ROIC(ロイック)とROIは、どちらも「投じたお金に対してどれだけ利益が出たか」を測る比率です。ただし一般的な使い方では、ROICは企業や事業部が抱える投下資本の1年あたりの効率を、ROIは設備投資や広告といった個別の投資案件の採算を測ります(管理会計で事業部の業績評価に使うROIは例外で、後述します)。同じ設備投資でも、ROIで計算すると12.5%、ROICの定義に揃えると7.0%と数字が割れることがあります。この記事では、ROICとROIの違いを比較表と同じ投資での計算例で示し、ROE・ROAを加えた4指標の違いと、実務での使い分けまでをまとめます。
まとめ:ROICとROIの違いと4指標の使い分け
- 測る単位が違う。ROICは企業・事業部の投下資本に対するNOPAT(税引後営業利益)の年率、ROIは個別の投資案件の利益÷投資額で、利益の定義や期間は案件ごとに決める。
- 同じ投資でも定義で数字が割れる。設備200億円・運転資本50億円で営業利益が年25億円増える案件は、税引前・設備だけのROIで12.5%、ROICの定義では7.0%。WACC(資本コスト)と比べてよいのは後者。
- ROICが下がる投資でも価値は増えうる。全社ROICを下げる案件でも、NPV(正味現在価値)が正なら企業価値は増える。ROICの改善を事業部の唯一の目標にすると、こうした投資が止まる。
- ROEとROAは資本構成と現金で動く。後述の試算(営業利益一定・ROICは余剰現金を控除する定義)では、借入による自社株買いでROEだけが上がり、余剰現金の積み増しでROE・ROAが下がる。ROICはどちらでも動かない。
- 使い分けは用途で決める。株主への説明はROE、事業ポートフォリオの管理はROIC、個別案件の採否はROIとNPV、事業部の業績評価は残余利益の併用。
ROICとROIの違いを一覧比較
ROICとROIの違いは、計算式より先に「何を1単位として測るか」にあります。
| 比較項目 | ROIC | ROI |
|---|---|---|
| 測る単位 | 企業・事業部 | 個別の投資案件・施策 |
| 分子 | NOPAT(税引後営業利益) | 投資による利益(定義は案件ごと) |
| 分母 | 投下資本(有利子負債+自己資本) | その案件に投じた額 |
| 期間 | 1年(決算期ごと) | 案件の期間(通算で示すことも多い) |
| 比べる相手 | WACC(加重平均資本コスト) | 社内のハードルレート・他の案件 |
| 主な使い手 | 経営企画・事業部 | 事業担当・マーケティング |
ROICは決算書から毎期同じ定義で計算するので、事業部の成績を時系列で追う物差しになります。ROIは「この広告に500万円を投じ、広告費を含む費用を差し引いた利益が150万円出たからROI 30%」のように、案件ごとに分子と分母を切り出して測ります。決算書の科目に縛られないぶん自由に使えますが、分子を営業利益にするか粗利にするか、分母に運転資本を入れるかは計算する人の判断に委ねられます。ROIの計算方法と目安はROI(投資利益率)とは?計算式・目安・改善方法をわかりやすく解説にまとめています。
ROIも「投下資本利益率」と訳される名前の衝突
混乱の根は訳語にもあります。管理会計では、事業部の業績評価に使うROI(Return on Investment)を「投資利益率」とも「投下資本利益率」とも呼びます。金融庁の公認会計士・監査審査会が公表した令和5年公認会計士試験 論文式試験「出題の趣旨」(会計学)でも、事業部制組織の業績評価を扱う同じ問題の中に「単年度投資利益率」と「投下資本利益率の計算」が並んでいます。
この意味でのROIは「事業部の利益÷事業部の投下資本」で、中身はROICとほぼ同じです。社内資料に「事業部ROI」とあったら、個別案件のROIなのか事業部の投下資本利益率なのかを、分母で確かめてください。分母が事業部の資産や投下資本で、分子を税引後に揃え、事業のリスクに見合う資本コストを用意できるなら、比べる相手はROICと同じくWACCです。日本商工会議所の第170回簿記検定1級(2025年6月8日施行)工業簿記・原価計算でも、税引後の加重平均資本コスト率を求めたうえで、事業部長の業績測定のために「投下資本利益率(税引後)および残余利益(税引後)」を計算させています。
通算のROIと年率の取り違え
ROICは1年あたりの率ですが、ROIは案件の通算で示されることがよくあります。100億円を投じて5年後に160億円を回収する案件は「5年ROI 60%」で、5で割ると年12%に見えます。しかし時間価値を入れた年率(IRR)は、1.6の5乗根から1を引いた約9.9%です。年率のROICやWACCと並べるときは、ROIを年率に直すか、NPV(正味現在価値)とIRR(内部収益率)で比べてください。
同じ設備投資をROIとROICで測る計算例
営業利益100億円、実効税率30%(NOPAT 70億円)、投下資本800億円、ROIC 8.75%の会社を基準にします。後半のROE・ROAの試算と同じ会社で、WACCは6%と置きます。この会社の事業部が、設備200億円と在庫・売掛金などの運転資本50億円を要し、営業利益を毎年25億円増やす新ラインの投資を申請したとします。
申請書のROIは12.5%、ROICの定義では7.0%
| 計算方法 | 分子 | 分母 | 率 |
|---|---|---|---|
| この申請書で仮定したROI | 営業利益25億円(税引前) | 設備200億円 | 12.5% |
| ROICの定義に揃えた率 | NOPAT 17.5億円 | 設備+運転資本250億円 | 7.0% |
差は2つの定義から生じます。分子を税引後に直すと利益率は0.7倍になります。分母に運転資本を足すと分母は1.25倍、利益率は0.8倍になるため、12.5%×0.7×0.8=7.0%です。WACCは負債コストを税引後で見積もるため、比べる利益率も税引後に揃える必要があります。申請書の12.5%をWACC 6%と並べると2倍の余裕に見えますが、実際の上乗せは1ポイントしかありません。
全社ROICが下がっても企業価値が増える投資
この投資を実行すると、全社のNOPATは70+17.5=87.5億円、投下資本は800+250=1,050億円になり、全社ROICは8.75%から8.33%へ下がります。ROICの改善を事業部長の目標に置いている会社では、この案件は却下されやすくなります。
一方で、案件の率7.0%はWACC 6%を上回っています。資本コストを差し引いた利益(NOPAT−投下資本×WACC)は17.5−250×6%=年2.5億円のプラスです。これは単年度の評価で、案件全体の採否は稼働期間・更新投資・終了時の回収額まで織り込んだNPVで決めます。ただ、減価償却・維持更新投資・運転資本の増減・終了時の資本回収を整合させた計画で、全期間の残余利益の割引現在価値の合計が正であれば、NPVも正になり、実行したほうが企業価値は増えます。ROICの平均を下げることと、価値を壊すことは別の話です。
ROIC目標が投資判断と食い違う問題と残余利益
上の食い違いは管理会計で古くから知られた論点です。前出の出題の趣旨も、「事業部の業績評価指標として投資利益率を用いることの問題点」と「NPV による投資決定と残余利益による業績評価との整合性」を問うています。率の指標は、平均より低いが資本コストは上回る案件を嫌い、反対に率を上げるために必要な設備や在庫まで削る動きを生みます。
対策は、評価の一部を「率」から「額」に切り替えることです。残余利益(NOPAT−投下資本×WACC)は資本コストを超えた利益の額なので、税引後の率がWACCを上回る投資を実行すれば、その年の残余利益は増えます。EVA(経済的付加価値)も同じ考え方です。NOPATの算出からEVAまでを事業部別に月次で出す設計は税引き後営業利益(NOPAT)とは:計算式と税率の選び方、ROIC・EVAへのつなぎ方と事業部別に月次で出す設計【2026年版】で扱っています。
ROICを全社の唯一の目標にする運用は勧めません。ROICは事業ポートフォリオの優先順位を議論する共通言語として使い、個別投資の採否はNPVを主軸にIRRを補助指標とし、事業部の業績評価には残余利益を併用して、ROICの平均を下げるだけで価値を生む投資を見送る事態を防ぎます。特に、在庫を積み増して立ち上げる新規事業や大型設備の稼働前の事業をROICだけで評価すると、利益が出る前に撤退の判断が出てしまいます。
ROIC・ROE・ROAの違い:同じ決算で試算
ROE・ROAを加えた4指標は、分母に何を置くかで性格が分かれます。
| 指標 | 分子 | 分母 | 測る対象 |
|---|---|---|---|
| ROIC | NOPAT | 投下資本 | 本業に投じた資本の効率 |
| ROE | 当期純利益 | 自己資本 | 株主資本に対する収益性 |
| ROA | 当期純利益(または経常利益) | 総資産 | 資産全体の使い方 |
| ROI | 投資による利益 | その投資に投じた額 | 個別案件の採算 |
総資産は純資産と負債の合計なので、ここで比較するROIC・ROE・ROAの中では、ROAの分母がもっとも広くなります。ROICの分母は有利子負債を加える一方で現金や遊休資産などの非事業資産を差し引くことが多く、自己資本より大きくなるか小さくなるかは会社の現金と借入の量で変わります(下の無借金の例では投下資本800億円が自己資本1,000億円を下回ります)。ROICは分子も営業利益ベースに揃えるため、財務活動や余剰資金の影響を除いた事業の採算に近づきます。投下資本の内訳とROICの計算手順はROIC(投下資本利益率)とは?計算式・目安とROICツリーをわかりやすく解説で詳しく扱っています。以下、先の計算例と同じ会社(営業利益100億円、実効税率30%、総資産1,000億円、うち現金200億円)で比べます。簡略化のため、残高は期首から期末まで同じとし、営業利益は変わらないものとします。
借入+自社株買いによるROE上昇とROIC不動
無借金(自己資本1,000億円)の状態と、有利子負債500億円を調達して同額の自社株買いをした状態(自己資本500億円・借入金利2%)を並べます。
| 項目 | 無借金 | 借入500億円+自社株買い |
|---|---|---|
| 当期純利益 | 70億円 | 63億円 |
| ROE | 7.0% | 12.6% |
| ROA | 7.0% | 6.3% |
| ROIC | 8.75% | 8.75% |
支払利息10億円が乗るため純利益は70億円から63億円へ減りますが、分母の自己資本が半減するのでROEは7.0%から12.6%へ上がります。ROEが上がるのは、税引後の借入コスト(2%×0.7=1.4%)が借入前のROE 7.0%を下回っているからで、金利が高ければ同じ操作でROEが下がることもあります。ROAは純利益が減った分だけ下がり、ROICは営業利益も投下資本(500+500−200=800億円)も変わらないため8.75%のままです。事業の稼ぐ力は変わっていないのに、ROEだけが倍近くになる。ROEを単独で見てはいけない理由であり、資本構成に左右されないROICが社内管理に選ばれる理由でもあります。ROEを3要素に切り分ける手順はデュポン分解(デュポンシステム)とは?ROEを3要素に分ける計算式とキーエンス・トヨタの分析事例で解説しています。
余剰現金の積み増しによるROE・ROAの低下
次に、数年分の利益を配当せず内部留保し、現金が200億円から400億円へ積み上がった場合(総資産1,200億円・自己資本1,200億円)を見ます。ROEとROAはともに70÷1,200=5.8%へ下がりますが、ROICは投下資本が1,200−400=800億円のままなので8.75%で動きません。ただし非事業資産を控除しない流儀で計算すると、ROICも70÷1,200=5.8%になり、同じ会社が2つのROICを持つことになります。後で扱う他社比較の難しさはここから生じます。
目安の考え方:ROEは8%超、ROAは同業比較、ROICはWACC超
4指標は目安の立て方そのものが違います。ROEには経済産業省の伊藤レポート(2014年8月)が「最低限8%を上回るROE」として示した水準があり、背景や後継版は伊藤レポートとは?2014年の原典から人材版2.0・SX版3.0までの違いを一次資料で解説で整理しています。ROAは分子を当期純利益にするか経常利益にするかで水準が変わり、業種でも大きく分かれるため、同じ定義で同業と比べるのが前提です(ROA(総資産利益率)とは?目安・業界平均と計算式、ROEとの違いを解説)。ROIは案件ごとに社内のハードルレートと比べるもので、共通の目安はありません。
ROICにも「何%以上なら良い」という共通の絶対水準はありません。判断基準は自社のWACCを上回っているかどうかで、ROICがWACCを下回れば、利益が出ていても資本コストを回収できず企業価値を毀損している状態と評価されます。同じ8%のROICでも、WACCが5%の会社では価値創出、WACCが10%の会社では価値毀損です。
上場企業のROIC分布(EDINET DB集計3,458社)
絶対水準の目安がないとはいえ、分布を知っておくと自社の位置はつかめます。財務データベースEDINET DBのROIC集計(銀行・保険・証券を除き、ROICを算出できた3,458社・データ更新日2026年10月21日、同日取得)では、中央値が10.69%、下位四分位(P25)が5.14%、上位四分位(P75)が21.52%でした。業種別の中央値は情報・通信業24.83%(533社)、サービス業17.28%(522社)、建設業13.95%(146社)と、資本集約度の低い業種ほど高く出ます。
注意が必要なのは、この集計のROICが「営業利益÷(自己資本+有利子負債−現金同等物)」で、ページにも「税前(NOPATベースではない)」と明記されている点です。教科書どおりNOPATを分子に使う場合、実効税率を一律30%と仮定すると数値はおよそ0.7倍になり、中央値10.69%は7%台に相当します(各社の実際の税負担で計算し直した値ではありません)。公表されているROICの分布と自社の値を比べる前に、分子が税引前か税引後かを確認してください。
ROICを他社比較にそのまま使えない理由
ROE・ROAの分母は貸借対照表から求める自己資本・総資産です。自己資本は純資産と区別し、会計基準や期末残高・期中平均残高の使い方を揃えれば、企業をまたいでも定義はほぼ揃います。ROICはそうではありません。分母の投下資本には「有利子負債+自己資本」で済ませる流儀と、そこから現金同等物や遊休資産などの非事業資産を控除する流儀があり、控除の範囲も企業ごとに判断が分かれます。分子のNOPATも、法定実効税率を使うか実績の税負担率を使うかで変わります。
先の試算では、現金を控除するかどうかだけでROICが5.8%にも8.75%にもなりました。差は3ポイント近く、業種中央値との優劣が入れ替わる幅です。ROICの他社比較は、各社が開示する定義を突き合わせられる場合に限るべきで、IR資料の数値をそのまま横並びにするのは避けてください。自社の時系列比較や事業部間の比較のように、定義を統一できる場面でこそROICは役に立ちます。
使い分けの実務:社外開示はROE、社内管理はROIC、案件はROI
指標の優劣を議論するより、用途で割り切るほうが実務は進みます。株主・投資家への説明はROEとROA、事業ポートフォリオの資源配分や撤退判断はROIC、個別施策の採否はROIとNPV、という分担が現実的です。
この分担は本記事の提案ですが、制度の動きとも整合します。東京証券取引所は2023年3月31日にプライム市場・スタンダード市場の上場会社へ「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を要請しました。要請時の説明資料は、現状分析の指標例として資本コストにWACCと株主資本コスト、資本収益性にROICとROEを挙げ、「どの指標を用いるかについて一律の定めはありません」としています。東証の開示状況の集計(2026年9月末時点・10月15日公表)では、プライム市場の94%(1,455社)、スタンダード市場の57%(886社)が開示しており(検討中を含む)、うちプライム市場1,269社、スタンダード市場538社が初回の後に内容を更新しています。対外的な説明は資本コストとROE・PBRを軸に語られる一方、社内で事業単位に落とし込む段階ではROICが共通言語になります。集計は毎月更新されるため、最新の値は東証の資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応のページで確認してください。
事業部別のROICや残余利益を出すには、本社費や共通資産を事業部へ配賦するルールと、それを毎月同じ定義で集計する仕組みが要ります。配賦基準を文書にせず担当者の判断で毎月計算すると、定義が少しずつずれて時系列比較が成り立たなくなります。配賦基準の改定は承認を経て履歴に残し、改定時は過去分を新基準で再計算できるようにしておくことが要点で、こうした規則を会計・経理システム開発の段階で組み込む方法もあります。
よくある質問
ROICとROIの違いは何ですか?
測る単位と期間が違います。ROICは企業や事業部の投下資本に対するNOPATの年率、ROIは個別の投資案件に投じた額に対する利益です。ROIは分子・分母・期間の定義が案件ごとに異なり、管理会計では事業部の投下資本利益率をROIと呼ぶこともあるため、まず分母を確かめます。ROICやWACCと比べるときは税引後・年率に揃えてから並べます。
ROICとROEの違いは何ですか?
ROEは当期純利益÷自己資本で株主資本に対する収益性を、ROICはNOPAT÷投下資本で事業に投じた資本全体の効率を測ります。税引後の借入コストがROEを下回る範囲では、借入で自社株買いをするとROEは上昇しますが、営業利益と投下資本が変わらなければROICは動きません。株主への説明はROE、社内の事業管理はROICと使い分けます。
ROICとROAの違いは何ですか?
分母の範囲が違います。ROAの分母は総資産で、事業に使っていない現金や遊休資産も含みます。ROICの分母は投下資本で、非事業資産を控除することが多いため、余剰現金を積み増すとROAは下がってもROICはほとんど変わりません。分子もROAは当期純利益(または経常利益)、ROICはNOPATです。
ROICの目安は何%ですか?
共通の絶対水準はなく、自社のWACCを上回るかで判断します。分布の参考としては、EDINET DBの集計(3,458社・2026年10月21日取得)で中央値10.69%です。値は毎日更新されます。ただしこの集計は税引前の営業利益ベースです。実効税率を一律30%と仮定した参考計算ならNOPATベースは約0.7倍の7%台ですが、各社の実際の税負担で計算した税引後の中央値とは一致しません。
ROICの欠点は何ですか?
率の指標なので、平均を下げる投資を嫌う点です。WACCを上回る案件でも全社ROICを下げるなら見送られやすく、反対に設備や在庫を削って数値を作る動きも起きます。投資の採否はNPV、事業部の評価は残余利益を併用して補います。
ROICの読み方は?
「ロイック」と読みます。Return On Invested Capitalの略で、日本語では投下資本利益率です。アルファベットどおり「アールオーアイシー」と読まれることもあります。