RISE with SAPとは、オンプレミスで動いているSAP ERPを、SAPが運用するクラウドERPへ移すためにSAPが用意した契約の枠組みです。製品名ではなく、ERP本体の利用権、インフラ、運用、移行ツールを1本の契約にまとめた提供形態を指します。本稿では、提供開始から製品名変更までの経緯、契約の範囲、GROW with SAPとの違い、責任分界、2030年の期限と移行オプションの条件を、2026年10月時点のSAP公式情報で整理し、選ぶべき企業と見送るべき企業を示します。
まとめ:RISE with SAPの正体と、自社で選ぶか見送るかを決める判断の要点
RISE with SAPは、ECCやオンプレミスのS/4HANAを使っている既存のSAPユーザーが、SAP Cloud ERP Private(旧称SAP S/4HANA Cloud Private Edition)へ移るための契約パッケージです。新規にSAPを入れる企業向けにはGROW with SAPという別の枠組みがあり、対象顧客で分かれています。
押さえるべきことは2つあります。1つは責任分界で、インフラからアプリケーションの運用まではSAPが引き受けますが、業務プロセスの設計、アドオンの棚卸しと改修、受け入れテスト、周辺システムとの連携は利用企業とパートナーの仕事として残ります。もう1つは期限です。オンプレミスのSAP ERPの延長保守は2030年末で終わり、2031〜2033年の移行オプションを使うには2030年末までにクラウド側へ移しておく必要があります。ECCのアドオンを数百本単位で抱える大企業には第一候補になり、アドオンが少ない企業や新規導入の企業にはRISEである必要がない、というのが本稿の結論です。
RISE with SAPの定義と、2021年の提供開始から2025年の改称までの経緯
RISE with SAPは、時期によって公式の説明が変わってきました。古い解説記事を読むと混乱するため、経緯を時系列で確認します。
2021年1月の提供開始で示された単一契約による変革サービスの考え方
SAPジャパンの2021年1月28日のプレスリリースは、本社が1月27日に発表したRISE with SAPの提供開始を伝えています。サブスクリプションで提供し、サービスレベル契約、運用、サポートの責任主体を一元化する、という説明でした。
SAPはこれを「Business Transformation-as-a-Service」と呼び、インフラはSAPのデータセンターかハイパースケーラー(AWS・Microsoft Azure・Google Cloudなどの大手クラウド事業者)から選べるとしました。ERPの利用権、クラウド基盤、運用を別々に契約していた形を、SAPとの1契約にまとめた点が出発点です。
Private版の新旧製品名の対応と見積書・提案書で名称を確認する際の注意点
RISE with SAPで移行先になるERP本体は、提供開始当初はSAP S/4HANA Cloud, Private Editionと呼ばれていました。2024年時点のSAPジャパンの記事でも、RISE with SAPはオンプレミスのERPをPrivate Editionへ移すためのイネーブラーと説明されています。
現在のSAP公式サイトでは、この製品は「SAP Cloud ERP Private」という名称に変わりました。旧製品ページのURLはSAP Cloud ERP Privateの製品ページへ転送されます。同じページのよくある質問では、SAPのクラウドERPは、SAPが管理しすぐに使えるSAP Cloud ERPと、オンプレミスからの移行に対応しカスタマイズできるSAP Cloud ERP Privateの2つだと整理されています。見積書や提案書で旧名と新名が混在していても、同じ製品を指していると読んでください。
2026年時点の公式定義はECCとS/4HANAからの移行パス
SAPのRISE with SAP製品ページのよくある質問は、RISE with SAPを、オンプレミスのSAP ERP(ECCまたはS/4HANA)からSAP Cloud ERP Privateへ移るための、ガイド付きの移行パスと定義しています。
2021年の発表が「あらゆる顧客の変革」を掲げていたのに対し、2026年の定義は既存のSAPユーザーの移行に絞られました。SAPを使ったことのない企業の窓口は、GROW with SAPです。
RISE with SAPの契約に含まれるもの:ERP本体・インフラ・運用・移行ツール
RISE with SAPの見積もりを読むときは、何が契約の内側にあり、何が外側に残るかを先に把握します。
ERP本体のサブスクリプションと3種類から選べるクラウド基盤の運用
中心にあるのは、SAP Cloud ERP Privateの利用権です。前述の製品ページによると、配置先はハイパースケーラー、プライベートデータセンター、ソブリンクラウドから選べます。ソブリンクラウドは、データの保管場所や運用者を特定の国や地域に限定するクラウドのことです。
リリースは2年周期で、新機能と拡張は6か月ごとに提供され、各リリースに7年間の保守が付くとされています。ECCのように「同じ版を10年以上そのまま使う」運用は前提にしていません。7年の保守期間内に次のリリースへ上げる計画を、契約時点で持っておく必要があります。
BTPなどの契約内サービスと2024年追加のアドオンパッケージの購入区分
ERP本体のほかに、周辺のクラウドサービスも契約に含まれてきました。SAPジャパンの2021年4月の解説ブログ第3回は、含まれるサービスとして、S/4HANA Cloud、拡張と連携の基盤であるBusiness Technology Platform(BTP)のPlatform Services、SAP Aribaなどを束ねたBusiness Network Starter Packを挙げています。
2024年には、業務領域ごとの追加パッケージも出ました。2024年5月のSAPジャパンの記事では、デジタルバンキングや財務・リスク管理などの財務系と、拡張ロジスティクスや拡張製造などのサプライチェーン系のパッケージが紹介されています。これらは基本契約とは別の追加購入です。提案書に並ぶ製品名が基本契約の範囲か追加パッケージかを、明細で確かめてください。
7つのAIアシスタントと移行作業を支えるツール群の範囲と人の担当作業
2026年時点のRISE with SAP製品ページでは、移行を支援するAIアシスタントが7つ挙げられています。System Analysis、Custom Code、Data Management、Configuration、Test Management、Rollout、Project Managementの各Assistantです。プロセス分析と標準化を支えるBusiness Transformation Managementのツールも含まれると説明されています。
ツールがあっても、アドオンの修正を実装しテストするのは人の作業です。SAPのAIアシスタント全般の仕組みと料金はSAP JouleとJoule Agentsの機能と料金を解説した記事で整理しています。
GROW with SAPとクラウドERPの比較・PublicとPrivateの選択基準
「RISEとGROWのどちらにするか」は、多くの企業が最初につまずく論点です。SAP自身が対象顧客の違いを公表しているため、まずそこから確認します。
SAP公式FAQが示すGROWとRISEの対象顧客と中核製品の違い
SAP GROWの製品ページのよくある質問によると、GROWはSAP S/4HANA Cloud Public Editionをベースにした、新規のSAP顧客向けの入口です。RISE with SAPはSAP Cloud ERPかSAP Cloud ERP Privateを中核に据えることができ、オンプレミスのSAP環境から移行しようとしている既存のSAPユーザーが対象とされています。
| 観点 | RISE with SAP | GROW with SAP |
|---|---|---|
| 主な対象 | 既存のSAPユーザー | 新規のSAP顧客 |
| 中核のERP | PrivateまたはPublic | Public |
| 既存アドオン | 分析して残すか置き換えるか判断 | 持ち込まず標準に合わせる |
| 価格の公開 | 個別見積もり | SAP.comで公開 |
表のRISE欄のPrivateはCloud ERP Private、PublicはCloud ERPを指し、GROW欄のPublicはS/4HANA Cloud Public Editionを指します。RISEの中核にPublic側のSAP Cloud ERPを置ける点は、「RISE=Private、GROW=Public」という単純な対応では説明しきれない部分です。既存のSAPユーザーでも、アドオンを捨てて標準に寄せられるならRISEの枠でPublic側へ移る選択肢があります。
アドオンの量と拡張の置き場所で決めるPublicとPrivateの分かれ目
Private側は、ECCで作ったABAPのアドオンを分析したうえで一部を持ち込めます。Public側は標準機能に業務を合わせ、独自の処理はERPの外側で作るのが原則です。GROWの製品ページは、SAP Activateの手順とSAP Central Business Configurationによる導入で、価値実現までの期間を40〜60%短縮し、プロジェクト費用を最大50%減らす設計だと説明しています。
分かれ目はアドオンの本数と中身です。受注の価格決定や出荷の判定のように、業務の中核にあるロジックをアドオンで持っている企業はPrivate側が現実的です。帳票やデータ出力が中心のアドオンなら、外側で作り直してPublic側へ寄せる方が、移行後の保守費が下がります。SAP以外のクラウドERPも候補に残っているなら、クラウドERPとオンプレミスの違いと費用比較を解説した記事の比較軸で先に絞り込んでください。
SAPと自社とパートナーの責任分界:運用はSAP、業務とアドオンは自社側
「1契約で全部入り」は運用の窓口が1つになるという意味で、移行と業務の責任まで移るわけではありません。
SAPが単一の責任窓口として引き受けるインフラからアプリケーション運用
SAP Cloud ERP Privateの製品ページは、SAPを単一の責任窓口とする体制のもとで、運用、監視、サポート、更新をSAPが引き受けると説明しています。ERPの管理についても、インフラからアプリケーションまでSAPが担うという説明です。OSやデータベースのパッチ適用、バックアップ、基盤の監視といった、従来は社内の基盤担当や保守ベンダーが受け持っていた作業がここに入ります。
一方で同じページは、セキュリティについて共有責任モデルを維持すると明記しています。利用者のアカウントと権限の管理、業務データの扱いは、引き続き利用企業側が責任を負う領域です。「SAPに預けたからセキュリティは全部SAPの責任」という理解で社内規程を作ると、監査で指摘を受けます。
カスタムコード・業務プロセス・受け入れテストが利用企業側に残る理由
製品ページの説明は、業務プロセスに対する利用企業の可視性と管理能力はそのまま残る、という書き方です。価格決定、与信、承認のルールは利用企業の業務知識であり、SAPが代わりに決めることはできません。
カスタムコードも同じです。前述のCustom Code Assistantが分類はしますが、どのアドオンを捨て、どれを改修するかを決め、改修後の動作を確かめるのは利用企業と委託先の仕事です。ECCのアドオンはABAPで書かれており、改修にはABAPを読める技術者が必要になります。言語の特性と改修の論点はABAPの特徴と2027年問題への備えを実装目線で解説した記事で扱っています。
パートナー契約に含めるべき移行作業と周辺システム連携の改修範囲
RISE with SAPの契約には、移行の実作業をすべて請け負う導入サービスは含まれません。2021年の発表でも、SAPはパートナーのエコシステムとともに変革を支援すると説明していました。パートナーとの契約では、少なくとも次の作業を誰が受け持つかを明記します。
- アドオンの棚卸しと、廃止・改修・BTPへの移設の振り分け
- データ移行の設計とデータクレンジング
- 会計・販売・在庫の受け入れテストのシナリオ作成と実施
- EDI、帳票、ワークフロー、BIなど周辺システムとの連携の改修
- 移行後のアドオン保守と、2年周期のリリースへの追随
見落とされやすいのは最後の項目です。7年の保守期間内に次のリリースへ上げるたびに、残したアドオンの動作確認が発生します。初期の移行費用だけでパートナーを比べると、移行後の追随費用が見積もりから抜け落ちます。
移行方式の選択と2030年の期限、2031〜2033年の移行オプションの条件
RISE with SAPの検討は、いつまでに何を終えなければならないかという期限と切り離せません。
Brownfield・Greenfieldの選択をアドオンの本数で決める進め方
ECCからの移行方式には、現行の設定とデータを持ち込むBrownfield、新規に作り直すGreenfield、範囲を選んで移すBluefieldがあります。どの方式でもRISE with SAPの契約は使えるため、方式の選択は契約とは別に決めます。
判断の材料は、現行ECCで動いているアドオンの本数と中身です。SAPのSimplification Item-CheckとABAP Test Cockpitで指摘件数を数えると、勘ではなく数字で方式を比べられます。方式ごとの特徴と点検ツールの使い方はSAP S/4HANAの導入形態と移行方式を解説した記事にまとめました。
2030年末の延長保守終了と移行オプションを使うための5つの前提条件
SAP News Centerの2025年2月4日の記事によると、SAPは「SAP ERP, private edition, transition option」という新しいクラウドの購読サービスを予告しました。2030年末に延長保守が終わるSAP ERPを、2031〜2033年にかけて使い続けるための期間限定の提供で、2028年から購入でき、2031年から2033年まで利用できます。同じ記事は、これはSAP ERPの保守延長ではなく、オンプレミスのSAP ERPの扱いは2030年以降も変わらないと明記しています。
2025年8月4日の続報は、利用の前提条件を次のように示しました。
- 2030年12月31日までに、対象システムをSAP HANA上のSAP ERP, private editionへ移しておくこと
- データベースはSAP HANAのみ
- システムの最小サイズは2TB
- 対象外の製品への対処など、SAP Note 3591251に示された技術的な準備を済ませること
- 2031〜2033年は、追加の移行サービスを含むmax success planとの組み合わせが必須
オンプレミスのまま2030年末を迎えた企業は、この選択肢を使えません。延命の可否まで含めた期限の全体像はSAPの2027年問題と移行・延命の判断を解説した記事で確認できます。
2025年までの契約は据え置き、2026年の契約は20%上乗せという価格条件
同じ続報には価格の条件も書かれています。2025年末までにSAP ERP, private editionを契約した企業は、2031年に移行オプションへ切り替える際、それまでの購読と同等の商業条件を受けられます。2026年に契約した企業は、切り替え時に標準で20%の上乗せです。2027年以降の契約の上乗せ幅は、2028年の購入開始が近づくまで公表されません。どの場合も、max success planの費用は別途かかります。
2026年10月の時点では、据え置きの条件で契約できる受付期間はすでに終了した状態です。2031年以降もECCを動かす可能性がある企業は、2026年中にPrivate側へ移せば上乗せ幅が20%で確定します。2027年以降に延ばすと、条件が分からないまま判断を迫られます。
RISE with SAPを採用すべき企業と、GROWや他社ERPへ切り替える条件
ここまでの事実をもとに判断を示します。見る条件は、現行のSAP資産、アドオンの量、2030年までに移行を終えられるか、の3つです。
ECCのアドオン資産を抱える大企業でRISEを第一候補とする条件
RISE with SAPを第一候補にするのは、ECCを長く使い、業務の中核にあるアドオンを数百本単位で抱えている企業です。Private側ならアドオンを分析したうえで一部を持ち込めるため、業務を一度に作り替えずに移行できます。システムが複数あり、2030年末までに全部を最新版へ移しきれない見込みなら、まずPrivate側へ移して移行オプションの権利を確保する、という段階的な進め方がSAPの示す道筋です。
アドオンの棚卸し、方式の選定、周辺システムとの連携の設計は、一創のSAPコンサルティング・導入支援サービスで、RISE with SAPの見積もり比較と合わせて支援しています。
アドオンが少ない企業や新規導入はGROWや他社クラウドERPで足りる
反対に、SAPを使ったことがない企業はRISE with SAPを選びません。公式の説明どおり、新規導入はGROW with SAPの対象で、価格も公開されています。
ECCを使っていてもアドオンが少なく、帳票や出力が中心なら、RISEのPrivate側を選ぶ理由は薄くなります。標準に業務を合わせてPublic側か他社のクラウドERPへ移る方が、2年周期のリリースに追随する費用を抑えられます。標準へ寄せる進め方はFit to Standardの進め方と標準化の判断軸を解説した記事で確認してください。作り込みを残す理由が「現行と同じ画面を使いたい」だけなら、その作り込みは移行の機会に手放す判断が妥当です。
よくある質問
RISE with SAPについて、検索でよく調べられている疑問に答えます。
RISE with SAPとS/4HANAは何が違いますか?
S/4HANAはERPの製品名で、RISE with SAPはそのクラウド版へ移るための契約の枠組みです。RISE with SAPの中核にあるSAP Cloud ERP Privateは、以前はSAP S/4HANA Cloud Private Editionと呼ばれていた製品です。RISEは製品の利用権に加えて、クラウド基盤、SAPによる運用とサポート、移行ツールを1つの契約にまとめています。
RISE with SAPとGROW with SAPの違いは何ですか?
SAPの公式FAQでは、GROW with SAPはS/4HANA Cloud Public Editionをベースにした新規のSAP顧客向け、RISE with SAPはオンプレミスのSAP環境から移る既存のSAPユーザー向けと区分されています。GROWは価格がSAP.comで公開されており、RISEは個別の見積もりです。既存ユーザーでもアドオンを手放せるなら、RISEの枠でPublic側へ移る選択肢があります。
RISE with SAPの価格はいくらですか?
SAPの公式サイトに定価は掲載されておらず、SAPかパートナー経由の見積もりになります。費用はERPの利用規模、インフラの選択、追加パッケージの有無で変わります。アドオン改修やデータ移行、受け入れテストの費用は別にかかるため、パートナーの作業費まで含めた総額で比較してください。
RISE with SAPに移行すればアドオンはそのまま使えますか?
Private側ではアドオンを持ち込めますが、すべてがそのまま動く保証はありません。SAPはCustom Code Assistantでアドオンを、標準で置き換えられるもの、修正が必要なもの、維持すべきものに分類するとしています。2年周期のリリースに追随するたびに動作確認が必要になるため、移行を機に本数を減らす方が長期の保守費は下がります。
2030年までにRISE with SAPへ移行できないとどうなりますか?
オンプレミスのSAP ERPの延長保守は2030年末で終わります。SAPは2031〜2033年に使える移行オプションを用意しましたが、2030年末までにSAP ERP, private editionへ移っていることが前提です。オンプレミスのまま2030年を越えると、この選択肢は使えません。
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