ストックオプションの本源的価値は「いま権利行使したらいくら得するか」を表す金額で、1株当たりでは、株式の評価額から行使価格を引いて求めます。言葉は単純ですが、日本の会計基準では未公開企業だけが本源的価値で費用を測れる特例の土台になり、税務では行使時に課税される経済的利益と同じ形の計算になります。この記事では、計算式と時間的価値との違いを数値で確認したうえで、会計処理・注記・課税で本源的価値がどう使われるかを一次情報に沿って整理します。
まとめ:本源的価値の要点
- 本源的価値=株式の評価額−行使価格。マイナスになる場合はゼロとして扱う。
- オプションの価値=本源的価値+時間的価値。本源的価値がゼロでも、行使期間が残っていれば価値はゼロではない。
- 未公開企業は、公正な評価単価に代えて単位当たりの本源的価値で会計処理できる(企業会計基準第8号13項)。付与日に見積り、その後は見直さない。
- 未公開企業が本源的価値による特例を用いる場合、行使価格が付与日の会計上の株式評価額以上なら、付与時の測定に基づく株式報酬費用はゼロとなる。ただし期末と行使日の本源的価値の合計額は注記が必要。
- 上場後に付与するストックオプションの費用算定には、公開直後でも本源的価値による特例を使えない。IFRS第2号の本源的価値法は「稀な場合」に限られ、毎期再測定する点で日本基準と違う。
- 役職員に報酬として無償付与された税制非適格ストックオプションでは、原則として行使日の株価と行使価格の差額が給与課税の対象となる。本人が適正な時価で有償取得したものは、行使時に課税されない。
- 税制適格の行使価額要件は、行使価格を付与契約時の税務上の株価以上とする要件であり、会計上の本源的価値がゼロになることまでは意味しない。
以下、計算式、時間的価値、会計、税務、判断を誤りやすい場面の順に説明します。
本源的価値の定義と計算式
企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」の13項は、単位当たりの本源的価値を「算定時点においてストック・オプションが権利行使されると仮定した場合の単位当たりの価値」であり、「自社の株式の評価額と行使価格との差額」と定めています。式にすると次のとおりです。
単位当たりの本源的価値 = max(株式の評価額 − 行使価格,0)
差額がマイナスのときにゼロとするのは、オプションの保有者に行使の義務がないためです。株価が行使価格を下回っていれば、行使しないことで割高な株式取得を避けられます。ただし、有償取得したオプションでは、取得代金を回収できないことがあります。付与分の本源的価値の合計額は、1株当たりの本源的価値に、権利行使で交付される株式数を掛けて求めます。新株予約権1個が100株に対応する場合は、個数を100倍して株式数に換算します。
イン・ザ・マネーとアウト・オブ・ザ・マネーの区分
株式の評価額と行使価格の位置関係で、オプションは3つの状態に分かれます。行使価格1,000円の例で並べると次のようになります。
| 状態 | 株式の評価額 | 本源的価値(1株) |
|---|---|---|
| アウト・オブ・ザ・マネー | 800円 | 0円 |
| アット・ザ・マネー | 1,000円 | 0円 |
| イン・ザ・マネー | 1,500円 | 500円 |
本源的価値が生じるのはイン・ザ・マネーのときだけです。未上場企業のストックオプションは、付与時点ではアット・ザ・マネーかアウト・オブ・ザ・マネーで設計されるのが通常で、その理由は後述する会計と税制の両方にあります。
時間的価値との違いを試算で確認
オプション全体の価値は本源的価値と時間的価値の合計です。時間的価値は、行使期間の残りのあいだに株価が上がる可能性に付く値段で、残存期間が長いほど、株価の変動(ボラティリティ)が大きいほど大きくなります。下の表は、行使価格1,000円、ボラティリティ50%、無リスク金利1%、配当なしの条件でブラック・ショールズ式により当社が試算したものです。
| 残存期間 | 株価 | オプション価値 | 本源的価値 | 時間的価値 |
|---|---|---|---|---|
| 5年 | 800円 | 299.5円 | 0円 | 299.5円 |
| 5年 | 1,000円 | 438.3円 | 0円 | 438.3円 |
| 5年 | 1,500円 | 831.3円 | 500円 | 331.3円 |
| 1年 | 1,000円 | 201.4円 | 0円 | 201.4円 |
| 1年 | 1,500円 | 578.0円 | 500円 | 78.0円 |
| 3か月 | 1,000円 | 100.6円 | 0円 | 100.6円 |
| 3か月 | 1,500円 | 509.0円 | 500円 | 9.0円 |
読み取れることは3点です。第一に、株価が行使価格と同じ1,000円で本源的価値がゼロでも、残存5年なら1個(1株分)あたり438円の価値があります。第二に、時間的価値はアット・ザ・マネーで最も大きく、深くイン・ザ・マネーになるほど小さくなります。第三に、満期が近づくと時間的価値はゼロに近づき、オプション価値は本源的価値に収束します(3か月で9円)。
この表は上場株のように市場で売買できるオプションを前提にした計算です。役職員向けのストックオプションは譲渡が禁止されるのが通常で(税制適格では要件そのもの)、保有者は時間的価値を売って現金化できません。適用指針41項も、譲渡できないストックオプションは行使時点に残る時間的価値を実現する方法がなく放棄せざるを得ないため、譲渡可能なオプションより公正な評価単価が低くなると説明しています。会計上の公正な評価単価の算定方法はストックオプションの評価単価とは?公正な評価単価の計算方法と6つの基礎数値で扱っています。
未公開企業の会計処理で本源的価値を使う場合
企業会計基準第8号は、ストックオプションの費用を「公正な評価単価×ストック・オプション数」で測るのが原則です。公正な評価単価はブラック・ショールズ式などで時間的価値まで含めて算定します。そのうえで13項は、未公開企業に限って、公正な評価単価に代えて単位当たりの本源的価値の見積りで会計処理できるとしています。未公開企業とは、国内外の証券取引所に上場しておらず、株価を公表する店頭市場にも登録されていない企業です(同2項(14))。
付与日に固定する本源的価値と費用ゼロの条件
本源的価値を使う場合も、付与日現在で見積った単価を固定し、その後の株価変動では見直しません(13項)。基準の結論の背景61項は、本源的価値によると、自社株式の評価額が行使価格を上回る状態で付与された場合を除いて価値がゼロとなり、「事実上費用が計上されないこととなる」と書いています。
行使価格1,000円、付与日の株式評価額1,000円、付与数1万株の例では、単位当たりの本源的価値は0円で、株式報酬費用は0円です。これが行使価格800円なら1株200円×1万株=200万円を、権利確定までの期間に配分して費用計上します。仕訳と費用配分の手順はストックオプションの会計基準とは?企業会計基準第8号に基づく仕訳・費用計上の実務解説で扱っています。
なお、未公開企業でも公正な評価単価を見積ることは禁じられていません。ストック・オプション等に関する会計基準の適用指針(企業会計基準適用指針第11号)59項は両方を認めています。ただし同項は、専ら上場している他社の情報だけを使った仮定の計算は、通常、自社のストックオプションの公正な評価単価にはならないとしています。
注記する本源的価値の合計額と株式評価方法
費用がゼロでも開示は残ります。基準16項(5)は、本源的価値で算定した場合に次の2つの注記を求めています。付与日以後の株価上昇分は損益に入れず、注記で示すという整理です(63項)。
- 各期末における本源的価値の合計額
- 各会計期間中に権利行使されたストックオプションの、権利行使日における本源的価値の合計額
先の例で、期末の株式評価額が1,800円に上がり、未行使が1万株なら、期末の本源的価値の合計額は(1,800円−1,000円)×1万株=800万円です。損益計算書の費用は0円のままです。行使日の本源的価値は、月中の平均株価を基礎にするなど簡便で合理的な方法で計算できます(適用指針32項)。あわせて、価値算定の基礎となった自社株式の評価方法も注記します(同31項)。
上場後の有価証券報告書にもこの注記は残ります。2023年7月28日に東証グロース市場へ上場したGENDAの2025年1月期有価証券報告書は、付与時点で未公開企業だったため単位当たりの本源的価値で算定していると記載し、期末の本源的価値の合計額を10,389百万円、期中に行使された分の行使日における本源的価値の合計額を5,910百万円と開示しています。費用には入っていない株価上昇分の大きさが、注記で分かる例です。
付与・行使・失効の個数と、そのつどの評価額を記録していないと、この注記の数字は作れません。新株予約権の台帳を会計システムとつなぐ場合は会計・経理システム開発の範囲として相談できます。
未公開企業の自社株式評価額と合理的な評価方法
本源的価値の計算で一番判断が分かれるのは、引き算の左側にある「自社の株式の評価額」です。適用指針60項は純資産法、キャッシュ・フロー法、配当還元法、取引事例比準法などを挙げたうえで、評価方法をあらかじめ定めることはせず、「当該株式を第三者に新規に発行する場合の価格を決定する際に用いられるような合理的な評価方法」である必要があるとしています。61項は、開示を条件に、評価時点ごとに企業価値を最もよく表す方法を選んでよいとしています。
付与日の近くに第三者割当増資をしている場合、その発行価格は評価の参考になります。ただし、増資対象が優先株式などの場合は、ストックオプションの対象株式との権利内容の違いを検討する必要があります。増資価格を大きく下回る評価額を付与日の評価額にすると、監査で根拠を問われやすくなります。
上場後の新規付与の評価原則とIFRSの本源的価値法
本源的価値による算定は未公開企業に限られます。GENDAの例のように未公開時に付与して本源的価値で測定した分は、費用算定には付与日の値を使い、注記には各期末・行使日の値を使いますが、上場後に付与する分は公正な評価単価で測ります。基準63項は、上場直後で株価データが少ない企業についても検討したうえで、自社の株価を参照できることなどを理由に認めませんでした。上場直後の企業は、短い株価履歴を基礎に、類似企業のボラティリティなどで補って公正な評価単価を見積ります。
IFRS第2号「株式に基づく報酬」にも本源的価値で測る規定(24項)がありますが、要件と処理が違います。使えるのは資本性金融商品の公正価値を信頼性をもって見積れない「稀な場合のみ」で、未公開企業かどうかでは決まりません。さらに、当初測定後も各報告期間末と最終決済日(行使・失効など)に本源的価値を測り直し、変動を純損益に計上します。日本基準が付与日の値で固定して注記に回すのとは逆の扱いです。IFRSとの違い全体はストックオプションのIFRS会計処理|IFRS第2号と日本基準の違いを仕訳と設例で整理にまとめています。
税務で本源的価値にあたる金額
行使時に課税されるストックオプションでは、課税対象となる経済的利益を、行使日の株式の価額から行使価格等を差し引いて求めます。この金額は、納付する税額そのものではありません。
無償の報酬型ストックオプション:非適格の場合の行使益と給与課税
所得税法施行令84条3項は、役務の対価などとして与えられた新株予約権を行使した場合の収入金額を、行使日の株式の価額から、新株予約権の取得価額と払込額の合計を控除した金額としています。無償で付与されたストックオプションなら取得価額はゼロなので、課税対象となる経済的利益は「行使日の株価−行使価格」で、行使日の本源的価値に相当します。納付税額は、他の所得や所得控除、適用税率などを踏まえて計算します。
国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)」(令和6年11月改訂)問1の例では、行使時の株価800、行使価額200で、経済的利益600が給与所得として課税され、発行会社は源泉徴収が必要です。その後の売却では、売却時の株価1,000と行使時の株価800の差200が株式の譲渡所得になります。課税が2回に分かれる仕組みは税制非適格ストックオプションとは?課税2回の仕組みと税制適格との違い【令和6年度改正対応】で詳しく扱っています。
給与所得は総合課税で、所得税と住民税を合わせた最高税率は55%(復興特別所得税を除く)です。株を売っていない段階で税金が先に来るため、行使時に給与課税される保有者は、行使益を給与収入に加えた場合の税額を見積もり、権利行使の払込資金とは別に納税資金を用意する必要があります。
税制適格:付与契約時の税務上の株価と行使価額要件
租税特別措置法29条の2第1項3号は、1株当たりの権利行使価額が「契約の締結の時における一株当たりの価額に相当する金額以上であること」を税制適格の要件にしています。行使価格が付与契約時の税務上の株価以上なら、その株価を用いて計算した本源的価値はゼロです。会計上の評価額を用いた本源的価値とは一致しない場合があります。行使価格が付与契約時の税務上の株価を下回るものは、税制適格の行使価額要件を満たしません。会計上の本源的価値がプラスであることだけでは、税制適格性は判断できません。
要件を満たせば行使時は課税されず、売却時には、売却価額から権利行使価額や売却手数料等を差し引いた譲渡益に、原則として20.315%の税率で課税されます。年間の権利行使価額の上限は原則1,200万円で、一定の会社が付与するものは2,400万円または3,600万円に拡大されます。具体的には、付与決議の日に設立5年未満の会社は権利行使価額を2で割り、設立5年以上20年未満などの財務省令の要件を満たす会社は3で割って判定します(同項ただし書)。行使価格の決め方はストックオプションの行使価格の決め方|上場・非上場と税制適格で変わる基準【2026年版】で扱っています。
非上場株式の評価額:会計と税務の算定基準の違い
国税庁Q&Aの問7・問8によると、取引相場のない株式の付与契約時の株価は、売買実例価額(概ね6か月以内の売買。増資も売買実例に含むが、新株予約権の発行や行使は含まない)などで決める原則方式のほか、税制適格の行使価額要件の判定に限り、財産評価基本通達の例による特例方式(純資産価額方式など)を選べます。問8の例は、純資産価額50万円÷発行済株式数1,000株で1株500円となり、行使価格を500円以上にすれば要件を満たすとしています。
一方、会計上の評価額は、前述のとおり第三者への新規発行価格を決めるような合理的な方法で見積ります。税務の特例方式で算定した株価と会計上の評価額は一致するとは限りません。税務の基準で決めた行使価格でも、会計上の評価額がそれを上回れば会計上の本源的価値はプラスになり、費用が生じます。設計時に両方の株価を並べて確認してください。特例方式の詳細は税制適格ストックオプションとセーフハーバールール|非上場株の権利行使価額と1円SOの実務で扱っています。
本源的価値で判断を誤りやすい場面
本源的価値は計算が簡単なぶん、使ってはいけない場面でも使われがちです。次の4つは特に注意してください。
- 「本源的価値ゼロ=報酬価値ゼロ」と説明する:会計上の費用がゼロでも、試算表のとおり時間的価値は残ります。採用時の報酬比較で付与価値をゼロと扱うと、候補者の期待値と会社の説明がずれます。
- 付与日の評価額を古い数字のまま使う:直前の第三者割当価格や仮決算を無視した評価額は、会計の合理的な評価方法としても、税務の時価としても説明しにくくなります。
- 上場後の付与にも本源的価値を使う:上場後に付与するものは公正な評価単価で費用を測ります。上場直後でも例外はありません。
- 行使のタイミングを本源的価値だけで決める:役職員のストックオプションは売れないので、行使を遅らせることで時間的価値を残す選択肢はありますが、無償の報酬型で非適格のものは、行使日の本源的価値に相当する行使益が原則として給与課税の対象です。株価が上がるほど行使時の税額も増えるため、行使時の納税資金と、株式を売却できる時期を先に確認してください。
ストックオプション制度全体の仕組み、税制適格の他の要件、会計処理の全体像はストックオプションとは?仕組み・税制適格の要件と税金・会計処理をわかりやすく解説【2026年】で整理しています。
よくある質問
本源的価値がゼロのストックオプションには価値がないのですか?
価値はあります。本源的価値は「いま行使した場合」の値で、行使期間が残っていれば時間的価値が上乗せされます。行使価格1,000円・株価1,000円・残存5年・ボラティリティ50%・無リスク金利1%・配当なしの試算では、本源的価値0円に対しオプション価値は1株あたり約438円でした。
本源的価値と公正な評価単価はどう違いますか?
公正な評価単価はブラック・ショールズ式などで算定するオプションの値段で、時間的価値を含みます。本源的価値は株式の評価額と行使価格の差だけで、時間的価値を含みません。日本基準では公正な評価単価が原則で、本源的価値は未公開企業に認められた代替です(企業会計基準第8号13項)。
上場企業はストックオプションを本源的価値で会計処理できますか?
上場後に付与するストックオプションには使えません。本源的価値による算定は未公開企業に限られ、上場直後の企業も対象外です(同63項)。未公開の時期に付与した分は、上場後も付与日の本源的価値のまま処理し、期末と行使日の本源的価値の合計額を注記し続けます。
信託型ストックオプションの課税で本源的価値はどう使われますか?
国税庁のQ&A(問3)は、役職員が信託型ストックオプションを行使して株式を取得した場合の経済的利益を給与所得としています。例では行使時の株価800から、信託が負担して役職員が引き継いだ取得価額50と権利行使価額200の合計250を引いた550が課税対象です。取得価額を引く点を除けば、行使時の本源的価値と同じ形の計算です。信託型の仕組みと代替策は信託型ストックオプションとは?仕組みと給与課税リスク・代替策【令和6年度改正対応】で扱っています。
未上場企業の本源的価値はどの株価で計算しますか?
会計上は、第三者に新株を発行する際の価格決定に用いるような合理的な方法(純資産法、キャッシュ・フロー法、取引事例比準法など)で評価し、その方法を注記します(適用指針60項・31項)。税制適格の行使価額要件を判定するときの株価は、売買実例価額などによる原則方式か、財産評価基本通達の例による特例方式で決めます。会計と税務で同じ株価になるとは限りません。