鉄道座席予約システムMARS-1の誕生背景と当時の鉄道業務における課題
目次
鉄道座席予約システムMARS-1の誕生背景と当時の鉄道業務における課題
MARS-1がなぜ生まれたのかを理解するには、1950年代後半の国鉄が抱えていた指定席発券業務の深刻な状況を押さえる必要があります。本章では運用開始前夜の現場の実情から、開発主体となった鉄道技術研究所と日立製作所の連携、命名の由来、そして1960年2月の運用開始時に対象とされた列車範囲までを順を追って整理します。MARS-1は単なる機械化ではなく、急増する旅客需要への構造的な対応として位置づけられた歴史的プロジェクトです。
1950年代の国鉄における手作業による座席予約業務の運用上の限界
MARS-1導入以前の国鉄では、予約列車の始発駅が属する指定席管理センターにおいて、列車ごとに日別の指定席台帳を作成し、人手によって座席を管理していました。窓口で申込みを受けた駅員は、電話でセンターへ問い合わせ、センター職員が台帳から空席を探し、口頭で座席番号を回答し、駅側が指定券へ転記する流れになっていたのです。
この方式の処理速度は最短でも2分程度とされ、電話の順番待ちや台帳の使用待ちが重なると、1件あたり数十分かかる場面も少なくなかったと記録されています。指定席を必要とする旅客が窓口に並んでいても、発券処理が間に合わず、空席を残したまま列車が出発してしまう事態すら発生していました。
さらに、聞き間違いによる予約ミス、台帳への書き間違い、口頭回答の言い間違い、転記ミスなど、人手介在に伴うヒューマンエラーの温床にもなっていました。1956年ごろから国鉄の営業局・電気局・鉄道技術研究所で基本構想が練られ始めたのは、こうした構造的な限界が露呈していたためです。
マルス開発の発端となった国鉄技術研究所と日立製作所の共同研究
マルスの開発は、1957年に当時の鉄道技術研究所に在籍していた穂坂衛、大野豊らによる研究着手から本格化しました。両氏は、日本に最初に輸入されたコンピュータであるBendix G-15のアーキテクチャや、アメリカン航空が当時研究中であった航空座席予約システムSABREなどを参照しながら、列車向け予約システムの機械化を構想したと伝えられています。
翌1958年には日立製作所への正式発注が行われ、戸塚工場で谷恭彦らを中心とする開発チームが製作を担当することになりました。鉄道技術研究所が論理設計を、日立製作所が回路設計と製作を担うという役割分担は、当時としては先進的な研究機関と民間企業の連携の構図でもありました。
背景には、小田達太郎によるサイバネティックスの考え方の導入など、国鉄内部における業務改革の機運も指摘されています。1959年7月には試作機が完成し、同年中に東京駅構内へ中央装置が搬入されました。研究開始から運用開始まで実質3年弱という短期間で世界初の鉄道座席予約システムを立ち上げた点は、現代から振り返っても特筆すべき開発スピードと言えます。
MARS-1という名称の由来と磁気電子方式に込められた設計思想の意味
MARS-1という名称は、Magnetic-electronic Automatic Reservation Systemの頭文字に「1」を付したものとされています。「Magnetic」が含まれているのは、座席情報の記憶装置として磁気ドラムを採用し、さらに磁気ドラム表面を遅延線として活用する再生循環レジスタという独特の方式を用いたことに由来します。
名称の正式表記は時期によって揺れがあり、当初は「Magnetic electronic Automatic seat Reservation System」(磁気的電気的自動座席予約装置)の略とされていましたが、後年には「Multi Access seat Reservation System」(旅客販売総合システム)の略とされた時期もありました。現在では再び磁気電子方式を強調する解釈に戻っています。
また、アルファベット表記の「MARS」はローマ神話の軍神マールスとも掛け合わされており、片仮名で「マルス」と表記されるのが一般的です。命名一つを取っても、技術的特徴と象徴性の両面に配慮された設計思想が読み取れます。
1960年運用開始当時の対象列車「こだま」「つばめ」など特急列車の範囲
MARS-1は1960年2月1日に運用を開始し、国内初のオンラインシステムとして稼働を始めました。当初の対象は東京-大阪間の特急列車で、まず下り「第1こだま」「第2こだま」が組み込まれ、同年6月には下り「第1つばめ」「第2つばめ」が追加されました。最終的に4列車・3,600座席・最大15日分という運用範囲でスタートしています。
端末は東京都内に10台、名古屋駅と大阪駅に各1台、合計12台が設置されました。翌1961年にはサービス範囲が拡大され、対応駅と対象列車が段階的に増えていきます。中央装置は東京駅丸の内側の乗車券センター内に設置され、ここから各駅の窓口端末へ専用回線で接続されていました。
ただし、MARS-1自体には乗車券原紙へ直接印刷する機能はなく、中央側のプリンタで発券内容を印字したものを窓口係員が指定券に書き写すという半自動的な運用が採られていた点には注意が必要です。完全な自動発券は、後継のマルス101以降で実現していくことになります。
MARS-1登場が解決した1日数十万件規模の予約処理需要への対応
MARS-1運用開始時点の処理規模は、3,600座席・15日分の予約管理にとどまっていましたが、これは当時の手作業運用における処理能力の限界を超えるための最小単位として設計された数値でした。発券から旅客への切符引渡しまで30秒で完結することを設計目標とし、繁忙期でも窓口の待ち列が3人程度に抑えられる水準が目指されていました。
運用開始後の信頼性指標も注目すべき水準を残しています。初期10ヶ月間の稼働率は99.86%、その後は99.95%以上を維持したと記録されており、当時の電子機器としては極めて高い安定性を示しました。これは二重系並列運転や複数段のチェック機構を採り入れた設計思想の成果でもあります。
MARS-1の登場により、聞き間違いや転記ミスといった人手由来の発券ミスが大幅に減少し、待ち時間と発券精度の両面で旅客サービスが改善されました。後年の100万枚規模の発券能力への発展は、MARS-1で確立された基本設計の上に積み重ねられたものです。
MARS-1の基本構造とハードウェア構成における技術的特徴の詳細
本章では、MARS-1のハードウェアがどのように構成されていたかを、記憶装置・論理回路・端末装置・通信回線・空席検索方式の五つの観点から見ていきます。1959年に試作機が完成した当時、商用コンピュータがようやく国内に普及し始めた段階であり、MARS-1はその黎明期に専用設計で組み上げられた極めて意欲的なシステムでした。各構成要素には、限られた素子と回線条件の中で実用性能を成立させるための工夫が随所に盛り込まれています。
中央装置に採用された40万ビット磁気ドラム記憶装置の容量と特徴
MARS-1の座席用ファイルには、40万ビットの磁気ドラム記憶装置が採用されました。磁気ドラムは径300mm、長さ300mm、回転数3,000rpm、全トラック数200という仕様で、このうち10トラック分が再生循環レジスタとして利用されていました。残りのトラックが4列車・3,600座席・15日分の予約データを保持する役割を担っていたことになります。
特筆すべきは、1列車の各座席が空いているかどうかを示す900ビットのレジスタを2個用意し、座席パターンの高速な検索と更新を可能にしていた点です。端末との通信、予約通知書の印刷、CRT表示などの用途にも大きな容量のレジスタが割り当てられ、それらをすべて磁気ドラム表面の遅延線として実現することで、フリップフロップの個数を大幅に削減することに成功しました。
限られたフリップフロップで広範な記憶機能を構成するという発想は、当時の素子コストと信頼性の制約を踏まえた合理的な選択でした。再生循環レジスタの巧みな採用こそが、MARS-1のハードウェア設計を特徴づける核心的アイデアと言えます。
専用端末装置の設計思想と窓口係員向け操作インターフェースの工夫
MARS-1の窓口端末は、汎用機を流用するのではなく、座席予約業務に特化した専用装置として設計されました。1960年運用開始時には東京地区10ヶ所と名古屋・大阪に1台ずつ、合計12台が設置され、係員が列車・日付・座席条件を入力できる操作部と、中央装置からの応答を受け取る出力部から構成されていました。
東京駅など中央コンピュータに近い窓口では、ブラウン管による座席予約状況の表示が行われたことが知られています。これは日本において、ブラウン管をコンピュータ出力装置として実用化した極めて初期の事例とされ、後のCRT端末発展の先駆となりました。一方、遠隔の窓口ではランプ表示が主体となり、回線条件に応じた段階的な情報表示が採用されています。
係員操作の負荷を抑えるため、入力手順は限定された操作ステップで完結するよう設計されていました。後継機のマルス101以降では、駅名のハンコをホルダにセットすると側面のミゾパターンによって自動入力されるなどの工夫が引き継がれていきますが、こうしたヒューマンマシンインタフェース重視の姿勢の原点はMARS-1の設計に既に内在していました。
真空管とトランジスタ混在構成による当時としての先進的な回路設計
MARS-1の論理回路は、ダイオードによるAND-ORゲートと、クロックに同期するセット・リセット形の静的フリップフロップを主体としていました。中央装置1台あたりには、トランジスタ1,000個、ダイオード4,500個が搭載されていたと記録されています。一方で、当時はまだ大電力用のトランジスタが存在しなかったため、真空管70本も併用するハイブリッド構成が採られました。
主要素子の構成は次の表のとおりです。
| 構成要素 | 数量・仕様 | 役割 |
|---|---|---|
| トランジスタ | 約1,000個 | 低電力部の論理動作 |
| ダイオード | 約4,500個 | AND-ORゲート構成 |
| 真空管 | 約70本 | 大電力部の駆動 |
| 磁気ドラム | 径300mm・3,000rpm・200トラック | 記憶および循環レジスタ |
トランジスタ化の途上にあった時代に、信頼性と性能を両立させるために必要な箇所にだけ真空管を残すという判断は、現実的なエンジニアリングセンスを反映したものです。完全トランジスタ化はその後の後継機で達成され、MARS-1は過渡期の設計判断を示す貴重な事例として位置づけられます。
東京の中央装置と全国主要駅を結ぶ専用通信回線の構築方式と特徴
MARS-1は、東京駅構内の中央装置と各窓口端末を専用の通信回線で結ぶ集中型の構成を採っていました。運用開始時点では東京都内の10窓口に加え、名古屋駅と大阪駅にも端末が設置され、長距離回線を介した照会と応答が現実の業務で運用されていました。当時の通信インフラを前提とすれば、これは極めて挑戦的な構成だったといえます。
通信品質を確保するため、誤り検出にはパリティチェックが採用されました。さらに中央装置側では、独立した二系統を並列に動作させて結果を照合する二重系運転、ファイル更新時にはレコード単位のサムチェックといった重層的なチェック機構が組み込まれています。これらの組み合わせが、運用後の高い稼働率を支える基盤となりました。
遠隔地の窓口で発生したデータ送受信エラーをどう検知し、どこまで自動でリトライするかという判断は、現代のオンラインシステムでも変わらない重要テーマです。MARS-1は、こうしたリアルタイムオンライントランザクションの基本要件を1960年の時点で実装した、世界的にも先駆的な事例でした。
磁気ドラム上の座席情報管理方式と空席検索アルゴリズムの基本原理
MARS-1の空席検索は、磁気ドラム上に確保された座席パターン情報を、900ビットの循環レジスタへ逐次取り込み、空席ビットを高速に判定するという方式で実現されていました。1列車分の座席が1個のレジスタにビット単位でマップされ、別途用意された比較用レジスタと組み合わせることで、条件に合致する座席の検索と更新を並行して処理できるよう工夫されていたのです。
磁気ドラムは回転式の記憶装置であるため、データへのアクセスには回転待ちが発生します。この物理的制約を逆手に取り、ドラムの回転に同期させてレジスタ内のビットを循環させることで、フリップフロップを使うよりも少ない部品点数で大容量の作業領域を実現したのが、再生循環レジスタの真価でした。
こうした設計思想は、ハードウェア資源が極端に限られていた時代における工学的な最適解として高く評価されています。後年、半導体記憶装置の普及によって循環レジスタ方式は姿を消していきますが、MARS-1におけるアルゴリズムとハードウェアの一体設計は、コンピュータ史の教材としても繰り返し参照される存在になりました。
MARS-1の予約処理フローと運用現場における具体的な動作仕組み
本章ではMARS-1がどのような流れで一件の予約を処理していたのかを、窓口係員の操作から空席判定、確定処理、取消・解放、そして稼働時間運用までの五段階に分けて見ていきます。MARS-1は単なる電子化ではなく、当時の手作業運用に存在したヒューマンエラーを構造的に排除するワークフロー設計が組み込まれていました。各処理工程を理解することで、リアルタイムオンラインシステムの基本概念が具体的なイメージとして掴めるはずです。
窓口係員による端末操作から中央装置への問い合わせまでの一連の流れ
MARS-1における予約処理は、窓口係員による端末操作からスタートします。係員は旅客の希望する列車・日付・人数などの条件を専用端末で入力し、その情報が専用通信回線を経由して東京駅構内に置かれた中央装置へ送信されます。中央装置側では、受信した条件に基づき磁気ドラム上の座席ファイルから該当列車のデータを読み出し、循環レジスタへ展開して空席判定を行う仕組みでした。
処理の典型的なステップを順序立てて整理すると、次のとおりです。
- 窓口係員が端末に列車・日付・人数などの条件を入力
- 専用回線を介して条件データが中央装置へ送信
- 中央装置が該当列車の座席パターンを循環レジスタへ展開
- 空席ビットを判定し候補座席を抽出
- 結果を回線経由で端末へ返送し係員へ表示
- 係員が旅客に座席を提示し確定操作を実施
各ステップの間にはパリティチェックや二重系並列運転による照合が挟まれており、エラー発生時には自動的にリトライまたはアラートが上がる構成になっていました。一連の流れの中で、係員が手で台帳をめくり座席を探していた従来運用と比べると、判定の客観性と再現性が飛躍的に向上した点が大きな違いです。
空席照会と予約確定の二段階処理によるダブルブッキング防止の仕組み
MARS-1の予約処理は、空席照会と予約確定を明確に分離した二段階構造を採用していた点が重要な設計上の特徴です。第一段階の空席照会では、磁気ドラム上の座席パターンを参照して該当条件に合致する座席候補を抽出するのみで、この時点ではデータベース側に変更は加えられません。続く第二段階の予約確定操作で初めて、該当座席のビットが「予約済み」に書き換えられます。
この二段階分離は、複数の窓口から同時に同じ列車を照会した場合に、ダブルブッキングを防ぐための基本構造として機能していました。先に確定操作を完了した窓口の更新結果が、後続の照会には自動的に反映されるため、空席が二重に売られる事態を構造的に回避できる設計になっていたのです。
ファイル更新時にはレコード単位のサムチェックも併用され、書き込みの完全性が複数の経路で確認されました。電子化の本質的価値は単に「速くなること」ではなく、こうした排他制御と整合性確保の仕組みを安価かつ確実に実装できる点にあります。MARS-1はこの設計原理を、ハードウェアと運用ルールの組合せで実現した先駆例でした。
1件あたり数秒で完結する応答時間と従来手作業との処理速度比較
MARS-1の処理速度を評価するうえで、従来の手作業運用との対比が分かりやすい指標になります。手作業時代は、駅員からの電話を受けたセンター職員が回転テーブルから台帳を取り出し、空席を確認して回答するまでに最短でも2分程度を要しました。電話の順番待ちや台帳使用待ちが重なると、1件で数十分かかることも珍しくありませんでした。
これに対しMARS-1の設計目標は、旅客が発券を要求してから実際に切符が手渡されるまでを30秒で完結させるというものでした。これにより、繁忙期でも窓口の待ち列が3人ほどに抑えられると考えられていたと記録されています。中央装置と端末との通信時間を含めても、照会から応答までは数秒オーダーで処理できる構成となっており、人手による台帳検索とは桁違いのスループットを実現しました。
処理時間の短縮は、単に旅客の待ち時間を減らすだけでなく、聞き間違いや書き間違いといったヒューマンエラーの発生機会自体を減らす効果ももたらしました。短時間で確実な処理が回るようになったことで、窓口係員は接客や例外処理により多くの時間を割けるようになり、業務全体の質が底上げされたのです。
取消処理と座席解放のリアルタイム反映による在庫管理の実現方法
予約システムにおいて、新規予約と同等に重要なのが取消処理と座席解放です。MARS-1では、取消操作が中央装置に到達した時点で該当座席のビットが「空席」に書き戻され、その瞬間から他の窓口の空席照会に反映されるリアルタイム在庫管理が実現されていました。これは、台帳を物理的に書き換えてセンター内に戻す手作業時代には不可能だった水準のスピードでした。
磁気ドラム上のレコードを更新する際には、書き換え前のチェックサムと書き換え後のチェックサムの双方を検証する仕組みが用意されており、取消による在庫戻しが整合性を損なわないよう配慮されています。複数窓口から同時に取消・新規予約が飛んできた場合でも、二重系の中央装置による照合チェックを介して矛盾なく処理を進められる構造でした。
取消が即時に他窓口へ波及するという性質は、繁忙期における座席稼働率の向上にも直結しました。直前のキャンセル分を遠隔地の窓口でもただちに販売可能となるため、空席を残したまま列車が出発してしまう手作業時代の損失を構造的に減らすことができたのです。在庫情報の一元管理と即時反映こそが、後のMARSシリーズに引き継がれた最も重要な設計遺産といえるでしょう。
運用時間帯と保守時間の区分による24時間稼働への移行段階の実情
MARS-1の運用時間は、当初から24時間連続稼働を前提としていたわけではなく、日中の業務時間帯にサービスを提供し、深夜帯に保守時間を確保する運用スタイルから始まりました。保守時間帯には磁気ドラムやレジスタの点検、ファイルの整合性確認、当日のログ集計といった作業が行われ、翌日の安定稼働を支える役割を果たしていました。
もっとも、初期の10ヶ月間で稼働率99.86%、その後は99.95%以上という極めて高い水準が報告されており、これは設計段階から二重系並列運転や複数段のチェック機構を組み込んでいた効果が現実の運用で確認された結果です。保守時間の存在は、稼働率を意図的に確保するための運用上の選択でもありました。
後のマルスシリーズでは、保守作業中も部分的にサービスを継続できる構成や、待機系への切替えによる無停止保守が段階的に取り入れられていきます。MARS-1の運用ノウハウは、24時間稼働を当たり前とする現代の大規模オンラインシステムへ至る、長い系譜の出発点に位置づけられます。
MARS-1と海外オンライン予約システムSABREとの技術的比較観点
MARS-1を語る際にしばしば引き合いに出されるのが、米国アメリカン航空が開発したSABREです。両者は同時期に座席予約の電子化に挑戦した代表事例ですが、対象業界、処理規模、ハードウェア選定、端末方式、世界的な位置づけのいずれをとっても興味深い対比が成立します。本章では、両システムの違いと共通点を整理し、MARS-1の歴史的意義を国際的文脈の中で再評価していきます。
米国アメリカン航空SABREとの開発時期と運用開始年の比較整理
SABRE(Semi-Automated Business Research Environment)は、アメリカン航空とIBMの共同で開発が進められた航空座席予約システムで、1953年にIBM営業担当とアメリカン航空社長との偶然の出会いから構想が生まれ、1957年に正式な開発契約が締結されました。1960年にニューヨーク州ブライアークリフ・メナーへIBM 7090を2台用いた最初のシステムが設置され、1964年に全予約機能がSABRE上で行えるようになったとされています。
MARS-1の開発が1957年の研究着手、1958年の日立への発注、1960年2月の運用開始というスケジュールであったことと並べると、両者はほぼ同時期に座席予約の電子化に挑戦していたことが分かります。歴史的経緯として注目に値するのは、MARS-1の開発陣がSABREの研究状況を参考にしていたという点です。穂坂衛らはBendix G-15のアーキテクチャと並んで、アメリカン航空が当時研究中のSABREを参照しつつ、世界初の鉄道座席予約システムの機械化を構想したと伝えられています。
運用開始の時期だけを切り取ると、両者にどちらが先かという議論は立場や定義によって揺れがありますが、リアルタイムオンライントランザクションによる鉄道座席予約システムとしての世界初という位置づけは、現在まで広く認められています。
処理対象規模と座席容量における鉄道と航空業界の前提条件の違い
MARS-1とSABREの設計を比較するうえで、まず押さえるべきは対象業界の前提条件の違いです。MARS-1当初の管理対象は4列車・3,600座席・15日分でしたが、列車1本あたりの座席数は航空機より多く、停車駅も多いため、同一座席が区間ごとに販売される複雑さがあります。航空機のような出発地・目的地の二点間管理に比べ、鉄道は経路上の任意区間の在庫を管理する必要があります。
区間ごとの座席管理という鉄道特有の難しさは、循環レジスタ上に列車ごとの座席ビットマップを保持し、区間条件と組み合わせて空席を判定する設計に反映されています。情報処理学会のコンピュータ博物館によれば、当時米国の航空会社で離着陸区間ごとの人数をオンラインで予約管理している例はあったものの、航空機に比べて乗降車駅の多い列車で、座席位置まで含めた予約管理を実現したのは世界でも初めてであったとされています。
処理規模の絶対値だけを見ればMARS-1は控えめですが、業務ロジックの複雑さは航空向けシステムとは異なる方向で深いものでした。鉄道座席予約の難所をどこに置くかという設計判断は、後のマルスシリーズの拡張方針にも長く影響を及ぼし続けることになります。
使用ハードウェアと記憶装置の選定における日米の設計思想の差異
SABREはIBMの汎用大型計算機をベースに構築されたのに対し、MARS-1は専用設計のハードウェアを採用した点が大きな違いです。記憶装置にも対照的な選定が見られ、MARS-1は40万ビットの磁気ドラムと再生循環レジスタという独特の構成で、限られた素子で実用性能を引き出す方向に振り切っていました。これは当時の日本における素子コストと供給状況を反映した合理的な判断でもあります。
論理回路についても、MARS-1はダイオードAND-ORゲートと静的フリップフロップを主体とし、約1,000個のトランジスタ、約4,500個のダイオード、約70本の真空管というハイブリッド構成を採っていました。汎用機をカスタマイズする方向ではなく、業務専用機として最小限の素子で目的を達成する設計思想が、米国流のアプローチとの対比を鮮明にしています。
この違いは、それぞれの国の半導体産業と計算機産業の発達段階を映し出す鏡でもありました。汎用機の上にアプリケーションを乗せるか、業務専用機としてハードウェアから作り込むかという二つの設計哲学の対比は、その後のIT産業の進化を考える上でも示唆に富む論点です。
専用端末方式と汎用端末方式の採用判断に見る運用環境への適応の差
端末側の方式選定にも、MARS-1とSABREの設計思想の差が表れています。MARS-1は窓口業務に特化した専用端末を採用し、列車・日付・人数などの限定された入力項目に最適化されたインターフェースを備えていました。後継機種では駅名のハンコを差し込む方式や、ページ状の入力器(通称「パタパタ」)が登場するなど、業務専用ならではの工夫が次々と導入されていきます。
専用端末方式の利点は、係員の習熟負担を減らし、誤入力を抑える設計を徹底できる点にあります。鉄道駅という不特定多数の旅客と接する現場では、操作の確実性とスピードが何より重要であり、汎用端末よりも業務専用端末が現実的な選択肢となりました。一方、SABREは航空会社内部のオペレータ操作が中心であったため、より汎用的な端末構成が許容される環境でした。
運用環境の違いに応じて端末方式の最適解が変わるという点は、現代のIT業界でも繰り返し議論されるテーマです。MARS-1の専用端末方式は、その後数十年にわたって日本の鉄道窓口の風景を形作り、みどりの窓口という独特の文化的存在感を育てる土台にもなりました。
世界初の商用オンライン座席予約システムとしての位置づけの再評価
MARS-1は、世界初のリアルタイムオンライントランザクションによる鉄道座席予約システムとして位置づけられています。この評価は2025年5月のIEEE Milestone選定によって国際的にも正式に確認され、IEEE東京支部によると、日本国内では東海道新幹線や自動改札機に続く鉄道関連の認定となりました。
世界初という肩書きの中身を整理すると、座席位置までを含めた鉄道座席の予約管理をリアルタイムで実現した点に独自性があると指摘されています。航空機の予約と異なり、列車では乗降駅が多く、区間ごとの座席在庫を整合的に管理する必要があり、その困難をハードウェアとソフトウェアの両面から解決した功績は国内外で再評価が進んでいます。
2008年には電気学会の「第1回でんきの礎」モノ部門に選定され、2009年には情報処理学会により情報処理技術遺産として認定されました。複数の権威ある制度から繰り返し評価されているという事実は、MARS-1がコンピュータ史上に占める位置の確かさを裏付ける証左といえるでしょう。
MARS-1からMARS-501に至る後継機種の進化過程と性能向上の要点
MARS-1は完成形ではなく、その後60年以上続く長大なマルスシリーズの出発点でした。本章では、MARS-1の次に登場したマルス101から、現代の運用基盤に直結するマルス501・505に至るまでの進化過程を、対応座席数・対応列車範囲・端末方式・運用拠点の変化という観点で整理していきます。各世代がそれぞれ何を解決し、何を次世代に残したのかを押さえることで、現代のJR座席予約システムの厚みが見えてきます。
マルス101における処理能力拡張と対応列車範囲の段階的な拡大
マルス101は、MARS-1で実証された予約システムの基本概念を、全座席予約・全国展開・乗車券の直接印刷へと拡張する目的で開発されました。日立側の形式はHITAC 3030で、本機はマルス101用に設計された機種ですが、後に航空座席予約や銀行オンラインシステムなどにも応用される汎用性を備えていたのが特徴です。中央装置は1963年夏に出荷され、1964年2月23日から稼働を開始しました。
マルス101では、通信時のデータロスト対策、データ構造の最適化による記憶容量の削減、準備完了ランプ、データエラー発生時の再考ランプなど、ユーザインタフェースの改良が多数盛り込まれました。本体は秋葉原駅脇のビルに設置され、近隣の電気街で部品供給がしやすいという地理的利便性も考慮されています。
もっとも、マルス101は1列4席の在来線特急を前提に設計されていたため、1964年10月に開業した東海道新幹線の1列5席の座席配置には対応できませんでした。新幹線対応は次のマルス102を待つことになり、世代ごとに対応領域が段階的に広がっていく構図が早くも顕在化していたのです。
マルス102以降の本格的全国展開と主要駅への端末設置数の推移
マルス102は、マルス101をベースに1列5席対応化を施したシステムで、1965年10月にみどりの窓口の運用開始と共に利用が始まりました。みどりの窓口という名称自体が、マルス102以降のシステムを前提とした旅客向けサービスとして広く定着していった点も、この世代の重要な意義の一つです。
東海道新幹線の発券は、台帳管理のままでは1件あたり30分から1時間を要して問題視されていましたが、マルス102の導入によって新幹線の発券も電算化されることになりました。在来線特急と新幹線という、当時の国鉄を代表する優等列車を同一システムで扱える基盤が整ったわけです。
続くマルス103は、1968年10月の白紙ダイヤ改正をターゲットに、20万座席予約や団体業務専用システムとの連携、より高信頼性なシステムを目指して1966年から開発が進められました。汎用機HITAC 8400をベースに完全二重化構成などのカスタムを加える方式が採られ、フロントエンドにマルス101・102とのデータ振り分け装置を配置して既存システムとの並行運用が行われた点が、この世代の特徴的な運用設計です。
マルス105における対応座席数の飛躍的な増加と運用基盤の強化
マルス105は山陽新幹線開業に合わせ、140万座席の予約と10年稼働を目指して企画されたシステムです。ハードウェアはHITAC-8700を協調稼働させ、さらにもう1台の予備系を配置するという冗長構成が採用されました。マルス102・103・104の置き換えを行う統合システムとして、1971年9月から3回に分けて段階的な移行が進められています。
機器は国分寺市に新設されたコンピュータセンターに配置され、それまで秋葉原に置かれていた中央装置の運用拠点が大きく変わりました。マルス105の端末として開発されたN型端末機は、活字棒に代わるページ面式入力器を採用し、操作性と拡張性を飛躍的に向上させました。このページ面はめくる音から「パタパタ」の通称で親しまれることになります。
機能面でも、2か月前からの発券、前日までの発券、割引扱いの拡充、券面表示項目の増大など、多くの改善が盛り込まれました。さらに鉄道電話回線を利用するK型端末機(通称「簡易マルス」)も導入され、指定券発行数の少ない駅や季節波動の大きい駅への対応も図られました。マルス105は、運用基盤・端末・機能のすべてが大幅にスケールアップした世代です。
マルス201、マルス202における時代背景と新幹線開業対応の経緯
マルス200系は、マルス100系とは別系統で団体旅行業務を担うシステムとして位置づけられてきました。マルス201は団体旅行専用のシステムとして1969年12月から稼働を開始し、団体予約の電算化を実現しています。これにより、修学旅行や企業の社員旅行など、当時急増していた団体需要への対応が、個札業務とは独立した枠組みで処理できるようになりました。
続くマルス202は、マルス201を改良したシステムで、1975年に稼働を開始しました。旅行会社端末との結合が行われ、団体枠だけでなく旅行会社枠の個札(個人用乗車券類)発券も可能となった点が大きな変化です。鉄道窓口だけでなく旅行業界全体を巻き込んだ予約・発券ネットワークが、この時点から本格的に形成され始めました。
マルス105への移行に際しては、空いたマルス103のハードウェアをマルス201へ転用し、既存ハードウェアをマルス150(電話予約システム)へ置き換えるという、機器の世代間リサイクルとも呼べる運用が行われました。設備投資を抑えつつ業務領域を拡張していく現実的な手法は、現代のシステム移行プロジェクトにも通じる発想です。
マルス301からマルス501への発展と現代のMARSシステムへの連続性
マルス301は、マルス100系・150系・200系の統合システムとして1983年1月から開発が始まり、1985年3月1日に稼働を開始しました。同時に登場したM型端末には、マルス向け端末で初めてモニターとキーボードが付き、駅コード(電略)の入力により国鉄全線全駅を対象とした発券が可能になりました。1987年4月の国鉄分割民営化により、マルスは鉄道情報システム(JRシステム)が承継しています。
マルス305は、JRシステムが稼働させた最初の世代として1993年2月に運用が始まりました。自動改札機や偽造対策への対応が盛り込まれ、当初はM880を2台で運用、1997年にはMP5800へ移行しました。1999年以降のJRの乗車券原紙の地紋は、現行の水色系に統一されています。マルス501は2002年10月から稼働を開始し、システムの主要部分のサーバ化や指定券自動券売機(MV端末)の機能増強が進められました。
現行のマルス505は2020年時点で運用されており、中央装置は震度7に耐える免震構造の専用センターに配置され、日本データセンター協会の格付けで最高水準のティア4信頼性を備えるとされています。1日平均190万枚以上の発券能力、稼働率99.999%という現代の運用指標は、MARS-1からの連続的な改良が積み重なった結果です。
MARS-1導入時の現場運用上の課題と解決策に関する実務的視点
新しい情報システムの導入は、技術的な完成度だけでなく、現場運用との接続をどう設計するかで成否が分かれます。本章ではMARS-1運用開始期に実際に直面した課題と、それに対する対応策を、係員教育・障害時運用・初期トラブル・コスト判断・利用客対応という五つの側面から整理します。歴史的なシステムを学ぶうえで、技術仕様と並んで現場の苦労を辿る視点は欠かせません。
窓口係員に求められた新しい操作スキルと教育研修体制の構築事例
MARS-1の導入は、窓口係員に対して新しい操作スキルを要求しました。それまで電話と台帳に頼っていた業務が、専用端末への入力と中央装置からの応答という電子的な手続きに置き換わったためです。操作項目自体は限定されていたものの、エラー時の判断や応答待ちの間の旅客対応など、人的スキルの再構築は避けられませんでした。
新しい運用を現場へ浸透させるための教育研修体制は、運用開始に向けて段階的に整備されていきました。後の世代でも、営業訓練や営業試験という機能が端末側に組み込まれ、白紙の乗車券原紙やJRロゴ印刷のない訓練用紙を使った操作練習が行われる仕組みが続いていますが、こうした研修の発想自体はMARS-1運用期から育まれてきたものです。
係員教育は単なるマニュアル化では足りず、繁忙期や障害発生時の判断力までを含む実務的な訓練が求められました。指定席台帳を投げ戻す職人技で評価されてきた現場の力を、新しい電子システム上の操作スキルへ橋渡しするプロセスは、現代のDX導入における人材育成の本質と通底しています。
通信回線障害発生時のバックアップ運用と手作業切替の判断基準の整理
MARS-1のような集中型オンラインシステムにとって、通信回線の障害は最も警戒すべき事象の一つです。MARS-1では誤り検出にパリティチェック、中央装置に二重系並列運転、ファイル更新にレコード単位のサムチェックという多層的な仕組みを備えており、初期10ヶ月で稼働率99.86%、その後99.95%以上という極めて高い水準を維持していました。
とはいえ、いかに信頼性の高いシステムでも、回線そのものが断たれた場合や中央装置側に大規模な障害が発生した場合には、現場での運用継続を考えざるを得ません。手作業時代の指定席台帳をすぐに復元することは難しいため、長時間にわたる障害時には、駅間で発券ルールを取り決め、限定的な範囲で予約を受け付けるような運用が必要になります。
どのタイミングでオンライン処理を諦め手作業へ切り替えるかという判断は、現代のシステム運用にも引き継がれる重要なテーマです。MARS-1運用期には、こうした判断基準を経験的に形成していく試行錯誤が行われ、後継世代の冗長構成や運用マニュアル整備に活かされていきました。
初期トラブルとして報告された端末誤操作と中央装置応答遅延の対処
MARS-1は最初のシステムであったがゆえに、運用初期にはさまざまな不具合が報告されています。設置工事中には機器のダイオードが不良となり、ほぼ全数を交換する事態が発生したり、記憶装置の磁気ドラムの破損が起きたりと、ハードウェアレベルのトラブルが相次ぎました。稼働開始後も、係員のミスにより記憶されたデータが全面的に破損し、すべての控えを手作業で集計し直す必要が生じたケースが伝えられています。
これらのトラブル対応を通じて、ハードウェア交換手順、データ復旧手順、運用担当者の操作権限といった現代でいう運用設計上の論点が、現場で具体的に形作られていきました。電子化以前の業務にはなかった種類のリスクが顕在化したことで、システム運用という新しい職能領域そのものが立ち上がっていったともいえます。
結果として、後継のマルス101以降ではデータロスト対策やエラー発生時の再考ランプといったユーザインタフェース上の改良が盛り込まれ、初期トラブルの教訓が次世代設計へ系統的に反映されていきました。失敗の蓄積こそが、その後60年続くマルスシリーズの信頼性を支える隠れた資産になっています。
導入コスト負担と費用対効果の評価に関する当時の経営判断の要点
MARS-1の導入には、専用ハードウェアの設計・製造費、専用通信回線の敷設費、端末配備費、現場教育費など多面的な投資が必要でした。当時の国鉄にとって、これらは決して軽い負担ではなかったはずですが、急増する旅客需要と、手作業運用のままでは捌ききれない発券需要というプレッシャーが、踏み切りを後押ししたといえます。
費用対効果の評価軸として重要だったのは、純粋な人件費削減ではなく、発券能力の拡張による収入機会の確保や、聞き間違い・転記ミスといったヒューマンエラー由来の損失の抑制、旅客サービス向上に伴うブランド価値といった、多面的な指標の組み合わせでした。これは現代のIT投資の評価でもしばしば見られる構図で、MARS-1はその先駆事例と位置づけられます。
結果として、MARS-1で確立された電子予約という業務モデルは、その後の100系・300系・500系へと数十年にわたって積み重ねの基盤を提供することになります。初期投資の何倍もの価値を、長期にわたって生み続けてきた点を踏まえれば、当時の経営判断は歴史的にも妥当だったと評価できるでしょう。
利用客への新システム認知促進と予約方法変更に伴う混乱回避の工夫
MARS-1の導入は、旅客にとってはまず「予約・発券が速くなった」という体感の変化として現れました。台帳に向かう係員の手元から、端末を操作する係員の手元へと窓口風景は変わりましたが、旅客側の操作自体は従来通り窓口で希望を伝える形が維持されていたため、移行期の混乱は最小限に抑えられました。
当初の対象列車が東京-大阪間の「こだま」「つばめ」などに限定され、端末設置駅も東京・名古屋・大阪の主要駅から段階的に拡大されたことも、移行期の混乱回避に寄与しました。すべての列車・駅で一斉に方式を切り替えるのではなく、まず代表的な列車から導入し、運用知見が蓄積された後に範囲を広げていくという慎重な進め方が採られていたのです。
みどりの窓口という旅客向けの統一ブランドが整っていくのはマルス102以降ですが、MARS-1の段階で「電子化された予約システムが裏側で動いている」という事実を、旅客の体験としてさりげなく実感させた点は、その後のサービスブランディングの土台にもなりました。新技術の導入を成功させる鍵は、現場と顧客の双方にどう寄り添うかにあるという普遍的な教訓を、MARS-1は実例で示しています。
MARS-1が日本のIT産業と情報処理技術発展に与えた長期的影響
MARS-1の意義は、鉄道業務の電子化という直接的成果にとどまりません。本章では、組織間連携の先駆モデル、他業界への技術波及、学術コミュニティへの蓄積、人材育成、そして公式な歴史的評価という五つの観点から、MARS-1が日本のIT産業全体に残した長期的な影響を整理します。一台の専用機が、その後の数十年にわたる情報処理技術の発展にどのような爪痕を残したのかを辿る章となります。
日立製作所と国鉄技術陣による組織間連携モデルとしての先駆的事例
MARS-1のプロジェクト体制は、国鉄鉄道技術研究所が論理設計を、日立製作所が回路設計と製作を担うという明確な役割分担を採っていました。穂坂衛、大野豊らの研究者が中心となった鉄道技術研究所側の構想を、日立製作所戸塚工場の谷恭彦らが具体的なハードウェアに落とし込むという連携は、公共企業体の研究機関と民間企業による組織間連携の先駆的な成功事例とされています。
研究機関と民間企業の協業を成立させるうえで重要だったのは、双方が独自の専門領域を持ち寄り、それぞれの強みを補完し合う関係性でした。鉄道側は業務要件と運用条件を、日立側は回路技術と製造能力を担うという棲み分けが、複雑な専用機の短期開発を実現する原動力になりました。
このプロジェクトモデルは、後の日本における大規模情報システム開発の標準的なアプローチへと発展していきます。発注企業と開発ベンダーが密に協働しながら、要件の精緻化と実装の前進を並行させていくスタイルは、現代のシステムインテグレーション業界の原型ともいえる構図で、その源流をMARS-1に求めることができるでしょう。
銀行オンラインシステムや航空予約システムへの技術波及の経緯と流れ
MARS-1とその後継機種で蓄積されたリアルタイムオンライントランザクションのノウハウは、鉄道業界の外側にも広く影響を及ぼしました。マルス101の中央装置として日立が設計したHITAC 3030は、本来マルス向けの機種でしたが、その後航空座席予約や銀行オンラインシステムなどにも利用されたと記録されています。
業界横断で活用された技術要素として代表的なものは、次のとおりです。
- 専用通信回線を介したリアルタイムオンライン処理の基本構成
- 二重系並列運転と照合チェックによる信頼性確保の手法
- パリティチェックやサムチェックを組み合わせた多層的な誤り検出
- 業務に特化した専用端末を用いる窓口運用モデル
- 集中型データベースを介した在庫情報の一元管理という発想
これらの要素は、銀行ATMネットワークや航空予約システム、後のクレジットカード信用照会システムなど、リアルタイム性と高信頼性が要求される業務基盤に幅広く応用されていきました。MARS-1は鉄道分野で技術検証された後、間接的に他業界の電子化を支える土台にもなったのです。
日本の情報処理学会におけるMARS-1関連論文の蓄積と研究的価値
MARS-1は、運用開始直後から研究対象として情報処理学会や電気学会の場で活発に取り上げられてきました。穂坂衛、大野豊らの開発関係者による技術解説に加え、運用ノウハウや信頼性評価をまとめた論文・記事が蓄積されており、現在でも歴史研究や教育の場で参照される一次資料群を形成しています。
情報処理学会編『日本のコンピュータの歴史』第8章「MARS-1」、喜多千草による「模倣から創造へ:国鉄座席予約システムMARS-1における技術革新」、金子則彦『旅人をつなぐ”マルスシステム”開発ストーリー』など、複数の文献がMARS-1を中心に据えてその歴史的意義を論じています。鉄道ジャーナル誌の特集記事「みどりの窓口のマルス・システム」も、現場視点を補う重要資料です。
これらの論文群が蓄積されてきたこと自体が、MARS-1が単発のシステムではなく日本の情報処理史の主要トピックとして扱われてきた証明でもあります。技術的な仕様解説だけでなく、技術革新が組織や社会に与える影響を分析する研究にも素材を提供し続けている点で、研究的価値は時間が経つほど厚みを増しているといえます。
大規模リアルタイム処理システム開発手法の確立と人材育成への貢献
MARS-1の開発と運用は、日本における大規模リアルタイム処理システムの設計手法を、現場経験として確立する場でもありました。要件分析、専用ハードウェア設計、専用回線設計、運用設計、現場教育、トラブル対応という一連のサイクルを実体験として通過した技術者たちは、その後の世代システムや他業界システムへと活躍の場を広げていきました。
穂坂衛は後にコンピュータグラフィックスの分野でも著作を残し、大野豊は工学者として広く知られる存在となるなど、MARS-1プロジェクトに関わった人材は、その後の日本の情報処理技術コミュニティの中心的役割を担っていきました。日立側の谷恭彦らも、戸塚工場での経験を通じて専用機設計のノウハウを後進に伝えていったとされています。
「一つの大規模システムを実際に作り、運用し、改良し続けることが、最良の技術者教育になる」という命題は、現代のIT人材育成でもしばしば指摘されます。MARS-1はその命題を日本の文脈で最初に実践したプロジェクトの一つであり、人材育成という側面でもIT産業全体に長期的な貢献を残しているのです。
情報処理技術遺産としての登録経緯と歴史的評価の現在の位置づけ
MARS-1の歴史的評価は、複数の権威ある制度によって繰り返し確認されてきました。2008年10月には電気学会の電気技術顕彰制度「第1回でんきの礎」モノ部門に選定され、2009年には情報処理学会により「情報処理技術遺産」として認定されています。さらに2025年5月20日には、電気・電子分野の世界的専門家組織であるIEEEの「IEEE Milestone」に選定され、同年5月18日に高輪ゲートウェイで記念銘板の贈呈式が開催されました。
IEEE Milestoneは、社会や産業の発展に大きく貢献した技術の歴史的業績を表彰するもので、日本の鉄道関連ではこれまでに東海道新幹線や自動改札機が認定されています。MARS-1の選定は、世界初のリアルタイムオンライントランザクションによる鉄道座席予約システムとしての位置づけが、国際的にも正式に認められたことを意味します。
現存するMARS-1の本体は、埼玉県さいたま市大宮区の鉄道博物館に、電気学会から表彰された「電気の礎」プレートとともに展示されています。後継のマルス101は国立科学博物館に展示されており、複数の博物館で実機やレプリカを確認できる点も、歴史的評価の高さを物語っています。
鉄道座席予約システムMARS-1を学ぶ上で押さえるべき判断基準と学習指針
歴史的システムを学ぶ際には、断片的なエピソードを集めるだけでなく、信頼できる情報源を選び、現代のシステムと比較しながら理解を深める姿勢が重要になります。本章では、MARS-1を学習対象として取り上げる読者に向けて、参照すべき一次資料、技術書の評価軸、博物館展示の活用、コンピュータ博物館の公開情報、そして現代システムとの比較というアプローチを順に提示します。
歴史的システムとして学ぶ際に参照すべき一次資料と公的アーカイブ
MARS-1を学ぶ際に最も信頼できる情報源は、開発元と運用元の公式発信です。鉄道情報システム株式会社(JRシステム)の公式サイトには、マルスの概要と歴代システムの位置づけをまとめたページがあり、日立製作所のプレスリリースとニュースには、IEEE Milestone選定を含む最新の認定情報が掲載されています。これらは一次資料として最優先で参照すべき情報源です。
学術的アーカイブとしては、情報処理学会のコンピュータ博物館サイトに、開発経緯、ハードウェア仕様、運用初期の稼働率などが詳細に整理されています。電気学会の「でんきの礎」の選定理由を記した公式文書(PDF)や、国立科学博物館の産業技術史資料情報センターによる調査報告書も、学術的信頼性の高い資料群です。
Wikipediaの該当項目は概要把握に有用ですが、二次資料である点を意識し、必ず原典の脚注を辿って一次情報まで確認する姿勢を持つことをおすすめします。情報源の階層を意識的に区別することは、歴史的システムだけでなく、あらゆる技術テーマを学ぶ際の基本作法といえます。
技術書と専門誌におけるMARS-1解説記事の信頼性評価の観点
MARS-1を扱った技術書は複数刊行されており、それぞれ視点と詳細度が異なります。金子則彦『旅人をつなぐ”マルスシステム”開発ストーリー』(アイテック、2005年)は開発の経緯を物語的に追う構成で、概要把握に適しています。『みどりの窓口を支える「マルス」の謎-世界最大の座席予約システムの誕生と進化-』(草思社、2005年)は、システムの誕生から後継世代までを通史的に俯瞰する一冊です。
専門誌では、鉄道ジャーナル通巻第79号(1973年11月)に収録された落合進「みどりの窓口のマルス・システム」が、運用開始から十数年経過時点での現場視点を残した貴重な記事として知られています。京都大学電気関係教室技術情報誌に掲載された藤井和彰によるマルスシステムの高信頼性技術解説も、論文として参照しやすい資料の一つです。
これらの技術書・専門誌を評価するうえでは、執筆者の所属、参照している一次資料、刊行時期、後年に判明した事実とのすり合わせ可能性、といった観点で読み比べることが望まれます。複数の資料を突き合わせて記述の整合性を確認するプロセスを経ることで、より立体的なMARS-1像を構築できるはずです。
鉄道博物館やJR関連展示施設で実機やレプリカを確認できる場所
MARS-1の本体は、埼玉県さいたま市大宮区の鉄道博物館に展示されています。電気学会から表彰された「電気の礎」プレートと並べて展示されており、外観や規模感を直接確認できる貴重な機会となっています。後継機種のマルス101は国立科学博物館で展示されており、こちらも実機を間近で観察できる施設です。
展示施設で実機を見るときに注目したいポイントは、複数あります。例えば中央装置の物量感は、当時のコンピュータが半導体集積回路を持たない時代の産物であることを実感させてくれるでしょう。端末装置の操作部の構造からは、係員が日常的にどのような動作で業務を進めていたかを推測できますし、展示パネルの説明文も、関連書籍と突き合わせて読むと理解が深まります。
国立科学博物館のマルス101の展示前では、指定席管理センターでの台帳運用の様子を再現した解説ビデオが流されているとされており、MARS-1以前の手作業運用と電子化後の対比を視覚的に学べる構成になっています。書籍だけでは伝わりにくい「現場の空気」を補ううえで、博物館訪問は強くおすすめできる学習手段です。
情報処理学会コンピュータ博物館の公開情報を活用した効率的な学習手順
情報処理学会のコンピュータ博物館サイトは、MARS-1を含む日本の黎明期コンピュータについて、無料で参照できる解説と画像を公開している貴重なリソースです。サイト構造は、黎明期のコンピュータ、メインフレーム、磁気ドラム装置、メインフレーム用OSなどカテゴリ別に整理されており、関連項目を辿りやすい設計になっています。
このサイトを使った効率的な学習手順としては、まずMARS-1の解説ページで全体像を把握し、続いて関連する後継機種(HITAC 3030などのページ)を参照することで、技術進化の系譜を立体的に理解できます。さらに、磁気ドラム装置のカテゴリページから記憶装置の発展史を辿ったり、コンピュータパイオニアのページから開発関係者の経歴を確認したりすると、登場人物を含む文脈が見えてきます。
学習の最終段階では、これらのオンライン資料と、書籍・専門誌・博物館展示で得た情報を統合し、自分なりにMARS-1の歴史的位置づけを言語化する作業を行うとよいでしょう。情報を集めるだけで終わらせず、自分の言葉で再構成するプロセスを経ることで、知識が運用可能なレベルまで定着していきます。
現代のえきねっとやe5489と比較して理解を深める実務的アプローチ
MARS-1を現代の感覚で理解する最も効果的な方法の一つは、JR東日本のえきねっとやJR西日本のe5489といった現行のオンライン予約サービスと比較することです。MARS-1が窓口係員の手前にあった専用端末を介する集中型システムだったのに対し、えきねっとやe5489は旅客自身がスマートフォンやPCからインターネット経由でホストにアクセスする構成になっています。
比較の観点としては、利用者と中央システムの間に介在する層の数、認証と決済の仕組み、予約と発券のタイミング差、座席変更や払戻しの自由度、運用時間帯と保守時間の扱い、といった項目が挙げられます。これらを軸にMARS-1と現代システムを並べてみると、技術進化の方向性と、変わらない設計原理の両方が浮き彫りになります。
マルス505は現在も全国のみどりの窓口端末や旅行会社端末などに対応し、1日平均190万枚以上の発券、ピーク時毎秒250コール、平均6秒で発券、稼働率99.999%という運用指標を維持しているとされています。MARS-1の3,600座席・15日分という出発点から数えれば、処理規模は桁違いに拡大しましたが、リアルタイム性と高信頼性の追求という設計思想は60年以上にわたり一貫しています。歴史と現在を往復しながら学ぶことで、システム工学の本質に手が届くようになるでしょう。