通信現場の属人化と運用負荷を解消するLTM開発の背景と狙い
目次
通信現場の属人化と運用負荷を解消するLTM開発の背景と狙い
ソフトバンクが2025年3月に発表した通信業界向け生成AI基盤モデル「Large Telecom Model(LTM)」は、モバイルネットワーク運用の抜本的な変革を目指して開発されました。通信インフラの設計・管理・運用には高度な専門知識が求められますが、その業務の多くは限られたエキスパートの経験に依存してきた経緯があります。LTMは、こうした構造的課題に対してAIの力で解決策を提示する取り組みとして位置づけられています。
基地局パラメータ調整に数日かかる従来型運用の3つの限界
モバイルネットワークの品質を左右する基地局のパラメータ調整は、従来きわめて時間のかかる作業でした。第一に、設定変更のたびに現地調査やシミュレーションを繰り返す必要があり、1件あたり数日を要するケースも珍しくありません。第二に、周辺基地局との干渉を考慮した調整には複数の専門家が関与するため、合意形成に時間がかかります。第三に、変更後の影響を検証するモニタリング期間も含めると、最適化サイクル全体が長期化しがちです。
こうしたプロセスが積み重なることで、都市部での再開発や大規模イベント開催時など、迅速な対応が求められる場面でもネットワーク品質の調整が追いつかないという課題が生じていました。ソフトバンクはこの問題に対し、従来は数日かかっていた設定変更作業を数分に短縮できる可能性をLTMに見いだしています。5G時代のネットワーク高密度化が進む中で、この速度差は競争力を左右する決定的な要因になりつつあります。
専門家ノウハウの暗黙知化が招く人材不足リスクと品質低下
基地局の設定最適化は、長年の実務経験を通じて培われた暗黙知に大きく依存する領域です。たとえば、特定の地形や建物配置に応じたセル境界の調整や、季節・時間帯による通信トラフィックの変動を見越したパラメータ設定は、マニュアル化が難しい判断を含みます。ベテランエンジニアの退職や異動が進むと、こうしたノウハウが組織内で失われるリスクが高まるのです。
実際に通信業界全体で技術者の高齢化が進行しており、後継者への技術伝承は喫緊の経営課題になっています。さらに、属人化した運用体制では人為的なミスも発生しやすく、品質のばらつきが生じる要因にもなります。LTMの開発においてソフトバンクが重視したのは、まさにこの暗黙知をAIモデルに継承させるという発想でした。組織に蓄積された数十年分の運用ノウハウをデジタル資産として永続的に保存し、いつでも再現可能な形に変換することが、LTM開発の根本的な動機の一つとなっています。
汎用LLMでは再現できない通信ドメイン固有の推論精度の壁
近年、ChatGPTをはじめとする汎用的な大規模言語モデルがさまざまな業務に活用されるようになりました。しかし、通信ネットワークの設計・運用領域では、汎用LLMの適用に明確な限界があります。一般的なLLMは自然言語インターフェースとしての役割は果たせるものの、基地局の周波数帯域や変調方式、アンテナのチルト角といった通信固有のパラメータに対する深い理解は持ち合わせていません。
ソフトバンクの先端技術研究所はこの状態を「頭は良いが経験のない新任者」と表現しています。つまり、汎用LLMに通信データを後付けで参照させるRAG(検索拡張生成)のようなアプローチでは、ドメイン固有の推論精度を十分に確保できないのです。LTMはこの課題を克服するために、モデルの学習段階からソフトバンク固有のネットワークデータを組み込む設計を採用しました。この違いはたとえるなら、専門書を手元に置いた素人と、現場経験10年のベテランとの判断力の差に相当します。
先端技術研究所がシリコンバレー拠点と共同開発した経緯と体制
LTMの開発を主導したのは、ソフトバンクの先端技術研究所です。同研究所は日本国内の拠点に加え、米国シリコンバレーにも研究開発拠点を設けており、両拠点の連携によってLTMの開発を推進してきました。シリコンバレー拠点では、NVIDIAとの緊密な協業によりGPU基盤を活用した推論の最適化が進められました。2024年から本格的に開発が始まり、2025年3月に最初のプレスリリースが公開されています。
開発の中心人物である先端無線統括部 基盤&AI室の田村峻氏は、LTMが単なる効率化ツールではなく、将来的に専門家を完全に代替し得る可能性を持つモデルであると説明しています。さらに、技術的な専門知識とセールスの知識を兼ね備えるなど、人間以上の能力を発揮する可能性にも言及しました。日米二拠点体制による開発は、最先端のAI技術へのアクセスと通信ドメインの深い知見を同時に確保するための戦略的な選択として機能しています。
Human AIコンセプトで目指す「経験豊富なエキスパート」の再現
ソフトバンクの先端技術研究所は、モバイルネットワークにおけるAI活用のアプローチとして「Human AI」と「Machine AI」の二つを提唱しています。Machine AIがリアルタイムの信号処理や無線制御といった機械的な最適化を担うのに対し、Human AIは人間のエキスパートが行ってきた判断や意思決定をAIで再現することを目指す概念です。LTMはこのHuman AIコンセプトを最初に具現化した成果物にあたります。
具体的には、ベテランエンジニアがネットワーク状況を分析し、最適な設定値を導き出すプロセスをAIモデルに学習させることで、「経験豊富なエキスパート」と同等の推論能力を実現しようとしています。この二層構造のアプローチは、将来的にLTMとAITRASのオーケストレーターを連携させる際にも重要な設計思想となります。Human AIが戦略的判断を、Machine AIがリアルタイム制御を担う分業体制が、次世代ネットワーク運用の基本アーキテクチャとして構想されているのです。
膨大なネットワークデータで学習した通信特化型生成AIの基本設計
LTMの技術的な特長は、一般的なLLMを基盤としつつ、通信事業者ならではの多様なデータセットを用いて追加学習を施した点にあります。単なるテキストデータの学習にとどまらず、ネットワークの設定情報やパフォーマンスデータ、さらにはシミュレーション結果までを統合的に取り込むことで、通信ドメインに特化した高度な推論能力を獲得しています。
RAN設定・パフォーマンス・シミュレーションの3種データで構成する学習基盤
LTMの学習に使用されたデータセットは、大きく3種類に分類されます。第一のカテゴリーはRAN設定データで、基地局の位置情報、使用周波数、アンテナの方向やチルト角といったパラメータを網羅した構成です。第二のカテゴリーはパフォーマンスデータで、各基地局の電波強度やスループット、接続数などの実測値が該当します。第三のカテゴリーはシミュレーションデータで、変調・復調処理のシミュレーション結果や、仮想的なネットワーク構成における性能予測値を含む構成です。
これら3種類のデータを組み合わせることで、LTMは現実のネットワーク環境と理論的な通信工学の両方を理解した上での推論が可能になります。ソフトバンクが全国で運用する膨大な基地局群から収集されたリアルデータの規模感は、他社が容易には模倣できない競争優位の源泉です。このデータの質と量の両面における蓄積が、LTMの推論精度を支える最大の技術的基盤となっています。
ITU・3GPP標準仕様書を取り込んだドメイン知識の組み込み手法
LTMの学習データには、ソフトバンク固有の運用データだけでなく、国際的な標準化文書も含まれています。具体的には、ITU(国際電気通信連合)や3GPP(第3世代パートナーシッププロジェクト)が策定した標準仕様書がパブリックデータとして取り込まれました。これらの文書には、無線通信プロトコルの詳細仕様や、周波数利用効率の計算方法、干渉管理の手法など、通信工学の基盤となる知識が体系的に記述されています。
汎用LLMでも学習データにこうした文書が部分的に含まれている可能性はありますが、LTMではこれらを意図的かつ網羅的に学習対象として組み込んだ点が異なります。標準仕様の知識とソフトバンク固有の実運用データが融合することで、理論と実務の双方に裏打ちされた推論が実現しているのです。この設計によりLTMは、国際標準に準拠した設定値の提案と日本の通信環境に最適化された実践的な調整の両方を出力できる能力を備えています。
汎用LLMベースに追加学習を施す二段階アーキテクチャの設計思想
LTMのモデルアーキテクチャは、既存の汎用LLMを基盤(ベースモデル)とし、その上に通信ドメインのデータで追加学習を施す二段階構造を採用しています。この設計には明確な合理性があります。汎用LLMがすでに獲得している自然言語の理解能力や論理的推論能力を活用しつつ、通信領域に特化した専門知識を上乗せできるためです。ゼロから通信専用のモデルを構築する場合と比較して、開発コストと期間を大幅に抑えられるメリットもあります。
さらに、ベースモデルの自然言語処理能力を活かすことで、運用担当者が専門的なプロンプトを記述しなくても、日常的な言葉でLTMに問い合わせを行える利便性が確保されています。ただし、初期のLTMでは英語圏の汎用LLMを基盤としていたため、日本語対応やライセンスの面で課題も残されていました。この課題は後に国産LLM「Sarashina」の統合によって解決されることになります。二段階アーキテクチャの柔軟性が、こうしたベースモデルの切り替えを比較的容易にした点も注目に値します。
NVIDIA NIM活用でTTFTとTPSを約5倍に高速化した推論最適化
LTMの実用性を大きく高めた技術要素の一つが、NVIDIA NIM(NVIDIA Inference Microservices)の活用による推論性能の最適化です。NVIDIA NIMは、AIモデルの推論処理を効率化するためのマイクロサービス基盤であり、LTMに適用した結果、TTFT(Time to First Token:最初のトークン出力までの時間)とTPS(Tokens Per Second:1秒あたりのトークン生成速度)の両指標で約5倍の性能向上を達成しました。
この高速化は、リアルタイム性が求められるネットワーク運用の現場においてきわめて重要な意味を持ちます。障害発生時の迅速な対応や、トラフィック急増時のパラメータ即時調整など、秒単位の判断が品質を左右する場面で、推論速度の向上がそのまま運用品質の向上につながるからです。加えて、NVIDIA NIMの利用により、オンプレミスとクラウドの両方で柔軟にLTMを展開できる環境も整備されました。この柔軟な展開オプションは、セキュリティ要件の異なる多様な利用シーンに対応する上で不可欠な条件です。
自然言語による問い合わせで設定値を出力するインターフェース設計
LTMの大きな特徴として、運用担当者が自然言語で質問や指示を入力すると、具体的なネットワーク設定値や最適化提案を出力できるインターフェース設計が挙げられます。従来のネットワーク最適化ツールでは、専用のコマンドやパラメータ形式での入力が前提となっており、操作には専門的なトレーニングが不可欠でした。LTMでは生成AIの自然言語処理能力を活用することで、たとえば「この基地局周辺のスループットを改善したい」といった平易な表現での問い合わせに対しても、セル境界の調整値やアンテナパラメータの具体的な変更案を出力できます。
実運用においてはモデルサービスとしてAPI化され、他のシステムと連携する形での利用が想定されています。さらに将来的にはAIエージェントとして自律的に動作するシナリオも検討されており、人間の介在を最小限に抑えた運用自動化への道筋が描かれています。この自然言語インターフェースは、専門知識の有無を問わず幅広い担当者がLTMを活用できる環境を実現するための鍵となる要素です。
基地局設定の最適化で精度90%超を達成したファインチューニング手法
LTMの実力を示す最も具体的な成果が、基地局設定の最適化に特化したファインチューニングモデルです。ソフトバンクは全国のネットワークデータを用いて体系的な検証を実施し、専門家が手動で行ってきた最適化作業と同等以上の精度をAIモデルで再現できることを実証しました。この成果はLTMが単なる技術デモにとどまらず、実業務への適用が現実的であることを示す根拠となっています。
全国の学習用エリアと評価用エリアを分離した検証設計の実務手順
LTMの精度検証において重要だったのは、学習に使用するデータと評価に使用するデータを厳密に分離した実験設計です。ソフトバンクは日本全国のネットワークを学習用エリアと評価用エリアに区分し、評価用エリアのデータは意図的に学習データセットから除外しました。この手法により、LTMが単に学習データを暗記しているのではなく、未知のネットワーク環境に対しても汎化的な推論ができるかを厳密に検証しています。
評価用エリアでは、現状のRAN設定とパフォーマンスデータをLTMに入力し、どのパラメータをどの値に変更すべきか、そしてその変更によるパフォーマンスの予測値を出力させました。この出力結果を、ソフトバンクの専門家が過去に行った実際の最適化結果と比較することで、客観的な精度評価を実現しています。地域ごとのネットワーク特性の違い(都市部の高密度環境と地方の広域カバレッジなど)を評価に含めることで、モデルの汎用性を多角的に検証した点が方法論として優れています。
専門家の最適化シナリオを教師データに用いたファインチューニングの効果
LTMの精度向上において鍵となった技術要素が、専門家の判断履歴を教師データとして用いたファインチューニングです。ベースモデルに通信データで追加学習を施しただけでは、最適化の方向性が定まりにくい場合があります。そこでソフトバンクの専門家が過去に実施した最適化シナリオ、すなわち「どのような状況で、どのパラメータを、どの値に変更したか」という一連の判断履歴を教師データとして用いたファインチューニングが行われました。
専門家がアノテーションを施した高度なネットワーク情報を反映することで、モデルの判断精度が着実に向上する構造が実現されています。この手法の利点は、単に正解データを模倣するだけでなく、最適化における意思決定のプロセスそのものをモデルに学習させられる点にあります。さらに2025年10月の国産化発表では、強化学習の導入によるLTMの高度化も進められていることが公表されました。AIが最適な通信環境を実現するために自律的に学習を行う環境の構築にも着手しており、教師あり学習から強化学習へと段階的に高度化が進んでいます。
既存基地局の設定再現で94%の精度を記録した実験結果と評価指標
LTMの第一のユースケースとして検証されたのが、既存基地局のパラメータ最適化です。ソフトバンクの実ネットワーク上で専門家がすでに最適化を完了した基地局の設定データを正解とし、LTMが同じ条件からどの程度正確に最適設定を導出できるかが測定されました。その結果、実際に導入可能な設定値を94%の精度で再現できることが確認されています。
この94%という数値は、LTMの出力がそのまま実運用に適用できる水準を意味しています。評価においては、セル境界の調整値やアンテナのチルト角、送信電力といった複数のパラメータが対象となっており、個別のパラメータ単位ではなくネットワーク設定の総合的な整合性として精度が計測された点も注目に値します。この結果はLTMが通信設計業務の高度な意思決定支援を担える能力を持つことを裏付けるとともに、完全自動化に向けた技術的な実現可能性を示す重要なエビデンスです。将来的にはこの精度をさらに向上させ、人間の監視なしに設定を適用できるレベルを目指す方針が示されています。
新設基地局の設計を自動生成し91%の正答率を示したゼロショット検証
LTMのさらに踏み込んだ検証として、新設基地局の設計をゼロから自動生成するテストも実施されました。このテストでは、都市開発などで新たに電波の届きにくいエリアが発生した場合を想定し、新しい基地局の設置場所や初期パラメータをLTMに自動生成させています。従来このプロセスには専門家による現地調査、電波伝搬シミュレーション、周辺局との干渉分析など複数の工程が必要であり、完了までに相当の工数がかかっていました。
LTMはこれらの工程を統合的に処理し、91%の精度でRAN設定を正しく出力できたと報告されています。この結果は、既存局の最適化だけでなく、まったく新しい基地局の設計というより高度なタスクにおいてもLTMが実用水準の能力を持つことを示しています。設計・検証にかかる工数の大幅な削減が現実的になるため、ネットワーク展開の迅速化に直結する成果です。新ビル建設による電波強度対策のように、時間的制約の厳しい案件で特に大きな効果が期待されます。
ファインチューニング未実施時に精度が大幅低下する失敗パターンの分析
LTMの検証では、ファインチューニングの有無が精度に与える影響についても分析されています。通信ドメインのデータで追加学習を施したベースモデルに対し、ユースケース固有のファインチューニングを行わなかった場合、出力される設定値の精度は大幅に低下することが確認されました。これは、通信ネットワークの最適化が汎用的な知識だけでは対応できない、きわめて専門性の高いタスクであることを裏付けるものです。
具体的には、ファインチューニング未実施のモデルではパラメータ間の整合性が崩れる傾向が見られ、個々の設定値が妥当に見えても、組み合わせとしてネットワーク全体の性能を損なうケースが発生しました。たとえば送信電力とアンテナチルト角の組み合わせが不適切になり、カバレッジは改善するが隣接セルへの干渉が増大するといった副作用が典型的なパターンです。この知見は、LTMの運用において単にモデルを導入するだけでは不十分であり、ユースケースごとの適切なファインチューニングが不可欠であることを示す重要な教訓となっています。
国産LLM「Sarashina」統合による安全性・日本語性能の両立構造
2025年10月、ソフトバンクはLTMの開発において重要な進展を発表しました。SB Intuitionsが開発を進める国産LLM「Sarashina(さらしな)」をLTMに統合し、データの学習から運用まで日本国内で完結する国産AIモデルへと進化させたのです。この国産化は安全性や日本語対応だけでなく、外部展開の可能性も広げる戦略的な判断として位置づけられています。
英語中心の汎用LLMが日本語の専門用語を誤解釈する具体的な課題
初期のLTMは英語データを中心に学習された汎用LLMをベースモデルとして採用していました。この構成には、英語圏の最先端モデルの高い推論能力を活用できるという利点がありましたが、日本語での運用において明確な課題も存在しました。日本の通信業界で使用される専門用語は、英語の技術用語をそのままカタカナ化したものと、日本固有の表現が混在しています。英語中心のLLMでは、こうした日本語特有の表現や文脈のニュアンスを正確に理解・生成することが困難でした。
たとえば、運用手順書に頻出する曖昧な指示表現や、障害報告書における微妙なニュアンスの違いを正しく解釈できないケースが発生する可能性がありました。通信ネットワークの運用においてこのような誤解釈は設定ミスに直結するリスクがあり、実業務への適用に際して看過できない問題です。日本の通信業界特有の社内文書体系や報告フォーマットに対応するためには、日本語に最適化されたベースモデルへの移行が不可避でした。
SB Intuitions開発「Sarashina」との統合で国内完結を実現した技術構成
この課題を解決するために採用されたのが、SB Intuitionsが開発を進める日本語性能の高い国産LLM「Sarashina」との統合です。SB Intuitionsはソフトバンク株式会社の100%子会社であり、日本語に最適化された大規模言語モデルの開発に特化しています。LTMのベースモデルをSarashinaに切り替えることで、日本語の複雑な文脈や専門用語を正確に理解し、高度な表現で運用業務を支援する能力が大幅に向上しました。
技術構成としては、Sarashinaをベースモデルとし、その上にソフトバンクの通信ドメインデータで追加学習を施す構造は従来と同様です。しかし、ベースモデルそのものが日本語に最適化されているため、追加学習の効率が高まり、より少ないデータ量でも精度の高い日本語出力が可能になっています。このグループ内でベースモデルからドメイン特化モデルまでを一気通貫で開発できる体制は、技術的な整合性や開発速度の面でも大きな強みといえます。
機密データを国内データセンターで学習・推論する安全性と主権性の確保
LTMの国産化がもたらすもう一つの重要なメリットが、データの安全性とデジタル主権の確保です。通信事業者が保有するネットワークデータには、基地局の位置情報や設定パラメータ、通信トラフィックの詳細など、国家の通信インフラに関わる機微な情報が含まれています。こうしたデータを海外のクラウドサービスやモデルプロバイダーに依存する形で処理することは、セキュリティ上のリスクを伴います。
国産AIモデル化したLTMでは、学習から推論まで全プロセスを国内のデータセンターで完結させる体制が構築されました。これにより、機密データが国外に流出するリスクを排除しつつ、高い安全性と信頼性を確保しています。ソフトバンクの専務執行役員兼CTOの佃英幸氏は、この国産化によって社内の知見や機微なデータを安全に活用できるようになると述べています。経済安全保障の観点からも、通信インフラのAI化においてデータ主権を国内で完結させる意義は大きく、今後の政策議論にも影響を与え得る先進的な取り組みです。
大規模イベントの通信品質予測で90%以上の精度を確認した社内実証事例
国産AIモデルに発展したLTMの実用性を示す具体的な成果として、大規模イベント開催時における通信品質予測の社内実証があります。ソフトバンクは国産化したLTMの社内利用を2025年10月に開始し、その最初の適用事例として通信品質の事前予測を実施しました。大規模イベントでは数万人規模の来場者が狭いエリアに集中するため、通信トラフィックが急増し品質劣化が起きやすい状況が発生します。
LTMを用いてイベント当日の通信品質を事前に予測したところ、実測データとの比較で90%以上の精度が確認されました。この精度があれば、イベント前に必要な基地局の増設や設定変更を先手で実施でき、来場者の通信体験を大幅に改善できます。従来は経験則に頼っていたキャパシティプランニングに、データ駆動型の予測精度がもたらされた意義は大きいといえるでしょう。今後はスポーツイベントやコンサート、年末年始の混雑エリアなど、多様なシナリオへの適用拡大が見込まれています。
ライセンス問題を解消し外部展開も可能にする国産化の3つのメリット
LTMの国産化には、日本語性能とデータ安全性に加えて、ビジネス面での重要なメリットも存在します。従来の汎用LLMベースの構成では、商用利用や外部提供において制約が生じる場面がありました。国産化がもたらす主なメリットは以下の3点です。
- 汎用LLMベースで課題となっていたライセンスの制約が解消され、商用利用や外部展開への障壁がなくなった点
- 高いセキュリティ環境下での運用が可能となり、将来的な外部通信事業者へのサービス展開を検討できる基盤が整った点
- 国産モデルであることでデータガバナンスにおける法的リスクが低減し、企業のコンプライアンス対応が容易になった点
これら3つのメリットは、LTMをソフトバンク一社の内部ツールから業界標準のソリューションへと発展させるための基盤条件です。特にライセンスの自由度は、AITRASのリファレンスキットとして海外展開を進める上でも不可欠な要素であり、国産化の判断にはこうした長期的な事業戦略が織り込まれています。今後のグローバル展開においても、知的財産権の問題を回避しながら迅速にサービスを提供できる体制は大きな競争力となるでしょう。
AITRAS連携で実現するAI-RAN時代のネットワーク自律運用の全体像
LTMの真価は単体での性能だけでなく、ソフトバンクが開発を進めるAI-RAN統合ソリューション「AITRAS(アイトラス)」との連携によって最大化されます。AITRASはAIとRAN(無線アクセスネットワーク)を同一のコンピューティング基盤上で統合運用するプロダクトであり、LTMはその知的な判断エンジンとしての役割を担うことが想定されています。
AIとRANを同一GPU上で統合処理するAITRASの基本アーキテクチャ
AITRASは2024年11月にソフトバンクが発表したAI-RANの統合ソリューションです。従来の通信インフラでは、無線信号処理を行うRAN装置とAIの推論処理を行うサーバーは物理的に分離されていました。AITRASではNVIDIA GH200 Grace Hopper Superchipを搭載したアクセラレーテッドコンピューティングプラットフォーム上でAIとRANを同居させ、動的にリソースを配分する仕組みを実現しています。
通信トラフィックが少ない時間帯にはGPUリソースをAI処理に回し、トラフィックが増加すれば即座にRAN処理にリソースを戻すという柔軟な制御が可能です。このアーキテクチャにより、通信事業者はRAN投資を継続しながらAIインフラの構築を同時に行えるため、従来の二重投資問題を解消できます。AITRASのL1ソフトウェアはNVIDIA AI Aerialプラットフォームをベースにソフトバンクが独自開発したものであり、キャリアグレードの安定性と高性能を両立させた点が技術的な差別化要因となっています。
LTMをAPIで組み込みAIエージェント化するオーケストレーター連携の仕組み
LTMとAITRASの連携において中核的な役割を果たすのが、AITRASのオーケストレーターです。オーケストレーターはAIとRANのそれぞれのアプリケーション特性を踏まえ、コンピューティングリソースを動的に配分する制御機構です。LTMはモデルサービスとしてAPI化された上でこのオーケストレーターに組み込まれ、ネットワーク計画やネットワーク構成、最適化といった専門タスクを担当するAIエージェントとして機能する設計になっています。
たとえば、ネットワーク状況の変化を検知したオーケストレーターがLTMに最適化提案を要求し、その出力に基づいてRAN設定を自動調整するという一連のフローが想定されています。NVIDIAのテレコム部門からも、LTMがAIエージェントの創出を可能にし、ネットワーク運用の簡素化と迅速化の基盤になるという評価が寄せられています。このAPI連携により、LTMは単独のツールとしてではなく、ネットワーク運用エコシステム全体の知的基盤として機能する構想です。
SFC実証で100台同時接続・0.1秒応答を達成したエッジAIの処理性能
AITRASの実用性を検証する大規模な実証実験が、慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で実施されました。この実証では通信アンテナを都市部想定の間隔で設置し、NVIDIA GH200を搭載したサーバーがAIとRANの処理を担う環境が構築されています。具体的なデモンストレーションとして、高干渉エリアでの100台の端末による動画同時再生において、パケ詰まりのない高品質通信が実現されました。
さらに、LLMを活用した四足歩行ロボットの不審者追跡では0.1秒で制御情報を出力する処理性能が確認されています。交通理解マルチモーダルAIによる自動運転デモでは、死角の歩行者を予測した一時停止判断も実演されました。これらの成果は、LTMを含むAI処理がエッジ環境で低遅延に実行できることを示しており、将来のロボティクスや自動運転といった用途にも対応可能な基盤技術であることが裏付けられています。AITRASの単一基地局ではなくエリア全体を俯瞰的に制御するアプローチが、都市部の高トラフィック環境でも安定品質を提供できた点は特筆に値します。
NokiaやRed Hatとの共同開発で進むvRAN統合と消費電力最適化
AITRASの商用化に向けては、グローバルな技術パートナーとの共同開発が活発に進められています。Nokiaとの共同開発では、NokiaのRANアーキテクチャ「AnyRAN」の柔軟性を活かし、1台のGPUサーバー上にAIとvRAN(仮想無線アクセスネットワーク)を共存させ、リソースを自動で最適配分する仕組みが構築されました。NokiaのMantaRayと連携することで、接続端末数やスループットのリアルタイムモニタリングに加え、将来のRANトラフィック需要の予測も可能になっています。
一方、Red Hatとの共同開発では消費電力の最適化に焦点が当てられており、オープンソースの電力モニタリングツール「Kepler」を活用したソリューションが開発されました。将来AITRASのデータセンターを全国各地に展開する際に不可避となる電力消費の問題に対し、早い段階から解決策を準備している点は評価に値します。こうした複数パートナーとの並行開発体制が、AITRASの商用化スケジュールを加速させる原動力となっています。
C-RANとD-RANの2構成を実装し展開柔軟性を確保した設計判断
AITRASの商用展開に向けた重要な技術的マイルストーンとして、C-RAN(Centralized-RAN)とD-RAN(Distributed RAN)の2種類のアーキテクチャの実装完了が挙げられます。C-RANはCU(Central Unit)とDU(Distributed Unit)を異なるサーバー上に展開する構成で、基地局の収容効率を高められる利点を持ちます。一方、D-RANはCUとDUを同一サーバー上で処理する構成で、ハードウェア構成を最小化できる点が特徴です。
この2構成の実装にはパートナーである富士通の協力の下、NVIDIA Grace CPU Superchipを搭載したプラットフォームが使用されました。都市部の高密度エリアではC-RANで効率的に多数の基地局を管理し、郊外や地方ではD-RANでコンパクトに展開するといった柔軟な使い分けが可能になります。ソフトバンクは2025年度から順次屋外の検証環境への導入を進め、2026年以降の商用ネットワークでのAITRAS導入を目指す方針です。この展開柔軟性は、日本国内だけでなく通信環境が多様な海外市場への展開においても大きなアドバンテージとなります。
NTTのIOWNやKDDIのWAKONXと異なるソフトバンクLTMの競争優位性
| 項目 | ソフトバンク(LTM) | NTT(IOWN) | KDDI(WAKONX) |
|---|---|---|---|
| AI戦略の軸 | 通信運用特化型の生成AI基盤モデル | 光電融合技術による次世代インフラ革新 | 業界横断型AIビジネスプラットフォーム |
| 主な対象領域 | 自社ネットワークの設計・管理・運用 | 多産業向けデータ活用基盤の提供 | 小売・物流・製造等の産業DX支援 |
| NVIDIA協業の深度 | AI-RAN領域で最も緊密な協業関係 | データセンター向けGPU基盤の活用 | GB200等の次世代チップ導入 |
| 展開の方向性 | 垂直深化型(通信運用→海外展開) | プラットフォーマー型(多産業横断) | 水平展開型(業界横断サービス) |
日本の通信大手3社はいずれもAI時代への対応を急いでいますが、そのアプローチには明確な違いが見られます。ソフトバンクのLTMは通信運用のドメインに深く特化した生成AIモデルという点で、NTTやKDDIのAI戦略とは異なるポジショニングを取っています。各社の戦略を比較することで、LTMの独自性と競争優位性がより鮮明になるでしょう。
NTTが推進するIOWN・インダストリーAIクラウドとの戦略的な違い
NTTのAI戦略は、次世代光通信基盤「IOWN(アイオン)」を軸としたインフラ革新と、「インダストリーAIクラウド」による業界横断型のデータ活用基盤の構築を二本柱としています。IOWNは光電融合技術を活用してデータセンター間を超低遅延・超高速で接続する技術であり、AI処理の基盤となる通信インフラそのものを革新するアプローチです。またインダストリーAIクラウドでは、自動車業界向けにトヨタと協業するモビリティAI基盤のように、業界ごとの専門データを集約してAIで分析する構想が進んでいます。
一方、ソフトバンクのLTMは通信事業者自身のネットワーク運用に焦点を絞った垂直統合型のアプローチです。NTTが通信インフラの物理層を革新し多産業にAI基盤を提供する「プラットフォーマー型」の戦略を取るのに対し、ソフトバンクは通信運用の知識層をAIで再定義するという明確な戦略の違いが見て取れます。両社のアプローチは対立するものではなく、レイヤーの異なる補完的な関係ともいえます。
KDDIのWAKONXが狙う業界横断型プラットフォームとの比較分析
KDDIのAI戦略の中核を成すのが、ビジネスプラットフォーム「WAKONX(ワコンクロス)」です。WAKONXは、AIインフラ、AIモデル・プラットフォームの開発、AIサービスの実装という三層構造で、さまざまな業界の企業がAIを活用できる環境を提供することを目指しています。さくらインターネットやハイレゾと協力してGPU計算資源を提供する体制も構築されています。WAKONXの特徴は業界横断型であり、小売・物流・製造といった多様な産業のDXを支援するプラットフォームとしての広がりを志向している点です。
これに対しソフトバンクのLTMは、通信業界という一つの産業に深く特化しています。広さよりも深さで勝負する戦略であり、通信事業者の実運用データを直接モデルに学習させているからこそ実現できる精度と実用性を競争力の源泉としています。WAKONXが「多くの業界にAIを届ける」水平展開型であるのに対し、LTMは「自社の本業をAIで変革する」垂直深化型という対照的なポジショニングです。どちらが優れているかではなく、AI戦略の方向性として根本的に異なるアプローチといえます。
通信運用データを直接学習させた垂直統合型モデルという独自の強み
ソフトバンクのLTMが持つ最大の差別化要因は、通信事業者としての実運用データを直接モデルの学習に活用している点にあります。NTTのインダストリーAIクラウドやKDDIのWAKONXは、外部の企業や産業にAI基盤を提供する「プラットフォーマー」としての色合いが強い一方、LTMは自社のネットワーク運用を自社開発のAIで最適化するという内製型の取り組みです。基地局の設定データ、電波伝搬の実測値、障害対応の履歴など、長年の運用で蓄積された膨大なデータは、ソフトバンク固有の資産であり他社が容易に入手できるものではありません。
このデータの独自性がモデルの推論精度を支えており、いわばデータモートとして競争優位の基盤を形成しています。さらに、このモデルを将来的にAITRASとともに他の通信事業者に展開するシナリオにおいては、ソフトバンクの運用知見がグローバルな標準となる可能性も秘めています。垂直統合型で深い専門性を確立した上で水平展開に転じるという戦略は、差別化と収益化の両面で合理的な選択です。
NVIDIAとの戦略的協業がもたらすGPU基盤とエコシステムの優位性
ソフトバンクのAI戦略全体を支える重要な要素が、NVIDIAとの戦略的パートナーシップです。両社の協業は単なるGPUの調達関係にとどまらず、LTMの推論最適化からAITRASのL1ソフトウェア開発、さらにはNVIDIA本社ビルでのAITRAS展開に至るまで、きわめて多層的です。NVIDIA GH200 Grace Hopper SuperchipやNVIDIA AI Aerialプラットフォームといった最新鋭のハードウェア・ソフトウェア基盤を早期に利用できる環境は、技術開発のスピードにおいて大きなアドバンテージとなります。
NTTやKDDIもNVIDIAとの連携を進めていますが、ソフトバンクはAI-RANという領域においてNVIDIAと最も深い協業関係を構築しています。NVIDIAの幹部が繰り返しソフトバンクのプレスリリースでコメントを寄せていることからもその関係の深さがうかがえるでしょう。このパートナーシップはGPUハードウェアの供給だけでなく、AI-RANのグローバルな標準化やエコシステム形成においても重要な意味を持つ取り組みです。
海外通信事業者への展開を視野に入れたリファレンスキット戦略の狙い
ソフトバンクはLTMとAITRASの組み合わせを、国内での自社利用にとどめず、海外の通信事業者にも展開していく方針を明示しています。2024年11月のAITRAS発表時には、通信事業者向けのリファレンスキットを2025年以降に提供・展開する計画が公表されました。このリファレンスキットには、AITRASの基本構成に加えてLTMの活用フレームワークが含まれると想定されます。
通信事業者がリファレンスキットを導入し、自社のネットワークデータでLTMをファインチューニングすることで、各国・各事業者の環境に適応したAI駆動型ネットワーク運用を実現できるシナリオが描かれています。このB2B戦略は、ソフトバンクに新たな収益源をもたらすと同時に、グローバルな通信業界におけるAI-RAN分野での標準確立にも寄与する可能性を持っています。日本発の通信AIソリューションが世界市場で存在感を示せるかどうかは、リファレンスキットの普及状況が今後の重要な指標となるでしょう。
2026年商用導入に向けたLTMの拡張ロードマップと通信業界への波及効果
LTMの開発はまだ初期段階にあり、今後のロードマップにおいてモデルの性能向上と適用範囲の拡大が計画されています。2026年以降の商用導入を見据え、ソフトバンクは技術検証からパートナーとの協業、そして通信業界全体へのインパクトまでを視野に入れた包括的な展開戦略を描いています。
ユースケース検証から本格導入まで3段階で進む社内展開スケジュール
ソフトバンクが公表しているLTMの展開ロードマップは、3段階のステップで構成されています。具体的なステップは以下の通りです。
- 代表的なユースケースを対象にした技術的実現性とビジネス価値の検証(基地局設定の最適化や通信品質予測が該当し、すでに社内実証で成果が出始めている段階)
- モデルの学習データとパラメータ数を拡大し、より多様なシナリオに対応できる汎用性の獲得を目指すフェーズ
- 社内業務への本格導入に加え、AITRASとの統合も視野に入れた商用展開
ソフトバンクは2025年度から屋外検証環境への導入を順次進めており、2026年以降の商用ネットワークでの本格展開を目指しています。この段階的なアプローチは、技術的なリスクを管理しながら確実に成果を積み上げていく堅実な戦略です。各段階でのKPI設定と評価を繰り返すことで、投資対効果を定量的に検証しながら次の段階に進む仕組みが組み込まれており、大規模なAI投資に伴うリスクを最小化する設計となっています。
保守・障害対応やマーケティング戦略策定への応用が見込まれる拡張領域
現在のLTMの主要ユースケースは基地局設定の最適化ですが、今後の拡張領域として複数の応用シナリオが検討されています。まず、通信インフラの保守・運用領域では、障害発生時の原因分析と対策立案をLTMが自動で行うことにより、復旧時間の短縮と対応品質の均一化が期待されています。ネットワーク障害は発生パターンが多岐にわたるため、過去の障害履歴と対応策の知識をLTMに蓄積すれば、経験の浅い担当者でも適切な初動対応を実行できるようになるでしょう。
さらに注目すべきは、セールス領域への展開です。LTMが顧客の通信利用パターンや市場動向を分析し、マーケティング戦略の策定を支援するユースケースも構想されています。通信ドメインの深い理解を持つAIが顧客分析まで担えるようになれば、技術部門と営業部門の知見を横断的に活用できる新しい業務モデルが誕生するでしょう。こうした拡張は、LTMの投資対効果を高め、社内でのAI活用推進の好循環を生み出す原動力となることが見込まれています。
学習データとパラメータ数の拡大で汎用性を高める次世代モデルの構想
ソフトバンクはLTMのロードマップ第2段階として、モデルの規模拡大を計画しています。具体的には、学習に使用するデータの範囲を広げ、基地局のRAN設定データだけでなく、コアネットワークの構成情報やバックホール回線の帯域データ、さらには気象情報や人口動態データなど外部要因も含めた包括的な学習基盤を構築する方向性が示唆されています。パラメータ数の拡大についても、現在のモデルサイズから大幅に増加させることで、より複雑な状況判断や長期的なネットワーク計画の策定にも対応できるモデルへと進化させる構想です。
ただし、モデルの大規模化は推論コストの増大を伴うため、NVIDIA NIMによる推論最適化技術の継続的な改良や、エッジ環境で動作可能な軽量モデルの並行開発も重要な課題となります。規模拡大と実用性のバランスをいかに取るかが、次世代LTMの設計における重要な判断ポイントであり、この点でのソフトバンクの技術選択が通信AI業界全体の方向性を左右する可能性があります。
6G時代のネットワーク自律運用に向けたAIエージェント群の将来設計
LTMの長期的なビジョンは、6G時代における完全自律型のネットワーク運用です。5G時代のネットワーク管理でも部分的な自動化は進んでいますが、6Gではネットワークの複雑性がさらに増大し、テラヘルツ帯の活用やホログラフィック通信、超大規模IoTなど、人手での管理が現実的でない規模のネットワーク運用が必要になります。ソフトバンクが描く将来像では、LTMをベースに開発された複数の専門AIエージェントが各領域で自律的に動作し、AITRASのオーケストレーターがこれらを統合管理する構造が想定されています。
ネットワーク設計、構築、最適化、保守、顧客対応などの各領域でそれぞれ専門化されたエージェントが協調して動くマルチエージェントシステムの実現に向けては、各エージェント間のコンフリクト解消メカニズムなど、技術的にまだ多くの課題が残されています。しかし、LTMとAITRASの組み合わせはその基盤として着実に進化しており、6G時代の自律運用に向けた長期的な技術蓄積が着々と進んでいます。
通信事業者がAI企業へ転換する潮流の中でLTMが果たす産業的意義
LTMの開発は、ソフトバンク単体の技術革新にとどまらず、通信業界全体が直面する構造転換を象徴する取り組みでもあります。日本の通信大手3社はいずれも「通信企業からAI企業への転換」を掲げており、加入者数の成長が頭打ちとなる中で新たな収益源としてAI関連事業への投資を拡大する動きが加速しています。ソフトバンクは通信大手の中でもAI投資に最も積極的であり、NVIDIAとの日本最大級のAI計算基盤の共同構築や、SB Intuitionsによる国産LLMの開発、法人向けAIサービスの展開など、包括的なAI戦略を推進中です。
LTMはその戦略の中で、通信事業者の本業であるネットワーク運用そのものをAIで変革するという中核的な位置づけを担っています。通信インフラの運用効率化はOPEX(運用コスト)の削減に直結するため、収益改善への貢献も見込まれます。AI-RAN分野でグローバルな標準を確立できれば、日本発の通信AIソリューションが世界市場で競争力を持つ展望も開けてくるのです。