Sakana AIは2026年3月13日、防衛装備庁防衛イノベーション科学技術研究所と「複数AI技術の組み合わせによる観測・報告・情報統合・資源配分 高速化の研究」の委託研究契約を結んだと公表しました。8月24日には防衛省との2件目の契約も公表しています。本記事は、政府の契約一覧・防衛省の予算資料・同社の公式発表を突き合わせ、契約額と制度、日本の指揮統制(C2)システムにAIを入れる動きの全体像、防衛分野のAI活用のルールまでを整理します。
まとめ:Sakana AIの防衛案件と日本の指揮統制AIの現在地
- 3月の案件は防衛装備庁防衛イノベーション科学技術研究所からの委託研究で、陸・海・空のマルチモーダルデータを統合し、指揮統制システムの高度化につなげる複数年の基盤技術開発です。政府の契約一覧では契約日2026年2月10日・契約金額965,469,765円(企画競争を経た随意契約)です。
- 公式に名指しされた技術は、ドローンや携帯端末で動く小規模視覚言語モデル(SVLM)とAIエージェント技術の2つです。同社の技術者は、エッジ推論と、通信が妨害・途絶する環境(DDIL)で動く分散システムを設計していると説明しています。
- 8月公表の2件目は防衛省との「総合分析業務に必要なAI機能の調査・実証」(契約日2026年7月29日・329,032,000円)で、対象は情報本部の総合分析業務です。実証で扱う情報は公開情報に限られます。
- 指揮統制へのAI導入はSakana AI1社の話ではありません。統合幕僚監部と三菱重工が令和6年度から新しい指揮統制ソフトウェアを開発し、Preferred Networksも7月に防衛装備庁の実証を受託しました。令和9年度概算要求には「統合作戦司令部の意思決定支援システム」と「AIオーケストレーター」が載りましたが、いずれも金額を示さない事項要求です。
- 防衛分野のAI活用は、防衛省AI活用推進基本方針(2024年7月)の重点7分野と、装備品の研究開発を審査する責任あるAI適用ガイドライン(2025年6月)の2本で枠組みが決まっています。
防衛装備庁から受託した委託研究の契約内容
委託元・契約形態・期間の確定事項
Sakana AIの2026年3月13日付リリースは冒頭で「防衛装備庁防衛イノベーション科学技術研究所と『複数AI技術の組み合わせによる観測・報告・情報統合・資源配分 高速化の研究』の委託研究契約を締結し、複数年にわたる大規模な基盤技術開発を開始します」と述べています。委託元は防衛省本体ではなく防衛装備庁の下の研究所で、形態は委託研究、期間は「複数年」とだけ書かれ年数は示されていません。研究名の「観測・報告・情報統合・資源配分」の4語は、研究が対象とする工程の区切りです。
契約一覧で確認できる金額と随意契約の理由
金額はリリースに書かれていませんが、防衛装備庁が公表している随意契約の一覧に載っています。
| 項目 | 公表内容 |
|---|---|
| 契約を締結した日 | 令和8年2月10日 |
| 契約の相手方 | Sakana AI株式会社(法人番号6010401175698) |
| 契約金額 | 965,469,765円 |
| 予定価格 | 965,469,765円(落札率100.0%) |
| 随意契約の理由 | 企画競争で該者の企画が優れていたため |
| 根拠条文 | 会計法第29条の3第4項 |
契約日は令和8年(2026年)2月10日で、同社の公表(3月13日)より1か月早い点に注意してください。企業リリースの日付を契約日として書くとずれます。手続は一般競争入札ではなく企画競争を経た随意契約で、予定価格と契約金額が一致しています。同じ一覧の他案件は、カシオ計算機の腕時計型ウェアラブル端末の研究が32億5,003万円、ベイカレントの滑走路被害復旧の調査分析が3,630万円、味の素の完全吸収型糧食の検討が4,232万円で、約9億6,547万円の本件は一覧に載る4件のうち2番目の規模です。
観測から資源配分までの4工程とSVLMの役割
リリースは研究の狙いを「陸・海・空の全領域において発生する膨大なマルチモーダルデータの観測・報告から情報統合に至るプロセスを高速化・自動化し、効果的な資源配分につなげる統合的なシステムを開発します」と説明しています。技術要素として名前が挙がるのはAIエージェント技術と、「エッジデバイス(ドローンや携帯端末)での高速動作を可能にする『小規模視覚言語モデル(SVLM)』」です。
ドローンが撮った映像をそのまま後方へ送ると、通信帯域と遅延が制約になります。端末上で状況を認識・整理してから送れば、送信量を減らせる可能性があります。ただし本研究のSVLMについて、パラメータ数・対応ハードウェア・精度目標・送信形式はいずれも公表されていません。
エッジ推論とDDIL環境を前提にした設計
設計の考え方は、同社が2026年5月11日に公開した防衛分野のソフトウェアエンジニアへのインタビューで一段具体になりました。防衛領域では「部隊行動の迅速な状況把握と意思決定の基盤となる指揮統制システムの開発」を行い、「様々なデバイスによるインプット方法にエッジ推論を組み合わせたり、DDIL環境で稼働できる分散システムを設計したり」していると述べています。DDILは通信が妨害(Denied)・途絶(Disrupted)・断続(Intermittent)・帯域制限(Limited)される環境を指す用語です。
つまり、端末側で推論し、通信が切れても動く分散構成を前提にしているということです。一方で、どの処理を端末で完結させ、どこから後方に集約するかの分担は書かれていません。「エッジだけで完結する」と断定する解説は公表範囲を超えています。同じインタビューは、生成AIを使う開発でも「実装コードやシステムの出力の品質には人が確実に介在し、担保することが極めて重要」と述べています。
2026年8月公表の防衛省案件と3月案件の違い
情報本部の総合分析業務と公開情報に限った実証範囲
同社の2026年8月24日付リリースによれば、Sakana AIは「令和8年7月29日、防衛省と『総合分析業務に必要なAI機能の調査・実証』に関する契約を締結」しました。対象は「情報本部で担われる『総合分析業務』の抜本的強化」で、実証の観点は「情報収集の効率化」「分析能力の向上」「体系的な情報管理」の3つです。
公募時の説明書は、総合分析業務を「あらゆる情報源からの情報(公開情報、電波情報、画像・地理情報等)を収集・分析・管理するもの」と定義しています。ただし実証で扱う情報は「公開情報(有料・無料は問わない。)とする」とされ、契約期間を通じて「保護すべき情報の取扱いは書面のみとする」と定めています。機微情報をAIに読ませる案件ではありません。説明書は汎用の生成AIについて、「分析結果のハルシネーション」「データバイアス」などにより「信頼できるものとして利用できない危険性を含んでいる」とも書いており、発注側がこの2点を課題として名指ししています。
スタートアップ技術提案評価方式という調達の入口
防衛装備庁の契約結果資料は「本契約は、スタートアップ技術提案評価方式を適用した契約である」と明記し、契約金額329,032,000円・予定価格非公表としています。公募期間は令和8年3月6日から3月23日でした。審査は「価格を考慮せず」行い、100点のうち30点がスタートアップ等への加点枠です(J-Startup選定企業等の単独提案で30点、中小企業者等で20点、大企業等とのコンソーシアムで15点)。参考額は3億2,000万円で、説明書は予定価格とは異なる「単なる目安」と注記しています。スケジュールは、契約後に実証用モデルを設計・開発し、令和9年度開始までに官側へ試用させ、令和9年度末に成果を報告書で出す流れです。
部隊運用のC2と国家レベルのインテリジェンスの比較
同社は8月のリリースで、3月案件は「各部隊やセンサーからの情報を統合し『迅速かつ正確な指揮命令』につなげるための取り組み」、8月案件は「安全保障政策全体を支える戦略的なインテリジェンス業務」が対象だと書き分けています。
| 項目 | 3月公表案件 | 8月公表案件 |
|---|---|---|
| 契約相手 | 防衛装備庁 防衛イノベーション科学技術研究所 | 防衛省 |
| 契約日 | 2026年2月10日 | 2026年7月29日 |
| 対象業務 | 指揮統制(C2)の高度化 | 情報本部の総合分析業務 |
| 想定する利用者 | 部隊・指揮官 | 情報分析官 |
| 明示された技術 | AIエージェント、SVLM | AIエージェント |
| 制度・調達方式 | 実証型ブレークスルー研究/企画競争 | スタートアップ技術提案評価方式 |
| 契約金額 | 965,469,765円 | 329,032,000円 |
| 予定価格 | 契約金額と同額 | 非公表 |
Sakana AIの防衛関連実績と事業体制・資金調達
防衛関連の公表情報を4つ紹介します。1つ目は7月30日の発表で報告されたDIVER OSINT CTF 2026で、同社の防衛・インテリジェンスチーム有志が850以上の参加チーム中5位に入りました。オーケストレーションモデル「Fugu-ultra 1.1」を使ったOSINT(公開情報の収集・分析)エージェントで臨んだと説明しており、公開情報に限る8月案件と題材が重なります。Fuguの仕組みはSakana Fugu(サカナ・フグ)とは|使い方・料金・Fugu Ultraの性能をAPI実装目線で解説で扱っています。
2つ目は9月25日公表の日本スタートアップ大賞2026の総務大臣賞(情報通信分野)です。首相官邸の表彰式で「指揮統制(C2)システムに最先端のAIを活用している事例を総理にご紹介しました」と同社は書いています。受賞理由の1つは「安全保障や労働力不足といった、日本が直面する課題の解決に取り組んでいること」でした。
3つ目は10月5日の採用イベントで、同社のイベント報告(10月21日公開)によれば、防衛事業の説明で「主権AI(Sovereign AI)」から「必要なときに必要なAIにアクセスできる『AI主権(AI Sovereignty)』」への考え方を強調しました。複数のモデルを評価・選択・統合運用し、あるモデルが使えなくなっても別のモデルに切り替えられるルーティング技術が、安全保障の文脈で重要になるという説明です。
4つ目は体制と資本です。同社は3月のリリースで「『金融』と並ぶ注力領域として『防衛・インテリジェンス』分野」を掲げ、国内専門チームを編成したとしています。2025年11月公表のシリーズBのページ(2026年4月9日に追記更新)は調達額を「32 Billion Yen(200 million US Dollars)」、つまり約320億円と記し、投資家にIn-Q-Tel(IQT)を含みます。IQTは自社サイトで「Set up in 1999 by the CIA as an independent, not-for-profit strategic investment firm」と説明する戦略投資会社です。
委託元の制度枠となる実証型ブレークスルー研究
3月案件は防衛イノベーション科学技術研究所の「実証型ブレークスルー研究」に位置づけられています。以下は防衛装備庁技術シンポジウム2025での同研究所の登壇資料「実証型ブレークスルー研究の進捗について」と「1年間の成果と今後の課題について」に基づきます。
革新型と実証型の位置づけの違い
同研究所は2024年10月に創設され、米国のDARPAとDIUの取組を参考にした2類型の研究を持ちます。実証型の定義は「スタートアップ等の外部機関が持つ様々な技術を組み合わせることで、将来の戦いに必要な機能、能力をできるだけ早く創出する研究」で、「事業化から3年を目途に部隊等での運用につなげる」と、運用につなげる時期の目安が示されています。基礎研究として寝かせる枠ではなく、部隊での運用を出口にした枠です。
| 観点 | 革新型ブレークスルー研究 | 実証型ブレークスルー研究 |
|---|---|---|
| 参考にした組織 | 米国DARPA | 米国DIU |
| 技術成熟度 | 低〜中 | 高(実用化に近い) |
| 推進の主体 | 外部採用のプログラムマネージャ | スタートアップ等の外部機関 |
| 進め方 | 先導研究2年目途→ステージゲート→本格研究3年目途(例) | 事業化から3年を目途に部隊運用へ |
| 選定の入口 | プログラムマネージャの公募 | プライズコンペ/技術提案の公募 |
同じ枠の他社事業と受託前の接点
実証型の他社事業として、資料はデジタルレシピの「生成AIを活用したナラティブ分析装置の研究」、アジア航測の「戦術行動迅速化に資する情報統合可視化技術の研究」(陸上自衛隊富士学校・第1空挺団と調整)、小型USVの群制御による海洋監視制御システムの研究を挙げています。海洋監視制御システムについては、エコモットが2026年4月15日に、ニューメディア開発協会を事業管理機関とするコンソーシアムの実施協力機関として参画を公表しています。
Sakana AIと防衛当局の接点は受託前に2つありました。防衛装備庁と米DIUが共催した「日米グローバルイノベーションチャレンジ2025」(令和7年3月19日最終審査)で、同社は2テーマ両方で書類審査を通過し敢闘賞を受けています(同社の受賞報告では応募約60社・ファイナリスト計11社)。もう1つは2025年11月11日の技術シンポジウム2025での講演「防衛分野における最先端AIの活用」です。どちらが契約の契機かは公表されていません。2026年の技術シンポジウムは11月10日・11日にホテルグランドヒル市ヶ谷で開かれ、公開済みのプログラムには同研究所のプログラムマネージャ関喜史による水中音響の基盤モデルの発表がありますが、Sakana AIの名前は載っていません。
日本の指揮統制システムにAIを入れる動きの全体像
「指揮統制システム市場」を調べると海外調査会社の推計が出てきますが、本記事では、防衛省・自衛隊向けの調達動向を予算資料と契約一覧で確認します。ただし、以下の「指揮統制・情報関連機能」は情報収集用器材なども含む契約ベースの予算区分で、指揮統制システム単独の市場規模や年度内の売上額を示すものではありません。成立済みの令和8年度予算では「指揮統制・情報関連機能」が約5,166億円(他分野との重複を除くと約3,644億円)で、AI関連では陸自AI基盤の整備25億円、AIを活用した公開情報・SNS情報の自動収集・分析機能45億円が計上されています。
防衛科学技術委員会が提言した国産指揮統制支援システム
防衛省の防衛科学技術委員会(DSTB)は2026年4月、レポート「指揮統制支援と無人アセットへのAI活用推進」を出しました。表紙には「防衛省の公式見解または方針を示すものではない」と明記されています。日本の現状について、同レポートは「統合幕僚監部が三菱重工と連携し、統合運用用途の新規の指揮統制ソフトウェアの設計・製造に令和6年度から着手」し、「各自衛隊での実証は令和8年度末の運用開始後を想定」していると書いています。
比較対象として挙げるのは米Anduril社のLattice OSです。「複数種類の有人・無人アセットから得た情報を、リアルタイムで分析し、共通作戦状況図を作成」し、攻撃目標の提案から兵器への情報連携までを一気通貫で行うと説明しています。そのうえで今後の方針として、「AI活用を前提とした高機能な国産指揮統制支援システムの開発を推進」すべきで、「国防AIの主権性の観点から、国産開発・管理を維持する必要」があると提言しています。AIの主権性という論点はソブリンAIとは?意味・AI主権との関係と日本の政策、OpenAIとの違いで整理しています。
国内で公表されている指揮統制・意思決定支援のAI案件
| 主体 | 発注元・時期 | 内容 |
|---|---|---|
| 三菱重工 | 統合幕僚監部・令和6年度着手 | 統合運用向け指揮統制ソフトウェア |
| Sakana AI | 防衛装備庁DISTI・2026年2月契約 | 観測から資源配分までの高速化 |
| Preferred Networks | 防衛装備庁新世代装備研究所・2026年7月公表 | 作戦計画立案の情報分析支援 |
| Sakana AI | 防衛省・2026年7月契約 | 情報本部の総合分析業務 |
Preferred Networksの2026年7月29日付リリースによれば、同社は「生成AI等を用いた作戦環境情報分析支援実現に関する実証」を受託し、国産のPLaMo 3.0 Primeなどで文書情報・地理空間情報・部隊運用に関わる情報を統合して「自衛隊の各級司令部における人の判断を支援」するとしています。三菱重工とPFNは2026年8月31日に資本業務提携も結びました。ただし、これらの案件が相互にどう接続されるかを示す公開資料はありません。
令和9年度概算要求に載った指揮統制とAIの事業
防衛省が2026年8月31日に公表した令和9年度概算要求の概要は、指揮統制の分野で「既存の海外技術を活用し早期に整備、国内技術の強化を推進」すると書いています。既存の海外技術による早期整備と国内技術の強化を並行させる方針です。DSTBは国産の指揮統制支援システムの開発・管理を提言していますが、海外技術の利用を一律に排除するとは述べていません。
| 事業 | 要求額 |
|---|---|
| 統合作戦司令部の意思決定支援システムの整備 | 事項要求 |
| 次世代AIプラットフォーム「AIオーケストレーター」の構築 | 事項要求 |
| 防衛情報通信基盤(DII)の強靱化 | 478億円+事項要求 |
| 部隊間情報共有ツール | 112億円 |
| 戦闘指揮統制システム(共通・火力・対空) | 45億・44億・90億円+事項要求 |
| 情報見積りに関する将来予測サービス等の活用 | 30億円 |
AIオーケストレーターは「AIの主権性を確保した状態で、複数のAIモデルを統合的に制御・活用し、処理内容の難易度・機密性に応じて最適なAIを活用できる」基盤と説明されています。中核の2事業は金額を示さない事項要求なので、予算資料から指揮統制AIの市場規模を合計することはできません。数字で語れるのは、通信基盤や既存の戦闘指揮統制システムの取得額までです。
防衛省AI活用推進基本方針が定める7つの重点分野
防衛分野でAIをどこに使うかは、防衛省が2024年7月に策定した「防衛省AI活用推進基本方針」で整理されています。
7分野と2026年の主な案件・要求事業
基本方針は「①目標の探知・識別、②情報の収集・分析、③指揮統制、④後方支援業務、⑤無人アセット、⑥サイバーセキュリティ、⑦事務処理作業の効率化の7つの分野で重点的にAIの活用を図る」と定めています。令和9年度概算要求も同じ7分野で事業を並べているので、分野ごとの具体例を対応させると次のとおりです。
| 重点分野 | 2026年の主な案件・R9要求事業 |
|---|---|
| ①目標の探知・識別 | 艦艇の光学・赤外線監視装置へのAI付加 |
| ②情報の収集・分析 | Sakana AI 8月案件/将来予測サービス30億円 |
| ③指揮統制 | Sakana AI 3月案件/意思決定支援システム |
| ④後方支援業務 | 補給品の需要予測3億円+事項要求 |
| ⑤無人アセット | 次期戦闘機と連携する無人機97億円+事項要求 |
| ⑥サイバーセキュリティ | サイバー攻撃対処の情報収集強化 |
| ⑦事務処理作業の効率化 | 総合秘密保全システム(仮称) |
基本方針は「AIの活用を上記7分野に限定する趣旨ではなく」とも書いています。7分野は重点を示す区分で、分野間の優先順位でも適用先の限定でもありません。なお防衛大臣は2026年10月20日の記者会見で、基本方針の見直しを「三文書の改定に関する議論も踏まえた上で行っていきたい」と述べており、10月24日時点で改定版は出ていません。サイバー分野で民間のAIがどこまで来ているかはFugu-Cyberとは?Sakana AIセキュリティ特化モデルの性能・料金・制約を解説が参考になります。
AIの適用に適した業務の4要素と人間の関与
基本方針はAIの活用に適した業務が備える要素を「克服すべき課題を人間が特定できていること」「正解(と思われるもの)が存在すること」「AIの機能を用いることにより課題を克服できること」「学習に必要なデータの質と量を確保できること」の4つとしています。指揮統制への適用でも、学習に必要なデータの質と量を確認する必要があります。なお、基本方針は強化学習を採用する場合、学習データの確保は必ずしも求められないと注記しています。部隊ごとにデータの形式がそろわず、重複や欠落がある段階でAIの出力を指揮判断に直接使うべきではありません。端末側で認識と整理を済ませるSVLMの設計は、統合側に渡るデータの質をそろえる手当てとしても読めます。また基本方針は「AIが行うのは人間の判断のサポート」であり、人間の関与を確保する必要があると明記しています。
装備品へのAI適用を審査する責任あるAI適用ガイドライン
基本方針を受けて、防衛省は2025年6月に「装備品等の研究開発における責任あるAI適用ガイドライン(第1版)」を策定しました。DSTBレポートも「策定したガイドラインに沿った国内運用を徹底」するよう求めています。
高リスク・低リスクの分類と2段階の審査
対象は「原則としてAI技術を適用した装備品等の試作事業」です。「AI機能に起因する出力がシステム内の破壊能力を有する機能に影響を与えない場合は低リスクAI装備品等」に分類し、それ以外は事業開始前に法的・政策的審査にかけます。審査の要件は「A-1 国際人道法を始めとする国際法及び国内法の遵守が確保できないものでないこと」と「A-2 人間の関与が及ばない完全自律型致死兵器でないこと」の2つで、不適格なら「その時点で当該装備品等の研究開発の実施は取止め」です。適格なら高リスクAI装備品等として技術的審査に進み、審査は事業開始前・設計承認前・試験開始前・運用開始前などの節目で行います。
技術的審査で確認する7つの要件
技術的審査は要件Bとして、B-1 人間の責任の明確化、B-2 運用者の適切な理解の醸成、B-3 公平性の確保、B-4 検証可能性・透明性の確保、B-5 信頼性・有効性の確保、B-6 安全性の確保、B-7 国際法及び国内法の遵守を確認します。B-2には「過度の依存を防ぐ対策」が含まれ、8月案件の説明書がハルシネーションを課題に挙げた点と同じ方向です。なお、Sakana AIやPFNの案件がこの分類のどちらに当たるか、審査を経たかどうかは公表されていません。
Sakana AIが公表する防衛事業の基本方針
スコープ外と明示した2つのユースケース
同社は「防衛事業に対する基本方針」で、Anthropicが米国防総省との交渉で除外を求めた「(1) 自国民に対する大規模な監視」と「(2) 人間をループから完全に外し、標的の選定と交戦を自動化する完全自律兵器」を引き、「いずれもSakana AI及びその子会社(以下、当社グループ)のスコープに入ることはない」と明記しています。さらに「技術設計と契約条件の双方において、当社グループの製品・サービスが自律的な致死的行動の手段となることを防ぐ措置を講じる」としていますが、具体的な制御方式や監査結果は示していません。米国側の対立はAnthropicとトランプ政権の対立とは?AI軍事利用で譲らなかった2つの条件と経緯で追えます。
既存の法的枠組みに依拠する立場
同方針は独自の倫理規程を作らない理由として、専守防衛の原則と2015年の平和安全法制を挙げます。自衛隊法第95条の2について「運用開始の2017年以降、この任務は毎年実施されているものの、自衛隊が人を殺傷する武器使用に至った事例はこれまで一件もない」と書き、「独自のルールを一から作る(reinvent the wheel)必要はなく、既存の法的枠組みを信頼・尊重する」としています。法令上の許容範囲と、企業が技術設計と契約条件で自ら設ける制限は別物として評価すべきです。法令が変われば前者は動きますが、同社が明示した2つの除外が自動的に変わるわけではありません。前述のガイドラインの要件A-2(完全自律型致死兵器でないこと)は、同社が除外した(2)と重なります。
民間企業が自社業務で複数のAIモデルを組み合わせる仕組みを作る場合も、出力の検証と人の関与をどこに置くかは同じ論点になります。業務向けのAI組み込みはAIエンジン開発で支援しています。
よくある質問
Sakana AIは防衛省・防衛装備庁とどのような契約を結んでいますか?
公表されているのは2件です。防衛装備庁防衛イノベーション科学技術研究所との委託研究(契約日2026年2月10日、指揮統制システムの高度化)と、防衛省との「総合分析業務に必要なAI機能の調査・実証」(契約日2026年7月29日、情報本部の総合分析業務)です。
委託研究の契約金額は公表されていますか?
公表されています。3月公表案件は防衛装備庁の随意契約一覧で965,469,765円、8月公表案件は契約結果資料で329,032,000円です。3月案件の研究期間は「複数年」とだけ説明されています。
日本の指揮統制システムの市場規模はどのくらいですか?
ここでは、防衛省・自衛隊向けの予算を調達動向の参考として示します。「指揮統制・情報関連機能」は情報収集用器材なども含む契約ベースの区分であり、指揮統制システム単独の市場規模を示す数値ではありません。令和8年度予算の「指揮統制・情報関連機能」は約5,166億円(他分野との重複を除くと約3,644億円)です。令和9年度概算要求では、防衛情報通信基盤の強靱化が478億円+事項要求、戦闘指揮統制システムの取得が共通・火力・対空で計179億円+事項要求ですが、統合作戦司令部の意思決定支援システムとAIオーケストレーターは事項要求で金額が示されていません。
防衛分野でAIはどの業務に使われていますか?
防衛省AI活用推進基本方針は、①目標の探知・識別、②情報の収集・分析、③指揮統制、④後方支援業務、⑤無人アセット、⑥サイバーセキュリティ、⑦事務処理作業の効率化の7分野を重点としています。責任あるAI適用ガイドラインは原則としてAI技術を適用した装備品等の試作事業を対象とし、低リスクに分類されないものに法的・政策的審査を行います。適格とされた高リスク装備品等には技術的審査を行い、低リスク装備品等は自己点検を基本とします。
小規模視覚言語モデル(SVLM)の性能や規模は公開されていますか?
公開されていません。リリースはSVLMを「エッジデバイス(ドローンや携帯端末)での高速動作を可能にする」技術と説明するだけで、パラメータ数・対応ハードウェア・精度の目標値は示されていません。