ワークフローシステムの導入事例には、決裁が2週間から3日になった、差し戻しが半分になった、紙の保管庫が空いた、といった成果が並びます。ただ、同じ製品を入れても同じ数字が出るとは限りません。事例の数字は、測り方の前提と、その会社の申請の形の上に成り立っているからです。
この記事では、事例に出てくる3つの効果指標が何を測っているかを分解し、紙稟議の廃止・経費申請の電子化・多拠点の決裁統一という3つの導入パターン、公開されている行政の見直し事例から読める押印廃止と電子化の違い、失敗事例に共通する要因、自社の見込み値への置き換え方までを扱います。製品の機能や選び方の全体像はワークフローシステムとは?機能・クラウドとオンプレの違い・選び方と自社開発の判断基準にまとめています。
まとめ:ワークフローシステムの導入事例を自社の判断材料にする要点
- 決裁日数は起点と終点を確認する。申請日から最終承認日までの暦日なのか、営業日なのか、差し戻し後の再申請を起点にしているのかで、同じ「3日」が指す実態は変わります。
- 差し戻し率は分母を確認する。全申請件数を分母にした率と、承認経路を一度でも通った件数を分母にした率は別の数字です。
- 印刷保管費の削減は法令の保存要件で上限が決まる。経費申請に付く領収書は、電子帳簿保存法の要件を満たさない限り紙の原本を捨てられません。
- 押印をやめた事例と電子化した事例を分ける。内閣府が公表した各府省の見直し事例208件のうち、「電子化により」書面ごと廃止したと書かれた項目は13件でした。
- 事例は予測値ではなく測定計画のひな型として使う。自社の件数と日数を先に1か月分数えてから読むと、事例は何を測ればよいかを教える資料になります。
導入事例に並ぶ効果指標の種類と、それぞれが実際に測っている範囲
ワークフローシステムの導入事例で効果として示される数字は、ほぼ3種類に集約されます。承認にかかる日数(承認リードタイム)、差し戻しの発生率、そして紙の印刷と保管にかかる費用です。どれも分かりやすい数字ですが、測り方の約束事が事例ごとに違い、しかも本文に書かれないことがほとんどです。
| 指標 | 測っているもの | 確認する前提 |
|---|---|---|
| 承認リードタイム | 申請から最終承認までの日数 | 起点・終点・暦日か営業日か |
| 差し戻し率 | 申請の不備で戻った割合 | 分母・再申請の数え方 |
| 印刷保管費 | 用紙・印刷・保管場所の費用 | 原本を捨てられる書類の範囲 |
3つのうちシステム導入と因果が近いのは承認リードタイムで、遠いのが印刷保管費です。後者は法令上の保存義務に縛られるため、システムを入れた日から自動的に下がる数字ではありません。
承認リードタイムは起点と終点、暦日か営業日かで別の数字になる
「決裁が平均5日から1.5日になった」という事例を読むとき、最初に探すのは日数の起点と終点です。起点が申請ボタンを押した日なのか、起案者が書類を作り始めた日なのか。終点が最終承認者の承認日なのか、経理が支払処理を終えた日なのか。紙の時代の数字は回覧簿の受付印から拾っていることが多く、システム導入後の数字はログのタイムスタンプから取るため、測っている区間がそもそも一致していないことがあります。
暦日か営業日かも数字を大きく動かします。金曜に申請して月曜に承認された案件は、暦日なら3日、営業日なら1日です。週をまたぐ案件が多い会社では、この違いだけで平均値が倍近く変わります。
平均値か中央値かも確認してください。紙の稟議では、承認者の長期出張で1か月止まった案件が1件あるだけで平均が跳ね上がります。システム化で消えたのがその外れ値だけだった場合、平均は大きく縮んでも、日常の申請の体感はほとんど変わりません。
差し戻し率の事例比較でそろえるべき分母の定義と再申請の数え方
差し戻し率の改善をうたう事例では、分母の取り方が2通りあります。月の全申請件数を分母にする方法と、承認経路を一度でも通った件数を分母にする方法です。システムの入力チェックで申請前に弾かれた件数を「申請」に含めるかどうかでも、率は変わります。入力時に必須項目や金額上限を検査する仕組みを入れると、紙なら差し戻されていた不備が申請前に止まるので、差し戻し率は下がって見えます。実際には不備の件数が減ったのではなく、発見される場所が承認者の手元から申請画面に移っただけという場合もあるのです。
再申請の数え方も事例ごとに違います。1件の申請が2回差し戻されたとき、差し戻し2件と数えるのか、差し戻しのあった申請1件と数えるのかです。比べるときは、件数ではなく「差し戻しのあった申請の割合」にそろえると、事例同士の比較がしやすくなります。
印刷保管費の削減上限を決める紙の原本を捨てられる対象書類の範囲
ペーパーレスによる用紙・トナー・保管場所の削減は、事例でよく見る効果です。ただし、削減の上限を決めるのは法令上の保存要件です。社内の稟議書や休暇届のように法定の保存形式が定められていない書類は、電子データで残せば紙を作る必要がなくなります。一方、経費申請に添付する領収書や請求書は税法上の保存義務がある書類で、紙の原本を捨てるには国税庁が電子帳簿保存法関係のページで示すスキャナ保存の要件を満たす必要があります。
事例で「保管費がゼロになった」と書かれている場合、その会社がスキャナ保存の要件を満たした運用まで整えたのか、社内文書だけを対象にした数字なのかで意味が変わります。経費申請を含めて紙を減らしたいなら、ワークフローの導入とは別に保存要件への対応が要ります。紙の書類を3区分に分けて対応の重さを整理したペーパーレス化の進め方とは?手順・対象業務の優先順位と電帳法対応を解説と併せて確認してください。
業種と規模で分かれる3つの導入パターンと事例が成立している申請の形
導入事例は業種別に並べられることが多いのですが、効果の出方を決めているのは業種よりも、どの申請を電子化したかという導入パターンです。公開されている事例を整理すると、紙稟議の廃止、経費申請の電子化、多拠点の決裁統一の3つに分かれます。
紙稟議の廃止型:拠点と承認者が多いほど決裁日数の差が出る事例
もっとも多いのが、紙の稟議書の回覧をやめて画面上で承認する型です。この型で効果が出るのは、書類の物理的な移動にかかっていた時間です。横浜市の社会福祉法人秀峰会の例では、ベンダーの株式会社エイトレッドが2015年に公表したX-point導入に関するプレスリリースで、「約1週間、場合によっては約2週間かかっていた決裁が3日間程度」になったと説明されています。同じリリースは、事業拠点や職員が増える中で申請・承認業務を効率化したかったことを導入理由に挙げています。
この数字の読み方として押さえたいのは、効果の主因が拠点間の書類移動の消滅にあるという点です。承認者が全員同じフロアにいる会社では、紙でも1日で回る稟議が少なくありません。この型の事例が自社に近いかどうかは、承認者の勤務地が何か所に分かれているか、出張や外出で不在になる承認者が何人いるかで判断できます。なお、このリリースはベンダー自身の発表で、公表から11年が経っています。数値は桁感をつかむ参考にとどめるのが妥当です。
経費申請の電子化型:効果の大半が会計への転記削減から来る事例
交通費や立替経費の申請をワークフローに載せる型では、承認の速さよりも、承認後の経理処理で効果が出ます。紙の経費精算書では、承認が終わった後に経理担当者が会計ソフトへ金額と勘定科目を打ち直す作業が必要です。ワークフローの申請データを仕訳として会計側へ渡せるようになると、この転記と照合の作業が消えます。事例で「経理の作業時間が月◯時間減った」とある場合、その大半はこの転記の削減です。
したがって、会計ソフトとの連携を作らずに申請と承認だけを電子化した会社では、この型の事例の数字は出ません。経費申請をワークフローで回すか経費精算システムで回すかの線引きは経費精算システムとワークフローシステムの違い:経費申請をどちらで回すかの判断軸と統合パターンで扱っています。
多拠点の決裁統一型:経路の標準化が先で、システムは後から効く事例
支店や施設ごとに申請書式と承認の順番が違っていた会社が、全社で統一した経路に切り替える型です。この型の事例では、効果の多くがシステム導入の前段で行った書式と経路の統一から来ています。拠点ごとに10種類あった休暇届が1種類になれば、それだけで記入ミスと差し戻しは減ります。システムはその統一を維持する役目を担い、統一そのものを行うわけではありません。
事例を読むときは、導入プロジェクトの中で書式の統廃合にどれだけ時間を割いたかを探してください。統一を経ないまま拠点ごとの書式をそのまま画面に写した会社では、同じ効果は出ません。拠点が多い業種の具体的な設計は介護業界のワークフローシステム|多拠点の決裁とスマホ申請の設計、承認者が数千人規模になる場合は大企業のワークフローシステム選定|多階層の承認経路・J-SOX統制・人事連携の要件が詳しく扱っています。
公開されている行政の見直し事例から読む押印廃止と電子化の違い
民間の導入事例は、ほとんどがベンダーの発表です。それに対して、国の機関が自らの内部手続をどう変えたかを一覧にした公開資料があります。押印廃止の流れの中で出た資料ですが、事例を読むときの重要な区別を教えてくれます。
内閣府が公表した各府省の内部手続208件の書面・押印の見直し内容の内訳
内閣府の規制改革のうち書面規制・押印・対面規制の見直しを扱うページには、令和2年11月16日付の参考資料の別紙として、会計手続、人事手続等において各府省が裁量により求めている書面・押印・対面の見直し事例が掲載されています。支出伺い、休暇簿、出勤簿、超過勤務等命令簿、タクシーチケット使用申請書など、民間企業のワークフローでも典型的な申請が並び、整理番号は208まであります。
見直しの内容を読むと、「電子化により」書面や押印を廃止したと書かれた項目は13件でした。支出伺い、契約関係書類一式、経費伺いの決裁一式、勤務時間報告書、給与明細の電子交付に係る同意書などです。残りの大半は「押印を廃止」「署名を廃止」で、書面そのものは残っています。押印見直しの公開事例のほとんどは、ハンコの欄をなくした事例であって、申請を電子化した事例ではないということです。
押印をやめただけの事例を電子化による承認日数短縮の根拠に使わない理由
押印の省略が法的に認められる範囲は、かなり広いものです。内閣府・法務省・経済産業省が令和2年6月19日に公表した押印に関するQ&Aは、問1で、契約は当事者の意思の合致で成立し、書面への押印は特段の定めがある場合を除き必要な要件ではないと答えています。社内の申請書の押印欄も、多くは内部規程の改正だけでなくせます。
ただ、押印をなくしても紙の回覧は残ります。承認日数を決めているのは判子を押す時間ではなく、書類が承認者の机に届くまでの時間と、承認者が不在で止まる時間です。押印廃止を「脱ハンコの導入事例」として紹介している資料を、ワークフローシステムで決裁日数が縮む根拠に使うのは誤りです。社内の稟議書を電子化する際の押印の扱いと保存期間は稟議書を電子化するには?電子稟議への移行手順と押印・保存期間・電帳法の扱いに整理しました。
導入事例に出てこない失敗事例から見える運用上のつまずきの共通要因
ベンダーの事例集に失敗例は載りません。ただ、成功事例の裏返しとして、効果が出なかった導入には共通する形があります。ここでは発生しやすい順に2つ挙げます。
紙の申請書をそのまま画面に写して承認者の数が減らなかった失敗
もっとも多いのは、紙の書式と承認の順番を一切変えずに画面へ写したケースです。紙で7人の押印欄があった稟議書を、そのまま7段階の承認経路として設定すると、物理的な移動時間は消えても、7人が順に開いて承認する待ち時間は残ります。承認者が1人でも外出していれば止まる構造も同じです。
この失敗を避けるには、システムに載せる前に、金額帯ごとに本当に必要な承認者を決め直す作業が要ります。たとえば5万円未満は課長決裁で終える、といった職務権限規程の見直しを伴わない導入では、事例で見るような日数の短縮は起きません。順番として、規程と経路の見直しが先、システムの設定が後です。
例外の申請を紙やメールに残したまま導入後も二重運用が常態化する失敗
2つ目は、標準の書式に収まらない申請を「当面は紙で」と残したケースです。月に数件の特殊な申請であっても、紙の運用が残る限り、回覧の仕組みと保管場所は維持されます。担当者はどの申請がシステムでどれが紙かを覚えておく必要があり、問い合わせ対応の手間はむしろ増えます。
導入から半年たっても紙の申請が全体の1割以上残っているなら、それは移行の途中ではなく二重運用が定着した状態と見たほうが正確です。人手の少ない会社で、最小構成から始めて紙を残さずに定着させる手順は中小企業のワークフローシステム導入|情シス不在でも回る最小構成と定着の手順で扱っています。
事例の数値を自社の見込みへ置き換える現状値の測り方と効果の試算
事例を判断に使うには、比べる相手になる自社の現状値が先に要ります。現状値がないまま事例を読むと、書かれている削減幅をそのまま期待値にしてしまいます。
導入前の1か月で申請種別ごとの件数と決裁日数と差し戻し件数を数える
最初に、申請の種別ごとに月の件数を数えます。稟議、経費、休暇、購買依頼といった単位で十分です。件数は種別ごとに大きく偏るのが普通で、件数の多い上位の数種別が電子化の効果の大半を決めます。
次に、上位の種別について決裁日数と差し戻し件数を記録します。回覧簿や申請書の日付欄から、申請日と最終承認日を拾い、営業日で数えてください。差し戻しは「差し戻しのあった申請の数」で数えると、前の章で触れた分母の問題を避けられます。1か月分あれば、事例の数字と同じ物差しで並べられる状態になります。
自社の削減額を工数と印刷保管費に分けた試算と回収年数による導入判断
工数の削減は、1件あたりの処理時間の短縮に月の件数を掛け、人件費の時間単価を掛けて出します。処理時間には、申請者の記入、承認者の確認、経理の転記をそれぞれ含めます。印刷保管費は、法定の保存義務がない社内文書の分だけを計上し、領収書などの税務書類は保存要件への対応が済むまで削減に含めません。
年間の削減額を、初期費用と年間の利用料で割った値が回収年数です。3年以内に回収できるかを判断の線に置くと、クラウドの標準製品で足りるのか、作り込みが要るのかの見当がつきます。費用側の相場と内訳はワークフローシステムの費用相場と内訳|月額・初期費用・自社開発との5年総額で確認できます。
事例を導入判断の根拠にしてよい場面とパッケージで足りない場面
ここまでの整理を、判断の形で言い切ります。導入事例は使い方を誤らなければ有用ですが、根拠に使ってよい場面は限られます。
事例を根拠にしてよいのは申請種別と経路の形が自社と一致するときだけ
事例を採用の根拠に使ってよいのは、電子化した申請の種別と、承認経路の段数・分岐の形が自社と一致するときです。業種が同じでも、紙稟議の廃止型の事例を、経費申請の電子化を検討している会社の根拠にはできません。反対に業種が違っても、承認者の勤務地が分散しているという条件が同じなら、紙稟議の廃止型の事例は参考になります。
次の場面では事例を根拠にしないでください。現状値を測らないまま事例の日数を稟議の予測値に転記する場面、押印廃止の資料を電子化の効果として読む場面、書式統一の効果をシステムの効果として読む場面です。事例は効果の予測値ではなく、自社で何を測るかを決めるひな型として使ってください。
事例の型に当てはまらない承認ロジックが残るなら作る側を検討する
現状値を測ってみると、標準製品の経路設定では表せない申請が見つかることがあります。案件ごとに承認者が変わる受注稟議、金額だけでなく取引先の与信区分で経路が分かれる購買申請、基幹システムの在庫や予算残高を見て承認可否が決まる申請などです。この種の申請が件数の上位に入っている会社では、公開事例のどの型にも当てはまりません。
その場合は、製品比較を続けるより、承認ロジックを業務に合わせて作る選択肢を並べて検討したほうが早く決着します。製品の型ごとの選び分けはワークフローシステム比較の判断軸4つ|タイプ別の選び分けと費用の見方で、既存の基幹システムとつないで承認ロジックを作る構成はワークフローシステム開発で扱っています。
よくある質問
ワークフローシステムの導入事例を調べる段階で、よく寄せられる質問をまとめました。
ワークフローシステムの導入事例はどこで探せばよいですか?
製品ベンダーの公式サイトの事例ページと、比較サイトの事例一覧が主な情報源です。ベンダーの事例は数字が具体的な一方、自社製品の効果として書かれるため前提条件が省かれがちです。押印や書面の見直しについては、内閣府が各府省の内部手続の見直し事例を公開しています。電子化した申請の種別と承認経路の形が自社に近いものを2本か3本選び、数字より導入前の課題の記述を読み比べるのが実用的です。
事例に出てくる決裁日数の短縮はそのまま自社に当てはまりますか?
当てはまりません。決裁日数は、承認者の勤務地の分散、承認の段数、暦日か営業日かという測り方によって大きく変わります。自社の申請種別ごとの決裁日数を1か月分測ったうえで、事例の数字は短縮の上限がどの程度かを知る参考にとどめてください。
ワークフローシステムの導入に失敗する会社に共通点はありますか?
紙の書式と承認の順番を変えないまま画面に写した会社と、例外の申請を紙で残した会社に失敗が集中します。前者では待ち時間が残ること、後者では二重運用で手間が増えることが問題です。どちらも製品の機能ではなく、導入前に職務権限と書式を見直したかどうかで決まります。
中小企業でも大企業の導入事例は参考になりますか?
規模よりも申請の形が近いかどうかで判断してください。大企業の事例は承認段数が多く、人事システムとの連携が効果の中心になっていることが多いため、承認者が数人の会社にはそのまま当てはまりません。拠点が分散しているという条件が共通なら、規模が違っても紙稟議の廃止型の事例は参考になります。
導入効果が数字に出るまでどのくらいの期間がかかりますか?
紙稟議の廃止型では、全社で切り替えた月から決裁日数に差が出ます。経費申請の電子化型は会計への連携が動き始めてから、多拠点の決裁統一型は書式の統廃合が終わってからになります。比べる現状値を導入前に測っていなければ、いつ効果が出たかを判断できない点に注意してください。
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