学習塾の事業計画書で審査担当者が確かめるのは、「何人の生徒が、何コマ、いくらで通うか」という売上の式と、その式を実際に回せる講師の時間があるかどうかです。公庫の学習塾の記入例では、売上原価(仕入高)を0円としています。そのため、計画書の説得力は生徒数の根拠と固定費の重さで決まります。
この記事では、日本政策金融公庫が公開している学習塾の記入例を数字まで読み、そこから売上計画・損益分岐・講師の人件費の組み方を示します。あわせて、料金設計に効く特定商取引法と、2026年12月25日に施行されるこども性暴力防止法の扱いも整理します。
まとめ:学習塾の事業計画書で押さえる要点
公庫の学習塾の記入例は、必要資金730万円(設備520万円・運転210万円)を自己資金330万円と公庫借入400万円でまかない、創業当初は月商69万円・経費41万円・利益28万円という規模です。売上は「学年別のコマ単価×月4コマ×各学年7人」で積み上げています。
この式を自分の塾に置き換えるときは、在籍数を集められるかだけでなく、講師1人あたりの授業時間で回せるかを検算します。記入例の個別指導56人は月224コマにあたり、1対1では講師1人で教えきれません。併設コースの売上を見込まず、経費を月41万円で一定とする簡易試算では、月謝約1万円の個別指導生徒41人が損益分岐の目安となり、借入の元金と生活費まで賄うにはさらに在籍が必要です。
2か月を超え総額5万円を超える塾の契約は特定商取引法の対象になり、中途解約時に請求できる額に上限があります。講習や年間コースの前受金を資金計画に入れる前に、この上限を確認してください。
公庫の学習塾の記入例で読む必要資金と調達の内訳
日本政策金融公庫は業種別の創業計画書の記入例を9件公開しており、その1つが学習塾の記入例です。予備校で6年勤めた英語講師が、小学5年生から高校3年生の個別指導と、社会人向け英会話・幼児教室を開く設定になっています。許認可欄は「特になし」です。
| 区分 | 内訳 | 金額 |
|---|---|---|
| 設備資金 | 店舗内外装工事・看板設置 | 300万円 |
| 設備資金 | 事務機器・備品 | 100万円 |
| 設備資金 | 保証金 | 120万円 |
| 運転資金 | 広告宣伝費 | 50万円 |
| 運転資金 | 教材購入資金 | 20万円 |
| 運転資金 | 諸経費支払 | 80万円 |
| 運転資金 | 家賃等 | 60万円 |
| 調達 | 自己資金/公庫借入(元金5万円×80回) | 330万円/400万円 |
合計730万円は、公庫の2025年度新規開業実態調査で示された開業費用の平均975万円と中央値600万円の間に収まります。ただし、この調査は公庫の融資先を対象とする複数業種の集計で、学習塾だけの相場ではありません。運転資金210万円のうち家賃等60万円は、月20万円の家賃の3か月分にあたります。運転資金は家賃の月数で決めるのではなく、人件費・広告費なども含む月別の支出と入金から積み上げると、必要額の根拠を説明できます。
この記入例は1枚の様式に収まる分量で書かれています。欄ごとの埋め方は「事業計画書を1枚(A4)で書く方法|公庫の創業計画書10項目の埋め方と数字の根拠」で扱っています。様式には「この書類に代えて、お客さまご自身が作成された計画書をご提出いただいても結構です」とあり、自作の計画書でも構いません。
学習塾の売上計画:学年別コマ単価×コマ数×在籍数
記入例の「事業の見通し」欄は、売上の根拠を次の式で書いています。1コマは60分、各学年の生徒が月4コマ通う前提です。週1回で運営する場合は、年間の授業回数と休講日を決め、月4コマの売上計画と整合させます。
| 対象 | 単価 | 人数 | 月の売上 |
|---|---|---|---|
| 小5〜小6 | 2,000円/コマ×4コマ | 7人×2学年 | 11万円 |
| 中1〜中3 | 2,500円/コマ×4コマ | 7人×3学年 | 21万円 |
| 高1〜高3 | 3,000円/コマ×4コマ | 7人×3学年 | 25万円 |
| 英会話・幼児教室 | 月謝12,000円 | 10人 | 12万円 |
| 合計 | - | 66人 | 69万円 |
創業1年後の89万円は「創業当初の1.3倍(勤務時の経験から)」と書かれています。伸び率の根拠を前職の実績に置くのが記入例の書き方で、同じ書き方をするなら、前職で担当した生徒数や継続率を数字で添えます。
商圏の児童生徒数に基づく在籍数の見積もり
記入例の「競合・市場」欄は、「近隣に小学校7校、中学校5校、高校5校」「同業他社は2社あるものの、個別指導を取り入れていない」と学校数と競合の指導形態で書いています。自分の計画書では、ここを生徒数に換算すると根拠が強くなります。自治体によっては学校別の児童生徒数を公表しているので、徒歩・自転車で通える範囲の学校の対象学年の人数を足し、そのうち何人を取れれば計画の在籍数になるかを示します。
前提として、対象人口は減っています。令和7年度学校基本調査では、小学校の児童数は581万2千人で前年度より12万9千人減、中学校の生徒数は310万5千人で3万6千人減と、いずれも過去最少でした。3年後の在籍数を置くときは、商圏の年齢別人口や学校別の在籍数を確認し、対象学年の人数の増減を見積もります。
受験学年の卒塾を織り込んだ月別在籍計画
学習塾の売上は月ごとに平らではありません。記入例の個別指導56人のうち、中3と高3は計14人です。この全員が3月に卒塾すると仮定すれば、個別指導の在籍数は4分の1減ります。卒塾による減少分を補う入塾が遅れると、売上の回復も遅れます。月別に入塾・退塾・進級後の継続人数を置き、回復時期を見積もります。
保護者の支出も学年で大きく変わります。文部科学省の令和5年度子供の学習費調査(2026年1月16日訂正版)では、公立中学校の生徒1人あたり年間学習塾費は、支出がない生徒も含む平均で第1学年133,647円、第3学年341,220円で、受験学年に支出が集中します。学習塾費を支出した生徒だけの平均額は、公立中学校で約34万9千円です。記入例が中学生より高校生のコマ単価を高くしているように、学年別に単価を分け、受験学年の講習を別の売上行として見通し欄に書くと、月ごとの波を説明できます。
講師1人の授業可能時間と売上上限の検算
記入例の売上は、講師の授業時間で上限が決まります。個別指導56人×月4コマは月224コマです。1対1で教えると月224時間で、平日17〜22時の5時間を月21日教えても105時間にしかなりません。全コマを1対2で組めても月112時間となり、この105時間の枠には7時間収まりません。英会話・幼児教室の授業時間や授業前後の業務時間も別に確保する必要があります。
記入例の人件費は「専従者1人(妻)5万円」で、外部の講師を雇う前提になっていません。個別指導の単価と1人あたりの受講回数を変えず、在籍数を1.3倍にすると仮定した場合、個別指導は月約291コマになり、1対2でも約146時間で、平日夕方の枠では足りなくなります。その場合、記入例のように人件費を3万円増やすだけでは授業時間を確保できない可能性があります。自分の計画書では、指導形態(1対1か1対2か)と講師の人数を明記し、「在籍数×月コマ数÷1コマの生徒数」で必要な授業時間を出してから、講師の人件費を置きます。
個別指導はコマ割りと振替の管理で手間が増える業態です。教室数や講師が増えて表計算での管理が回らなくなった段階で、振替予約を含む予約管理システム開発を検討する塾もあります。開業時は既製の塾管理システムで足りるかを先に確かめるのが順序です。
学習塾の経費と損益分岐の在籍数
記入例の経費41万円は、人件費5万円、家賃20万円、支払利息1万円(400万円×年利÷12か月)、その他(広告宣伝費・光熱費・消耗品費等)15万円です。この記入例では売上原価を0円としています。ただし、経費にも授業数に応じた講師給与や生徒数に応じた教材費などが含まれうるため、自分の計画では固定費と変動費を分けます。
経費41万円を賄う損益分岐の生徒数
個別指導の売上57万円を56人で割ると、1人あたり月約1万円です。経費41万円をこの単価で割ると、損益分岐の在籍数は41人になります。記入例の利益欄には「所得税等の税金や借入金の返済元金はここから支払われます」「個人営業の場合、事業主分の人件費はここに含まれます」と注記があり、利益から元金5万円と生活費を払います。仮に生活費を月20万円とすると、41万円+5万円+20万円=66万円を1人あたりの単価で割った約65人が、個別指導だけで経費・元金返済・生活費を賄う計算上の目安です。ただし、税金や生活費に含めていない社会保険料などの支払いは別に見込む必要があります。
損益分岐を記入する専用欄はありませんが、「何人で黒字になるか」を計算しておくと、売上と経費の関係を説明できます。計算の式は「損益分岐点の計算方法」で、月別の収支表を作る手順は「エクセルで事業計画書を作成する具体的な手順と必要シートの全体像」で扱っています。
授業前後の業務時間を含む講師人件費
アルバイト講師を雇う場合、授業1コマ分だけを賃金の対象にする組み方は避けます。厚生労働省の労働時間の適正な把握のためのガイドラインは、使用者の指示で行う業務に必要な準備行為や業務終了後の後始末の時間を労働時間に当たると示しています。授業報告の作成や授業前の打ち合わせを指示するなら、その時間も人件費に入れ、時給に換算して最低賃金を下回らないかを確かめます。
フランチャイズ加盟時の売上歩合ロイヤリティと損益分岐
フランチャイズに加盟すると、売上に連動するロイヤリティが変動費として損益分岐を押し上げます。記入例の規模で売上の10%を本部に払うと仮定し、個別指導の平均月謝を57万円÷56人で置くと、損益分岐は41万円÷(平均月謝×0.9)=約44.76人で、切り上げて45人です。本部が示す売上モデルが実績か試算かを確認し、立地・料金・指導形態の条件を比較したうえで、自分の商圏で見込める在籍数から計画を組み直します。
学習塾の料金設計と特定商取引法の中途解約ルール
学習塾は特定商取引法の「特定継続的役務提供」の対象業種です。消費者庁の解説によると、期間が2か月を超え、入学金・受講料・教材費・関連商品などの契約金の総額が5万円を超える契約が対象になります。小学校受験対策や浪人生のみのコースは対象外です。
対象の契約では、法定書面の交付が必要で、書面を受け取った日から数えて8日以内ならクーリング・オフができます。中途解約時に請求できる額にも上限があります。
| 解約の時期 | 学習塾が請求できる上限 |
|---|---|
| 授業開始前 | 1万1,000円 |
| 授業開始後 | 提供済みの授業の対価+(2万円と1か月分の授業料のうち低い額) |
夏期講習の一括払いや年間コースの前払いを受けても、途中で解約されれば残りは返金します。記入例は「翌月分を20日までに現金回収」という月ごとの前受けで組んでいます。資金計画で前受金を当てにする場合は、解約時に返す額を差し引いた手元資金で運転資金を見積もってください。教室以外の場所で教えるコース(訪問指導など)は「家庭教師」の区分になり、上限額も変わります。
2026年12月施行のこども性暴力防止法と学習塾
「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律」(いわゆる日本版DBS)は、2026年(令和8年)12月25日に施行されます(同法施行令の附則も「法の施行の日(令和八年十二月二十五日)」と記載)。学習塾は学校のような義務の対象ではなく、国の認定を受けるかどうかを事業者が選ぶ立場です。
法第2条第5項第3号は、児童等に技芸や知識を教える「民間教育事業」の要件を、標準的な修業期間が6か月以上、対面で指導、事業者が用意する場所で指導、教える人の人数が政令で定める人数以上、の4つとしています。施行令第1条はこの人数を3人と定めています。講師1人の小さな塾は要件を満たさず、講師を3人以上抱える教室なら認定の対象になりえます。
認定を受けると、学校等と同等の措置(従事者の性犯罪歴の確認など)を実施する体制が求められ、施行令第7条で認定の手数料は31,500円(電子申請なら30,000円)です。認定の有無は保護者の塾選びの材料になりうるため、講師を雇う計画なら、申請の時期と研修・記録管理の手間を事業計画書の運営体制の欄に書いておくと、開業後の運営まで考えていることが伝わります。
学習塾の開業を見送る判断ライン
計画書を作った結果として、開業時期や物件を見直すべき場合があります。次のどれかに当たるなら、物件の契約前に計画を組み直します。
- 損益分岐の在籍数が、商圏の対象学年の生徒数に対して非現実的な割合になる
- 計画の在籍数を、指導形態と講師の人数から出した授業時間で回せない
- 運転資金が、損益分岐に届くまでの月別の資金不足の合計を下回る
- 受験学年の卒塾で4月に在籍が減っても、元金返済を続けられる手元資金がない
記入例の規模なら、損益分岐の41人を開業から何か月で集めるかを月別に置きます。そのうえで、広告費・教材費などの初期支出と、その後の月別の資金不足を合算し、運転資金210万円で賄えるかを確かめます。月別の資金不足には元金返済や事業主の生活費も含め、同じ支出を二重計上しないようにします。収まらない場合は、家賃の低い物件にするか、自己資金を増やしてから開業するほうが安全です。
資金の主な借入先は公庫の新規開業・スタートアップ支援資金です。新たに事業を始める人や開業後おおむね7年以内の人が対象で、融資限度額は7,200万円、返済期間は設備資金20年以内・運転資金10年以内(いずれも据置期間5年以内)です。
学習塾の事業計画書についてよくある質問
個別指導塾の開業資金はいくら必要ですか?
公庫の学習塾の記入例は、内外装・備品・保証金の設備資金520万円と、広告・教材・諸経費・家賃3か月分の運転資金210万円で、合計730万円です。自宅の一室で開く場合は内外装と保証金が減ります。物件規模と、損益分岐に届くまでの月数で必要額を出してください。
個別指導塾の事業計画書では何を書けばよいですか?
指導形態(1対1か1対2か)、学年別のコマ単価、月のコマ数、在籍数を書き、そこから売上と必要な授業時間の両方を出します。講師を雇うなら人数と人件費の根拠もあわせて記載します。
塾の開校に許可や届出は必要ですか?
学習塾を開くための営業許可はなく、公庫の記入例でも許認可欄は「特になし」です。個人で開業する場合は税務署へ開業届を出します。2か月超・5万円超の契約を結ぶなら特定商取引法の書面交付が必要です。
学習塾の商圏分析では何を調べますか?
通える範囲にある小中学校・高校の数と対象学年の生徒数、競合塾の数と指導形態・料金です。記入例は学校数と「競合は個別指導を取り入れていない」という差別化点を書いています。生徒数に換算できると、在籍数の根拠として使えます。
事業計画書は公庫の様式で出さないといけませんか?
公庫の創業計画書の様式には、自分で作成した計画書を代わりに提出してもよいと書かれています。様式の欄に沿っておくと、面談で確認される項目に漏れが出にくくなります。