デューデリジェンス(due diligence、略してDD、デューデリ)は、M&Aや出資を決める前に、相手企業の財務・法務・事業などの実態を調べる手続きです。日本語では「買収監査」とも呼ばれます。調べた結果は、買うか買わないかの判断だけでなく、買収価格と最終契約の条項に反映されます。
なお、アイドルファンの間で使う「DD」は「誰でも大好き(Daredemo Daisuki)」の略で、Wikipedia日本語版の曖昧さ回避ページでもデューディリジェンスとは別の項目として並んでいます。この記事はビジネス用語のDDを扱います。
まとめ:デューデリジェンスの意味と押さえる順番
DDの全体像は、次の5点でつかめます。
- M&AのDDは、基本合意のあと最終契約の前に、主に買い手が専門家を使って売り手を調べる工程です(中小企業庁「中小M&Aガイドライン」第3版)。
- 調査は財務・税務・法務・労務・ビジネス・IT・知財・環境に分かれます。株式譲渡で会社ごと引き継ぐなら、財務・税務・法務・労務の4つは省かないでください。
- 見つかった問題は、価格の引き下げ、表明保証、特別補償、クロージングの前提条件のいずれかで手当てします。
- 中小企業のM&Aでは、事業承継・M&A補助金の専門家活用枠がDD費用に最大200万円の上乗せを設けています。第16次公募では、買い手支援類型の要件としてDDの実施そのものが求められています。
- 人権DDや金融機関のCDDも同じ「デューデリジェンス」ですが、1回きりの取引前調査ではなく継続的に回す管理の仕組みです。
以下、語の由来から順に、実務で判断が分かれる点を中心に解説します。
デューデリジェンスの語の意味と、同じ語を使う3つの文脈
米国1933年証券法における合理的な調査と免責
due は「当然払うべき」、diligence は「注意・勤勉」を意味し、合わせて「相当な注意」を指します。合理的な調査と責任の関係を示す法令の一例が、米国1933年証券法の第11条です。
同条は、登録届出書に虚偽の記載があった場合に引受人などへ責任を負わせる一方、(b)(3)(A)で、相当な調査(after reasonable investigation)を尽くしたうえで記載が正しいと信じる合理的な根拠があり、実際にそう信じていた者の免責を認めています。条文そのものに due diligence という語はありませんが、この「調べ尽くしたことを立証すれば責任を免れる」という構造が、実務で due diligence defense と呼ばれてきました。
条文が免責の条件にしているのは、合理的な調査を実施したうえで、記載が真実だと信じる合理的な根拠と実際の認識を持っていたことです。記載に誤りが残っていても、この条件を立証できれば免責されます。問題を残らず見つけることより、合理的な範囲で調べ尽くしたと示せるかが問われる、と捉えると調査範囲の決め方が変わります。
M&AのDD・人権DD・金融機関のCDDの違い
「デューデリジェンス」はM&A以外でも使われ、検索結果でも意味が混ざりがちです。3つの文脈は、調べる主体・対象・頻度がそれぞれ違います。
| 文脈 | 主体 | 調べる対象 | 頻度 | 根拠となる文書 |
|---|---|---|---|---|
| M&A・出資のDD | 買い手・投資家 | 売り手企業の実態 | 取引ごと(最終契約前) | 中小M&Aガイドライン |
| 人権DD | 自社 | 自社とサプライチェーンの人権への影響 | 継続的 | 経産省ガイドライン・国連指導原則 |
| CDD・EDD | 金融機関 | 顧客と取引内容 | 継続的 | 金融庁マネロンガイドライン |
金融庁のマネロン・テロ資金供与対策ガイドライン(2026年3月31日版)は、顧客情報と取引内容を調べ、自社のリスク評価と照らして低減措置を判断・実施する流れを「顧客管理(カスタマー・デュー・ディリジェンス:CDD)」と呼び、リスクが高い顧客に対する厳格な管理をEDD(Enhanced Due Diligence)としています。情報セキュリティや役員の注意義務の文脈で使われる「デューケア」との違いは、デューケアとデューディリジェンスの違いを解説した記事で整理しています。
M&AでDDを行う目的と、調査結果を最終契約に反映する方法
M&AのDDの実施主体と実施時期
中小企業庁の「中小M&Aガイドライン」(2024年8月30日改訂の第3版)は、DDを「譲り受け側が、譲り渡し側の財務・法務・ビジネス(事業)・税務等の実態について、FAや士業等専門家を活用して調査する」工程と位置づけ、通常は譲り受け側が専門家に調査を依頼するとしています。時期は、独占交渉権を定めた基本合意書を結んだあと、株式譲渡契約などの最終契約を結ぶ前です。
同ガイドラインは、仲介者やFAが日程調整や資料の受け渡しを手伝うだけで自らDDを行わない場合、その旨と、別の支援機関に依頼する必要があることを依頼者に明確に説明するよう求めています。仲介会社と契約した買い手は「DDも仲介会社がやってくれる」と思い込まず、契約書の業務範囲を確認してください。
発見事項を価格と契約条項に落とす4つの手当て
DDで問題が見つかっても、取引を中止するとは限りません。問題の性質に応じて、次のどれで手当てするかを決めます。
- 価格調整:金額を見積もれる問題(簿外の未払金、修繕が必要な設備など)は買収価格から差し引きます。
- 特別補償:発生するか分からないが起きれば損失が大きい問題(係争中の訴訟、税務否認のおそれ)は、現実化したら売り手が補償する条項にします。
- 表明保証:売り手が「開示した事実は正しい」と保証し、違反があれば補償責任を負います。
- 前提条件:許認可の承継や主要取引先の同意など、クロージングまでに解消すべき事項を取引実行の条件にします。
表明保証では、DDで開示済みの事項を保証対象から除外するかが交渉事項になります。売り手は責任範囲の限定を求め、買い手は包括的な保証を求めます。どこまで開示したかをデータルームの記録で残しておくことが、双方にとって後の紛争を防ぎます。ストックオプションを発行している会社を買う場合の論点は、M&Aでストックオプションがどう扱われるかの解説を参照してください。
DDの種類別の調査項目と担い手
調査は分野ごとに専門家が分担します。下の表は代表的な調査分野です。優先順位は、対象会社の業種と買収目的に応じて決めます。
| 種類 | 主な担い手 | 典型的な確認事項 |
|---|---|---|
| 財務DD | 公認会計士 | 正常収益力、簿外債務、運転資本 |
| 税務DD | 税理士 | 申告漏れ、否認リスク、繰越欠損金 |
| 法務DD | 弁護士 | 重要契約の解除条項、許認可、係争 |
| 労務DD | 社会保険労務士・弁護士 | 未払残業代、社会保険の加入漏れ |
| ビジネスDD | コンサルタント | 市場性、取引先の集中、シナジー |
| IT DD | ITコンサルタント・開発会社 | システムの保守期限、ライセンス、属人化 |
| 知財DD | 弁理士・弁護士 | 特許の権利帰属、ライセンス契約 |
| 環境DD | 環境調査会社 | 土壌汚染、廃棄物処理 |
財務・税務・法務・労務は、株式譲渡で会社をまるごと引き継ぐ案件ではほぼ必須です。ビジネス・IT・知財・環境は、対象会社の業種と買収目的で要否を決めます。ソフトウェア会社の買収ならIT DDと知財DDの比重が上がり、工場を持つ製造業なら環境DDを外せません。IT DDでは、基幹システムの保守期限切れや、特定の担当者しか仕様を知らない状態が統合費用を膨らませる典型です。
労務DDで未払残業代を3年分遡る根拠
労働基準法115条は賃金請求権の消滅時効を5年と定めていますが、附則143条3項により、退職手当を除く賃金は当分の間3年とされています。この扱いは2020年4月1日以後に支払日が来る賃金に適用されます。
つまり、残業代を払っていない会社を買うと、各支払日から3年以内の未払分をまとめて請求されるおそれがあります。しかも3年は絶対的な上限ではありません。訴訟の提起があれば民法147条により時効の完成が猶予され、会社が未払を認めれば民法152条により時効が更新されるため、3年より前の分が請求対象に残っていることもあります。労務DDでは、勤怠記録と給与明細を突き合わせ、固定残業代の設計が有効かまで確認します。見つかった場合は、見込み額を価格調整に入れるか、特別補償の対象にするのが通例です。
知財DDの調査項目と特許庁の標準手順書SKIPDD
特許庁は2018年3月に「知的財産デュー・デリジェンスの標準手順書“SKIPDD”」を公表しています。出資・事業提携・M&Aの際に知財面から対象会社のリスクと価値を評価するための一般的なプロセス、必須とされる調査事項とその優先度、相手方に開示を求めるべき資料をまとめたものです。
スタートアップへの出資のように、会社の価値が特許やソフトウェアに集中している案件では、財務DDより先に知財DDの結果を見るべきです。創業者個人が特許を保有している場合、会社の株式を取得しても特許は当然には移りません。買収前に、権利者との譲渡合意や必要な移転登録の可否を確認するためです。
DDの進め方:依頼から最終契約までの6工程
M&AのDDは、概ね次の順で進みます。
- 範囲の決定:買収目的とリスクの仮説から、実施する分野と調査期間を決めます。
- 専門家の選定:会計士・弁護士などに依頼し、仲介者やFAが担う範囲を契約で確認します。
- 資料依頼リストの提示:売り手に決算書、契約書、就業規則などの開示を求めます。
- 資料の精査とインタビュー:データルームの資料を読み、経営陣や担当者に質問します。必要なら現地を見ます。
- 報告書の作成:分野ごとに発見事項と、価格・契約への影響を整理します。
- 契約交渉への反映:報告書をもとに価格と最終契約の条項を交渉します。
売り手側も準備が要ります。資料依頼リストが届いてから探し始めると回答が遅れ、買い手に「管理体制が弱い会社」という印象を与えます。決算書と主要契約、就業規則を事前に揃えておくだけで、交渉の主導権を失いにくくなります。管理体制そのものの整え方は内部統制の4つの目的と6つの基本的要素が参考になります。
DD費用の負担者と、事業承継・M&A補助金の上乗せ枠
DD費用は、調査を依頼する買い手が負担するのが基本です。専門家の報酬は、調査する分野の数、対象会社の規模、拠点数、遡る年数で大きく変わるため、依頼前に分野ごとの見積もりを取り、何を調べないかも含めて範囲を合意してください。
中小企業の場合、費用の手当てとして使えるのが中小企業庁の事業承継・M&A補助金です。2026年9月時点で要領が公開されている第16次公募(申請受付は2026年10月2日から11月6日17時まで)の専門家活用枠は次のとおりです。
| 類型 | 補助率 | 補助上限 | DD費用の上乗せ |
|---|---|---|---|
| 買い手支援類型 | 2/3以内 | 600万円 | 200万円(合計800万円) |
| 売り手支援類型 | 1/2または2/3以内 | 600万円 | 200万円(合計800万円) |
| 小規模売り手支援類型 | 2/3以内 | 450万円 | なし |
第16次公募の買い手支援類型では、補助対象経費にDD費用を計上するかどうかにかかわらず、DDを実施することが補助対象事業の要件です。費用を計上しない場合も、実績報告の際にDDを実施した証憑を出す必要があります。補助金を使わない買い手にとっても、国がDDを「省けない工程」と位置づけている目安になります。
買い手支援類型には、別に上限2,000万円の100億企業特例(補助率1/2または1/3)もあります。公募要領は、交付決定通知書を受け取ってから専門家との委託契約締結などに着手するよう定めているため、先に専門家と契約すると補助の対象から外れるおそれがあります。条件は公募回ごとに変わるので、申請前に事業承継・M&A補助金 専門家活用枠の公募要領で確かめてください。
DDを簡略化してよい場面と、省いてはいけない場面
費用を理由にDDを削る判断は、取引の形で線を引けます。
株式譲渡では、会社という器ごと引き継ぐため、帳簿に載っていない債務や未払残業代、係争も一緒に買うことになります。この形でDDを省くのは避けるべきです。特に財務・税務・労務は、少額案件でも最低限の範囲で実施してください。
事業譲渡では、引き継ぐ資産・契約・従業員を個別に選んで移すため、会社全体のリスクを抱え込む度合いは株式譲渡より小さくなります。対象資産が限られる小規模な事業譲渡なら、調査範囲を移転する契約と資産に絞る判断は合理的です。ただし許認可が必要な事業は、事業譲渡では許認可を引き継げない場合があるため、法務DDでその可否だけは確認してください。
逆に、売り手の社長の説明だけで判断する「DDなし」の買収は、金額にかかわらず勧めません。M&AのDDでは、対象会社の実態を調べ、発見事項と判断の過程を記録に残すことが、取締役が株主から判断の妥当性を問われたときの根拠にもなるからです。
人権デューデリジェンスの手順と国内外のルール
日本政府ガイドラインとOECDガイダンスの工程
国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」(2011年)は原則17で、企業が人権への負の影響を特定・防止・軽減し、どう対処したかを説明するために人権デュー・ディリジェンスを実施すべきとしています。日本政府が2022年9月に策定した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」は、人権DDを、負の影響の特定・評価、防止・軽減、取組の実効性の評価、説明・情報開示からなる一連の行為と整理しています。
同ガイドラインは、M&AのDDが一回の取引のリスク把握であるのに対し、人権DDは「定期・非定期の影響評価を通じて、継続的に実施されるべきもの」と明記しています。OECDの「責任ある企業行動のためのデュー・ディリジェンス・ガイダンス」(2018年)は、これを次の6ステップで示します。
- 責任ある企業行動を方針と管理システムに組み込む
- 負の影響を特定し、評価する
- 負の影響を停止・防止・軽減する
- 実施状況と結果を追跡する
- どう対処したかを伝える
- 適切な場合に救済を行う、または救済に協力する
政府の「ビジネスと人権」に関する行動計画は2020年10月に策定され、2025年12月24日に改定されました。調達先の評価から始める場合は、ESG経営の進め方と体制づくりで扱う取引先からの要請への対応と合わせて設計すると、重複した調査票を取引先に送らずに済みます。
EUのCSDDDは適用が2029年7月に延期
EUの企業持続可能性デューディリジェンス指令(CSDDD、Directive (EU) 2024/1760)は、2025年のStop-the-clock指令(EU) 2025/794で一度延期されたあと、簡素化パッケージ Omnibus I(Directive (EU) 2026/470、2026年3月18日発効)で内容と日程が変わりました。2026年3月18日時点の統合版では、国内法化の期限が2028年7月26日、適用開始が2029年7月26日です。
基本となる対象は、EU企業なら平均従業員数5,000人超かつ全世界の純売上高15億ユーロ超、EU域外の企業ならEU域内の純売上高15億ユーロ超です。このほか、グループ全体でこの基準を満たす最終親会社と、EU域内のフランチャイズ・ライセンス契約によるロイヤルティが7,500万ユーロを超え一定の売上規模もある企業にも、別の適用条件があります。いずれの条件も、2事業年度続けて満たした場合に限って適用されます(CSDDD統合版第2条5項)。日本企業でもEU域内の売上がこの水準を2事業年度続けて超えれば直接の対象になり、対象企業の取引先としてサプライチェーン経由で調査票が届くことも考えられます。
よくある質問
DDとデューデリは同じ意味ですか?
同じです。DD(ディーディー)とデューデリは、デューデリジェンス(due diligence)の略称です。「デュー・ディリジェンス」は略称ではなく、カタカナ表記の違いです。中小企業庁の中小M&Aガイドラインは「デュー・ディリジェンス(DD)」と書いています。アイドルファンの間で使う「DD」は「誰でも大好き」の略で、ビジネス用語のDDとは無関係です。
デューデリジェンスは誰が行い、費用は誰が払いますか?
M&Aでは、買い手が公認会計士・弁護士などの専門家に依頼して行い、費用も買い手が負担するのが基本です。中小M&Aガイドラインも、通常は譲り受け側が専門家に調査を依頼するとしています。仲介会社がDDまで行うとは限らないので、契約の業務範囲を確認してください。売り手が自社を事前に調べるセルサイドDDは売り手の負担です。
財務デューデリジェンスと法務デューデリジェンスの違いは何ですか?
財務DDは公認会計士が決算書と帳簿を調べ、正常な収益力や帳簿に載っていない債務を明らかにして、買収価格の妥当性を判断する材料にします。法務DDは弁護士が契約書・許認可・係争を調べ、取引の障害や将来の法的責任を洗い出して、表明保証や前提条件などの契約条項に反映します。数字の実態を見るのが財務、権利と義務を見るのが法務です。
人権デューデリジェンスとは何をするものですか?
自社とサプライチェーンで人権への負の影響(強制労働や児童労働など)を特定・評価し、防止・軽減し、取組の実効性を評価して、どう対処したかを開示する一連の取組です。日本政府の2022年9月のガイドラインは、M&AのDDと違って継続的に実施すべきものとしています。日本企業などEU域外の企業は、EU域内の純売上高15億ユーロ超などの条件を2事業年度続けて満たすと、2029年7月26日から適用されるEUのCSDDDの対象になります。
知財デューデリジェンスでは何を調べますか?
対象会社の特許・商標・著作権などが誰に帰属しているか、他社の権利を侵害していないか、ライセンス契約に買収後の解除条項がないかを調べます。特許庁が2018年3月に公表した標準手順書SKIPDDは、出資やM&Aの際の一般的なプロセス、必須の調査事項と優先度、相手方に求める資料をまとめており、調査項目を決めるときの下敷きになります。