プロセスエコノミーとは、完成した商品だけでなく、商品ができあがるまでの過程(プロセス)を公開し、その過程そのものにお金や支持が集まる経済のあり方です。言葉は2020年12月に起業家のけんすう(古川健介)氏がnoteで使った造語で、2021年7月に尾原和啓氏の書籍『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』で広く知られるようになりました。
この記事では、意味と言葉の出どころ、アウトプットエコノミーとの違い、公表情報で確認できる事例、SNSでお金になる仕組みを整理します。提唱者自身が「ニッチな分野のビジネスモデル」と位置づけている点も踏まえ、向かない場面と公開範囲の線引きまで扱います。
まとめ:プロセスエコノミーの要点
- 完成品ではなく「制作過程」に課金・支援が集まる形。けんすう氏が2020年12月のnoteで「完全に僕の造語」と書いて提示し、尾原和啓氏の書籍(幻冬舎・2021年7月28日発売)が概念を広めた
- 対になるのはアウトプットエコノミー(過程では課金せず、完成品で稼ぐ従来の商売)
- 代表例はオーディション番組(Nizi Project)、クラウドファンディング、作業のライブ配信、有料コミュニティ
- 利点は完成前から収益が入ることと、長く応援する顧客ができること。代償は模倣・炎上・発信の手間
- 提唱者本人は従来型を置き換えるものではないと書いている。入山章栄氏はBtoBはアウトプットエコノミーのままの可能性が高いと見ており、守秘義務の重い仕事にも向かない
プロセスエコノミーの意味と言葉の出どころ
プロセスは「過程」、エコノミーは「経済」です。合わせて、ものづくりの途中経過を見せること自体が収益や顧客獲得につながる経済圏を指します。
けんすう氏の造語(2020年12月)と尾原和啓氏の書籍(2021年7月)
けんすう氏は2020年12月1日のnote「『プロセス・エコノミー』が来そうな予感です」で、「プロセス・エコノミーは完全に僕の造語」と書き、中身を「プロセスを共有するところがお金を稼ぐメインとなる」形と説明しました。同氏は当時、作業中をライブ配信する「00:00 Studio」を運営しており、自分の執筆作業を毎朝配信していたことも記事内で触れています。
この言葉を書名にしたのが、IT批評家の尾原和啓氏による『プロセスエコノミー あなたの物語が価値になる』(幻冬舎、2021年7月28日発売、ISBN978-4-344-03833-2)です。版元の作品紹介は「完成品ではなく制作過程そのものを売る」とまとめ、同じページにはけんすう氏の推薦コメントも載っています。
アウトプットエコノミーとの違い:売るもの・収益の時期・差別化の源泉
けんすう氏は対になる概念を「アウトプット・エコノミー」と名付け、「プロセスでは課金せずに、アウトプットで課金する」商売と定義しました。音楽なら完成した曲を、料理なら完成した皿を売る、ごく一般的な形です。
| 観点 | アウトプットエコノミー | プロセスエコノミー |
|---|---|---|
| 売るもの | 完成品 | 制作過程・挑戦の物語 |
| 収益が入る時期 | 完成・発売後 | 制作中から |
| 差別化の源泉 | 品質・価格・流通 | 理念(Why)・人柄・こだわり |
| 顧客との関係 | 購入ごとの取引 | 応援者・共犯者として継続 |
| 模倣されやすさ | 完成品は真似されやすい | 過程は再現しにくい |
両者は対立する選択肢ではありません。プロセスで集めた支持者が、最後に完成品を買う。多くの事例は両方を組み合わせています。
プロセスエコノミーが広がった背景
品質の差が縮まり、完成品だけでは選ばれにくくなった
けんすう氏は原典で、作り方の情報がネットで流通して品質の底が上がったことと、レビューサイトで悪い商品がすぐ淘汰されることの2点を挙げ、「ちょっとやそっとのクオリティでは、差別化が難しく」なったと書いています。尾原氏の書籍も、完成品はすぐコピーできるが、作り手のこだわりや哲学が反映された過程は誰にもコピーできない、という論理で同じ結論に立っています。
推し活・応援消費の拡大
過程を見て応援する消費は、数字にも表れています。矢野経済研究所の「オタク市場」調査(2025年版)では、2024年度に主要17分野のうち15市場が成長し、アイドル市場は前年度比23.7%増でした。同研究所はこの伸びの背景に、韓国式育成モデルを導入した日本版K-POPグループ(JO1、INI、NiziU、&TEAMなど)の台頭と、ファンとの関係性を軸にした体験型消費への変化を挙げています。応援消費の近い概念として、同じ趣味でつながる層の購買行動を扱った界隈消費の定義とZ世代の消費行動も参考になります。
プロセスエコノミーの事例:公表情報で確認できるもの
オーディション番組:Nizi Project(2020年)
ソニーミュージックと韓国のJYPエンターテインメントによる「Nizi Project」は、2020年1月31日からHuluで独占配信されました。練習や選考で揺れる候補者の姿を毎週見せ、デビュー前からファンを育てた例です。番組から生まれたNiziUは2020年12月2日にデビューシングル『Step and a step』を発売しています。けんすう氏も原典で、古くはASAYAN、最近ではNizi Projectを似た形として挙げ、ドキュメンタリーや映画のメイキングも「プロセスを製品化している形」だと書いています。
クラウドファンディング:Makuake・CAMPFIRE
完成前の企画とつくり手の思いを見せて、先に資金を集める仕組みです。Makuakeは2026年8月26日に累計プロジェクト数51,000件・累計応援購入金額1,300億円超を発表し、CAMPFIREは統計ページ(2026年7月27日更新)で累計支援額約1,200億円・掲載約12.4万件・延べ支援者約1,500万人を公表しています。支援者は「完成品の予約客」であると同時に、過程を見守る応援者でもあります。
作業配信と有料コミュニティ
けんすう氏は、自社のサービスづくりの裏側を見せる有料コミュニティ「アル開発室」で月200万円ほど(2020年12月時点の本人の記述)を得ていると書いています。同じnoteでは、最も成功している例としてキングコング西野亮廣氏のオンラインサロン(7万人以上が月1,000円を払う、同時点の記述)も挙げています。SHOWROOMやDeNAのPocochaのようなライブ配信サービスで、配信者が投げ銭を受け取る形も同じ系統です。
尾原氏の書籍は第5章「プロセスエコノミー実例集」で、BTS、中国シャオミの「みんなで作り上げるスマホ」、「北欧、暮らしの道具店」、Y Combinatorから生まれたAirbnbとStripeなどを取り上げています。事例をさらに追うなら、この章が入口になります。
SNSでプロセスを見せる方法と収益化の仕組み
SNSでプロセスを発信しても、その投稿自体に課金できるとは限りません。お金になる主な経路は、投げ銭・月額・先払い・完成品への送客の4つです(制作過程の動画に付く広告収益もありますが、再生数の規模が前提になります)。
| 見せ方 | 主な場 | お金になる経路 |
|---|---|---|
| 作業のライブ配信 | YouTube Live、Pococha、SHOWROOM | 投げ銭(その場の課金) |
| 開発・制作の裏側の共有 | 有料コミュニティ、Instagramのサブスクリプション | 月額課金 |
| 企画段階の公開 | Makuake、CAMPFIRE | 先払い(リターン付き支援) |
| 途中経過の投稿 | Instagram、X、TikTok | 完成品・支援ページへの送客 |
Instagramのストーリーズで試作品の比較を見せ、フォロワーの投票で仕様を決める使い方は、4つ目の「送客」の典型です。投稿は無料でも、仕様決めに関わったフォロワーは発売時の最初の購入者になりやすくなります。SNSごとの特徴と運用体制の組み方はSNSマーケティングの手法と始め方で整理しています。
どの経路でも共通して効くのは、なぜそれを作るのか(Why)を最初に示すことです。尾原氏の書籍も第4章を「1億総発信者時代の『Why』の価値」から始めています。理念が見えない途中経過は、ただの作業記録として流れていきます。
プロセスエコノミーのメリットとデメリット
メリット:完成前の収益と、長く応援してくれる顧客
けんすう氏が原典で挙げた利点は、完成前から収入が入ること、作り手の孤独感がやわらぐこと、過程から知っている人が完成品を長く応援してくれることの3つです。1年がかりの制作でも途中で支援が入れば、無難な企画に逃げずに大きな挑戦を選べます。顧客との関係を継続購入や推奨につなげる考え方はファンマーケティングの手法と事例と重なります。
デメリット:模倣・炎上・発信負担と「プロセスの肥大化」
利点の裏側には、次の4つの代償があります。
- 途中のアイデアや手法を公開するので、競合に先回りされる
- 試行錯誤や失敗の過程が切り取られ、批判が広がる
- 本業の制作とは別に、撮影・投稿・コメント返信の工数がかかり続ける
- 見せ場を作るために過程を演出し始め、本来の目的からずれる
最後の点は書籍自身が警告しています。尾原氏は第6章を「プロセスエコノミーの弊害」とし、「SNSがもたらすプロセスの肥大化」「『主体』を『観客』にするな」という節を置きました。反応が取れる過程ばかり見せていると、作ること自体より見せることが目的になります。注目を集めるために反発を狙う手法の危うさはレイジベイティングと炎上商法の違いで扱っています。
プロセスエコノミーが向かない場面と、公開範囲の線引き
提唱者自身の評価:「ニッチな分野のビジネスモデル」という位置づけ
けんすう氏は同じnoteで、従来のアウトプット・エコノミーのほうがはるかに大きい状況は変わらず、あくまで「ニッチな分野のビジネスモデルが一つできた」くらいだと書いています。経営学者の入山章栄氏も2021年11月のビジネスインサイダーの連載で、「BtoBはアウトプットエコノミーのままの可能性が高い」と述べました。同じ回で、最終消費者を相手にするBtoCの多くは「ある程度プロセスエコノミー化する」とも話しています。
この2つの見立てから、次の条件に当てはまるなら、過程の公開を収益の柱にはしないと判断します。
- 受託開発やコンサルティングなど、成果物が顧客のもので守秘義務がある
- 買い手が企業の購買部門で、品質・価格・納期の比較で発注先が決まる
- 医療・金融など、途中段階の情報を出すと誤解や規制上の問題を生む
この場合も、採用活動や技術広報で「どう考えて作っているか」を見せる程度なら効果があります。課金の仕組みではなく、信頼を積み上げる発信として位置づけます。
公開してよい過程・伏せる過程の判断表
| 情報の種類 | 判断 | 理由 |
|---|---|---|
| 作る理由・目指す姿 | 公開する | 共感の起点になる |
| 試作品の比較・没案 | 公開する | 参加感が生まれる |
| 失敗とその対処 | 公開する | 信頼につながる |
| 未発表の価格・仕様の数値 | 発表まで伏せる | 競合に先回りされる |
| 顧客名・取引条件 | 伏せる | 契約・守秘義務 |
| 個人が特定できる映り込み | 伏せる | 個人情報・肖像 |
迷ったら「競合が見て、自社より早く同じものを出せるか」で判断します。出せる情報は伏せ、出せない情報(理念・人柄・判断の理由)を見せる。これがプロセスエコノミーで模倣リスクを抑える基本です。
ファンへの投稿依頼とステマ告示(2023年10月施行)の線引き
プロセスの公開に合わせて、ファンや協力者に制作現場を見せ、SNSでの発信を頼む企画はよくあります。ここで注意したいのが、2023年10月1日に施行されたステルスマーケティング規制(景品表示法に基づく令和5年内閣府告示第19号)です。事業者が投稿を依頼した場合はもちろん、明示的に頼まなくても見返りの提供などで投稿内容を左右できる関係があれば、その投稿は事業者の表示(広告)として扱われ、「広告」「PR」などの表示が必要になります。規制を受けるのは投稿した個人ではなく、依頼した事業者(広告主)です。表示の具体的な線引きはステルスマーケティングの定義・規制・罰則で確認できます。
プロセスエコノミーの始め方:Whyの言語化から効果測定まで
- 作る理由(Why)を1〜2文で書く。誰の何を変えたいのかが言えない段階では発信を始めない
- 上の判断表で、公開する過程と伏せる情報を先に決める
- 見せる場を1つに絞る(配信・コミュニティ・クラウドファンディング・SNS投稿のどれか)
- 週1回など、無理なく続けられる更新頻度と担当者を決める
- 支援者数、継続率、完成品の購入に進んだ割合を記録し、3か月ごとに続けるかを判断する
最初から複数の場に広げると、手順4の工数で止まります。1つの場で支援者数と継続率が伸びてから、2つ目の場に広げます。過程を一貫した物語として見せる組み立て方はストーリーテリングの型と事例が参考になります。
プロセスエコノミーに関するよくある質問
プロセスエコノミーとはどういう意味ですか?
完成品だけでなく、商品やサービスができるまでの過程を公開し、その過程にお金や支持が集まる経済のあり方です。けんすう(古川健介)氏が2020年12月にnoteで使った造語で、「プロセスを共有するところがお金を稼ぐメインとなる」形と説明されています。2021年7月刊行の尾原和啓氏の書籍で広まりました。
プロセスエコノミーの例は?
2020年にHuluで配信されたオーディション番組「Nizi Project」(NiziUがデビュー)、MakuakeやCAMPFIREのクラウドファンディング、作業のライブ配信と投げ銭、制作の裏側を見せる有料コミュニティが代表例です。尾原氏の書籍ではBTSやシャオミ、「北欧、暮らしの道具店」も取り上げられています。
プロセスエコノミーはなぜ人気があるのですか?
品質の差が縮まり、完成品だけでは選ばれにくくなったためです。作り手の理念やこだわりが見える過程は真似されにくく、応援したい気持ちを生みます。推し活の広がりもあり、矢野経済研究所の調査では2024年度のアイドル市場が前年度比23.7%増でした。
Instagramでプロセスエコノミーはできますか?
できます。通常投稿は無料で見られるため、収益の中心は完成品の販売やクラウドファンディングへの送客です。加えてInstagramには月額課金の「サブスクリプション」機能があり、日本でも2023年7月に提供が始まりました。要件を満たすクリエイターは、登録者限定のフィード投稿・ストーリーズ・ライブ配信で制作の裏側を見せられます(利用条件は公式ヘルプで確認してください)。試作品の比較をストーリーズで見せて投票してもらうなど、フォロワーが過程に関われる形にすると、発売時の購入につながりやすくなります。
BtoB企業でもプロセスエコノミーは使えますか?
収益の柱としては向きません。入山章栄氏も「BtoBはアウトプットエコノミーのままの可能性が高い」と述べています。加えて、発注先は品質・価格・納期で比べられ、成果物には守秘義務もかかります。採用広報や技術ブログで設計の考え方を見せるなど、信頼を積む発信に限って取り入れるのが現実的です。