときに効くのもこの持ち方です。ロット番号で検索すれば、倉庫・部署・手術室のどこに何個あるか、すでに誰に使ったかまで追えます。品目単位で数量だけを持つ設計では、回収のたびに全部署を目視で探す作業が必要です。期限の近い順に引き当てる処理は在庫引当の実装方法の考え方がそのまま使えます。
医事会計・電子カルテ・受発注とのデータ連携で請求漏れを防ぐ構成
病院の在庫管理システムが単なる物流システムで終わるか、経営に効くかは連携の範囲で決まります。中心になるのは医事会計との突合です。
特定保険医療材料の使用実績を患者別の医事請求データと突合する仕組み
特定保険医療材料は、診療報酬とは別に保険償還価格が設定された材料で、PTCAカテーテルやダイアライザー、人工骨などが該当します。使ったのに医事会計へ入力されなければ、その償還額をそのまま取りこぼします。
前述のSPD仕様書では、保険請求が可能な材料に医事コードを符号化した償還ラベルを貼り、医事請求データとSPDの管理データを突合する業務を求めています。システム側で用意するのは、材料マスタに医事コードを持たせ、消費データと医事の算定データを患者・日付・医事コードで照合し、差分を一覧にする機能です。償還価格は診療報酬改定で変わるため、医事コードのマスタ更新を誰がいつ行うかも運用に組み込みます。
手術室の術式別セットと患者別使用登録をHISにつなぐ双方向の流れ
カテーテルやインプラントなど高額な材料を使う手術室と血管撮影室は、前述の仕様書でも請求漏れ対策の対象として別紙で業務が定められています。その別紙では、HIS(病院情報システム)で手術予定を確認し、術式ごとの標準セットを準備して、使用したすべての材料を患者単位で登録する流れが定められています。
連携の設計としては、手術予定をHISから受け取り、使用材料の登録結果を医事会計へ返す双方向の流れになります。電子カルテや部門システムとの接続方式は病院ごとに異なるため、院内データ連携の4方式と電子カルテ更新時の移行判断で自院の構成を確認してから、どこまでを自動連携にするかを決めます。
卸との受発注連携と院内ネットワーク分離で守るべき安全管理上の制約
卸への発注にはインターネット経由の受発注サービスを使うことが多く、患者情報を扱う院内ネットワークとの接続方法が問題になります。同仕様書は、院内の診療材料管理システムとインターネット経由の発注システムを直接結合してはならず、連携が必要なら個人情報を含まない形で外部記録媒体などを使うよう定めています。
新しく構築する場合も、この分離の考え方は変わりません。発注データに患者情報を載せない設計にし、連携経路を医療情報システムの安全管理ガイドライン第7.0版の技術的対策と照らし合わせて決めます。ここを後回しにすると、完成後に院内の情報システム委員会で接続が認められず、手作業の転記が残ります。
病院がSPD業者の持込システムと受託開発を選び分ける判断基準
病院の在庫管理システムには、SPD業者の持込システム、医療向けパッケージ、受託開発の3つの選択肢があります。結論から言えば、多くの単独病院では業者の持込システムで十分です。自院で持つべきなのは条件がそろった場合に限られます。
SPD業者の持込システムで足りる病院と自院で持つべき病院の境界
次の条件をすべて満たすなら、SPD業者の持込システムを使い、自院での開発は見送ります。
- 院内物流をSPD業者へ全面委託し、当面は委託先を替える予定がない
- マスタと蓄積データが病院の資産として、Excel形式などで取り出せる契約になっている
- 医事請求との突合を業者の帳票と医事課の確認で回せている
反対に、自院側に在庫管理システムを置く設計に切り替えるべきなのは、法人内の複数病院でマスタと購買単価を統一したい場合、医事会計や電子カルテと双方向に自動連携したい場合、SPD業者の入札替えのたびにデータ移行で混乱している場合です。業者のシステムは業者の業務のために作られており、病院の経営分析や他システム連携の要件は後回しになりがちです。こうした要件の切り分けから相談したい場合は、在庫管理システム開発の窓口で既存SPD運用を前提にした構成を検討できます。
受託開発を見送るべき場面と汎用在庫アプリで十分な小規模施設の条件
無床診療所や小規模なクリニックでは、受託開発は過剰です。品目数が数百程度で、特定保険医療材料をほとんど使わないなら、使用期限のアラートを持つ汎用の在庫管理アプリと手作業の棚卸で回ります。開発費を回収できるだけの請求漏れや廃棄ロスが、そもそも発生しないためです。
病院であっても、電子カルテの更新が1〜2年以内に控えている時期の新規開発は避けます。連携先の仕様が変わるため、作った連携をすぐ作り直すことになるからです。この場合は電子カルテの更新計画を先に固め、在庫管理は既存の仕組みで延命します。
導入前に棚卸しておくマスタ・データ所有権・契約終了時の引継ぎ
どの選択肢を取る場合も、着手前に材料マスタの現状を棚卸しします。院内コード、JANコード、医事コード、償還価格の対応が取れていない品目が多いと、どのシステムを入れても突合が機能しません。
SPD業者と契約する側では、データの所有権と引継ぎを仕様書に書き込みます。前述の仕様書は、システム運用で生成したマスタを含む数値データを病院の資産とし、契約終了時には無償で引き渡すこと、移行補助を最低3か月行うことを定めています。契約終了時に院内に残る業者在庫の買取価格を決めておく条項も、同じ仕様書の記載事項です。ここが曖昧なまま業者を替えると、定数表と消費履歴が新しいシステムに残りません。
医療業界の在庫管理システムの選定・運用に関するよくある質問と回答
病院やクリニックで在庫管理システムを検討する担当者から寄せられやすい質問をまとめました。
病院の在庫管理システムとSPDは何が違いますか?
SPDは院内物品の調達・在庫・払出・補充を一元管理する業務の仕組みで、多くの病院が専門業者に委託しています。在庫管理システムは、その業務を支えるソフトウェアです。業者委託型のSPDでは業者がシステムを持ち込むのが一般的で、病院が自前でシステムを持つかどうかは、データの所有と他システム連携の要件で決まります。
医薬品と診療材料は同じ在庫管理システムで管理できますか?
同じシステムで管理できますが、管理責任と払出の流れは分けて設計します。医薬品は薬剤部が発注と在庫の責任を持ち、薬剤師の監査を経て払い出されます。診療材料の管理は、用度課やSPD業者による定数補充の方式です。共通のマスタと在庫データに載せつつ、品目区分ごとに承認経路と画面を分けると運用が混乱しません。
使用期限の管理はバーコードだけで自動化できますか?
入荷時の販売包装はほぼ全品がGS1バーコードで有効期限とロットを読めます。ただし厚生労働省の令和6年9月末時点の調査では、医療機器の個装単位の表示率は91.4%で、全品ではありません。読めない個装には入荷時に院内ラベルを貼り、期限を在庫データへ登録する運用を組み合わせて自動化します。
預託在庫にすると病院の在庫リスクはなくなりますか?
在庫の資金負担は業者側に移りますが、リスクがすべて消えるわけではありません。定数の紛失や破損が分かった時点で病院に債務が生じる契約が一般的で、業者が定数削減を提案したのに病院が継続を指示した品目の期限切れは病院負担とする例もあります。契約条件と、判断の履歴を残すシステムの両方で備えます。
クリニックにも専用の在庫管理システムは必要ですか?
無床診療所で品目が数百程度なら、専用システムの開発は不要です。使用期限のアラートと発注点の設定ができる汎用の在庫管理アプリで足ります。特定保険医療材料を多く使う透析や内視鏡のクリニックでは、レセプトコンピュータとの突合を重視し、医療向けパッケージを比較する価値があります。
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