韓国「国家代表AI」独自技術論争の全容——中国オープンソース流用疑惑とネイバー・アップステージの顛末
韓国政府が2025年に始めた「国家代表AI(独自AIファウンデーションモデル)」プロジェクトで、独自技術を掲げた参加企業の一部が中国製オープンソースを組み込んでいたことが判明し、論争が再燃した。焦点はアップステージへの流用告発とネイバーのエンコーダー類似疑惑の2件。アップステージは公開検証で疑惑を退けて潔白が確定した一方、ネイバーは2026年8月の第2段階評価に進む4チームから外れた。この記事では、告発の中身と各社の反証、そして選定レースの「その後」までを最新の事実で整理する。
まとめ:論争の要点と現在地
- プロジェクト:韓国科学技術情報通信部(MSIT)主導。2027年までに国内2社を選び、性能をOpenAI・Googleなど最上位の95%以上へ引き上げる国家戦略。当初の予選通過はネイバークラウド・アップステージ・SKテレコム・NC AI・LG AI研究院の5社。
- 論争の核:「完全自社開発(from scratch)」を掲げたコンペで、複数社が中国のZhipu AI(Z.AI)やアリババのオープンソース技術を利用していた点。
- アップステージ:中国Zhipu AIのGLM系との「96.8%類似」を競合Sionic AIに告発されたが、公開検証で実際のパラメータ重複は0.0004%と反証し潔白が確定。告発側は後日謝罪した。
- ネイバー:HyperCLOVA X SEEDの画像エンコーダーがアリババのQwen-VLとほぼ同一(コサイン類似度99%超)と指摘され、独自性要件で評価が伸びず第2段階の4チームから脱落。
- その後:当初5社のうちネイバークラウドとNC AIが外れ、追加公募で加わったモティーフを含むLG AI研究院・SKテレコム・アップステージ・モティーフの4チームが2026年8月の第2段階へ。2027年初頭の第3段階で最終2社に絞る。
韓国「国家代表AI(独自AIファウンデーションモデル)」プロジェクトの狙いと選定方式
「国家代表AI」は、韓国科学技術情報通信部(MSIT)が2025年に立ち上げた国産基盤モデル育成の国家プロジェクトだ。米国発のChatGPTなどへの依存を減らし、自国の技術・データ・インフラでAIを開発・運用する「主権AI(ソブリンAI)」の確立を狙う。政府はGPUなどの開発リソースを提供し、段階評価で候補を絞り込む方式をとる。運営面では情報通信産業振興院(NIPA)が提出物の管理を担う。
予選を通過したのはネイバークラウド、アップステージ、SKテレコム、NC AI、LG AI研究院の5社。政府は2027年までに国内2社を最終選定し、そのモデルの性能をOpenAIやGoogleなど最上位企業のシステムの95%以上に到達させる目標を掲げている。「ゼロから自国技術で作る」という理想を前面に出した設計が、後述の論争の火種になった。ソブリンAIという概念そのものの背景はソブリンAI(AI主権)とは何かで詳しく整理している。
独自技術論争の発端と中国オープンソース流用疑惑
論争は、予選通過した5社のうち3社が自社モデルの一部に外国企業のオープンソースAIコードを使っていた、という指摘から始まった。とりわけ中国企業のモデルコードを参照・流用したケースが問題視され、「完全自社開発」の看板と現実の落差が突きつけられた。皮肉なのは、独自技術の育成を目的にしたコンペで、性能の高い中国製オープンソースが選ばれた点にある。当時のコンペ規定には外国オープンソースの利用を明確に禁じる条項がなく、形式上は規約違反ではなかったことも、論点を複雑にした。
アップステージへの告発と、公開検証による反証
火種のひとつは、競合するスタートアップSionic AI(シオニックAI)のCEOによる告発だった。アップステージのオープンモデル「Solar Open」系列が、中国Zhipu AI(Z.AI)の「GLM-4.5-Air」と96.8%の類似性を示すという主張である。これに対しアップステージのキム・ソンフンCEOは公開検証セッションを開き、学習ログとチェックポイントを提示。96.8%という数値はTransformer構造に共通するレイヤー正規化の値に由来するもので、実際のモデルパラメータの重複率はわずか0.0004%にすぎないと示した。告発側のSionic AIのCEOは後に「十分な検証をせずに疑惑を提起した」と公式に謝罪している。アップステージは疑惑を退け、第2段階評価へ進んだ。告発の対象となったZhipu AIのモデル自体の位置づけはGLM-4.7とは(Z.AI社のオープンソースLLM)で確認できる。
ネイバーHyperCLOVA X SEEDのエンコーダー類似疑惑
もう一件が、韓国最大手ネイバーの生成AI「HyperCLOVA X SEED」だ。2025年12月に公開されたマルチモーダルモデル群(SEED 32B THINKは視覚言語、SEED 8B Omniは音声まで扱う)で、その画像(ビジョン)エンコーダーがアリババのQwen-VLとほぼ同一だと指摘された。分析では、このエンコーダーはモデル全体のパラメータの約12%を占め、Qwen-VLのそれとコサイン類似度99%超という極めて高い一致を示したとされる。ネイバークラウドはコアの言語モデルは自社開発だと強調し、エンコーダーで外部技術を採用したのは「グローバルな技術エコシステムとの互換性」を重視したためだと説明した。だが独自技術を看板にする国家プロジェクトで基幹モジュールが外部由来だった点は重く、ネイバーは第2段階に進む4チームから外れた。類似が指摘されたアリババ側のモデルはQwen3-VL(Alibabaのマルチモーダルモデル)で解説している。
第2段階評価に進んだ4チームと選定の行方(2026年8月〜)
第1段階評価を経て、当初の5社のうちネイバークラウドとNC AIの2社が外れた。空いた枠には2026年2月の追加公募でモティーフ・テクノロジーズ(KAIST・Trillion Labsとの連合)が選ばれ、第2段階評価に進むのは次の4チームとなった。第2段階は生の性能指標より「実用性」を重視し、ベンチマーク40点・専門家評価35点・ユーザー評価25点の配点で採点される。ここを通過した上位が2027年初頭の第3段階に進み、最終的に2社へ絞られる。
| チーム | 提出モデル |
|---|---|
| LG AI研究院 | K-ExaOne |
| SKテレコム | A.X K1 |
| アップステージ | Solar Open 2 |
| モティーフ・テクノロジーズ | Motif-2(3000億パラメータ級) |
評価軸が性能一辺倒から実用性重視へ移ったことは、単にベンチマークで海外モデルに肉薄するだけでなく、産業現場で使える国産モデルを選ぶという政策意図を反映している。
この論争が示すもの——「純国産」と現実のジレンマ
一連の騒動は、技術的なスキャンダルというより、主権AIが抱える構造的なジレンマの表面化と見るべきだ。大規模モデルを限られた期間とコストで最高性能に仕上げようとすれば、性能で先行する外部のオープンソースを取り込むのは合理的な判断になる。中国のZhipu AIやアリババのように高性能なモデルが寛容なライセンスで公開されている以上、「ゼロから全部を作る」ことを絶対条件にすれば、むしろ世界の技術エコシステムから孤立して競争に遅れるリスクを負う。
一方で、国家を代表するモデルの基幹部分を外国技術に依存すれば、ブラックボックス性や将来の利用制限といった安全保障上の不確実性を抱え込む。この矛盾に対する現実解は「全て自前」でも「全て借り物」でもなく、コアのアーキテクチャは自社開発し、周辺コンポーネントは出所を明示した上でオープンソースを選択的に使う、という線引きの明文化だろう。今回のコンペが規定で外部技術の可否と範囲を定めていなかったことこそ、論争を長引かせた最大の設計上の欠陥だった。独自性の証明は「使わないこと」ではなく「どこまで使ったかを透明に示せること」に移りつつある。日本が国産LLMをどう選定し主権AIを制度化しているかはデジタル庁が国産AI7モデルを選定した背景とAI主権確立への政策転換と対比すると理解が深まる。
よくある質問
韓国の「国家代表AI」プロジェクトとは何ですか?
韓国科学技術情報通信部(MSIT)が2025年に始めた国産AI基盤モデル育成の国家プロジェクトです。段階評価で候補を絞り、2027年までに国内2社を選定して性能をOpenAI・Googleなど最上位の95%以上へ引き上げることを目標にしています。
アップステージは本当に中国のコードを流用したのですか?
いいえ。競合Sionic AIから中国Zhipu AIのGLM-4.5-Airとの「96.8%類似」を告発されましたが、アップステージのキム・ソンフンCEOが公開検証で学習ログとチェックポイントを提示し、実際のパラメータ重複率は0.0004%だと反証しました。告発側は後日謝罪し、潔白が確定しています。
ネイバーのHyperCLOVA Xはなぜ問題視されたのですか?
HyperCLOVA X SEEDの画像エンコーダーがアリババのQwen-VLとほぼ同一(コサイン類似度99%超)で、全パラメータの約12%を占める基幹部分が外部由来だったためです。独自性を掲げる国家プロジェクトの要件と噛み合わず、第2段階に進む4チームから外れました。
なぜ独自技術のコンペで中国製オープンソースが使われたのですか?
中国のZhipu AI(GLM)やアリババ(Qwen)が高性能なモデルを寛容なライセンスで公開しており、限られた期間とコストで最高性能を狙うには合理的な選択肢だったためです。当時のコンペ規定に外部OSSの利用を禁じる条項がなかったことも背景にあります。
いま第2段階評価に残っているのはどの企業ですか?
2026年8月の第2段階に進むのはLG AI研究院、SKテレコム、アップステージ、モティーフ・テクノロジーズの4チームです。ネイバークラウドとNC AIは第1段階を経て外れ、モティーフは2026年2月の追加公募で加わりました。ベンチマーク40点・専門家評価35点・ユーザー評価25点で採点され、2027年初頭の第3段階で最終2社に絞られます。