バードの法則とは、フランク・E・バード(Frank E. Bird Jr.)が1969年に発表した事故比率で、重傷1件の背後に軽傷10件、物損事故30件、傷害も物損もない事故(ヒヤリ・ハット)600件があるという「1:10:30:600」の関係を指します。厚生労働省の職場のあんぜんサイトでは「バードの分析」の名前で解説されており、297社・175万件の事故報告を分析した結果とされています。
よく並べて語られるハインリッヒの法則「1:29:300」より大きなデータで、物損を独立した段にした点が違いです。一方で、どちらの比率も原典の定義や元データには限界があり、安全の専門誌では「軽微な事故を減らせば重大災害も同じ割合で減る」という読み方そのものが批判されています。この記事では、原典の定義、2つの法則とドミノ理論の違い、「古い」「間違い」と言われる根拠、日本の労災統計で見た事故の型ごとの差、現場での使い方を順に整理します。
まとめ:バードの法則の要点
- 比率の中身:重傷または廃疾1:軽い傷害10:物損のみ30:傷害も損害もない事故600。1969年発表、297社・21業種・約175万件の事故報告が基礎です。
- ハインリッヒとの違い:ハインリッヒは1931年の3段(1:29:300)、バードは4段で物損を独立させました。母数はバードの方が桁違いに大きい一方、600件のヒヤリ・ハットは保険会社への事故報告ではなく、調査の中で研究者と話し合って把握した出来事とされています。
- 最上段は「死亡」ではない:ハインリッヒの「1」は保険会社に報告された傷害で、原著自身が大半は死亡や骨折ではないと書いています。「1件の死亡事故の裏に」という説明は原典とずれています。
- 「古い」と言われる理由:元データを検証できないこと、軽微な事故の減少ほど重大災害は減らないという保険データがあること、原因の88%を人の不安全行動とする前提が否定されていることの3点です。
- 使い方:比率の数字を目標にせず、ヒヤリ・ハットのうち死亡や重傷につながりうる型(墜落・はさまれ・交通など)を選んで先に潰す、という読み替えが現在の実務に合います。
バードの法則(1:10:30:600)の定義と1969年調査の中身
フランク・E・バード(1921〜2007年)は米国ニュージャージー州生まれの安全管理の実務家です。第二次世界大戦では海軍の衛生兵として従軍し、1951年にペンシルベニア州の鉄鋼メーカーLukens Steelへ入社して平炉の作業員から安全・保安部門の責任者になりました。同社では1959〜65年に9万件の事故を調べ、「重い傷害1:軽傷100:物損500」という比率を得ています。その後、1968年7月に米国の損害保険会社Insurance Company of North America(INA)の技術サービス部長に就き、そこで産業事故の大規模調査を率いました。バードの同僚だったジャーメイン(George L. Germain)とクラーク(M. Douglas Clark)が『Professional Safety』2007年10月号に寄せた追悼記事(DNVのサイトに転載)によると、対象は297社から報告された1,753,498件の事故で、企業は21の業種にまたがり、従業員は1,750,000人、分析期間の総労働時間は30億時間を超えています。
| 比率 | 区分(厚生労働省の表記) |
|---|---|
| 1 | 重症または廃疾を伴う災害 |
| 10 | 軽い傷害を伴う災害 |
| 30 | 物損のみの事故 |
| 600 | 傷害も損害もない事故(ヒヤリ・ハット) |
呼び名は定まっておらず、厚生労働省の職場のあんぜんサイトの中でも「バードの分析」「バードの事故比率」と表記が分かれています。「バード理論」「バードセオリー」と呼ばれることもあります。厚生労働省は物損事故30件とヒヤリ・ハット600件の合計630件を「ヒヤリ・ハットを含む危険要因」と呼び、その原因と背後要件をつかんで対策につなげることが重要だと説明しています。
注意したいのは、600という数字の性格です。けがも損害も出ていない出来事は保険会社への事故報告には残りません。安全工学の解説サイトRisk Engineeringは、この比率の数字を「保険会社に報告された事故と傷害」と「研究者と話し合った出来事」によるものと説明しています。報告書を数えた上の段と底辺の600とでは、数え方が違うということです。
ハインリッヒの法則(1:29:300)との違い
ハインリッヒの法則は、米国の損害保険会社Travelers Insuranceの技術者だったハーバート・W・ハインリッヒが1929年にTravelersの研究として発表し、1931年の著書『Industrial Accident Prevention: A Scientific Approach』で広めた比率です。同種の事故330件のうち、300件は傷害なし、29件は軽傷、1件は重い傷害になるという内容で、1941年の第2版の図には、事故全体の90.9%は傷害を生まず、重い傷害になるのは0.3%という割合も添えられています。
| 項目 | ハインリッヒの法則 | バードの法則 |
|---|---|---|
| 比率 | 1:29:300 | 1:10:30:600 |
| 発表 | 1929年(論文)・1931年(著書) | 1969年 |
| 提唱者の所属 | Travelers Insurance | Insurance Company of North America |
| 段の数 | 3段(物損は区別しない) | 4段(物損を独立) |
| 調査規模・集計単位 | 同種の事故330件単位(第4版で調査5,000件超と記載) | 297社・約175万件の事故報告 |
| 事故の見方 | ドミノ理論(祖先・社会環境と人の欠陥が起点) | 損失原因モデル(管理の欠如が起点) |
「1対30対300」と覚えている人もいますが、原典の数字は1:29:300です(合計330件)。共通しているのは、重い災害は単独で起きるのではなく、その下に何倍もの軽い事故と無傷の事故があるという見立てです。違いは数字の大小より、物損を独立させたことと、原因の起点を作業者から管理へ移したことにあります(後述の損失原因モデル)。
版ごとに書き換えられた「330件」の条件
ハインリッヒ本人による版は1931年・1941年・1950年・1959年の4版で(没後の1980年にPetersen・Roosとの共著で第5版)、330件の前提は版ごとに変わっています。米国の安全の専門家フレッド・マニュエル(Fred A. Manuele)が2011年に米国の専門誌『Professional Safety』で各版を突き合わせた結果は次のとおりです。
- 初版(1931年):330件の事故は「すべて同じ原因を持つ」
- 第2版(1941年):「同種の(of the same kind)」事故330件
- 第3版(1950年):「同種で、同じ人が起こした」事故330件
- 第4版(1959年):データの出所として「5,000件を超える事例の調査」と初めて明記
厚生労働省の解説にある「同じ人間が起こした330件の災害」は第3版以降の定義です。会社全体の事故を集計して1:29:300になるという主張ではない点が、よくある勘違いの元になっています。
死亡事故に限らない最上段の「1」の定義
「1件の死亡事故の背後に29件の軽傷」という説明を見かけますが、原著の定義とは合いません。第2版でハインリッヒは、最上段の重い事故を「保険会社または州の労災補償担当官(commissioner)に報告された事例」とし、その大半は死亡でも骨折でも手足の切断でもないと書いています。厚生労働省も「死亡や手足の切断等の大事故のみではない」と注記しています。
バードの「1」も「重症または廃疾」で、死亡に限りません。前出のRisk Engineeringの解説によれば、保険会社に報告された重い傷害には死亡・障害に加えて休業や医療処置を要したものも含まれ、応急手当だけの軽傷はその9.8倍でした。バードの原著の該当ページは筆者が確認できていないため、この内訳は解説にもとづく数字として扱ってください。自社の死亡件数と軽傷件数を並べて「ハインリッヒの比率どおりだ」と確かめるのは、定義の違う数字を比べていることになります。
ヒヤリハットとピラミッドの底辺の関係
ヒヤリ・ハットは、けがや損害には至らなかったものの、作業者がヒヤリとしたりハッとしたりした出来事を指す現場の言葉です。バードの600は厚生労働省の表記でそのまま「ヒヤリ・ハット事故」とされていますが、ハインリッヒの300は少し意味が違います。
ハインリッヒの300は「傷害のない事故」で、厚生労働省の言い方では「傷害や物損の可能性があるもの」です。しかも第2版によれば、この数を出すときに数えたのは、工具を落とす・人が転ぶといった目に見える人のミスによる事例だけで、機械が原因の事故はほぼすべて除外しています。機械設備の不具合に由来するヒヤリ・ハットは、もともとピラミッドの底辺に入っていません。
もう1つ、原著の図には「重い傷害は最初の事故で起きることもあれば、群の中のどの事故で起きることもある」と添えられています。300回ヒヤリ・ハットが続いたら重大事故が起きる、という順番の法則ではありません。
バードの法則・ハインリッヒの法則が「古い」「間違い」と言われる理由
2000年代以降、米国の安全の専門家から原典への批判がはっきり出ています(マニュエル『Heinrich Revisited』2002年、同2011年論文)。批判の中心は、比率の根拠そのものと、比率から引き出された2つの前提(不安全行動が事故の主因である、頻度を減らせば重大災害も同じ割合で減る)です。
第三者が検証できない元データ
マニュエルは2011年の論文「Reviewing Heinrich: Dislodging Two Myths From the Practice of Safety」(Professional Safety 2011年10月号)で、ハインリッヒの数字の根拠を次のように問題視しました。原因の比率(88:10:2)に使われたのは保険の請求記録1万2,000件と事業場の記録6万3,000件で、どちらも原因を記入する欄がほとんどない資料です。1:29:300についても、第4版の「5,000件超」を前提にすると、同じ人の同種事故という条件を満たす無傷害事故の記録が4,500件以上必要になり、当時そうした記録が保存されていたとは考えにくいと指摘しています。結論は、比率の元になるデータベースは存在しなかったのではないか、というものです。
バードの調査は母数が大きく出所も明確ですが、600の段が保険の事故報告ではなく研究者との話し合いで把握した出来事にもとづく点は変わりません。どちらの比率も、他の調査で同じ値が再現されたとは言えません。
軽い事故と重大災害の減少率の差
比率を使う実務上の問題は「底辺を減らせば頂点も同じ割合で減る」と読まれやすいことです。マニュエルは2013年の続報で、米国の労災保険の料率算定機関NCCI(National Council on Compensation Insurance)による、休業を伴う請求の発生頻度のデータ(1999年と2003年の比較、2003年のドル換算)を示しています。
| 請求額の区分 | 請求発生頻度の減少率 |
|---|---|
| 2,000ドル未満 | 34% |
| 2,000〜10,000ドル | 21% |
| 10,000〜50,000ドル | 11% |
| 50,000ドル超 | 7% |
請求の発生頻度の減少率は、2,000ドル未満で34%、5万ドル超で7%でした。これは請求額別の比較であり、軽傷と重傷の件数を直接比較したものではありません。NCCIが2011年に公表した2005年から2009年のデータでも、賃金と医療費のインフレを調整したうえで、減少率は2,000ドル未満で25%、25万ドル超で9%と同じ傾向でした。ハインリッヒ没後の第5版(1980年)も、比率は頻度の原因と重傷の原因が同じという意味ではないと書いたと、オランダの研究者ヘイル(Hale 2002)が引用しています。マニュエルは2011年の論文で、1991年にバードのILCIを買収したノルウェーのDNVの2004年の文書も引き、小さな事故をうまく管理すると小さな事故の率は改善するが、重大事故の率は変わらないか、わずかに上がることさえあるという記述を紹介しています。
原因の88%を作業者の不安全行動とする前提
ハインリッヒは事故の直接原因を「人の不安全行動88%・機械や物の不安全状態10%・防げないもの2%」と分類しました。第2版を読むと、この88%は明らかな人的要因73%に、機械的要因とされていた25%のうち15%を人的要因へ付け替えて足した数字です。しかも1件の事故に人と設備の両方の原因を割り当てることはしていません。
行動安全の分野で知られるトーマス・クラウス(Thomas R. Krause)も2005年の著書で、事故の80〜90%が行動に起因するという二分法を自分たちも1990年に書いたが、今は役に立たず有害でさえあると考えている、と撤回しています。作業者の注意より作業の仕組みの改善を重視する今の考え方は、この反省に沿うものです。
日本の労災統計で見る事故の型ごとの比率
比率が事故の種類によってどれほど違うかは、厚生労働省の統計で確かめられます。令和7年(2025年)の労働災害は、死亡者700人(過去最少)、休業4日以上の死傷者135,333人でした。全体では死亡者1人に対して死傷者約193人ですが、事故の型別に割ると次のように大きく開きます。死傷者には死亡者も含まれ、この比較は軽傷や無傷害事故を含むバードの比率を再現したものではありません。
| 事故の型 | 死亡者 | 死傷者(休業4日以上) | 死亡1人あたりの死傷者 |
|---|---|---|---|
| 転倒 | 25人 | 37,195人 | 約1,488人 |
| 動作の反動・無理な動作 | 0人 | 22,166人 | 死亡なし |
| 墜落・転落 | 186人 | 20,864人 | 約112人 |
| はさまれ・巻き込まれ | 117人 | 13,047人 | 約112人 |
| 交通事故(道路) | 126人 | 6,984人 | 約55人 |
| 全体 | 700人 | 135,333人 | 約193人 |
出典:厚生労働省「令和7年における労働災害発生状況(確定値)」別表(令和8年4月7日までの報告を集計。新型コロナウイルス感染症へのり患によるものを除く)。比率は筆者が算出。
死傷者が最も多い転倒は、死亡の型別では少数です。逆に死亡が最も多い墜落・転落、2番目の交通事故、3番目のはさまれ・巻き込まれは、死傷者の件数では転倒に及びません。転倒や動作の反動・無理な動作(腰痛など)の報告を減らしても、それで死亡災害が同じ割合で減るとは限らないということです。ピラミッドは1つではなく、事故の型ごとに形の違うものが並んでいると考えた方が統計に合います。ハインリッヒ自身も比率は鉄骨の組立と事務員では異なると述べており、前出のRisk Engineeringの解説も、オランダの労災分析(Bellamy et al. 2008)を引き、ピラミッドの形は作業や危険の種類によって変わるとしています。
ドミノ理論とバードの損失原因モデル
比率と並んでよく問われるのが、事故が起きる順序の説明です。ハインリッヒはドミノ理論を、バードは損失原因モデルを示しました。違いは、連鎖の起点を作業者に置くか、管理の仕組みに置くかにあります。
ハインリッヒのドミノ理論(5つの駒)
ハインリッヒは原著第2版(1941年)で、防げる傷害は決まった順序で並ぶ5つの要因の最後に起きるとし、これを立てて並べたドミノにたとえました。最初の駒が倒れると列全体が倒れるという説明です。
- 祖先と社会環境:向こう見ず・頑固などの性格の欠点は遺伝や環境で生じる
- 人の欠陥:短気・神経質・安全な方法を知らないことなどが、不安全行動の直接の理由になる
- 不安全行動と機械的・物理的な危険:吊り荷の下に立つ、安全装置を外す、覆いのない歯車など
- 事故:人の転落や飛来物が当たるといった出来事
- 傷害
ハインリッヒは、どれか1つの駒を取り除けば傷害は起きないとし、狙うべき「的の中心」は列の真ん中、3番目の不安全行動と危険な状態だと書いています。1番目と2番目に置かれているのは作業者の生まれや性格で、事故の原因を個人の側に求める組み立てです。前述の「原因の88%を作業者の不安全行動とする前提」と同じ考え方で、バードの損失原因モデルはこの起点を管理の欠如に置き換えました。
ハインリッヒが示した「安全の公理」10項目
同じ第2版の冒頭で、ハインリッヒは自分の方法の土台として10項目の「安全の公理(Axioms of Industrial Safety)」を挙げています。各項目には本文の参照先が付いており、1番と2番はドミノ理論を説明する第2節、4番と6番は1:29:300を示す第4節「重い傷害の土台」を指しています。
- 傷害は、一連の要因が完結した結果として必ず起きる(事故はその要因の1つ)
- 事故は、人の不安全行動か機械的・物理的な危険、またはその両方が先行し直接の原因となったときにだけ起きる
- 事故の大半は人の不安全行動による
- 不安全行動や危険へのさらされが、いつもすぐに事故や傷害になるわけではない
- 不安全行動を許した動機や理由が、是正策を選ぶ手がかりになる
- 傷害の重さはおおむね偶然で決まるが、傷害を生む事故の発生はおおむね防げる
- 事故防止に最も役立つ方法は、生産の品質・コスト・量の管理に必要な方法と同じ
- 経営者は事故を防ぐ最大の機会と能力を持つので、責任を負うべきである
- 職長(現場監督者)が事故防止の要である
- 補償や医療費で測る直接費の陰に、事業者が負担する間接費がある
6番の「重さは偶然、発生は防げる」は、事故の数を減らせば重い傷害も減るという読み方の土台になりました。前述のNCCIのデータが疑問を投げかけたのは、まさにこの点です。一方で8番は管理者の責任を、10番は見えにくいコストを指摘しており、後のバードの損失原因モデルやコストの氷山と同じ方向を向いています。全文はInternet Archiveで公開されている第2版で読めます。
バードの損失原因モデル(管理の欠如が起点)
バードは1970年代にドミノ理論を改め、管理の欠如が損失につながる流れを示す損失原因モデル(Loss Causation Model)を作りました。一般には「管理の欠如→基本原因→直接原因→事故→損失」の5段で紹介され、1974年にバードが設立した国際損失管理研究所(ILCI)の教材を通じて広まりました。起点が作業者から経営の管理の仕組みに移っています。前出の追悼記事は、このモデルを左から読めば原因の連鎖、右から読めば事故調査で遡る手順になると説明しています。ILCIはその後、安全管理の取り組みを監査・格付けする国際安全格付けシステム(ISRS)を作り、1991年にノルウェーのDNVに買収されました。
見えにくい損失を示すコストの氷山
バードのもう1つの成果が「コストの氷山」です。治療費や補償のように見えやすい事故コストの下に、設備の損傷、生産の停止、調査にかかる時間といった見えにくいコストがあり、同記事によれば、後者は前者の6〜53倍になる傾向があるとされます。労働集約型の職場では低い側、資本集約型や資材の取り扱いが多い職場では高い側に寄るとも書かれています。
バードの法則を現場で使うときの判断基準
比率は正確な予測式としては使えません。重大化しうる前兆を対策に結びつける一方、前兆の報告がなくても重大災害は起こりうると考える必要があります。バード自身も、ニアミスのうち重大化の可能性が高いものの分析を重視していました。前兆をすべて同じ重みで集めるやり方はやめるべきです。報告件数を増やすことが目標になると、件数の多い型の報告ばかりが集まり、墜落やはさまれのように件数は少なくても死亡につながりやすい型が埋もれます。
ヒヤリ・ハット報告の仕分け方
報告を受けたら、まず「条件が少し違えば死亡や重傷になりえたか」で仕分けます。前の表のとおり、日本で死亡が多いのは墜落・転落、交通事故(道路)、はさまれ・巻き込まれです。高所作業、フォークリフトや車両との接触、回転部への手の接近に関する報告は、件数が少なくても優先して原因を掘ります。回転部の点検や清掃なら、LOTO(ロックアウト・タグアウト)の手順のように、人の注意に頼らず設備側で止める対策を先に検討します。
原因分析では、1人のミスで止めずに、なぜその作業がその状態で行われていたかを遡ります。手順はなぜなぜ分析の進め方が参考になります。単一の防護策が抜けても重大化しないよう複数の層で守る考え方は、スイスチーズモデルが扱っています。
KYT(危険予知訓練)との関係
KYTは、作業前にイラストや現場写真を見て「どんな危険が潜んでいるか」を話し合う訓練です。厚生労働省の職場のあんぜんサイトの解説では、住友金属工業で生まれ、中央労働災害防止協会が問題解決の4ラウンド法と指差し呼称を組み合わせた「KYT4ラウンド法」が標準とされています。ヒヤリ・ハット報告がすでに起きた出来事を集める仕組みなのに対し、KYTはまだ起きていない危険を想定して対策と行動目標を決める仕組みで、バードの600のように発生した出来事を数えるものではありません。KYTの題材を実際のヒヤリ・ハット報告から選ぶと、両者がつながります。
品質管理・クレーム対応・システム障害への当てはめ
この考え方は製品不良、顧客のクレーム、システム障害にも当てはめられます。問い合わせや軽い不満の中から、重大なクレームにつながりうる兆候を探す、という使い方です。ハインリッヒ自身も安全の公理の7番で、事故防止に最も役立つ方法は生産の品質・コスト・量の管理と同じだと書いていました。
システム障害なら、利用者に影響が出なかったアラートや自動復旧した異常が底辺にあたります。これを件数で数えるのではなく、条件が違えば停止につながったものを選んで原因を追う、という使い方です。障害の検知から振り返りまでの流れはインシデント管理のプロセスの記事で扱っています。
ただし、1:29:300やその他の比率は労働災害の調査から出た数字です。品質やクレームの領域でこの比率が成り立つことを示した研究は見当たらず、医療分野(救急外来の受診や投薬ミス)を調べた研究(Gallivan et al. 2008)でも、安定した比率の証拠はほとんど得られていません。数字を引用して「300件のクレームがあれば重大事故が起きる」と説明するのは避け、前兆を拾って記録し、重大化しうるものから手を打つという構造だけを借りるのが妥当です。人のミスを個人の注意で片づけない考え方は、ヒューマンエラーの発生メカニズムの記事で詳しく扱っています。
よくある質問
バードの法則を簡単に言うと何ですか?
重傷1件の背後に、軽傷10件、物損事故30件、けがも損害もないヒヤリ・ハット600件があるという、フランク・E・バードが1969年に示した事故の比率です。297社・約175万件の事故報告の分析にもとづいています。
1対29対300の「300」はヒヤリハットのことですか?
おおむね同じ意味で使われますが、原典では「傷害のない事故」です。ハインリッヒはこの300件を数える際に、目に見える人のミスによる事例だけを数え、機械が原因の事故をほぼ除外しています。
ハインリッヒの法則は間違いなのですか?
重い災害の背後に多数の軽い事故があるという見方は否定されていません。批判されているのは、元データを検証できない点、軽い事故を減らせば重大災害も同じ割合で減るという読み方、原因の88%を作業者の不安全行動とした前提です。
ハインリッヒの法則は何が言いたいのですか?
重い災害の背景には、けがに至らなかった事故や危険要因が数多くある、ということです。厚生労働省も、大事なのは比率の数字ではなく、ヒヤリ・ハットなどの情報をできるだけつかみ、迅速かつ的確に対策を打つことだと解説しています。
1対30対300とはどういう意味ですか?
「1対30対300」は、ハインリッヒの法則の比率「1:29:300」とは異なる表記です。原典は、同種の事故330件のうち重い傷害1件・軽傷29件・傷害なし300件という内訳です。バードの法則では「30」は物損事故の段を指します。
ドミノ理論とは何ですか?
ハインリッヒが示した事故の起き方の説明で、祖先と社会環境、人の欠陥、不安全行動と危険な状態、事故、傷害の5つが順に倒れるドミノのように連鎖するというものです。真ん中の不安全行動と危険な状態を取り除けば傷害は起きないとしました。
ヒヤリハットの件数は多いほど良いのですか?
件数そのものは安全の水準を表しません。報告件数は報告のしやすさにも左右されます。転倒でも死亡や重傷は起こりうるため、事故の型だけで軽重を決めず、各報告が重大化する条件を確認します。件数より、重大化しうる報告が何件あり、そのうち何件に対策を打てたかを見ます。