動物病院の事業計画書は、日本政策金融公庫の創業計画書の記入欄に沿えば骨格がそろいます。ほかの業種と違うのは、獣医療法の届出と構造設備基準が内装と機器の中身を決め、エックス線装置や麻薬を扱うかどうかで手続きと人員が変わる点です。売上の根拠も、来院件数と診療単価だけでなく、同業の費用構造と突き合わせて示す必要があります。
この記事では、届出と設備基準を計画書のどの欄に反映するかを整理し、公庫の「小企業の経営指標調査」にある獣医業の数値を使って、売上予測と損益分岐点を設例で組み立てます。
まとめ:動物病院の事業計画書で押さえる要点
- 診療施設を開設したら10日以内に都道府県知事へ届け出ます(獣医療法3条)。逸走防止・感染防止・消毒の設備、手術室の耐水性の内壁と床などの構造設備基準を満たす前提で、内装費を積算します。
- エックス線装置を置くなら届出事項が増え、麻薬を施用するなら獣医師ごとに麻薬施用者免許が要ります。小動物診療施設の約8割がエックス線装置を届け出ています。
- 公庫の2025年度調査では、獣医業の平均は人件費率41.2%、売上高営業利益率1.8%、損益分岐点比率98.9%でした。この調査対象では平均の損益余力が小さいため、自院の費用構造で売上減少時の赤字幅を試算します。
- 売上は「従業者1人当たり売上高×従業者数」と「診療単価×来院件数」の2つの式で出し、数字が大きくずれないかを確かめます。
- 本記事の設例では、税金等を除いて生活費と返済まで賄うのに1日約17件の来院が必要でした。開業直後の来院不足に備える運転資金も借入額に含めます。
以下、届出と設備から順に、計画書に書く中身を説明します。
動物病院の開業で計画書に反映する届出・免許
| 対象 | 手続き | 根拠 |
|---|---|---|
| 診療施設の開設 | 開設後10日以内に都道府県知事へ届出 | 獣医療法3条 |
| 施設の構造設備 | 省令の基準に適合させる | 獣医療法4条・施行規則2条 |
| 施設の管理 | 獣医師が管理者になる | 獣医療法5条 |
| エックス線装置 | 装置・防護設備などを届出 | 施行規則1条1項6号 |
| 麻薬の施用 | 麻薬施用者免許(都道府県知事) | 麻薬及び向精神薬取締法 |
| 預かり(ホテル等) | 第一種動物取扱業(保管)の登録 | 動物愛護管理法 |
診療施設開設届と構造設備基準:内装費を決める条件
獣医療法3条は、診療施設を開設した者に、開設の日から10日以内に所在地の都道府県知事へ届け出ることを求めています。許可制ではなく事後の届出ですが、4条で構造設備は省令の基準に適合していなければならず、適合しない場合は6条で使用の制限や改修を命じられることがあります。
基準は獣医療法施行規則2条にあり、計画書の内装費に直結するのは次の項目です。
- 飼育動物の逸走を防止する設備
- 伝染性疾病の疑いがある動物を収容する設備には、ほかの動物への感染を防止する設備
- 消毒設備
- 調剤を行う施設は採光・照明・換気を十分にし、冷暗貯蔵の設備と調剤器具を備える
- 手術を行う施設は内壁と床を耐水性のもので覆うなど、清潔を保てる構造にする
テナントで開業する場合、隔離入院室の区画、手術室の床・壁の仕上げ、出入口の二重扉などは、居抜きでなければ一から工事が要ります。内装業者の見積書にこれらの項目が入っているかを確認し、必要な資金の欄に見積書の金額をそのまま書きます。開設者が獣医師でない場合は、5条により獣医師に管理させる必要があり、その獣医師の人件費が計画に入ります。
エックス線装置・麻薬・愛玩動物看護師:設備と人員に連動する手続き
エックス線装置を備える施設は、施行規則1条1項6号により、装置の製作者名・型式・台数、定格出力、防護設備と予防措置、装置を使う獣医師の氏名と経歴を届け出ます。農林水産省の統計では、2025年12月31日現在の小動物診療施設13,046か所のうち10,406か所(79.8%)がエックス線装置を届け出ています。導入しないなら、外部の画像診断にどう紹介するかを計画書に書いておくと、診療範囲の説明になります。
手術の鎮痛などで麻薬を施用する、または麻薬を記載した処方箋を出すには、獣医師ごとに都道府県知事の麻薬施用者免許が必要です。麻薬施用者が2人以上いる施設では麻薬管理者を1人置きます(麻薬及び向精神薬取締法33条1項)。開業時の獣医師が1人でも、2年目に勤務医を増やす計画なら、この区分も変わります。
看護スタッフは、2022年5月1日に全面施行された愛玩動物看護師法により国家資格になりました。犬・猫などへの診療の補助を獣医師の指示の下で業として行えるのは、農林水産大臣と環境大臣の免許を受けた愛玩動物看護師です(同法2条2項・40条)。採血や投薬などの診療の補助を看護スタッフに任せる運営を想定するなら、従業員の欄で有資格者の人数を分けて書き、資格手当を人件費に入れます。
ペットホテルやトリミングで飼い主の動物を預かる場合は、自治体の案内で第一種動物取扱業(保管)の登録が必要とされています。併設するなら、登録と動物取扱責任者の選任を計画に加えます。トリミング部門の数字の組み方はトリミングサロンの事業計画書で扱っています。
商圏需要と競合密度:官公庁統計・業界調査による推計
市場分析の欄に「ペット需要は拡大している」とだけ書いても、根拠になりません。全国の母数を押さえたうえで、候補地の数字に落とします。
| 指標 | 数値 | 出典 |
|---|---|---|
| 犬の推計飼育頭数 | 682.0万頭(世帯飼育率8.50%) | ペットフード協会 2025年 |
| 猫の推計飼育頭数 | 884.7万頭(世帯飼育率8.42%) | ペットフード協会 2025年 |
| 小動物診療施設 | 13,046か所 | 農林水産省 2025年12月31日 |
| うち獣医師1人の施設 | 8,067か所(61.8%) | 農林水産省 2025年12月31日 |
| 犬猫診療に従事する獣医師 | 16,717人 | 農林水産省 2024年12月31日 |
犬と猫を合わせた約1,567万頭を小動物診療施設数で割ると、全国平均で1施設あたり約1,200頭です。「小動物、その他」の施設には犬猫以外を診る施設も含まれるので目安にとどまりますが、候補地の商圏で同じ割り算をすると、全国平均より競合が多いか少ないかを説明できます。
商圏の飼育世帯数は「商圏内の世帯数×世帯飼育率」で推計します。商圏が15,000世帯なら、犬は約1,275世帯、猫は約1,263世帯です。犬と猫の両方を飼う世帯があるので、2つを足して飼育世帯数とは書けません。前段の1施設あたり頭数と比べる場合は、さらに1飼育世帯当たりの平均飼育頭数を掛けて頭数に直し、世帯数と混同しないようにします。全国平均の飼育率は戸建て比率や単身世帯の多さを反映しないため、住宅地か都心のマンション街かで補正した根拠も添えます。
競合は、商圏内の動物病院を地図検索と現地調査で洗い出し、診療時間、夜間・休日の対応、専門外来、駐車場の台数を一覧にします。小動物診療施設の6割強は獣医師1人の施設ですが、この統計だけでは夜間・日曜の診療状況は分かりません。候補地の各院の受付時間を調べ、未充足の需要があるかを確認します。ただし獣医師1人で夜間まで開ければ人件費と労働時間の負担が増えるため、診療時間の設定は後述の収支計画と一緒に決めます。
公庫の創業計画書の記入欄ごとの書き方(動物病院版)
日本政策金融公庫の新規開業・スタートアップ支援資金は融資限度額が7,200万円で、返済期間は設備資金20年以内・運転資金10年以内(いずれも据置期間5年以内)です。創業期の無担保・無保証人での利用について、2023年度まであった自己資金の要件は2024年度の制度拡充でなくなりました。公庫が各種書式ダウンロードページで配布している創業計画書は10の記入欄で構成されています。
| 記入欄 | 動物病院で書く中身 |
|---|---|
| 1 創業の動機 | 勤務先で見えた地域の診療ニーズ |
| 2 経営者の略歴等 | 勤務年数・担当症例・専門領域 |
| 3 取扱商品・サービス | 診療・予防・物販の売上構成 |
| 4 従業員 | 獣医師・愛玩動物看護師・受付 |
| 5 取引先・取引関係等 | 薬品卸・外注検査・紹介先病院 |
| 6 関連企業 | 経営中の企業があれば記入 |
| 7 お借入の状況 | 住宅・車などの残高 |
| 8 必要な資金と調達方法 | 内装・医療機器・運転資金 |
| 9 事業の見通し(月平均) | 売上・原価・経費・利益 |
| 10 自由記述欄 | 差別化・紹介体制・課題 |
創業の動機と経営者の略歴:勤務先での症例数と診療領域
公庫の創業計画書「2 経営者の略歴等」は、勤務先名に加えて担当業務・役職・身につけた技能等の記載を求めています。1日に担当した外来件数、執刀した手術の種類、担当した専門外来などを数字で書くと、9の欄の来院件数の根拠になります。開業後も勤務先と同じ地域で診るなら、雇用契約に競業避止の条項がないかを確認し、問題がないことを面談で説明できるようにしておきます。
取扱商品・サービス:診療・予防・物販の売上構成
公庫の創業計画書「3 取扱商品・サービス」には、主要な商品・サービスと売上シェアを書く3枠があります。一般診療、予防医療、手術・入院、物販などを自院の構成に応じてまとめ、詳しい内訳は別紙に示します。予防医療は春に集中するため、月平均だけでなく季節の波を自由記述欄で補足すると、運転資金の見積もりと矛盾しません。
必要な資金と調達方法:内装・医療機器と運転資金
8の欄の設備資金には、内装工事、エックス線装置・超音波診断装置・血液検査機器などの医療機器、電子カルテや会計システムを見積書の金額で書きます。医療機器をリースにする場合は、設備資金に入れずに月々のリース料を9の欄の経費へ計上し、二重に数えないようにします。比較の物差しとして、公庫の2025年度新規開業実態調査では、開業費用は調査対象業種全体で平均975万円、中央値600万円、資金調達額のうち自己資金は平均279万円(22.9%)でした。医療機器と専用の内装が要る動物病院は、この全業種平均より高くなりやすいため、見積書の積み上げで金額を示します。
獣医業の経営指標から組む売上計画と損益分岐点
公庫の2025年度「小企業の経営指標調査」には、獣医業48社の指標が載っています。調査対象は公庫融資先の従業者50人未満の法人企業で、人件費には役員報酬も含まれます。個人開業の計画と比較するときは、院長報酬の扱いなどの会計条件をそろえる必要があります。
| 指標 | 平均 | 黒字かつ自己資本プラス企業 |
|---|---|---|
| 売上高総利益率 | 77.9% | 77.4% |
| 人件費対売上高比率 | 41.2% | 38.9% |
| 諸経費対売上高比率 | 27.8% | 24.5% |
| 売上高営業利益率 | 1.8% | 8.2% |
| 損益分岐点比率 | 98.9% | 92.5% |
| 従業者1人当たり売上高 | 1,035万円 | 1,177万円 |
| 従業者1人当たり人件費 | 421万円 | 458万円 |
獣医業の費用構造:原価率22%と人件費率41%
売上高総利益率77.9%から逆算すると、薬品・検査試薬・外注検査・療法食などの売上原価は売上の約22%です。残りの大半を人件費と諸経費が占め、平均の営業利益率は1.8%しか残りません。この調査の損益分岐点比率は、営業経費と支払利息割引料の合計を売上総利益で割った値で、平均の98.9%は売上が1%強減ると経常利益が出なくなる水準です。法人の人件費には院長にあたる役員報酬が入るので、個人開業の計画と比べるときは院長の生活費を経費に足してから比率を出します。そのうえで黒字企業の平均92.5%を大きく下回るなら、売上か経費の見積もりが楽観的でないかを見直します。損益分岐点比率の読み方は損益分岐点比率の解説で詳しく説明しています。
売上予測:従業者数と診療単価・来院件数による照合
公庫の資料「売上高の計算方法について」は、労働集約的な業種の算式として「従業者1人当たり売上高×従業者数」を示しています。経営指標調査の従業者数は代表者と常勤役員を含む定義なので、院長を含めて4人(獣医師1人・愛玩動物看護師2人・受付1人)と数えると、1,035万円×4人で年約4,140万円、月約345万円です。
これを、勤務先での経験から組んだ「診療単価×来院件数」と突き合わせます。設例として、平均診療単価7,500円、1日18件、月25日診療と置くと、月337.5万円です。2つの式の結果が大きくずれる場合は、件数か単価のどちらかの根拠を見直します。診療単価は地域の料金水準と予防・手術の比率で変わるので、勤務先の実績を基に自分で置き直してください。
設例:生活費と返済まで賄える1日の来院件数
上の設例(月売上337.5万円)に、次の仮定を置いて損益分岐点を計算します。数値はいずれも説明のための仮定です。
- 変動費率:22.1%(経営指標の売上高総利益率77.9%から)
- 人件費:月90万円(愛玩動物看護師2人・受付1人、法定福利費込み)
- 地代家賃:月35万円
- 医療機器のリース料:月25万円
- その他経費:月35万円(水道光熱・広告・システム・保険など)
- 支払利息:月約6万円(借入3,000万円×年2.5%÷12か月)
列挙した固定支出は月191万円で、これを賄う売上は191万円÷(1-0.221)=約245万円です。ここでは減価償却費を省略しているため、会計上の損益分岐点は、取得した内装・設備の減価償却費を加えて別途計算します。また個人開業では、公庫の資料が示すとおり事業主本人の分は人件費に含めないため、院長の生活費と借入の返済元金は利益から出します。生活費を月35万円、返済元金を月約16.7万円(3,000万円を据置なし・元金均等で15年返済する仮定)とすると、必要な売上は(191万円+51.7万円)÷0.779=約312万円です。診療単価7,500円・月25日で割ると、税金等を別途考慮する前の必要来院件数は1日約17件です。実際の資金繰りでは、納税や院長本人の社会保険料、設備更新の支出も確認します。
生活費と返済まで含めた必要売上の計画売上に対する比率は、312万円÷337.5万円=約92%です。返済元金は会計上の費用ではないため公庫の損益分岐点比率と直接は比べられませんが、計画件数18件に対して必要件数は約17件で、余裕は1日1件分ほどしかありません。計画書では、この必要件数と計画件数を並べて示し、診療単価や件数が下振れしたときの対応(診療時間の調整、予防医療の案内強化など)を自由記述欄に書きます。損益分岐点の式の使い分けは損益分岐点の計算方法にまとめています。
開業直後の来院不足と運転資金
公庫の2025年度新規開業実態調査では、予想月商を100%以上達成した開業者は58.7%でした。設例で、開業後6か月の来院数が計画の平均7割にとどまると、月の売上は約236万円です。固定費・生活費・返済元金を差し引くと毎月約59万円が不足し、6か月で約350万円になります。この不足額は、事業の支払資金、院長の生活費、返済元金に分けて管理します。8の欄の運転資金には事業の支払不足や初回仕入れ・開業広告費を重複なく積み上げ、生活費と返済資金は別途確保します。月ごとの入出金の管理は資金繰りの解説を参考にしてください。
融資面談の前に点検する動物病院の計画書の欠陥
次のどれかに当てはまる計画書は、面談で根拠を問われます。提出前に直しておきます。
- 獣医師1人で1日40件を計画しているのに、診療時間・症例構成・補助スタッフの配置から対応可能件数を説明していない
- 医療機器をリースにしたのに、設備資金にも機器代を入れて二重に数えている
- 夜間・休日診療を差別化に掲げているが、獣医師の増員や人件費が計画にない
- エックス線装置や手術室を前提にした診療メニューなのに、内装費に防護設備や耐水性の床・壁が入っていない
- 院長の生活費を足しても人件費率が獣医業の平均(41.2%)より大幅に低く、看護スタッフの人数や給与の根拠がない
- 予防医療の季節変動を無視し、毎月同じ売上で資金繰りを組んでいる
公庫調査の獣医業48社では営業利益率の平均は1.8%でした。返済可能性は、この平均値だけでなく、自院の利益・減価償却費・納税額・返済予定額を基に確認します。人件費率と損益分岐点比率を経営指標と並べて示すと、計画が同業の実態を踏まえていることが伝わります。数値計画をExcelで組む手順はエクセルで事業計画書を作成する手順で解説しています。
よくある質問
動物病院の開業資金はいくら必要ですか?
物件、内装、医療機器の構成で大きく変わり、動物病院だけを対象にした公的な相場はありません。公庫の2025年度新規開業実態調査では、全業種の開業費用は平均975万円、中央値600万円です。動物病院は手術室や隔離入院室の内装、エックス線装置などの機器が加わるため、見積書を積み上げ、開業直後の来院不足に備える運転資金を足して算出してください。
動物病院の開業に自己資金はいくら必要ですか?
日本政策金融公庫の新規開業・スタートアップ支援資金では、創業期の無担保・無保証人での利用について、2024年度から自己資金の要件がなくなりました。ただし融資の可否は事業計画の内容で判断されます。2025年度新規開業実態調査では、自己資金は平均279万円で資金調達額の22.9%でした。
動物病院の損益分岐点はどう計算しますか?
固定費÷(1-変動費率)で損益分岐点売上高を出します。獣医業の変動費率は、公庫の経営指標の売上高総利益率77.9%から約22%を目安にできます。個人開業では院長の生活費と借入の返済元金を利益から出すため、会計上の損益分岐点とは別に、それらも賄う必要売上を計算します。月間の必要売上を「平均診療単価×月間診療日数」で割れば、1日の必要来院件数を計画件数と比べられます。
動物病院を開業するときの届出は何ですか?
開設後10日以内に都道府県知事へ診療施設の開設届を出します(獣医療法3条)。エックス線装置を備えるなら装置と防護設備の届出事項が加わり、麻薬を施用するなら獣医師ごとに麻薬施用者免許が必要です。ペットホテルやトリミングで動物を預かるなら、第一種動物取扱業(保管)の登録も受けます。このほか、個人事業の開業届や従業員を雇う際の労働保険・社会保険の手続きがあります。
獣医師1人でも動物病院を開業できますか?
できます。農林水産省の統計では、2025年12月31日現在の小動物診療施設13,046か所のうち8,067か所(61.8%)が獣医師1人の施設です。ただし1人で診られる件数には上限があるため、計画書では1日の来院件数と診療時間が無理のない範囲かを示し、手術や夜間の対応をどこまで行うかを明記してください。