マミートラックとは、出産・育児を経て職場に戻った女性が、責任の軽い仕事に固定され、昇進の見通しを失ってしまう状態を指す言葉です。仕事を続けられているのに「育児中だから」と補助的な役に回され、希望を口にすると「わがまま」、受け入れると「仕方ない」と言われる。この板挟みは、本人の希望の問題と、職場の配置・評価の問題が混ざることで起きます。
この記事では、語源をめぐる通説の誤り、日本の調査データ、違法な不利益取扱いとの境目、そして2025年に施行された改正育児・介護休業法を使った対策を、一次資料に沿って整理します。
まとめ
- マミートラックは「仕事の難易度や責任が下がり、キャリアの展望もない」状態。21世紀職業財団の調査(夫婦とも26〜40歳の正社員で子どもがいる世帯が対象)では、該当設問に答えた女性1,421人の46.6%が該当しました。
- 語源は1989年のシュワルツ論文とされがちですが、語自体は1988年8月8日のNew York Times 1面記事に既に登場しており、シュワルツ本人はこの語を使っていません。
- 本人が望んで仕事量を抑えるのは「わがまま」でも問題でもありません。問題は本人の意に反して固定されることで、2025年10月からは企業に働き方の意向を個別に聴いて配慮する義務があります。
- 育休や時短の取得を理由とした降格・不利益な配置変更・昇進評価での不利な扱いは、育児・介護休業法第10条・第23条の2などで禁止されています。
- 抜け出した人の理由の上位は「必要な時は残業する」「フルタイムに戻す」「上司からの働きかけ」「上司に要望を伝えた」。同財団は、復帰時に仕事の難易度や責任、キャリアの展望を下げないことを「極めて重要」としています。
マミートラックの意味と語源
意味:仕事は続けているのに昇進の道から外れた状態
「マミー(mommy=母親)」と「トラック(track=走路・進路)」を組み合わせた言葉で、出世コースとは別の走路を走らされるイメージから来ています。退職した状態ではなく、就業を続けながらキャリアが停滞している状態を指すのが特徴です。
内閣府の令和5年版男女共同参画白書は、この問題を「就業継続はできても、出産や育児を機にキャリアが停滞してしまい、思うように活躍できない、いわゆる『マミートラック』の問題(キャリアロス)」と表現しています。出産後も働き続ける女性が増えたからこそ、辞めるかどうかではなく「どう働き続けるか」が問われるようになった、という位置づけです。
女性管理職が少ない構造全体を指す「ガラスの天井」とは対象が異なり、マミートラックは育児期の配置と評価に焦点を当てた言葉です。管理職比率の統計や語の違いはガラスの天井の解説で詳しく扱っています。
語源:1988年のNew York Times記事と、1989年のシュワルツ論文
日本語の解説では「フェリス・シュワルツの論文に対してジャーナリストが名付けた」と説明されることが多いのですが、時系列は少し違います。
| 時期 | 出来事 |
|---|---|
| 1988年8月8日 | New York Times 1面の法律事務所の記事に登場 |
| 1989年1-2月号 | Harvard Business Reviewにシュワルツ論文 |
| 1989年 | 論文をめぐる論争が米国の新聞・雑誌で報道される |
1988年の記事「Women in the Law Say Path Is Limited by ‘Mommy Track’」(Jennifer A. Kingson記者)は、大手法律事務所で柔軟な勤務時間を選んだ女性弁護士が、昇進の見込みのない道に置かれる状況を「mommy track」と表現しました。翌年、女性の管理職登用について企業に働き方の選択肢を用意するよう提言したシュワルツ論文「Management Women and the New Facts of Life」が「母親を別コースに回す提案」と受け止められて激しい論争を呼び、New York Times、USA Today、Business Weekなどが大きく報じたことで語が一気に広まります。
当時のMs.誌(1989年7・8月号)は、この語について「シュワルツが使った言葉でも、彼女の発明でもない(neither a term Schwartz used nor her invention)」と書いています。つまり、語は論文の前年の報道に既に登場しており、シュワルツ本人が作った言葉ではなく、論文をめぐる論争が語を広めるきっかけになったと整理するのが正確です。
日本の実態:該当者46.6%と、抜け出した人の共通点
日本で「マミートラック」を正面から測った調査として、公益財団法人21世紀職業財団の「子どものいるミレニアル世代夫婦のキャリア意識に関する調査研究」(2022年2月公表)があります。対象は本人・配偶者とも26〜40歳で従業員31人以上の企業に勤める正社員・正職員であり、同居する子どもがいて、現在の勤務先での勤続年数が3年以上、学歴が高卒以上の人です。調査は2021年6月25日〜28日にWEBで実施されました(分析対象は男性1,912人・女性2,194人)。
この調査は、現在の仕事を「難易度や責任の度合いが低く、キャリアの展望もない」と答えた状態をマミートラックと定義しています。
| 女性の区分 | 展望あり | マミートラック | 荷が重い |
|---|---|---|---|
| 女性全体(N=1,421) | 40.5% | 46.6% | 12.9% |
| 総合職(n=200) | 53.0% | 39.0% | 8.0% |
| 限定総合職(n=143) | 53.9% | 32.2% | 14.0% |
| 一般職(n=314) | 37.9% | 50.6% | 11.5% |
| コースなし(n=764) | 35.7% | 49.6% | 14.7% |
出典:21世紀職業財団「子どものいるミレニアル世代夫婦のキャリア意識に関する調査研究」(概要版 p.19)
総合職でも約4割が該当する一方、差を分けた要因もデータに出ています。女性総合職のうち、過去に部門横断の異動などの「一皮むける経験」がある人はマミートラック該当が34.0%、ない人は56.8%でした。
さらに重いのが、入口で決まると抜けにくいという結果です。第一子出産後の復帰時にマミートラックだった女性の70.0%が現在もその状態にあり、復帰時に仕事の難易度が変わらずキャリアの展望もあった女性の80.1%は、現在もその状態を保っています。
ただし、抜け出した人もいます。復帰時はマミートラックだと感じ、現在は展望があると答えた女性が挙げた理由は次の順でした。
- 定時退社だけでなく、必要な時には残業するようにした(30.1%)
- 時短をやめて、フルタイムで働くようにした(25.2%)
- 上司からの働きかけがあった(24.3%)
- 上司に要望を伝えた(23.3%)
背景には家庭内の偏りがあります。総務省「令和3年社会生活基本調査」では、6歳未満の子どもがいる世帯の1日あたり家事関連時間は夫1時間54分、妻7時間28分でした。男性の育児休業取得率は令和7年度雇用均等基本調査で50.9%(女性88.3%)と初めて5割を超えましたが、同調査で、調査前年度の1年間に育児休業を終了して復職した男性の取得期間を見ると、79.2%が3か月未満です。第1子妊娠時に働いていた妻が子の1歳時点でも働いている割合は69.5%(第16回出生動向基本調査・2015〜19年出生)まで上がっており、「辞めずに続けるが、役割は縮む」という形に問題が移っています。
マミートラックが「わがまま」「仕方ない」と言われる理由
どちらを選んでも責められる構造
「わがまま」という言葉は、正反対の二つの場面で使われます。一つは、時短勤務のまま責任ある仕事を続けたいと希望したときに「満足に働けないのに」と言われる場面。もう一つは、仕事量を抑えたいと伝えたときに「周りに負担をかけている」と言われる場面です。
両方で同じ言葉が向けられるのは、どちらの希望も「育児は母親が主に担い、職場は長時間働ける人を基準に回る」という前提と衝突するからです。この前提は本人の意欲とは無関係に配置を決める思い込みとして働き、アンコンシャスバイアスの典型例として企業研修でも取り上げられています。
マミートラックを望む意思と不利益取扱いの境界
一定期間、あえて負荷の軽い仕事を選ぶ人もいます。それ自体は正当な選択で、わがままでも「負け」でもありません。問題になるのは、本人の希望を聞かずに、あるいは希望に反して補助的な仕事に固定されることです。
この境目は法令にも書かれています。厚生労働省の指針(平成21年厚生労働省告示第509号)は、不利益な取扱いの例として「労働者が希望する期間を超えて、その意に反して所定外労働の制限、時間外労働の制限、深夜業の制限又は所定労働時間の短縮措置等を適用すること」を挙げています。本人が戻りたいと言っているのに時短や残業免除を続けさせることも、不利益取扱いになりうるということです。
加えて、2025年10月1日からは、妊娠・出産等の申出時と子が3歳になる前に、勤務時間帯・勤務地・制度の利用期間・業務量などについて労働者の意向を個別に聴き、配慮することが事業主の義務になりました。働き方の希望を伝えることは、法律が想定している正規の手続きです。
「仕方ない」と言われやすいのは給与です。時短で短くなった時間分の賃金が支払われないのは不利益取扱いに当たりません。ただし、指針は短縮された時間の総和を超えて働かなかったものとして扱う算定を不利益取扱いとしています。仕方ない部分とそうでない部分は、計算で切り分けられます。
マミートラックは違法か:不利益取扱いになる線引き
禁止の根拠となる条文
「マミートラック」という言葉自体は法律用語ではなく、状態をまとめて違法とする規定はありません。一方で、その状態を生む個々の人事措置には禁止規定があります。
| 条文 | 理由とすることが禁止される事由 |
|---|---|
| 育児・介護休業法 第10条 | 育児休業の申出・取得 |
| 育児・介護休業法 第16条の10 | 所定外労働の制限(残業免除)の請求 |
| 育児・介護休業法 第23条の2 | 短時間勤務などの措置の申出・適用 |
| 男女雇用機会均等法 第9条第3項 | 妊娠・出産・産前産後休業など |
いずれも「解雇その他不利益な取扱いをしてはならない」と定めています(条文はe-Gov法令検索の育児・介護休業法、男女雇用機会均等法で確認できます)。
指針が挙げる不利益取扱いの例
前述の指針は、不利益な取扱いの例として解雇や雇止めのほか、次をマミートラックと直結する形で列挙しています。
- 降格させること
- 減給をし、又は賞与等において不利益な算定を行うこと
- 昇進・昇格の人事考課において不利益な評価を行うこと
- 不利益な配置の変更を行うこと
- 正社員をパートタイム労働者等とするような労働契約内容の変更の強要
判断の目安も具体的です。たとえば、育児休業をした人を休業期間を超える一定期間昇進・昇格の選考対象にしない制度は、不利益な評価に当たります。配置の変更は、通常の人事異動のルールでは十分に説明できない職務や勤務地の変更で、相当程度の経済的・精神的な不利益を生じさせる場合に該当します。業務に従事させない、専ら雑務に従事させるといった扱いは「就業環境を害すること」に当たるとされています。
「契機として」の判断基準と2つの例外
会社側が「育休が理由ではない」と説明しても、それで終わりではありません。厚生労働省は、妊娠・出産・育児休業等を契機として不利益取扱いをした場合は、原則として「理由として」いると解され法違反になるとしています。
- 原則として、事由の終了から1年以内の不利益取扱いは「契機として」いると判断する
- 人事異動・人事考課のように時期が決まっている措置は、1年を超えても事由終了後の最初の実施までは「契機として」いると判断する
この考え方は、妊娠中の軽易業務への転換を契機に副主任を免じられた理学療法士の事件で、最高裁第一小法廷が2014年(平成26年)10月23日に示した判断を踏まえたものです。
例外は2つです。①業務上の必要性から不利益取扱いをせざるを得ず、その必要性が本人の受ける不利益の影響を上回る特段の事情がある場合。②本人が同意していて、有利な影響が不利な影響を上回り、事業主から適切な説明があるなど、一般的な労働者なら同意する合理的な理由が客観的にある場合。形だけの同意では②に当たりません。
育児期の男性が同じ扱いを受ける問題はパタハラと呼ばれ、根拠条文は共通です。相談先は各都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)で、事業主への助言・指導や紛争解決の援助を無料で受けられます。
マミートラックの回避・脱出に向けた個人の対策
復帰面談で伝える業務の難易度と勤務条件
前述の調査では、復帰時にマミートラックだった人の70.0%が、現在もその状態にとどまっていました。2025年10月からの意向聴取は、子が3歳になる前にも行われます。このタイミングで「時短は○歳まで」「担当を続けたい案件」「月に何日なら残業・出張に対応できるか」を具体的に伝えると、会社は配慮を検討する前提を持てます。
曖昧に「頑張ります」と言うより、条件付きで引き受けられる範囲を示すほうが、補助業務への一律配置を避けやすくなります。脱出理由の4位が「上司に要望を伝えた」だった点も、この方向を裏付けています。
育児支援制度の利用期間と組み合わせ
2025年4月からは、残業免除を請求できる対象が小学校就学前の子を育てる労働者まで広がり、子の看護休暇は「子の看護等休暇」として小学3年生修了までに延び、学級閉鎖や入園式・卒園式にも使えるようになりました。時短をやめても、残業免除と看護等休暇で急な呼び出しに対応できる場合があります。
時短を続ける場合は、2歳未満の子を育てるために所定労働時間を短縮した雇用保険の被保険者に、受給要件を満たせば「育児時短就業給付」(2025年4月創設)が支給されます。支給額は、時短中の賃金が時短開始時の賃金月額の90%以下なら賃金の10%で、90%を超えると支給率が下がり、支給されない場合もあります。収入の変化と家庭の事情を確認し、時短を続ける期間やフルタイムへの復帰時期を定期的に見直します。育児上の必要が続く場合は、利用できる制度の範囲で時短を継続する選択もあります。
21世紀職業財団の同じ調査は、女性だけが育休や時短を長期に使うと夫婦の役割分担が固定されやすいとして、夫婦で交互に取得する方法を提言しています。夫の育休制度はパパ・ママ育休プラスの解説で整理しています。小学校入学後の預け先の問題は小1の壁として別途準備が必要です。
転職を考える判断基準
社内で希望を伝えても変わらない場合、転職は現実的な選択肢です。判断材料として次を確認します。
- 復帰後1年以内、または最初の人事考課で降格・評価の引き下げがあったか(あれば先に労働局へ相談する価値がある)
- 意向聴取で伝えた希望に対して、会社から検討結果の説明があったか
- 応募先が、2025年10月施行の「5つの措置から2つ以上」をどの組み合わせで導入しているか
違法の疑いがある扱いを受けたまま転職すると、記録や証拠を集める機会を失います。退職前に面談記録や評価結果を手元に残しておきます。子育て中の求職者は、ハローワークの専門窓口であるマザーズハローワークも利用できます。
企業がとるべきマミートラック対策
2025年10月施行の柔軟な働き方の措置と選択基準
2025年10月1日から、事業主は3歳から小学校就学前の子を育てる労働者について、次の5つから2つ以上の措置を講じる義務を負っています。
- 始業時刻等の変更
- テレワーク等(月10日以上)
- 保育施設の設置運営等
- 養育両立支援休暇の付与(年10日以上)
- 短時間勤務制度
選び方でマミートラックへの効き方が変わります。短時間勤務だけを実質的な選択肢にすると、時短を続けるか辞めるかの二択に戻りやすく、フルタイムのまま時間帯を調整できる始業時刻の変更やテレワークを組み合わせるほうが、責任ある仕事を続けやすくなります。改正内容の全体は育児介護休業法の改正内容にまとめています。
育休・時短利用者の評価と配置の見直し基準
指針の基準に照らすと、企業側で見直すべき点ははっきりしています。
- 育休期間を超えて昇進選考の対象外にする規程がないか
- 時短による減額が、短縮した時間の総和を超えていないか
- 復帰者を一律に補助業務へ配置するルールや慣行がないか
- 意向聴取の記録と、配慮した内容・できなかった理由を残しているか
調査で脱出理由の3位に「上司からの働きかけ」が入っていることからも、制度の整備に加えて、管理職が復帰者に役割の見通しを示すことが効果を持ちます。同財団は、女性にも初期キャリアの段階で男性と同様に「一皮むける経験」をさせることを提言しています。
よくある質問
マミートラックとは簡単に言うと何ですか?
育児をしながら働き続けている人が、責任の軽い仕事に固定され、昇進の見通しを失っている状態です。退職ではなく、在職しながらキャリアが止まっている点が特徴です。
マミートラックを望むのはわがままですか?
わがままではありません。本人が期間を決めて負荷を抑えるのは正当な選択です。問題になるのは、本人の意に反して時短などを続けさせたり、補助業務に固定したりすることで、指針はこれを不利益取扱いの例に挙げています。
マミートラックは違法ですか?
状態そのものを違法とする規定はありません。ただし、育休や時短の取得を理由とした降格、不利益な配置変更、昇進評価での不利な扱いは、育児・介護休業法第10条・第23条の2や男女雇用機会均等法第9条第3項で禁止されています。
マミーギルトとは何ですか?マミートラックとの違いは?
マミーギルトは、働く母親が子どもと過ごす時間の短さなどに罪悪感を抱く心理を指す言葉です。マミートラックが職場での配置や評価の問題であるのに対し、マミーギルトは本人の内面の問題を指します。罪悪感から希望を抑えることが、結果としてマミートラックを受け入れることにつながる場合があります。
マミートラックについてどこに相談できますか?
まず社内の人事部門や相談窓口に、意向聴取で伝えた内容と実際の配置を示して相談します。不利益取扱いの疑いがある場合は、各都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)に無料で相談でき、事業主への助言・指導や紛争解決の援助を求められます。