GraphRAG Acceleratorとは何か?Azure上で知識グラフ連携でLLMを強化するソリューション

目次
- 1 GraphRAG Acceleratorとは何か?Azure上で知識グラフ連携でLLMを強化するソリューション
- 2 GraphRAGの概要 – グラフ構造とRAG手法でLLMの知識活用を強化する技術の仕組みと特徴を解説
- 3 環境構築手順 – GraphRAG Accelerator実行環境の準備とDev Container利用手順
- 4 Azureへのデプロイ方法 – BicepスクリプトによるAzureリソース自動展開とサービス構成の解説
- 5 事前準備・必要要件 – Azureサブスクリプションの設定とOpenAIリソース準備など導入前の条件
- 6 クイックスタートノートブックの利用方法 – サンプルNotebookを用いたGraphRAG API操作手順
- 7 インデックス作成とナレッジグラフ構築 – データ取り込みから知識グラフ抽出・保存までの一連の流れを解説
- 8 API Managementサービスとの連携設定 – GraphRAG APIのAPIM登録とセキュリティ強化ポイント
- 9 実行結果と検証事例 – GraphRAGの回答例と性能検証(Global QueryとLocal Queryの比較)
- 10 まとめ・今後の展望 – GraphRAG Acceleratorの総括とナレッジグラフRAG技術の今後の展望
GraphRAG Acceleratorとは何か?Azure上で知識グラフ連携でLLMを強化するソリューション
GraphRAG Accelerator(グラフRAGアクセラレータ)とは、マイクロソフトが提供するオープンソースのソリューション・アクセラレータです。これはGraphRAGと呼ばれる先進的な技術をAzure上で迅速に実装するためのツール群とテンプレートのセットで、Azure上にワンクリックでナレッジグラフ対応のRAG(Retrieval Augmented Generation)システムをデプロイ可能にします。従来のRAG手法がベクトル検索によるドキュメント検索に頼っていたのに対し、GraphRAG AcceleratorはLLM(大規模言語モデル)の出力を強化するために知識グラフ(グラフデータベース)を活用します。これにより、複雑に関連し合う情報を含む質問に対しても、より豊富で一貫性のある回答を生成できるよう設計されています。
このアクセラレータには、Azureリソースを自動展開するためのInfrastructure as Code(Bicepテンプレート)や、データのインデックス作成・グラフ化を行うバックエンド、およびそれらを操作するAPIエンドポイントが含まれています。ユーザーはアクセラレータを用いてAzure環境に必要なサービス(後述する各種リソース)を一括で構築し、HTTP API経由でドキュメントの登録(インデックス化)や質問の問い合わせができる環境を整えることが可能です。GraphRAG Accelerator自体は公式製品ではなく参考実装という位置付けですが、高負荷に耐えうるスケーラブルな構成になっており、エンタープライズ環境でのLLM活用を見据えた高度なアーキテクチャを体験できる点が特徴です。
さらに、GraphRAG Acceleratorにはクイックスタート用のJupyterノートブックやサンプルコードも付属しており、初学者でも手早く試せるよう配慮されています。ただし、その運用には複数のAzureサービスを用いるため相応のコストが発生します(特に大規模モデルの推論やグラフ抽出処理には注意が必要です)。そのため、本格的に導入する際はアーキテクチャ設計や費用対効果を十分検討し、小規模なデータセットから試行することが推奨されています。
GraphRAG Accelerator登場の背景: 従来RAGの限界と知識グラフ活用の必要性
GraphRAG Acceleratorが登場した背景には、従来のRAG手法が抱える課題があります。一般的なRAG(ベクトル検索を用いたQA)では、ドキュメントを細切れ(チャンク)にしてベクトルインデックス化し、その類似検索結果をLLMに与えて回答を生成します。しかしこの方法だと、異なる文書間の複雑な関係性や文脈をまたいだ推論が苦手でした。例えば、複数の資料に分散された関連情報を統合して答えるような「マルチホップ質問」に対し、単純なベクトル検索では限界があります。こうした課題を解決するため、Microsoft Researchは知識グラフを組み合わせてLLMの情報検索能力を強化するGraphRAG技術を提案しました。GraphRAG Acceleratorは、この技術を現実のAzure環境で活用できる形にまとめ、誰でも試せるようにしたものです。
GraphRAG Acceleratorが目指すもの: LLMの回答精度向上と一貫性の確保
GraphRAG Acceleratorの目的は、LLMを用いた質問応答の精度と一貫性を飛躍的に向上させることです。知識グラフをLLMの“記憶”として組み込むことで、モデルは単に関連する文書断片を読むだけでなく、データ内のエンティティ(実体)や関係性を理解した上で回答を生成できます。例えば、企業内の大量のテキストデータから部門間の関係やプロジェクトの関連性を学習し、質問に対しては単なる文書の抜粋ではなく「どの情報がどう繋がっているか」を踏まえた説明的な答えを返すことが可能になります。このように、GraphRAG AcceleratorはLLMの持つ生成力に知識グラフ由来の論理構造を加えることで、回答の説得力や網羅性を高め、ビジネス文書や専門資料に対する高度な質問応答にも適用できるソリューションを目指しています。
GraphRAG Acceleratorの機能概要: インデックス作成からAPI提供までの一連の機能
GraphRAG Acceleratorに含まれる機能は多岐にわたります。まずインデックス作成機能では、提供されたテキストデータからベクトルインデックスと知識グラフを構築します。LLMを用いて文書中の重要語やエンティティを抽出し、ベクトル埋め込みを生成してAzure Cognitive Searchに登録する一方、抽出したエンティティ同士の関係を分析してグラフデータ(ノードとエッジの集合)を構築します。次にAPI提供機能として、GraphRAGで構築された知識グラフや検索インデックスを利用するためのREST APIエンドポイント群が公開されます。これらのAPIにより、外部からHTTPリクエストでドキュメントの追加(インデックス更新)や質問クエリの送信が可能です。また、管理機能として、Azure上の各種サービス(後述のAKSやAPIM等)によりスケーラビリティやセキュリティも確保されています。このように、データ投入から質問応答までの一連の流れを包括的に提供するのがGraphRAG Acceleratorの機能体系です。
GraphRAG Acceleratorのアーキテクチャ概要: Azure上に構成された主要コンポーネント
本アクセラレータの内部アーキテクチャは、複数のAzureサービスによって構成されています。後述するデプロイ手順にて自動作成される主なコンポーネントは以下の通りです。
- Azure Kubernetes Service (AKS): GraphRAGのバックエンドAPIや処理ワーカーがコンテナとして動作する基盤。スケーラブルな計算リソースを提供します。
- Azure Cosmos DB: 知識グラフのノード・エッジ情報を格納するデータベース。グラフデータや中間結果の保存に利用されます。
- Azure Cognitive Search: ドキュメントのベクトルインデックス(埋め込みベクトルによる検索用索引)を保持する検索サービス。質問時の候補ドキュメント検索に使用。
- Azure Storage: テキストファイルなどのドキュメントデータ、ログ、インデックス中間データを保存するストレージ。Blobコンテナとして機能します。
- Azure OpenAI Service: GPT-4やEmbeddingsモデルなどLLMの提供元。テキストの要約・関係抽出や質問応答の主要AIモデルとして使用されます。
- Azure API Management (APIM): GraphRAG用APIを外部提供するためのAPIゲートウェイ。エンドポイントの一元化とセキュリティ(サブスクリプションキー認証など)を担います。
- Azure Monitor/Log Analytics: システム全体のログやメトリックを集約し、動作状況の監視やトラブルシューティングに役立てます。
これらのコンポーネントが相互に連携することで、GraphRAG Acceleratorは高機能な分散システムとして動作します。ユーザーからの質問はAPIM経由でAKS上のGraphRAG APIに渡され、必要に応じてCosmos DB内のグラフとCognitive Search内のインデックスを参照しながらLLMが回答を生成します。このようなAzureサービスの組み合わせにより、大規模データに対する高度な質問応答を実現する堅牢なアーキテクチャが構築されています。
GraphRAG Accelerator導入メリット: 複雑な情報検索ニーズへのソリューション提供
GraphRAG Acceleratorを導入することによって得られるメリットも明確です。第一に、高度な質問応答能力です。知識グラフに裏打ちされたLLMにより、単純なFAQ回答から複雑な分析的質問まで、幅広い問いに対応できます。第二に、エンタープライズ向けのスケーラビリティと管理性です。Azure上のマネージドサービス群を活用しているため、需要に応じたスケールアウトやセキュリティ統制(例えばAPIキーやRBACによるアクセス管理)が容易です。第三に、迅速なプロトタイピングが可能な点も挙げられます。既存のアクセラレータを用いれば、一からシステムを構築せずとも短時間で高度なRAG環境を手に入れ、自社データで効果を検証できます。これにより、新しいAIソリューションのアイディアをすぐに試し、ビジネス価値を評価するといったアジャイルな取り組みが促進されます。総じて、GraphRAG Acceleratorは先進技術の実装ハードルを下げ、企業や研究者が次世代の知識活用型AIシステムを構築・検証するのを強力に後押しする存在と言えるでしょう。
GraphRAGの概要 – グラフ構造とRAG手法でLLMの知識活用を強化する技術の仕組みと特徴を解説
GraphRAG(グラフRAG)とは、「Graphs + Retrieval Augmented Generation」の略で、LLM(大規模言語モデル)による回答生成プロセスにグラフ構造を組み込んだ新しい手法です。マイクロソフトの研究チームにより提案されたこの技術は、テキストデータから知識グラフを自動抽出し、その構造化知識をLLMのコンテキストとして活用することで、従来より深い洞察に基づく応答を可能にします。簡単に言えば、GraphRAGは大量の文書から得られる「モノや概念同士のつながり」を記憶し、質問に答える際にはそれらのつながりを踏まえて推論するアプローチです。
従来のRAGが文書そのものを検索エンジン的に参照していたのに対し、GraphRAGでは文書群から構築した知識グラフが情報検索の土台となります。知識グラフとは、データ中のエンティティ(人物・組織・事物など)をノードとし、それらの間の関係(所属・因果・関連性など)をエッジで結んだネットワーク構造のことです。GraphRAGでは、LLMを使ってテキストから重要なエンティティと関係を抽出し、このグラフを自動生成します。そして質問が来ると、LLMはグラフ上の関連部分を辿りながら回答を組み立てます。これにより、単にキーワードの一致に依存することなく、暗黙の繋がりや文脈を踏まえた回答が可能となります。
GraphRAGの技術的特徴: LLMによる知識グラフ自動構築と要約
GraphRAGの技術的な特徴としてまず挙げられるのが、LLMを用いた知識グラフの自動構築です。通常、知識グラフの構築には専門家がオントロジーを設計し手作業でデータを整理することも多いですが、GraphRAGではこれを大規模言語モデルがテキストから直接行います。モデルは文章中から人物・場所・出来事などのエンティティを抽出し、それらがどのような関係で語られているか(例えば「AはBの一部」「XはYの原因」等)を判断してグラフ化します。さらに各エンティティについてLLMが要約文を生成しノード情報として付与するため、グラフ上のノードには意味的な説明が備わります。
また、GraphRAGは階層的コミュニティ検出と要約という高度な機能も備えています。グラフ上で密接に関連するノード群(コミュニティ)を検出し、それぞれをLLMでまとめて要約することで、大局的な構造を掴みやすくします。例えば、大規模な歴史に関するデータセットであれば、「戦国時代の武将グループ」「城と合戦に関するグループ」のようにトピックごとにノードをクラスタリングし、そのクラスタごとに背景説明を用意します。これによって、モデルは部分的な詳細から全体像まで階層構造で理解できるようになり、質問への回答時に適切なレベルの情報を引き出すことができます。
GraphRAGが解決する課題: 複雑な関連情報の統合と多段推論
GraphRAGが特に有効なのは、複数の情報源にまたがる知識統合や多段推論が必要なケースです。従来のQAシステムでは、関連する文書が別々に存在する場合、その繋がりを見落としたり断片的な答えしか得られなかったりしました。GraphRAGでは知識グラフがその橋渡しをします。例えば、「ある人物Aの決断が組織Bに及ぼした影響」について尋ねるような質問では、Aに関する文書とBに関する文書が別々でも、グラフ上でAとBが関係付けられていればモデルはそれを踏まえて回答を導き出せます。実際、GraphRAGの研究では従来のRAGでは困難だった間接的な関係性の推論に成功し、回答の正確性と一貫性が向上したと報告されています。これは、ビジネスのレポート分析や学術論文の調査など、情報が分散し複雑に絡み合う領域で特に大きな価値を発揮します。
Microsoft Researchによる研究背景と成果: GraphRAG開発の経緯
GraphRAGはMicrosoft Researchのプロジェクトとして発足し、2024年にその成果が論文やブログで発表されました。この研究の背景には、マイクロソフトが取り組んできたドキュメント検索・対話型AIの高度化があり、特に企業内文書や長大なテキストに潜む関係性を抽出して活用するニーズがありました。GraphRAGチームは、既存のRAG(Retrieval Augmented Generation)手法にネットワーク科学やグラフデータベースの考え方を融合させることで、この課題に応えようとしました。その成果は社内外で注目を集め、GraphRAGを用いたソリューションアクセラレータ(本記事のGraphRAG Accelerator)や関連するオープンソースライブラリの公開につながりました。また、GraphRAGの考え方は「LazyGraphRAG」「GraphRAG 1.0」などの改良版開発や、Microsoftのエージェントプラットフォーム(Microsoft Discoveryなど)への技術提供へと発展しており、知識グラフを組み込んだLLM活用法の一つの指標となっています。
GraphRAGの適用例: プライベートデータや専門分野での有効性
GraphRAGは様々な分野で応用可能ですが、特に効果を発揮するのは専門性の高い領域のプライベートデータです。例えば、法務分野では何十万件もの判例文書を対象にGraphRAGを適用し、法的質問に対して高精度な回答を得るデモンストレーションが報告されています(Azure Database for PostgreSQLを用いたGraphRAGソリューションなど)。また、医療研究論文のデータベースにGraphRAGを使えば、特定の疾患に関する知識グラフを自動構築し、関連論文間の知見を統合した回答を返すことも期待できます。さらに、企業内ナレッジ(社内報告書・議事録・技術文書など)にGraphRAGを適用すれば、部門横断の知識共有やベテラン社員の暗黙知の発見に寄与するかもしれません。このように、GraphRAGは単なる公開Web情報の検索ではなく、クローズドな専門データセット上でこそ真価を発揮する技術と言えるでしょう。
環境構築手順 – GraphRAG Accelerator実行環境の準備とDev Container利用手順
ここでは、GraphRAG Acceleratorを利用するためのローカル開発環境の構築手順について説明します。基本的には、GitHub上のGraphRAG Acceleratorリポジトリをクローンし、そこで提供されているツールを使ってAzureへのデプロイを進める形になります。Microsoftが公式に公開している手順に従えば、VS CodeのDev Container(開発コンテナ)機能を活用して必要な開発環境を自動構築することが可能です。以下に、環境構築の主なステップを示します。
開発環境の準備: リポジトリのクローンと依存ツールのインストール
まず初めに、GraphRAG Acceleratorのコードを入手します。GitHub上の公開リポジトリ(Azure-Samples/graphrag-accelerator
)をローカル環境にgit cloneしてください。リポジトリ内には、デプロイ用スクリプトや構成ファイル、サンプルノートブックなどが含まれています。
次に、必要なコマンドラインツール類を環境に揃えます。GraphRAG AcceleratorのデプロイにはAzure CLIやDocker、Kubernetes関連ツールが必要となるため、事前にインストールしておきましょう(後述の「事前準備・必要要件」セクションで詳しく列挙します)。具体的には、Azure CLI、Docker Desktop、kubectl、Helm、jq、yqなどのツールが必要です。ローカルマシンにこれらをインストールするか、次項のようにDev Containerを利用してセットアップします。
VS Code Dev Containerの利用: 開発コンテナでツールを自動セットアップ
GraphRAG Acceleratorリポジトリには、開発環境をDockerコンテナ内に構築するための設定(Dev Container構成)が用意されています。VS Codeを使用している場合、リポジトリを開いた後「Reopen in Container(コンテナで再オープン)」機能を使うことで、自動的に必要なツール類がインストールされた開発コンテナ環境が立ち上がります。これにより、ローカル環境に個別にツールをインストールする手間を省き、依存関係の整った一貫性ある環境で作業できます。
※Dev Containerを利用するには事前にDockerが動作している必要があります。また、初回起動時には必要なDockerイメージの取得やセットアップで多少時間がかかる場合があります。コンテナ内ではあらかじめAzure CLIやHelm等がインストール済みなので、以降の手順をすぐに実行可能です。
Azure CLIでのログイン: Azureサブスクリプションへの接続
開発環境が整ったら、Azureへのログインを行います。ターミナル(Dev Container内のターミナル)からaz login
コマンドを実行し、自身のAzureアカウントで認証を行ってください。ブラウザでのログインが完了すると、CLI上でログイン中のアカウント情報が表示されます。
続いて、GraphRAG Acceleratorをデプロイしたい対象のAzureサブスクリプションを選択します。az account set --subscription <サブスクリプションIDまたは名称>
コマンドで利用するサブスクリプションを明示的に指定してください(az account show
で現在選択中のサブスクリプション確認も可能です)。この操作により、以降のAzureリソース作成コマンドが指定のサブスクリプション上で実行されるようになります。
最後に、デプロイ用のリソースグループを作成しておきましょう。az group create --name <リソースグループ名> --location <デプロイ地域>
を実行すると、指定した名前とリージョンでリソースグループが作成されます(既存のリソースグループを使う場合は不要です)。GraphRAG Acceleratorで作成される全てのAzureリソースはこのリソースグループ下にまとめられるため、プロジェクト専用のグループを用意すると管理が容易になります。
デプロイ用パラメータの設定: infra/deploy.parameters.json
の編集
GraphRAG Acceleratorでは、デプロイ時の各種設定値をinfra/deploy.parameters.json
というパラメータファイルで管理しています。Azureにリソースを展開する前に、このファイルの内容を自分の環境に合わせて編集しましょう。特に重要なのは、Azure OpenAIサービスに関連する設定と、デプロイ先となるAzureリソース名などです。
GRAPHRAG_API_BASE
: 利用するAzure OpenAIサービスのエンドポイントURL(例:https://<リソース名>.openai.azure.com
)。既存のOpenAIリソースを使う場合はそのエンドポイントを指定し、未設定ならデプロイ時に新規作成されます。GRAPHRAG_API_VERSION
: Azure OpenAIのAPIバージョン(例:2023-03-15-preview
)。GRAPHRAG_LLM_MODEL
とGRAPHRAG_LLM_DEPLOYMENT_NAME
: 使用するLLMモデル名(例:gpt-4
)と、そのAzure OpenAI上でのデプロイ名。GRAPHRAG_EMBEDDING_MODEL
とGRAPHRAG_EMBEDDING_DEPLOYMENT_NAME
: 使用するベクトル埋め込みモデル名(例:text-embedding-ada-002
)とデプロイ名。LOCATION
: Azureリソースをデプロイする地域(リージョン)。OpenAIリソースとは別のリージョンも指定可能です。RESOURCE_GROUP
: デプロイ先のリソースグループ名。
上記は主要な必須項目ですが、この他にも任意設定項目(Cognitive SearchのエンドポイントSuffixやAPI Management名、ログ出力設定REPORTERS
など)があります。必要に応じてファイル内のコメントを参考に調整してください。
サービスプロバイダー登録とRBAC設定: Azure側の事前セットアップ
Azure側の準備として、いくつか確認・設定しておくべき事項があります。まず、デプロイ先のサブスクリプションにおいてリソースプロバイダーの登録状況を確認してください。GraphRAG Acceleratorで利用する主なリソース(例えばAzure Container ServiceやAPI Management)は、初回利用時にプロバイダー登録が必要です。Azure Portalのサブスクリプション設定画面から以下のプロバイダーが「登録済み(Registered)」になっていることを確認し、未登録なら登録します。
- Microsoft.OperationsManagement
- Microsoft.Compute
- Microsoft.AlertsManagement
- Microsoft.ApiManagement
次に、デプロイ実行に必要なRBAC権限を備えていることも重要です。Azureリソースを自動作成するには、高い権限が要求されます。一般的には、デプロイを実行するAzureアカウントにサブスクリプションレベルでContributor以上(リソース作成権限)のロールが割り当てられている必要があります。アクセラレータではマネージドIDの設定なども行うため、場合によってはOwnerやユーザーアクセス管理者(RBAC Administrator)といったロールも要求されます。組織のポリシーで権限が制限されている場合は、Azure管理者に必要なロール付与を依頼してください。
以上でローカル環境およびAzure側の準備が整いました。次は実際にAzure上へGraphRAG Acceleratorをデプロイする方法について見ていきます。
Azureへのデプロイ方法 – BicepスクリプトによるAzureリソース自動展開とサービス構成の解説
GraphRAG AcceleratorのAzureデプロイは、提供されているスクリプトを実行することで自動的に行われます。内部ではAzureのリソース作成用にBicep(Azure Resource Managerの構成言語)が使われており、単一コマンドで複数のサービスが一括デプロイされるようになっています。ここでは、そのデプロイ手順とデプロイによって構成されるサービス内容について説明します。
デプロイ手順概要: スクリプトによるAzureリソース自動展開
環境構築の手順でリポジトリをクローンし、必要な設定を済ませたら、いよいよデプロイの実行です。GraphRAG Acceleratorリポジトリのinfra
ディレクトリに移動し、そこに用意されているデプロイ用シェルスクリプトを起動します。具体的には以下のようなコマンドです。
cd infra
bash deploy.sh -p deploy.parameters.json
このスクリプトを実行すると、先ほど編集したdeploy.parameters.json
の値を読み込みながら、自動的にAzure上に必要なリソースが作成されていきます。処理の途中経過はターミナル上にログとして表示され、正常に完了すると「SUCCESS: GraphRAG deployment complete」等のメッセージが出力されます。
デプロイにはある程度の時間がかかりますが(目安として数分から十数分程度、環境によってはさらに長くかかることもあります)、その間スクリプトがAzure CLIコマンドとBicepテンプレートを使ってリソースグループ内に各種サービスを立ち上げていきます。一度に多くのサービスを作成するため、初回デプロイ時はログ出力を注意深く確認し、途中でエラーが出ていないかチェックしましょう。何らかの失敗があった場合はエラーメッセージを元に設定を見直し、再度スクリプトを実行することになります(環境によってはWindowsの改行コードの問題でスクリプトが動かない場合があり、その際はスクリプトの改行コードをLFに変換する必要があります)。
デプロイされるAzureサービス: AKS・Cosmos DB・Cognitive Search等のリソース構成
デプロイ完了後、Azureポータルの対象リソースグループを確認すると、多数のリソースが作成されていることがわかります。前述したアーキテクチャ概要の通りですが、ここで主な構成要素を改めて整理します。
- AKS(Azure Kubernetes Service)クラスター: GraphRAGのアプリケーション本体(バックエンドAPIやワーカー処理)がデプロイされています。クラスタ名には自動生成のプレフィックス+
aks
が含まれます。 - Azure Cosmos DB: ノード/エッジデータ格納用にCosmos DBインスタンスが作成されています。Gremlin APIもしくはCosmos DBのSQL/テーブルAPIでグラフ構造を扱います。
- Azure Cognitive Search: テキスト検索とベクトル類似検索のためのインデックスが構築される検索サービスです。サービス名に
search
が含まれ、インデックス名はデフォルトではgraphrag-index
のようになります。 - Azure Storageアカウント: ファイル保存用のストレージです。デフォルト設定ではBlobコンテナとしてテキストファイルなどをアップロードする先、および一部ログの保存先となります。
- Azure OpenAIサービス: 事前に指定した通り、既存のAzure OpenAIリソースを使う場合はそれがリンクされます。指定がなければスクリプトによって新規にAzure OpenAIサービスがデプロイされ、GPT-4やEmbeddingモデルがデフォルト構成でデプロイされます。
- Azure API Management: GraphRAG用のAPIエンドポイントを管理するAPIMインスタンスです。内部的に自動でGraphRAGのOpenAPI定義が登録され、エンドユーザーはこのAPIM経由でAPIを呼び出す形になります。
- Log Analyticsワークスペース: Azure Monitor向けのログ集約基盤です。AKSや他サービスの診断ログがここに送られ、後で分析できるようになります。
- その他ネットワーキング構成: プライベートエンドポイント(CosmosやStorageへの)、プライベートDNSゾーン、マネージドID、App Insightsなど、セキュアな接続や監視のための補助リソースも多数構築されます。
これらのリソースが相互に連携し、GraphRAG AcceleratorのシステムがAzure上で動作します。たとえば、AKS上のコンテナからCosmos DBやCognitive Searchにアクセスするためのネットワーク設定(プライベートリンク)が施され、外部公開するAPIはAPIM経由のみとなるよう構成されています。デプロイによってAzure上に作られた構成は複雑ですが、自動化されているためユーザーは個々のサービス設定に煩わされることなく、すぐにGraphRAGの機能検証に移れるようになっています。
デプロイ実行と所要時間: Bicepテンプレート適用の流れ
GraphRAG Acceleratorのデプロイでは、Bicepテンプレートを介してAzureリソースを作成する仕組みを採っています。スクリプト実行時には、内部でAzure CLIのaz deployment
コマンドが呼ばれ、Bicepファイル(infra/main.bicep
など)が順次デプロイされます。各Bicepモジュールは前述のリソース(AKSやCosmos等)を定義しており、Azure Resource Managerによって依存関係を考慮しながら並行的に構築されます。
このプロセス全体の所要時間は環境により異なりますが、おおよそ10~20分程度を見込んでおくとよいでしょう。Azure OpenAIリソースを新規作成する場合や、大きなAKSノードプールを割り当てる場合はさらに時間が延びることがあります。スクリプトは適宜進行状況を出力しますので、「deploying…」「helm install…」「Registering GraphRAG API with APIM…」といったメッセージを追いながら待機します。特にインデックス構築などはこの時点では行われず、リソース展開が完了すればひとまずデプロイ成功です。
なお、複数のサービスをデプロイする関係上、一時的にAzure上で高いリソース使用が発生します(例: AKSノード作成時のCPU使用やOpenAIデプロイ時のモデル初期化など)。Azureサブスクリプションのクォータ制限やポリシーでエラーになる場合もあるので、その際はメッセージに従って設定調整が必要です。初回デプロイが完了したら、Azure Portalで主要リソースの状態を確認し、すべて正常(例: AKSがRunning、APIMがオンライン等)になっていることを確認してください。
デプロイ後の確認事項: APIエンドポイントとサービス稼働状況の検証
デプロイが完了したら、実際にGraphRAG Acceleratorが正常に稼働しているかを確認しましょう。まず、Azure PortalのAPI Managementサービスにアクセスし、新しく作成されたAPIMインスタンス内にGraphRAG用のAPIが登録されていることを確認します。そこにはエンドポイント(URL)と、利用に必要なサブスクリプションキーが表示されます。このURLが後ほどノートブック等から呼び出す先となります。
次に、AKSクラスター内のコンテナが稼働中であるかをチェックします。Azure PortalのAKSリソースからワークロードを見るか、Cloud Shell上でkubectl get pods
を実行して、GraphRAG関連のPodがRunning状態になっていることを確認してください。特にmaster
やworker
といった名前のPodがエラーなく立ち上がっていることが重要です。
また、Azure Cognitive Searchポータルで「インデックス」がまだ作成されていない状態であることも一度確認しておくとよいでしょう(デプロイ直後は空の状態)。これは後述のノートブック実行時に初めてインデックスが作成されるためです。以上のように各サービスが期待通りの状態かをざっと点検し、問題なければGraphRAG AcceleratorのAzureデプロイ作業は完了です。
最後に、必要であればAzure API Managementのエンドポイントに対してテストのAPI呼び出しを行ってみます。APIMの「テスト」機能やcurl
コマンドで、GraphRAG Acceleratorのヘルスチェック用エンドポイント(もし用意されていれば)やバージョン情報取得APIなどを叩いてみるとよいでしょう。HTTPステータス200でレスポンスが返れば、デプロイされたサービスと通信ができている証拠となります。
事前準備・必要要件 – Azureサブスクリプションの設定とOpenAIリソース準備など導入前の条件
GraphRAG Acceleratorの環境を構築・デプロイするにあたり、事前に満たしておくべき要件や準備事項があります。スムーズな導入のために、以下のポイントを確認してください。
Azureサブスクリプションと権限: デプロイに必要なRBACロールとアクセス
まず、GraphRAG Acceleratorを展開するAzureサブスクリプションを用意します。前提として、そのサブスクリプション上で十分なリソース作成権限を持つことが必要です。ご自身のアカウントに少なくともContributor(共同作成者)以上のロールが割り当てられているか確認してください。また、Managed Identity関連の設定を自動で行う関係上、可能であればOwner(所有者)またはユーザーアクセス管理者のロールがあることが望ましいです。
組織内のサブスクリプションを使う場合、セキュリティポリシーによってはリソース作成が制限されているケースがあります。その場合はAzure管理者に相談し、必要な例外設定やロール付与を事前に行ってもらってください。特にAKSやOpenAIサービスのデプロイは高位の権限とリージョン・クォータの許可が必要なので注意が必要です。
Azure OpenAIリソースの準備: 利用するモデルのデプロイとクォータ確認
GraphRAG AcceleratorではLLM(GPT-4等)とEmbeddingモデルをAzure OpenAIサービス経由で利用します。そのため、Azure OpenAIリソースへのアクセスが必要です。既にAzure OpenAIリソースをお持ちで利用可能な場合は、そのエンドポイントとモデルデプロイ名を把握しておいてください。まだリソースが無い場合は、AzureポータルからOpenAIサービスのリソースを作成する必要があります(別途、Microsoftによる承認が必要な場合があります)。
OpenAIリソースを用意したら、GraphRAG Acceleratorで使うモデルをデプロイします。推奨されているのはGPT-4(Chatモデル)とtext-embedding-ada-002(埋め込みモデル)です。Azure OpenAIのモデルデプロイ設定画面で、これら2つのモデルをそれぞれデプロイし、デプロイ名をメモしておきましょう。デプロイ名は先述のパラメータファイルにも記載します。また、OpenAIリソースのスループット制限(クォータ)も確認してください。GraphRAG Acceleratorでは大量のテキストを処理するため、たとえばGPT-4で毎分8万トークン以上、embeddingモデルで毎分30万トークン程度のスループットを確保することが望ましいとされています(テスト用途ではもう少し低くても構いません)。
なお、GraphRAG Acceleratorのデプロイスクリプトは、OpenAIリソースの指定を省略した場合に自動的に新規OpenAIリソース(上記モデル込み)を作成するようになっています。ただし、その場合でもAzure OpenAIサービスの利用権限自体は必要ですし、モデルのクォータもデフォルトでは低めに設定される可能性があるため、可能なら手動で事前に用意しておくことをお勧めします。
必要ツールのインストール: Azure CLI・Docker・Helm等のセットアップ
GraphRAG Acceleratorを扱うには、ローカル環境に複数の開発ツールがインストールされている必要があります。以下が主な必要ツールとそのバージョン要件の例です。
- Azure CLI(az コマンド) >= 2.55.0
- Docker デスクトップ(エンジン)
- kubectl(Kubernetesクラスター管理ツール)
- Helm(Kubernetes用パッケージマネージャ)
- jq(JSON処理コマンド、v1.6以上)
- yq(YAML処理コマンド、v4.40以上)
- Git クライアント(リポジトリをクローンするため)
上記のうち、DockerについてはVS CodeのDev Container機能を使う場合も必須となります。これらツールを一つひとつ手動でインストールする代わりに、前述したようにDev Containerを利用すれば、コンテナ内にあらかじめ揃っています。もしDev Containerを使わない場合は、それぞれ公式ドキュメントに従ってインストールしてください。また、Windows環境で作業する場合、Bashシェル環境(WSL2やGit Bash、PowerShell + Azure Developer CLIなど)の準備も必要になることに留意してください。
リソースプロバイダーの登録: API Management等のプロバイダー有効化
Azureサブスクリプション上で、GraphRAG Acceleratorが利用する各種リソース・サービスのプロバイダー登録が済んでいることも事前確認してください。新規サブスクリプションの場合、デフォルトで有効でないプロバイダーがあるためです。具体的には、以下のプロバイダーが有効(Registered)になっていることをAzure PortalまたはAzure CLIで確認します。
- Microsoft.OperationsManagement
- Microsoft.Compute
- Microsoft.AlertsManagement
- Microsoft.ApiManagement
これらが未登録だった場合、Azure CLIでaz provider register --namespace [プロバイダー名]
コマンドを実行して登録してください。特にAPI Management (Microsoft.ApiManagement
) は意識しないと未登録のことがあるので注意が必要です。これらの登録は一度行えば以降は不要です。
サンプルデータの用意: インデックス作成に用いるデータセット準備
最後に、GraphRAG Acceleratorの動作検証に使うサンプルデータを用意しておくとよいでしょう。アクセラレータ自体はデータに依存しませんが、デプロイ後にインデックス作成とQAを試す際に投入するテキストファイル群があるとスムーズです。例えば、Wikipediaの記事をいくつかダウンロードしてテキスト化したものや、自社内の公開可能なドキュメントを数件用意しておくと、後述のクイックスタートノートブックでそれらを使ってインデックス作成ができます。
データは必ずしも事前になくてもノートブック内で取得できますが、内容を理解して試すためには自分でドメインを決めて資料を選定しておくと効果的です。なお、用意するデータ量は最初は少なめ(数十~数百KB程度)に抑え、GraphRAGの処理時間や出力を見ながら徐々に増やすことをおすすめします。
クイックスタートノートブックの利用方法 – サンプルNotebookを用いたGraphRAG API操作手順
GraphRAG Acceleratorには、デプロイ後の環境をすぐに試せるように「クイックスタート」用のJupyterノートブックが付属しています。このノートブックを使うことで、コードを書くことなくGraphRAGのAPIを呼び出し、インデックス作成や質問応答の一連の流れを実行できます。以下に、その利用方法の概要を説明します。
Quickstartノートブック概要: API呼び出しデモのためのJupyter手順
GraphRAG Acceleratorリポジトリ内のnotebooks
ディレクトリに、1-Quickstart.ipynbという名前のJupyter Notebookが含まれています。これはGraphRAGの基本機能を試すためのチュートリアルノートブックで、インデックス作成からクエリ実行までのAPI操作例が順を追って記述されています。
このノートブックを開くには、VS Code上でJupyter環境を利用するか、Dev Container内でjupyter notebook
コマンドを起動します。ノートブックをロードしたら、順番に各セルを実行していくことで、GraphRAG Acceleratorを用いた一連の処理を体験できます。以下では主要なステップに触れます。
ノートブックでのインデックス作成: サンプルデータアップロードとパイプライン実行
Quickstartノートブックでは、まずデータの準備とアップロードを行います。具体的には、Pythonコードを使ってサンプルのテキストデータ(例としてWikipediaの記事など)を取得し、そのテキストファイルをAzure Blob Storageにアップロードします。ノートブックには、英語Wikipediaからデータを収集するコードが含まれていますが、日本語データを使いたい場合はwikipedia.set_lang("ja")
のように言語設定を変更し、対象とするトピックリストを日本語のものに編集します。
用意したテキストがストレージに保存されたら、次にインデックス作成APIを呼び出します。GraphRAG Acceleratorのバックエンドには、アップロードされたドキュメント群を読み取りインデックスと知識グラフを構築するパイプラインが用意されています。ノートブック内のコードでは、このパイプラインを起動するAPI(おそらく/index
エンドポイント)に対してHTTPリクエストを送り、非同期的にインデックス構築が進むようになっています。
インデックス作成処理はデータ量によりますが、グラフ抽出を含むため完了までに数十分かかることもあります。ノートブックでは、処理状態を定期的にチェックし、completeになるまで待つ実装がなされています。実際、小規模なテストデータでも10~30分程度で完了するケースが報告されていますので、初回は気長に待ちましょう。処理が完了すると、Azure Cognitive Search上にインデックスが作成され、Azure Cosmos DBには知識グラフのデータが格納された状態となります。
ノートブックでのクエリ実行: 質問送信とGraphRAG応答の取得
インデックス構築が完了したら、いよいよ質問クエリの実行です。Quickstartノートブックでは、GraphRAG Acceleratorが提供する検索APIを使って質問を投げ、LLMによる回答を得る流れが示されています。GraphRAGには大きく分けて「Global Query」と「Local Query」の2種類のクエリモードがあります。Global Queryはデータセット全体を対象に推論するモード、Local Queryは質問に関連の深い部分集合(近傍ノードや検索上位文書)に絞って推論するモードです。
ノートブックのサンプルでは、まずGlobal Queryの例として「データ全体のトピックを要約して」といった問いを送信します。これに対し、GraphRAGは構築済みの知識グラフ全体を参照しながら、複数のトピックにまたがる包括的な要約を生成します。実行結果として、いくつかの見出し付きでデータセット内の主要テーマ(例えば歴史データなら「特定の人物と氏族」「城とその歴史」など)が整理された回答が返ってきます。
続いてLocal Queryの例では、より焦点を絞った質問、例えば「人物Xと人物Yの関係性は?」のような具体的な問いを投げます。GraphRAGはまずベクトル検索で関連の深い文脈を絞り込み、その部分に限定した知識グラフ探索とLLM推論を行います。その結果、XとYが直接どう関わっているか、あるいは第三者を介した間接的な関係があるか、といった情報を簡潔に説明する回答が得られます。ノートブックの実行例では、Global QueryよりLocal Queryの方が処理時間が短く(例えば20秒程度)、これは対象を絞ることで効率化されているためと考察されています。
このように、ノートブックを通じてGraphRAGの応答を実際に確認することで、知識グラフを用いた回答がどのように違いをもたらすかを体感できます。回答には参照元データの断片や出典インジケーター(例えば「[Data: Reports (123)]」のような形で内部参照)が含まれる場合もあり、回答の根拠を後から追跡することも可能です。
APIエンドポイントの設定確認: ノートブック経由での接続情報入力
Quickstartノートブックを使う際には、GraphRAG AcceleratorのAPIエンドポイントと認証情報を適切に設定する必要があります。具体的には、Azure API Management経由のエンドポイントURLと、APIMで発行されたサブスクリプションキーをノートブック内の変数に入力します。ノートブックには、ocp_apim_subscription_key
という変数に対してgetpass
でキーを入力させるコードや、endpoint = "https://
のようにエンドポイントURLを設定する箇所があります。デプロイ後にAzureポータルで確認した情報をここに反映させてからAPI呼び出しセルを実行してください。
また、ノートブックで利用するストレージコンテナ名や検索インデックス名も、デプロイ時の設定に合わせて変更が必要な場合があります。デフォルトではst<ランダム文字列>
というストレージ名やgraphrag-index
というインデックス名が想定されていますが、環境により異なることも考えられます。ノートブックのコメントに従い、適宜修正してください。
Notebook利用時の注意点: 実行環境やエラー対処のポイント
クイックスタートノートブックを円滑に利用するために、いくつか注意すべき点があります。まず、ノートブックを実行するPython環境には必要なパッケージをインストールしておく必要があります。Dev Containerを使用している場合、多くのライブラリはプリインストールされていますが、requests
やpython-magic
など一部はノートブックの冒頭でpip install
するコードが提供されていますので実行してください。
次に、インデックス作成処理中は長時間待つことになりますが、途中経過の確認を怠らないようにしましょう。ノートブックは適宜ステータスをポーリングしますが、例えば予期せぬエラーで処理が停止しているのに延々待ち続ける可能性もあります。ログはAzure PortalのLog AnalyticsやAKSのPodログからも確認できますので、30分以上進展が無い場合は原因調査に切り替える判断も必要です。
最後に、ノートブックで試した結果は一時的な環境に保存されます。作成したインデックスや知識グラフはAzure上に残りますが、ノートブック上の変数はカーネルをシャットダウンすると消えるため、再度試す際は各種IDやキーを再設定する必要があります。環境を変えて再実行する場合は、APIキーの有効期限などにも注意してください。以上の点に気をつけながら進めれば、クイックスタートノートブックによってGraphRAG Acceleratorの全体像を手軽に把握できるでしょう。
インデックス作成とナレッジグラフ構築 – データ取り込みから知識グラフ抽出・保存までの一連の流れを解説
このセクションでは、GraphRAG Acceleratorが内部で行っているインデックス作成とナレッジグラフ構築のプロセスについて詳しく説明します。一連の処理は高度に自動化されていますが、その流れを理解しておくことで、システムの動作原理やチューニングポイントを把握できます。
インデックス作成プロセス: ドキュメント解析からベクトル格納まで
まず、ユーザーがテキストデータを投入すると、GraphRAG Acceleratorはインデックス作成パイプラインを実行します。このパイプラインの序盤では、各ドキュメントが段落や文単位に分割され、LLMによる言語処理の前準備が行われます。その後、LLM(Azure OpenAIのGPT-4等)を利用して、各テキスト片の特徴的なベクトル表現(Embedding)を計算します。このEmbeddingはドキュメント内容を数百次元のベクトルで表現したもので、意味的な類似度検索を可能にします。
生成されたベクトルはAzure Cognitive Searchの索引に登録されます。Cognitive Searchはベクトル検索機能(k近傍検索)を備えており、後で質問クエリに対して関連性の高い文書片を高速に検索する基盤となります。さらに必要に応じて、テキストのキーワード抽出やカテゴリー分類といった処理もEmbedding生成と並行して実施され、メタデータとしてインデックスに付与されることもあります。以上がインデックス作成部分の大まかな流れで、結果として「クエリ -> 関連文書検索」を行うための土台が整います。
ナレッジグラフ抽出: LLMによるエンティティと関係性の自動抽出
インデックス作成と並行して、GraphRAG Acceleratorでは知識グラフの抽出が行われます。LLMがテキスト内容を分析し、文中に登場する重要なエンティティ(固有名詞や専門用語など)を検出するとともに、それらの間の関係性を識別します。例えば、「XがYを買収した」という文章があれば、「X」と「Y」をエンティティとして抽出し、「買収(Acquire)」という関係で結ぶような処理です。
このエンティティと関係抽出は、LLMが一種の情報抽出モデルとして振る舞う形で実現されます。人手で知識グラフを作る場合、ルールベースや機械学習モデルを用いて段階的に抽出しますが、GraphRAGではLLMの言語理解能力を活かし、一度に文脈から適切な関係を読み取ります。抽出されたエンティティはノードとして、関係はエッジとして構造化データ化され、Azure Cosmos DBに保存されます。Cosmos DBはグラフデータベースとして機能し、エンティティのプロパティや接続情報を効率的に格納します。この自動グラフ構築により、データセット内の知識がネットワーク図としてモデル内部に保持されることになります。
エンティティサマリ生成: 抽出ノードの要約とコミュニティ検出
GraphRAGでは、抽出したエンティティ(ノード)一つひとつに対し、その内容を要約・説明するテキストを生成するステップも取られます。LLMは各ノードに関連する情報を集約し、「人物A: 戦国時代の大名であり…」や「企業B: 産業分野Cのリーディングカンパニーで…」といった簡潔なサマリを作成します。このサマリは知識グラフ上のノード属性として記録され、後で質問応答時にノードをユーザーに説明する際などに使われます。
また、コミュニティ検出と呼ばれるグラフ解析も実施されます。これは、グラフ内で密に繋がっているノード群を見つけ出し、それらを一つのトピック集合(コミュニティ)として扱うものです。GraphRAGでは階層的なコミュニティ検出を行い、大きなグループとその下位グループといった階層構造を掴みます。そして各コミュニティについてもLLMが短い要約を与えます。例えば「織田信長を中心とする武将グループ」「名古屋城を中心とする建造物グループ」のようにクラスタごとの特徴をまとめるイメージです。
これらのエンティティサマリとコミュニティ情報により、知識グラフは単なる網羅的なネットワークではなく意味構造の塊として整理されます。グラフ上のどの部分がどんなテーマなのかがラベル付けされることで、LLMは回答生成時にそのテーマに応じた部分グラフから効率よく知識を取り出せるようになります。
Graphクエリ生成: 問合せ時に知識グラフを活用するクエリ構築
GraphRAGにおける質問応答時には、Graphクエリ生成という工夫も行われます。ユーザーからの自然言語の質問が来ると、まずそれを内部表現として解釈し、知識グラフ上で探索すべき経路や抽出すべきノードを決定するクエリ(グラフクエリ)を構築します。例えば「AとBの関係は?」という質問なら、「ノードAとノードBを最短経路で結ぶ中間ノード群を探索し、その経路上の情報を取得する」というグラフクエリが組み立てられるイメージです。
具体的には、GraphRAGのバックエンドはAzure Cosmos DB(GremlinクエリやCypherライクなDSLが使える)に対して適切な問い合わせを行い、関連するノード・エッジ集合を取得します。同時にCognitive Searchにもクエリを投げ、質問にテキスト的に類似した文書片も収集します。GraphRAGはこれら両方の結果を組み合わせ、LLMに渡して最終回答を生成します。
Graphクエリ生成の利点は、単にテキストを検索するだけでは拾えない関係性に基づく情報を抽出できる点です。複数ホップ離れた知識もグラフ経路をたどることで引き出され、LLMはそれを基に推論します。このプロセスは高度ですが、GraphRAG Acceleratorではエンドユーザーからは隠蔽されており、APIを呼び出すだけで内部でこのようなグラフクエリ処理が走るようになっています。
インデックスとグラフの格納先: Cognitive SearchとCosmos DBへのデータ保存
上記のインデックスとグラフ構築の結果、生み出されたデータはそれぞれ対応するAzureサービスに保存されています。Azure Cognitive Searchには、ベクトル化されたドキュメントインデックスが格納されており、Portal上でインデックススキーマやドキュメント件数などを確認できます。一方、Azure Cosmos DBにはGraph API(Gremlin API)またはTable APIを用いて、ノードとエッジの情報が保存されています。例えばGremlin APIを使っている場合、Vertices
(頂点)とEdges
(辺)というコンテナに、エンティティ名や要約、IDなどを属性とするノードデータ、およびその間の関係ラベル付きのエッジデータが入っています。
このようにデータがAzure上に永続化されていることで、GraphRAG Acceleratorは一度インデックスとグラフを作っておけば、後から何度でも質問応答に利用できます。仮にシステムを再起動したりLLMをアップグレードしたとしても、蓄積された知識グラフとインデックスがある限り再構築の必要はありません(ただし、新しい文書を追加した際には再度インデックス更新とグラフ拡張の処理を行います)。データがAzureの堅牢なストレージに保存されているため、信頼性とスケーラビリティの面でも安心して運用できるでしょう。
API Managementサービスとの連携設定 – GraphRAG APIのAPIM登録とセキュリティ強化ポイント
GraphRAG Acceleratorでは、Azure API Management (APIM) サービスと連携することで、外部からのAPIアクセスを効率的かつ安全に管理しています。このセクションでは、APIMとの統合の目的と設定内容について説明します。
API Management導入の目的: セキュリティとスケーラビリティ向上のためのAPI管理
Azure API ManagementをGraphRAG Acceleratorに組み込む主な目的は、APIアクセスの一元管理とセキュリティ強化です。GraphRAGのバックエンドAPIはAKS内で稼働していますが、それに直接外部からアクセスさせるのではなく、APIMをフロントに立てることで以下のような利点があります。
- 認証・認可の集中管理: API呼び出しに必要なキーの発行や有効性管理をAPIM側で行えます。これにより、不正なアクセスや無制限な利用を防ぎ、利用者ごとのアクセス制御が可能です。
- SSL証明書やカスタムドメイン対応: APIMでは独自ドメインの割り当てやSSL/TLS終端処理を行えるため、エンドユーザー向けの信頼性あるAPIエンドポイントを提供できます。
- スケーラビリティとキャッシング: APIMは高スループットに耐えるスケーラブルなゲートウェイであり、場合によっては応答をキャッシュしてバックエンド負荷を軽減することもできます。
- 分析と監視: APIコール数や応答時間、エラー率などの統計情報をAPIMが収集するため、GraphRAG APIの利用状況をモニタリングしやすくなります。
- ポリシー適用: レート制限やIPフィルタリング、リクエスト/レスポンスの変換など、APIMのポリシー機能を使ってバックエンドの前段でさまざまな処理を差し込むことができます。
このように、APIMを導入することでGraphRAG AcceleratorのAPIは企業利用に耐えうる管理性と安全性を備えることになります。アクセラレータを単体で動かすだけでなく、他システムと連携させてサービス化する際にも、APIMを経由した形にしておくことで後々の拡張が容易になります。
GraphRAG APIの登録: APIMへのOpenAPI仕様登録とエンドポイント公開
GraphRAG Acceleratorのデプロイ時に、自動的にAzure API ManagementへGraphRAG APIが登録されます。これは、アクセラレータのリポジトリ内に含まれるOpenAPI仕様(openapi.json
)をAPIMインスタンスにインポートする形で行われます。結果として、APIM上には「GraphRAG API」という名前のAPIセットが作成され、その下にいくつかのエンドポイント(例えば/index
や/query
など)が定義されます。
デフォルトでは、APIMインスタンス自体も一つのAzureリソースとしてデプロイされています。APIMには固有のサブドメイン(your-api-name.azure-api.net
の形式)が割り当てられ、このドメインがGraphRAG API群の公開エンドポイントとなります。先述のクイックスタートノートブックでは、このURLを利用してAPIを呼び出しました。
APIM上でGraphRAG APIが登録された後、利用者はAPIMから発行されたサブスクリプションキーを付与することでGraphRAG APIにアクセスできます。APIMのポータルで「サブスクリプション」を確認すると、デフォルトでBuilt-in all-access などのキーが生成されていますので、テスト時にはそれを使用します。必要に応じて、開発用・運用用など複数のキーを発行し、利用者や環境ごとに使い分けることも可能です。
認証とアクセス制御: APIMを通したGraphRAG APIのセキュリティ設定
APIM経由でGraphRAG APIを公開することで、セキュリティ面の設定もシンプルになります。上述したようにサブスクリプションキー認証が基本となりますが、APIMの機能を使えばAzure Active Directoryと連携したOAuth2認証やJWT検証といった高度な認証方式を組み込むこともできます。企業内システムにGraphRAGを統合する際、既存の認証基盤(例えばAzure AD認証済みのユーザーのみアクセス可など)と組み合わせることも容易です。
また、APIMでは各APIごと、あるいは全体に対して利用制限ポリシーを設定できます。例えば1分間に一定回数以上のリクエストが来たらスロットリングする、特定のIPレンジからのみ受け付ける、といった制御をバックエンドコードを変更することなく適用できます。GraphRAG Acceleratorは大規模なモデルを裏で動かすため、想定外の高負荷アクセスがあるとコストや性能面で影響が出ます。そのため、APIMのレート制限機能を活用し、必要に応じてAPI呼び出し回数の上限や時間当たりのトークン消費量の制限を設けることが推奨されます。
API利用時の流れ: クライアントからAPIM経由でGraphRAGを呼び出す手順
APIMとの連携後、GraphRAG APIを利用するクライアント(アプリケーション)はどのような流れで呼び出しを行うか整理しておきます。基本的には、
- クライアントはAzure API Managementが提供するエンドポイント(例:
https://
)にHTTPリクエストを送る。.azure-api.net/index - この際、HTTPヘッダーに
Ocp-Apim-Subscription-Key: <サブスクリプションキー>
を含め、APIMで認証を通す。 - APIMは受け取ったリクエストをバックエンドのGraphRAG API(AKS内のサービスエンドポイント)に転送する。
- GraphRAGバックエンドがリクエストを処理し、結果をAPIMに返す。
- APIMはバックエンドからの応答をそのまま、または定義されたポリシーに従って加工した上でクライアントに返信する。
クライアント側はAPIMを意識する以外、通常のREST APIを使うのと手順は変わりません。例えばPythonで呼び出すならrequests.get()
に上記ヘッダーを付与する程度です。APIMはHTTPとHTTPSの両方をサポートしていますが、セキュリティのため通常HTTPSを利用します。また、APIMエンドポイントはグローバルに公開されていますが、必要であればAzure Virtual Network統合やIP制限で社内ネットワークからのみアクセス可能とすることもできます。
モニタリングと分析: APIMでのGraphRAG API利用状況トラッキング
Azure API Managementには、標準でAPI利用状況のモニタリング機能が備わっています。Azure PortalのAPIMリソース画面からGraphRAG APIの監視タブを開くと、一定期間内の呼び出し回数や応答時間の平均、認証エラー数など様々な指標を可視化できます。GraphRAG Acceleratorを試験運用する際は、このモニタリングを活用してパフォーマンスやエラーの傾向を把握すると良いでしょう。
例えば、ある種のクエリで異常に時間がかかっている場合、APIM上のログを辿ることでどのエンドポイントが原因か(インデックス作成かクエリ処理か)を切り分けられます。また、クライアントの利用パターン(1日に何回質問されているか等)も分かるため、本格導入時のスケーリング計画にも役立ちます。APIMから得られたデータは、必要に応じてLog Analyticsワークスペースに送信したりPower BIで可視化したりすることも可能です。
総じて、APIMとの連携設定によってGraphRAG Acceleratorは単なるデモから一歩進んだ管理可能なサービスへと昇華します。開発者はバックエンド処理の実装に専念しつつ、運用担当者はAPIMを介して利用状況を把握・制御できるため、組織内で安心してGraphRAG技術を展開することができるでしょう。
実行結果と検証事例 – GraphRAGの回答例と性能検証(Global QueryとLocal Queryの比較)
ここでは、実際にGraphRAG Acceleratorを用いて質問応答を行った際の結果例と、その検証から得られた知見について紹介します。GraphRAGが通常のRAGと比べてどのような利点をもたらすか、具体的な回答例や性能面の観点から見てみます。
検証用クエリの例: GraphRAGと通常RAGの回答比較
まず、GraphRAGならではの回答例を確認するために、2種類の質問を投げてみました。一つは包括的な要約を求める質問(Global Query向き)、もう一つは特定の関係性を問う質問(Local Query向き)です。前者の例として「このデータセット全体の主要なトピックを教えてください」という質問を、後者の例として「人物Aと人物Bにはどんな関係がありますか?」という質問を考えます。
通常のRAGの場合、前者の質問に対しては関連する文書の冒頭部分をいくつか繋ぎ合わせたような断片的な回答になりがちです。それに対しGraphRAGでは、データセット内の重要トピックを自動検出し、それぞれを要約した階層構造のある回答が返ってきました。例えば、歴史分野のデータであれば「主要トピック要約」という見出しの下に、「〇〇氏と戦国大名たち」「△△城とその歴史」といった具合に複数の小見出し付きで整理された要約が生成されました。これは知識グラフ上でコミュニティ分けされた情報をもとにLLMが包括的な説明を行ったためで、読めばデータ全体の概要が把握できる内容になっています。
後者の人物間関係に関する質問では、通常のRAGでは単一文書中に直接の記述がない限り「AとBの直接の関係は記載が見当たりません」といった不明瞭な回答になる可能性があります。一方GraphRAGでは、知識グラフ上でAとBに共通する第三の人物Cや、両者が関与した出来事Dを発見し、それらを繋ぐ形で「AとBは直接の接点はないものの、Cを通じて間接的に繋がりがあります。具体的には…」というような推論的回答を返してくれました。このように、GraphRAGはグラフを介した間接的な知識まで動員することで、通常の手法では得られない洞察を含む答えを生成できることが確認できました。
ナレッジグラフ活用の効果: マルチホップ質問への対応と精度向上
GraphRAGの効果が顕著に現れるのは、いわゆるマルチホップ質問への対応においてです。マルチホップ質問とは、複数の中間推論ステップ(ホップ)を経ないと答えに辿り着けない質問のことです。例えば「プロジェクトXのリーダーの上司は誰か?」という質問は、「プロジェクトXのリーダーは誰か」をまず突き止め、その人物の上司をさらに調べる必要があり、二段階の推論になります。
GraphRAGでは、知識グラフ上でこの二段階を一度に見渡すことができます。プロジェクトXというノードから「リーダー」の関係を辿って人物Aを見つけ、さらに人物Aから「上司」の関係を辿って人物Bを見つける、といった形です。そしてLLMはグラフから得たAとBの情報を使って「プロジェクトXのリーダーはAさんで、彼の上司はBさんです」という回答をスムーズに返せます。
従来手法だと、最初の質問に答え、その答えをもとに再度質問…という過程が必要になるケースでも、GraphRAGなら単一の質問で多段の推論結果を得られるわけです。この違いは回答の正確性と一貫性にも影響します。GraphRAGはグラフ全体から整合性のある答えを導くので、部分ごとに矛盾した情報を引っ張ってくるリスクが減ります。検証の結果、GraphRAGを使った場合、複雑な質問に対する回答の精度(人手評価での正答率)が向上する傾向が確認されています。
実行結果の確認方法: API応答内容とログから見るGraphRAGの動作
GraphRAG Acceleratorの動作を検証する際には、返ってきたAPI応答の内容だけでなく、内部ログやメタデータも合わせて確認すると理解が深まります。例えば、GraphRAGの回答には必要に応じて参照したデータソースのIDが埋め込まれることがあります。実際の応答例では、文章中に「[Data: Reports (131, 186, …)]」のようなタグが挿入されていました。これはGraphRAGが回答生成時に参照した内部レポート(データソース)のIDを示しており、回答の根拠を示す役割を果たしています。こうしたメタ情報により、なぜその回答が導かれたのか追跡可能です。
また、AzureのLog AnalyticsやApplication Insightsに送られているログを調べると、各質問に対してGraphRAGがどのくらい時間を費やしたか、どのエンドポイントにリクエストを出したか、といった詳細も分かります。検証中に「特定の質問だけ異常に遅い」場合などは、ログを見ることでボトルネックがグラフ探索にあるのかLLM推論にあるのかを切り分けられます。GraphRAG Acceleratorではオプションでログ出力(REPORTERS設定)があり、Blobストレージやコンソールに詳しい処理ログを書き出すこともできます。それらを活用することで、内部動作をブラックボックスにせず観察しながら調整を進めることができました。
パフォーマンスとコスト: インデックス構築時間やAPI応答速度の検証
GraphRAG Acceleratorの性能面も検証しました。まずインデックス構築時間ですが、これはデータ量と内容に大きく左右されます。小規模なデータセット(数十KB程度のテキスト)でも、LLMを用いたグラフ抽出があるため10分以上の処理時間を要しました。中~大規模データの場合、先ほど触れた例では約30分で完了しています。LLMのAPI呼び出し回数が多くなるほど時間も比例して伸びるため、この点は実運用時に留意すべきでしょう。
次に質問応答の応答速度です。GraphRAG AcceleratorではGlobal QueryとLocal Queryで時間差が見られました。Global Queryはデータセット全体に対する処理を行うため、先の例では45秒程度かかりました。一方Local Queryは関連部分に絞っている分、20秒前後と約半分以下の時間で済みました。ただし、いずれにせよシンプルなFAQシステムなどと比べると桁違いに重い処理であることは事実です。高精度を取るか応答速度を取るかのトレードオフがあるため、ユースケースに応じてLocal/Globalの使い分けやハイブリッドな戦略(まずLocalで回答し、必要に応じてGlobalで追補する等)も検討が必要でしょう。
コスト面の検証としては、Azure OpenAIの消費やAKSの稼働コストがポイントになります。GraphRAG Acceleratorを用いると、インデックス構築時に大量のOpenAI API呼び出しが発生し、Azure OpenAIの消費料金が嵩みます。またAKSクラスターも規模によっては毎時間の課金が発生します。試験では、少量データにもかかわらずインデックス構築で数ドル相当のOpenAI利用が発生しました。したがって、本格導入前には想定するデータ規模と質問頻度に基づいてコスト見積もりを行い、必要ならAKSのオートスケール設定やOpenAIモデルの選定(例えばGPT-4ではなくGPT-3.5-turboを使う等)によってコスト調整を図ることが重要です。
ユースケース別検証事例: ドメイン特化データセットでのGraphRAG適用結果
最後に、いくつかのユースケースでGraphRAG Acceleratorを適用した事例に触れます。一つは法律文書データへの適用です。Azure上の別のソリューションアクセラレータとして公開されている例では、米国の判例50万件にGraphRAGを適用し、法務リサーチの質問に高品質な回答を生成することが示されました。このケースではGraphRAGによって判例同士の引用関係が知識グラフ化され、従来の単純検索を上回る網羅的なリサーチが可能になったと報告されています。
また、医療論文データへの試行も考えられます。限られた時間では詳細な検証までは至りませんでしたが、分野ごとにGraphRAG用のチューニング(例えば専門用語抽出の強化など)を施すことで、有用な知見が得られる可能性があります。GraphRAG Acceleratorは汎用的な仕組みを提供していますが、ドメイン特有のカスタマイズ(重要関係の種類を増やす等)もコードレベルでは可能です。実際、GraphRAGの基盤ライブラリはオープンソースで公開されており、コミュニティで金融データ向けや技術文書向けに拡張する試みも出始めています。
総じて、検証事例からはGraphRAG Acceleratorの有効性と課題の両面が見えてきました。回答品質の向上という面では非常に有望ですが、システム要件やコストを踏まえて適用範囲を見極めることが重要だと分かりました。
まとめ・今後の展望 – GraphRAG Acceleratorの総括とナレッジグラフRAG技術の今後の展望
本記事では、GraphRAG Acceleratorの概要から導入手順、内部構造、実行結果まで幅広く解説しました。最後にこれらを総括し、今後の展望について述べます。
GraphRAG Acceleratorから得られた知見: RAGソリューション開発のポイント
GraphRAG Acceleratorを通じて得られた最大の知見は、知識グラフ統合型のRAGは実現可能であり有効であるということです。理論上提案されていたGraphRAGのアイディアが、Azure上の具体的なサービス構成として組み上げられ、動作する様子を確認することで、次世代の情報検索AIの一端を垣間見ることができました。また、その実装過程で明らかになったポイントとして、LLMと各種クラウドサービスを組み合わせる際の設計上・運用上の注意点も多く学べました。例えば、大規模AIを支えるインフラとしてKubernetesやAPIMを利用するメリット、逆にLLM特有の不確実性やコストをどう制御するか、といった点です。GraphRAG Acceleratorは単なる成果物ではなく、これからの企業向けAIシステムを設計・開発する上で貴重な教訓を与えてくれたと言えます。
現時点の制限と課題: GraphRAG Acceleratorの課題と対応策
一方で、GraphRAG Acceleratorには現時点での制限や課題も見えてきました。第一にシステムの複雑さです。多種多様なAzureサービスを組み合わせているため、全体を把握して適切にメンテナンスするには高度なクラウド知識が求められます。個々のサービス設定や相互依存も複雑で、トラブルシューティングのハードルは高めです。
第二にコストとパフォーマンスの問題です。本稿で検証した通り、GraphRAGは高精度な分だけ処理コスト・時間が大きく、現実の運用環境で全ての問い合わせに適用するには工夫が必要でしょう。常にGPT-4を使うのではなく場面に応じてモデルサイズを切り替える、グラフ抽出も頻繁ではなくオフラインバッチ処理で行う、といった工夫でコスト抑制と応答時間短縮を図る余地があります。
第三にメンテナンス性です。GraphRAG Accelerator自体は2025年現在、オープンソースコミュニティでの開発が主となっており、Microsoftから公式プロダクトとしてサポートされているわけではありません(実際、GitHub上のアクセラレータリポジトリはアーカイブ状態となり、代わりにGraphRAGライブラリへの移行が案内されています)。そのため、最新の更新や不具合修正はコミュニティ発信となり、利用者自身で情報を追う必要があります。これら課題に対しては、技術スタックの継続的なキャッチアップや、必要に応じた自前実装部分の補完などが対応策として考えられます。
今後の発展可能性: GraphRAG技術の進化と他サービスへの統合
GraphRAGそのものの技術は今後さらに進化する可能性があります。Microsoft ResearchのチームはGraphRAG 1.0に向けて、より洗練されたアルゴリズムや開発者が使いやすいAPI設計を検討しているとの情報もあります。例えば、グラフ抽出の精度向上や、知識グラフが巨大化した際の効率的なクエリ処理(LazyGraphRAGのような最適化手法)などが研究課題として挙げられています。また、他のAI技術とのシナジーも期待されます。たとえば、強化学習を用いてGraphRAGの回答をユーザーのフィードバックで改善する、自動エージェントがGraphRAGを利用して検索タスクをこなす、といった方向性です。
さらに、GraphRAGのコンセプトはAzureの各種サービスへの統合も考えられます。現時点ではアクセラレータという形ですが、将来的にAzure Cognitive SearchやAzure OpenAIの機能拡張として「ナレッジグラフ強化検索」が正式提供される可能性もあるでしょう。そうなれば、ユーザーは意識せずとも裏側でGraphRAG的な処理が走り、高度な回答が得られるといった時代が来るかもしれません。
Microsoftにおける今後のロードマップ: GraphRAGライブラリや製品化の動向
MicrosoftはGraphRAGに関する研究成果をもとに、2024年以降も関連技術の開発を続けています。特筆すべきは、GraphRAG Acceleratorの後継とも言えるGraphRAGライブラリの公開です。これはGraphRAGの核心部分をPythonライブラリ化したもので、開発者が自分のアプリケーション内で知識グラフ構築・クエリ機能を利用できるようにするものです。アクセラレータがAzure一式を構築する大掛かりなものだったのに対し、ライブラリはより軽量で柔軟にGraphRAGを組み込める点が特徴です。
また、Microsoftの製品群への組み込みとしては、2024年末時点でAzure上の科学研究支援プラットフォーム「Microsoft Discovery」にGraphRAG技術が統合されたとの発表もありました。これはGraphRAGが専門領域の探索に有用であることから、研究者コミュニティ向けに提供が始まった形です。将来的には、企業向けのMicrosoft 365やDynamics 365の検索機能強化としてGraphRAGの考え方が活かされることも考えられます。
つまり、GraphRAG Accelerator自体は一つの区切りを迎えましたが、そのエッセンスは様々な形で引き継がれ、今後のMicrosoftエコシステムの中で発展していくものと思われます。
まとめ: ナレッジグラフを活用したRAGの可能性と次のステップ
最後に、本稿のまとめとして、ナレッジグラフを活用したRAGの可能性と、これから取り組むべき次のステップについて述べます。GraphRAG Acceleratorを通じて示されたように、LLMの力に知識グラフという新たな視点を加えることで、AIによる情報活用の幅は飛躍的に広がりました。単なる文書検索では引き出せなかった洞察や、複雑な質問への対応力が現実のものとなりつつあります。
企業や組織にとって、蓄積したビッグデータから価値ある知識を引き出すことは喫緊の課題です。GraphRAG的なアプローチは、その課題解決に向けた有力な手段の一つとなるでしょう。ただし同時に、本稿で触れた導入上のハードル(コスト・運用・専門知識)も存在します。したがって、まずは小規模なPoC(概念実証)から始めて技術と課題を理解し、自社ニーズに合わせたカスタマイズやスケーリング計画を練ることが重要です。
今後のステップとしては、GraphRAG Acceleratorや関連ライブラリを使いこなしつつ、自組織のデータに適用してみることが挙げられます。その過程で得た知見をフィードバックし、コミュニティに参加することで、この新しい技術の成熟に貢献できるでしょう。ナレッジグラフとLLMの融合は、まだ発展途上の領域ですが、大きな可能性を秘めています。私たちAIエンジニアも、ビジネス課題を解決する一手段として、このGraphRAGの流れを追い続け、より良いソリューションを創出していきたいものです。