ゲーム理論とは、複数の意思決定者が互いに影響を与え合う状況で、それぞれにとって合理的な行動を数理的に分析する理論です。名前に「ゲーム」とありますが、対象は遊びに限りません。価格競争、交渉、入札、国際関係など、利害の絡む意思決定全般を扱い、経済学から経営戦略、マーケティング、AIまで応用が広がっています。この記事では、代表例の囚人のジレンマを利得表で追い、ナッシュ均衡を機械的に求める手順と、両者の違いを示します。そのうえで、囚人のジレンマを誰が作ったのか、繰り返せば本当に協力が生まれるのかといった、日本語の解説で省かれがちな出所と条件を、原論文にさかのぼって確認します。
まとめ
- ゲーム理論の構成要素はプレイヤー・戦略・利得(ペイオフ)の3つ。相手の選択が自分の結果を左右する「相互依存」の状況を扱います
- 純粋戦略のナッシュ均衡は、利得表に印を付けるだけで求まります。両者の印がそろったマスが均衡で、混合戦略の均衡は確率の計算で別に求めます
- 囚人のジレンマは「ゲームの型」、ナッシュ均衡は「そのゲームがどこに落ち着くか」を表す解の概念です。囚人のジレンマは、均衡が全員にとって悪いマスに落ちる典型例にあたります
- ナッシュは、有限のゲームなら混合戦略まで含めれば均衡が必ず1つ以上存在することを証明しました(Annals of Mathematics 54巻2号286〜295ページ, 1951年)。「均衡が存在しない」は誤りです
- 囚人のジレンマを作ったのはRAND研究所のFloodとDresher(1950年)。囚人の物語はAlbert Tuckerが後から付けたものです
- 回数が決まった繰り返しでは、回数・利得・互いの合理性が共有知識なら、後ろ向き帰納法で協力は崩れます。協力を支えるのは、終わりが見えない場合か、相手の型に不確かさがある場合です
- ゲーム理論に関するノーベル経済学賞は1994年だけではありません。授賞理由の原文にゲーム理論・メカニズムデザイン・マーケットデザイン・オークション理論のいずれかが明示された回だけでも、1994年・2005年・2007年・2012年・2020年の5回にのぼります
ゲーム理論とは:相互依存の意思決定を扱う枠組み
ゲーム理論を一言で表すなら、「相手の出方を織り込んで自分の行動を決める」ための枠組みです。1人で完結する意思決定との決定的な違いは、自分の選択の結果が相手の選択に左右される点にあります。自社が値下げすべきかどうかの答えは、競合が値下げするかどうかで変わる。この相互依存を数理的に扱うのがゲーム理論です。
ゲーム理論の3要素:プレイヤー・戦略・利得
どんなゲームも、次の3つで表現できます。
- プレイヤー:意思決定を行う主体。企業、国、個人など
- 戦略:各プレイヤーが選べる行動。「値下げする/しない」など
- 利得(ペイオフ):戦略の組み合わせごとに各プレイヤーが受け取る結果。利益、刑期、点数など
ナッシュの1951年の論文も、有限のn人ゲームを「n人のプレイヤーと、各自に割り当てられた有限個の純粋戦略、そして各プレイヤーの利得関数」の組として定義しています。この3つに、手を打つ順番と、各プレイヤーが何を知っているかが加わると、ゲームの形が決まります。この2点の分け方は、後の「ゲーム理論の主要モデル」で扱います。
ゲーム理論が扱えない問題:相手のいない意思決定
ゲーム理論は、プレイヤーが複数いて、互いの選択が結果に影響する状況の道具です。裏を返すと、相手のいない意思決定には使えません。明日の天気を見て傘を持つか、設備をいつ更新するか。相手が存在していても、その反応が自分の結果を変えないなら、相手の戦略を変数に入れる必要がなく、通常の最適化問題として解けます。
囚人のジレンマの利得表と支配戦略
ゲーム理論の入り口として最も使われるのが囚人のジレンマです。各自が自分にとって合理的に行動した結果、全員にとって望ましくない結果に落ち着くことを示します。
囚人のジレンマの設定と刑期の利得表
共犯の疑いで2人の容疑者AとBが別々に取り調べを受けています。互いに連絡は取れません。それぞれ「黙秘する(協力)」か「自白する(裏切る)」かを選び、刑期は次のように決まるとします。
- 2人とも黙秘 → 2人とも懲役2年
- 2人とも自白 → 2人とも懲役5年
- 片方だけ自白 → 自白した方は釈放(0年)、黙秘した方は懲役10年
これを利得表(ペイオフ表)にすると次のようになります。各マスの数字は「Aの刑期, Bの刑期」です。刑期なので、数字が小さいほど望ましい利得です。
| Bが黙秘 | Bが自白 | |
|---|---|---|
| Aが黙秘 | A 2年, B 2年 | A 10年, B 0年 |
| Aが自白 | A 0年, B 10年 | A 5年, B 5年 |
なぜ全員が損をするのか:支配戦略の働き
Aの立場で考えます。Bが黙秘するなら、Aは黙秘で2年、自白で0年。自白が得です。Bが自白するなら、Aは黙秘で10年、自白で5年。やはり自白が得になります。つまりBが何を選んでも、Aにとっては自白が有利です。相手の出方に関係なく有利なこうした戦略を、支配戦略と呼びます。
Bも同じ理屈で自白を選ぶ。結果、2人ともそろって懲役5年です。2人とも黙秘していれば2年で済んだはずでした。個人としての合理性が、全体としては悪い結果を生む。これが囚人のジレンマの構造です。
ナッシュ均衡の求め方
囚人のジレンマの結末は、ナッシュ均衡という概念で正確に言い表せます。定義を押さえたうえで、実際に求める手順を示します。
ナッシュ均衡の定義:誰も動く動機を持たない状態
ナッシュ均衡とは、各プレイヤーが相手の戦略を所与としたときに最適な選択をしていて、誰も自分だけ戦略を変えても得をしない状態を指します。数学者ジョン・ナッシュが1950年に示した概念です。まず同年1月、Proceedings of the National Academy of Sciences 36巻1号48〜49ページに「Equilibrium points in n-person games」として要点を発表し、続いてプリンストン大学の博士論文で全体を展開しました。翌1951年のAnnals of Mathematics 54巻2号286〜295ページに載った論文「Non-Cooperative Games」も、参考文献の2番目にこのPNAS論文を挙げています。
下線引き法:純粋戦略の均衡を探す2ステップ
1つの手に決め打ちする純粋戦略の均衡なら、表に印を付けるだけで見つかります。手順は次の2ステップです。
- 列ごとにAの最善手に印を付ける:Bが黙秘の列でAの刑期は2年と0年。短い0年(Aが自白)に印。Bが自白の列では10年と5年。5年(Aが自白)に印
- 行ごとにBの最善手に印を付ける:Aが黙秘の行でBの刑期は2年と0年。0年(Bが自白)に印。Aが自白の行では10年と5年。5年(Bが自白)に印
両者の印がそろったマスがナッシュ均衡です。この表では「2人とも自白(5年, 5年)」の1マスだけが該当します。ここからAだけが黙秘に変えると刑期は5年から10年に伸びるため、誰も動きません。
この手法が使えるのは、利得が数値で並んでいるからです。刑期のように小さいほど良い指標では最小値に、利益のように大きいほど良い指標では最大値に印を付けます。印がそろうマスが1つも無いゲームもあります。そのときは純粋戦略の均衡が無いだけで、次に述べる混合戦略の均衡を確率の計算で求めます。
均衡は必ず存在する:ナッシュの存在定理
「ナッシュ均衡は存在しないことがある」という説明を見かけますが、利得表で書けるような有限のゲームについては正確ではありません。ナッシュは1951年の論文の冒頭で、目的をこう述べています。「有限の非協力ゲームは常に少なくとも1つの均衡点を持つことを証明する」。プレイヤー数も戦略数も有限であれば、確率的に戦略を混ぜる混合戦略まで許すことで、均衡は必ず存在します。
存在しないように見えるのは、じゃんけんのように純粋戦略(1つの手に決め打ちする戦略)だけを探しているときです。じゃんけんにもグー・チョキ・パーを3分の1ずつ出す混合戦略の均衡があります。一方、均衡が複数存在することはあり、その場合は理論だけではどれが実現するかを決められません。なお、戦略が無限にあるゲームでは均衡が存在しない例もあり、ナッシュの定理が保証するのは有限のゲームまでです。
パレート最適とのズレ:非最適なのは1マスだけ
もう一つの重要概念がパレート最適です。「誰かの状況を良くするには、他の誰かを悪くするしかない」という、全体として無駄のない状態を指します。
先ほどの利得表で判定すると、意外なことが分かります。パレート最適でないのは「2人とも自白(5年ずつ)」の1マスだけです。「2人とも黙秘(2年ずつ)」はもちろん、「片方だけ釈放(0年と10年)」の2マスも、他のどのマスへ移っても釈放された側の刑期が延びるため、誰も悪くせずに改善する方法が無く、パレート最適に該当します。
ここが核心です。4マス中3マスがパレート最適なのに、ナッシュ均衡は唯一のパレート劣位なマスに落ちる。個人の合理性が導く結果と、全体として望ましい結果が正面からズレるわけです。このズレが、価格競争から環境問題まで、多くの行き詰まりの構造を説明します。
囚人のジレンマとナッシュ均衡の違い:ゲームの型と解の概念
2つの語はよく並べて使われますが、指しているものの階層が違います。囚人のジレンマは「ゲームの型」、つまり利得表の数字の並び方の名前です。一方、ナッシュ均衡は「解の概念」で、どんなゲームにも当てはめて「どこに落ち着くか」を求める道具にあたります。
| 項目 | 囚人のジレンマ | ナッシュ均衡 |
|---|---|---|
| 何を指すか | 特定の利得構造を持つゲーム | 誰も単独で動く動機がない戦略の組 |
| 適用範囲 | この構造のゲームだけ | あらゆるゲーム |
| 提示者 | Flood・Dresher(1950年) | Nash(1950年) |
| 均衡の数 | 1つ(相互の裏切り) | ゲームによる |
囚人のジレンマで特徴的なのは、均衡がナッシュ均衡であるだけでなく、両者が支配戦略を選んだ結果でもある点です。相手の手を読む必要すらなく、各自が自分の表だけを見て裏切りに行き着く。だから予測が強く、それなのにパレート劣位という逆説が際立ちます。次の章で見るチキンゲームには支配戦略が無く、均衡が3つあります。ナッシュ均衡という同じ道具を当てても、ゲームの型が変われば答えの形が変わるわけです。
囚人のジレンマの考案者:実験・物語・名称の出所
囚人のジレンマは、囚人の話として生まれたわけではありません。出所をたどると、日本語の解説記事でよく見る「タッカーが名付けた」という説明には、現在は訂正が入っています。
スタンフォード哲学百科事典の「Prisoner’s Dilemma」の項によれば、このゲームの発見はMerrill Flood と Melvin Dresher に帰されます。2人は第二次大戦後にRAND研究所へ集められた数学者グループの一員で、1950年初頭、同僚2人にこの利得構造のゲームを100回連続でプレイさせる実験を行いました。結果は数年後のRANDレポート(Flood 1952)にまとめられています。この時点では、刑務所も囚人も登場しません。
刑期を利得とする物語を付けたのはAlbert Tuckerです。スタンフォード大学の心理学者を相手にした講演で、Flood と Dresher のゲームを分かりやすくする目的で使いました。ただし同百科事典は、名称をタッカーに帰す説明(同項目の以前の版を含む)を改め、Guerra-Pujol と Martinez-Garcia の調査として、「prisoner’s dilemma」という名称の活字での最初の使用は Luce と Raiffa の1957年の著書だと紹介しています。後年に出版された講演資料には「A Two-Person Dilemma: The Prisoner’s Dilemma」という副題が付いているものの、講演当日に配られた原本のミメオグラフには、その副題はありませんでした。同百科事典は、この副題が取り違えの原因になった可能性を挙げています。
ゲーム理論の主要モデル
囚人のジレンマ以外にも、構造の異なるモデルがあります。実務で構造を見抜くときの引き出しになります。分類の軸が複数混在している点に注意してください。
| モデル | 分類軸 | 構造 | 身近な例 |
|---|---|---|---|
| ゼロサムゲーム | 利得の和 | 一方の得が他方の損 | 将棋、ポーカー |
| 非ゼロサムゲーム | 利得の和 | 利得の合計が組み合わせで変わる | 取引交渉、共同開発 |
| 協力ゲーム | 合意の形態 | 拘束力のある合意を結べる | カルテル、共同出資 |
| 非協力ゲーム | 合意の形態 | 各自が独立に動く | 囚人のジレンマ、価格競争 |
| 同時手番ゲーム | 手番の順序 | 相手の手を見ずに選ぶ | 入札、じゃんけん |
| 逐次手番ゲーム | 手番の順序 | 順番に手を打つ | 新規参入と値下げ報復 |
| 不完備情報ゲーム | 情報 | 相手の利得を知らない | 中古車取引、採用 |
| チキンゲーム | 代表ゲーム | 双方が譲らないと最悪の結果 | 値下げ競争、労使交渉 |
| 公共財ゲーム | 代表ゲーム | n人版の囚人のジレンマ | 共同経費、清掃当番 |
| 繰り返しゲーム | 手番の回数 | 同じゲームを複数回行う | 継続取引 |
ゼロサムゲームの意味と、それを人間関係に当てはめる「ゼロサム思考」の弊害は、ゼロサムとは?意味とゼロサムゲームの具体例・反対語、ゼロサム構造と思考を実数で解説で詳しく扱っています。
協力ゲームと非協力ゲーム:拘束力のある合意の有無
この2つを分ける軸は1本だけです。プレイヤーが拘束力のある合意を結べるかどうか。結べるなら協力ゲーム、結べないなら非協力ゲームです。囚人のジレンマで2人が黙秘の約束を守れないのは、別室にいて約束を強制する手段がないからで、これが非協力ゲームの定義そのものにあたります。
ナッシュ自身、1951年の論文の冒頭で、自らの理論はフォン・ノイマンらの協力ゲーム理論と対照的に「連合の不在に基づく」と書いています。その中身は「各参加者が他の誰とも協力も連絡もせず独立に行動する」という仮定です。分かれ目は契約書の有無そのものではありません。合意が外部の力で守られると置いて配分を分析するなら協力ゲーム、合意を守るかどうかまで各自の戦略として扱うなら非協力ゲームです。
完全情報と不完備情報:見えている手と知らない利得
情報の扱いには、名前の似た2つの区別があります。混同されやすいので分けて押さえます。
- 完全情報/不完全情報:自分の番が来たとき、それまでに打たれた手がすべて見えているか。将棋や囲碁は完全情報、相手の手を見ずに同時に選ぶ囚人のジレンマは不完全情報です
- 完備情報/不完備情報:相手の利得(何を望んでいるか)を知っているか。中古車の売り手だけが車の状態を知っている取引や、応募者の能力を企業が知らない採用は不完備情報です
不完備情報のゲームは、長く分析の手段がありませんでした。ナッシュ均衡の説明は、互いの利得を知っていることを前提にしていたからです。これを変えたのがジョン・ハルサニで、1967〜68年にManagement Science 14巻で3部作「Games with Incomplete Information Played by Bayesian Players」を発表しました。各プレイヤーを、取りうる利得の組ごとに分けた複数の「タイプ」のどれかとみなし、相手がどのタイプかを確率で見積もる方法で、ノーベル財団の1994年の発表文は、これを情報の経済学のほぼすべての分析の基礎と位置づけています。
逐次手番ゲーム:参入阻止の脅しと部分ゲーム完全均衡
手番が順番に回ってくるゲームでは、ナッシュ均衡だけでは不自然な答えが残ります。独占企業の市場に、新規企業が参入を検討する場面で確かめます。利得は「参入企業, 既存企業」の順で、大きいほど望ましい値です。
- 新規企業が参入しない → 0, 10(既存企業は独占を保つ)
- 参入し、既存企業が値下げで対抗する → −1, −2(両者とも赤字)
- 参入し、既存企業が受け入れる → 3, 4(市場を分け合う)
純粋戦略に限ると、この形のナッシュ均衡は2つあります。1つは「参入する・受け入れる」。もう1つは「既存企業が値下げを予告し、新規企業が参入を見送る」組です。新規企業が脅しを信じれば参入しないのが最適で、既存企業は脅しを実行せずに済むので、誰も単独で動く動機がありません。
ところが、実際に参入されたあとで値下げを選ぶと、既存企業の利得は4から−2に落ちます。実行する気のない脅しです。最後の手番から順に最適な手を決める後ろ向き帰納法で解くと、既存企業は参入されたら受け入れ、それを読んだ新規企業は参入する。残るのは「参入する・受け入れる」の1つだけになります。
この「信じられない脅しを含む均衡を外す」条件が、ラインハルト・ゼルテンが1965年の論文(Zeitschrift für die gesamte Staatswissenschaft 121巻)で導入した部分ゲーム完全均衡です。ノーベル財団の1994年の発表文も、価格戦争で参入を脅す独占企業という同じ型の例で説明しています。実務では、値下げ報復や撤退予告を交渉で使う前に、その脅しを実行したとき自社の利得が下がらないかを確かめる、という使い方になります。
チキンゲーム:均衡が3つある構造
2台の車が正面衝突するコースを走り、先にハンドルを切って避けた方が「チキン(臆病者)」として負けとされる度胸試しが語源です。相手が避ければ自分は直進して勝てますが、両者とも避けなければ衝突して共倒れになります。利得の例は次のとおりです(大きいほど望ましい値。「A, B」の順)。
| Bが避ける | Bが直進 | |
|---|---|---|
| Aが避ける | A 0, B 0 | A −1, B 1 |
| Aが直進 | A 1, B −1 | A −10, B −10 |
下線引き法で印を付けると、「Aが避けBが直進」と「Aが直進しBが避ける」の2マスに印がそろいます。純粋戦略の均衡が2つです。これに加えて混合戦略の均衡が1つあります。Bが避ける確率をqとすると、Aにとって直進の期待利得は q×1+(1−q)×(−10)、避ける期待利得は (1−q)×(−1)。両者が等しくなるのは q=0.9 のときです。つまり両者が10%の確率で直進する状態が3つ目の均衡で、衝突の確率は0.1×0.1=1%、各自の期待利得は−0.1になります。
囚人のジレンマとの違いはここにあります。支配戦略が無く、理論だけではどちらが引くかを決められない。そのため現実には「先に退路を断った側が勝つ」といった均衡選択の駆け引きが起きます。衝突の損失(ここでは−10)を大きくすると、直進する確率は下がりますが、ゼロにはなりません。
ビジネスでは、どちらかが撤退しない限り共倒れになる過熱した値下げ競争が、この型にあたります。ここで判断を誤らせるのが、これまで投じた広告費や設備投資を惜しむ心理です。回収できない支出を判断材料にしてしまう罠は、サンクコスト(埋没費用)とは?意味・具体例とコンコルド効果との違い・撤退判断で整理しています。
公共財ゲーム:日常生活に出るn人版のジレンマ
参加者全員が手元の資金の一部を共同の基金に出し、集まった額を一定倍率に増やして全員で等分する、というモデルです。倍率は1より大きく人数より小さく置きます。n人で倍率mなら、自分が出した1円は全体ではm円に増える一方、自分に戻るのはm÷n円で1円を下回ります。個人にとっては1円も出さずに分配だけ受けるのが最も得ですが、全員がそう考えると基金が空になり、全員の取り分が減ります。囚人のジレンマを2人からn人へ拡張した構造で、フリーライダー(ただ乗り)問題の標準的な実験形式として使われています。
日常生活でこの構造が表に出るのが、オフィスの共用備品や地域の清掃当番です。誰も補充しない、誰も出てこない。個々人のモラルの問題として扱う前に、利得の設計を疑ったほうが解決は早くなります。
繰り返しゲームにおける協力の成立条件
「同じ相手と何度も対戦すれば協力が生まれる」という説明は広く流布していますが、成立には条件があります。この条件を落とすと、結論が逆になります。
回数が既知の繰り返しと後ろ向き帰納法
囚人のジレンマをちょうどn回繰り返し、回数と互いの利得、相手が合理的であることを両者が共通に知っているとしましょう。最終回では、その先がないため通常の1回限りのジレンマと同じになり、両者とも裏切ります。ではn−1回目はどうか。次の回でどちらも裏切ることが分かっているので、今協力しても見返りがありません。よって、ここでも裏切る。参入阻止ゲームと同じ後ろ向き帰納法を先頭まで繰り返すと、全ての回で裏切るのが唯一の部分ゲーム完全均衡になります。
この結論は、前提を1つ緩めると崩れます。終わりが無限か、いつ終わるか分からない場合に加え、回数が決まっていても、相手が「しっぺ返し」を続ける型かもしれないとわずかでも疑う余地があれば、終盤まで協力するのが合理的になり得ます。クレプス、ミルグロム、ロバーツ、ウィルソンが示した結果です(Journal of Economic Theory 27巻2号245〜252ページ, 1982年)。実験結果も、単純な予測とは違いました。ゼルテンとシュテッカーは、回数の決まった囚人のジレンマを何度も繰り返す実験で、被験者が終盤の数回まで協力を続けることを報告しています(Journal of Economic Behavior and Organization 7巻1号47〜70ページ, 1986年)。後ろ向き帰納法の予測が当たるのは、完全な合理性と共有知識が成り立つときだけです。実務で「継続取引なら協力が続く」と見込むなら、終わりが相手に見えていないか、裏切りが将来の取引で不利になる仕組みがあるかを先に確かめるべきです。
アクセルロッドのトーナメント:しっぺ返し戦略の優勝と適用限界
繰り返しゲームの実証として最も有名なのが、政治学者ロバート・アクセルロッドが行ったコンピュータ・トーナメントです。原論文(Journal of Conflict Resolution 24巻1号3〜25ページ, 1980年3月)から、実際の設計を確認します。
- 参加は14の戦略プログラム。提出者の内訳は経済学者・数学者・政治学者・心理学者と、社会学者1名
- 総当たり戦。各戦略は自分の複製とも、確率2分の1で協力・裏切りを選ぶRANDOMとも対戦
- 1試合はちょうど200手
- 1手あたりの得点は、双方協力で各3点、双方裏切りで各1点、片方だけ裏切ると裏切った側が5点・協力した側が0点
優勝したのは、トロント大学のアナトール・ラポポート教授が提出したTIT FOR TAT(しっぺ返し)でした。最初は協力し、以降は相手の前回の手をそのまま真似るだけの戦略です。アクセルロッドはこれを「提出された全プログラムの中で最も単純」と記しています。複雑な読み合いを組み込んだ戦略群が、2行で書ける規則に負けた。ここがこの結果の要点です。
ただし優勝は、この14戦略が集まった環境での結果にすぎません。TIT FOR TATが常に最強だと読み替えるのは行き過ぎで、アクセルロッド自身も、RANDOMに対して寛容すぎる点を弱点として挙げています。
ゲーム理論の歴史とノーベル経済学賞
学問としての出発点は、多くの記事が挙げる1944年よりも前にあります。
ミニマックス定理(1928年)から『ゲームの理論と経済行動』(1944年)へ
数学的な起点は1928年、ジョン・フォン・ノイマンが Mathematische Annalen 100巻295〜320ページに発表した論文「Zur Theorie der Gesellschaftsspiele(社会的ゲームの理論について)」です。ここで初めて証明されたのがミニマックス定理でした。混合戦略まで許せば、2人ゼロサムゲームには必ず「ゲームの値」が定まる、つまり各プレイヤーが自力で保証できる利得の下限と、相手が押さえ込める上限が一致する、という定理です。純粋戦略だけでは成り立たない点は、後のナッシュの存在定理と同じ構図です。
1944年の『ゲームの理論と経済行動』(フォン・ノイマンと経済学者オスカー・モルゲンシュテルンの共著)は、この定理を土台に、ゲーム理論を経済学へ接続した本です。ただしその枠組みは、ゼロサムか、拘束力のある合意を結べる協力ゲームが中心でした。合意を結べない状況に解を与えたのがナッシュ(1950年)、手番の順序を扱えるように均衡を絞り込んだのがゼルテン(1965年)、相手の利得を知らない状況を扱えるようにしたのがハルサニ(1967〜68年)です。
ゲーム理論関連のノーベル経済学賞:授賞理由で数えた5回
ゲーム理論に関するノーベル経済学賞は1994年だけではありません。授賞理由の原文にゲーム理論・メカニズムデザイン・マーケットデザイン・オークション理論のいずれかが明示された回を数えると、次の5回です。
| 年 | 受賞者 | 授賞理由(要旨) |
|---|---|---|
| 1994 | ハルサニ、ナッシュ、ゼルテン | 非協力ゲーム理論における均衡の先駆的分析 |
| 2005 | オーマン、シェリング | ゲーム理論による対立と協力の理解の深化 |
| 2007 | ハーヴィッツ、マスキン、マイヤーソン | メカニズムデザイン理論の基礎の確立 |
| 2012 | ロス、シャープレー | 安定的配分の理論とマーケットデザインの実践 |
| 2020 | ミルグロム、ウィルソン | オークション理論の改良と新しい形式の発明 |
この5回という数え方は本記事の基準によるもので、ノーベル財団がそう分類しているわけではありません。授賞理由に語が出ていなくてもゲーム理論の系譜に連なる受賞はあり、オークション理論の先駆であるヴィックリーの1996年の受賞(授賞理由は「非対称情報下のインセンティブの経済理論」)などが境界例にあたります。
並べると重心の移動が読み取れます。賞は「均衡を分析する理論」から「ルールを設計する実践」へ移りました。2007年のメカニズムデザイン以降は、研修医と病院のマッチングや周波数の割り当てといった、制度そのものを作る仕事が評価されています。
ビジネス・社会での応用
抽象的な話に見えて、ゲーム理論はすでに兆円規模の制度を動かしています。経営戦略とマーケティングの現場から、公共政策まで応用先を追います。
価格競争と寡占市場:利得表を書き換える経営戦略
少数の企業が市場を占める寡占市場では、各社の価格や生産量の決定が互いの利益を左右します。値下げ競争は、多くの場合に囚人のジレンマの形をとります。相手が値下げしてもしなくても自社は値下げした方が得で、両社とも値下げすると両社とも価格を維持した場合より利益が減る、という利得の並びになっているときです。両社が我慢すれば双方が利益を保てるのに、抜け駆けの誘惑から値下げに走り、共倒れになる。
ここで有効な経営戦略は「相手より安くする」ことではありません。納期、保守、導入支援といった価格以外の軸へ競争を移し、利得表そのものを書き換えることです。マーケティングでいえば、値引き幅の勝負から離れて、購買の判断基準を自社に有利な軸へずらす作業にあたります。利用者が増えるほど価値が高まる市場では、初期のシェア争いが後の勢力図を決めるため、判断はさらに難しくなります(ネットワーク効果とは?直接・間接の違いとメトカーフの法則の検証)。
周波数オークション:1,200億ドルを動かした形式
ゲーム理論の応用として最も金額の裏付けがはっきりしているのが、周波数オークションです。ノーベル財団の2020年の一般向け解説によれば、ミルグロムとウィルソンは、一部はプレストン・マカフィーとも並行するかたちで同時競り上げ複数回オークション(SMRA)を考案しました。複数の地域の周波数帯を同時に売りに出し、低い価格から始めて何度も入札を繰り返す形式です。
米連邦通信委員会(FCC)が1994年7月にこれを初めて使い、47回の入札ラウンドで10件のライセンスを総額6億1,700万ドルで売却しました。それまで米国政府が事実上無償で割り当てていた資産です。同解説によれば、FCCのオークションだけで1994年から2014年までの20年間に1,200億ドル超、世界の周波数売却では合計2,000億ドル超をこの形式が生み出しました。フィンランド、インド、カナダ、英国、ドイツなどが同じ形式を採用しています。
自社の調達に引き直すなら、相見積もりの取り方一つで結果が変わるということです。1社ずつ順番に見積もりを取るのと、全社に同時に提示させて再入札を認めるのとでは、応札側の戦略がまったく変わります。
広告オークション:第二価格から第一価格への移行
Web広告の配信枠も、表示のたびに入札で売られています。ここではオークションの形式を変えると入札者の最適戦略が変わる、という理論の予測がそのまま実務の論点になりました。
1つの財を封印入札で売り、各自の評価額が他人の情報に左右されない(私的価値の)場合、落札者が2番目に高い入札額を払う第二価格オークションでは、自分の評価額をそのまま入札するのが弱支配戦略になります(ヴィックリー, Journal of Finance 16巻1号, 1961年)。落札者が自分の入札額を払う第一価格オークションでは、評価額より低く入札する動機が生じます。Googleは広告配信の管理ツールGoogle Ad Managerで、2019年3月に統一された第一価格オークションへの移行を発表し、同年9月5日の公式ブログで、翌週から全パートナーへ展開すると告知しました。同ブログは、テストでは第二価格と比べてパブリッシャーの総収益への影響が平均で中立からプラスだったと報告しています。入札形式の違いと広告での現状はセカンドプライスオークション(第二価格オークション)とは?仕組み・ファーストプライスとの違い・広告での現在地で詳しく扱っています。
環境問題と社会的ジレンマ:利得の設計で解く
各国が自国の経済成長を優先すると地球全体の対策が進まない。環境問題は、公共財ゲームと同じ構造を持つ社会的ジレンマです。だからこそ対策は、参加者の善意ではなく利得の設計に向かいます。炭素税や排出権取引は、排出という「得な選択」に費用を付けて、利得表を書き換える仕組みです。日本では2012年10月1日から地球温暖化対策のための税が段階的に施行され、2016年4月1日に最終税率への引き上げが完了しました。環境省の解説によれば、税負担はCO2排出量1トンあたり289円に等しくなるよう設定されています。これに対し、金銭的な誘因をほとんど変えずに、選択肢の並べ方や初期設定で行動を変える手法が、セイラーとサンスティーンが2008年の著書『Nudge』で広めたナッジです(ナッジとは?意味・定義と具体例、効果の実測データとダークパターンとの違い)。
ゲーム理論の限界
ゲーム理論は強力ですが、前提を外れると使えません。使う前に確認すべき点があります。
第一に、本記事で扱った均衡分析の多くが、完全な合理性を前提にしている点です。現実の人間は、損失を過大に嫌う損失回避の傾向を持ち、同じ内容でも提示の仕方で判断を変えます(フレーミング効果とは?3類型と再現性データ・アジア病問題の具体例)。前述した後ろ向き帰納法の予測と実験結果のズレは、この前提の限界がはっきり出た例でした。前述のゼルテンとシュテッカーのように、実験で人間の選択を測り、そのズレを前提に組み込む研究は行動ゲーム理論と呼ばれます。
第二に、均衡が複数あると理論だけでは絞り込めない点です。チキンゲームに3つの均衡があったように、どれが実現するかは慣習や交渉力といった理論の外側の要因で決まります。部分ゲーム完全均衡のような絞り込みの条件も、すべての場合に1つへ絞れるわけではありません。
第三に、利得表を作る段階が最も難しい点です。誰をプレイヤーと見なし、どんな選択肢を並べ、何を利得として測るか。ここを外すと、以降の計算がどれほど正確でも答えは合いません。ゲーム理論は「答えを出す機械」ではなく、状況の構造を書き出して見落としを潰すためのチェックリストとして使う。これが実務での妥当な距離感です。
よくある質問(FAQ)
ゲーム理論の3要素は何ですか?
プレイヤー(意思決定を行う主体)、戦略(選べる行動)、利得(戦略の組み合わせごとに受け取る結果)の3つです。これに加えて、手を打つ順番と、各プレイヤーが相手の手や利得をどこまで知っているかが結果を左右します。
ナッシュ均衡はどうやって求めますか?
純粋戦略の均衡なら、利得表に印を付けるだけです。列ごとに一方のプレイヤーの最善手に印を付け、行ごとにもう一方の最善手に印を付けます。両者の印がそろったマスがナッシュ均衡です。利益なら最大値、刑期やコストなら最小値に印を付けます。印がそろうマスが無ければ、確率を混ぜる混合戦略の均衡を計算で求めます。
ナッシュ均衡と囚人のジレンマの違いは何ですか?
囚人のジレンマは特定の利得構造を持つゲームの名前で、ナッシュ均衡はどんなゲームにも使える「誰も単独で戦略を変える動機がない状態」という解の概念です。囚人のジレンマにナッシュ均衡を当てはめると「2人とも裏切る」の1つが求まり、それが全員にとって悪い結果になる点がジレンマと呼ばれる理由です。
ゲーム理論でノーベル賞を受賞したのは誰ですか?
1994年のハルサニ、ナッシュ、ゼルテンが最初です。その後も2005年(オーマン、シェリング)、2007年(ハーヴィッツ、マスキン、マイヤーソン)、2012年(ロス、シャープレー)、2020年(ミルグロム、ウィルソン)が受賞しており、授賞理由にゲーム理論・メカニズムデザイン・マーケットデザイン・オークション理論のいずれかが明示された回を数えると5回です。
囚人のジレンマは誰が考えたのですか?
ゲーム自体はRAND研究所のメリル・フラッドとメルビン・ドレッシャーが1950年に作り、同僚に100回連続でプレイさせる実験を行いました。囚人と刑期の物語を付けたのはアルバート・タッカーです。ただし「囚人のジレンマ」という名称が活字になった最初の例は、スタンフォード哲学百科事典によればルースとライファの1957年の著書とされます。
繰り返しゲームなら必ず協力が生まれますか?
いいえ。回数が決まっていて、回数・利得・互いの合理性を双方が共通に知っている場合、最終回から逆算する後ろ向き帰納法により、全ての回で裏切るのが唯一の部分ゲーム完全均衡になります。協力が理論的に支えられるのは、終わりが無限かいつ終わるか分からない場合や、相手の型に不確かさがある場合です(Kreps・Milgrom・Roberts・Wilson, 1982年)。実験でも、回数が決まったゲームで終盤の数回まで協力が続くことが報告されています。
ナッシュ均衡が存在しないゲームはありますか?
有限のゲーム(プレイヤー数も戦略数も有限)であれば、必ず1つ以上存在します。ナッシュが1951年の論文で証明した内容です。存在しないように見えるのは、じゃんけんのように純粋戦略だけを探しているときで、確率的に手を混ぜる混合戦略まで含めれば見つかります。