受注生産の現場で「この案件はいくらで仕上がったのか」を出す仕組みが個別原価計算です。名前のとおり製品や案件を1件ずつ追いかけますが、どこまでを1件と数えるか、間接費をいつの時点で乗せるかは原価計算基準(昭和37年11月8日・企業会計審議会)が条文で決めています。ここを飛ばして表だけ作ると、月末に指図書の合計と総勘定元帳が合わなくなります。この記事では基準三一から三六、および四七を根拠に、指図書への集計手順、仕訳、総合原価計算との違い、仕損が出たときの処理までを順に確定させます。
まとめ:個別原価計算の要点
先に結論だけ並べます。実務で判断が割れるのは、ほぼこの6点です。
- 個別原価計算は「種類を異にする製品を個別的に生産する生産形態」に適用します(三一)。基準に「受注」という語は一度も出てきませんが、受注生産はこの生産形態の典型例です。
- 原価を集める単位は特定製造指図書です。製品原価は指図書に含まれる製品の生産完了時に算定するため、月末に未完成の指図書はそのまま仕掛品になります(三一)。
- 直接材料費は実際消費量×消費価格、直接労務費は実際の作業時間又は作業量×賃率、直接経費は原則として実際発生額で賦課します(三二)。
- 製造間接費は原則として予定配賦率で配賦します(三三(二))。月末に実際発生額を按分する運用は基準の原則から外れます。
- 「単純個別原価計算」「部門別個別原価計算」「実際個別原価計算」「標準個別原価計算」はいずれも基準の条文には存在しない呼称です。基準側の原則は三三(一)の部門間接費配賦にあります。
- 予定配賦で生じた配賦差異は、材料受入価格差異を除き原則として当年度の売上原価に賦課します(四七(一)1)。
個別原価計算の定義と適用範囲|基準三一が定める生産形態と指図書
三一は個別原価計算を「種類を異にする製品を個別的に生産する生産形態に適用する」と定め、続けて「特定製造指図書について個別的に直接費および間接費を集計し、製品原価は、これを当該指図書に含まれる製品の生産完了時に算定する」と手続を指定しています。判断の軸は受注か見込かではなく、製品の種類が異なるかどうかです。
受注生産が典型例になる理由と、基準に「受注」の語が無いこと
原価計算基準の全文を検索しても「受注」は0件です(2ソースで確認)。それでも造船、大型機械、金型、建設、システム開発といった受注生産が個別原価計算の代表例として挙がるのは、受注ごとに仕様・工程・材料が変わり、結果として「種類を異にする製品」に該当するからです。逆に、受注生産であっても同じ仕様の製品を反復連続的に作っているなら、集計単位を期間生産量に置く総合原価計算のほうが実態に合います。受注という契約形態ではなく製品の同一性で選ぶ、という順序を取り違えないでください。
製品以外にも及ぶ適用範囲(自家用設備・試験研究・試作・代品製作)
見落とされやすいのが三一の後段です。経営の目的とする製品の生産だけでなく、自家用の建物・機械・工具等の製作又は修繕、試験研究、試作、仕損品の補修、仕損による代品の製作についても、特定指図書を発行して行う場合は個別原価計算の方法で原価を算定します。社内で使う治具を内製したときや、試作案件を回したときに指図書を切っているなら、それは売上に紐づかなくても個別原価計算の対象です。この範囲を切り落とすと、製造部門の稼働のうち一定量が原価計算の外に出てしまい、間接費の配賦基準がその分だけ歪みます。
総合原価計算との違い|集計単位は指図書か期間生産量か(三一・二四)
両者を分けているのは、原価を集める単位です。二四は総合原価計算の特質を「原価集計の単位が期間生産量であること」と明示し、継続製造指図書に基づいて一期間の総製造費用を期間生産量に分割負担させると定めています。対する個別原価計算は特定製造指図書ごとの集計です。したがって、同じ工場でも指図書の性格(特定か継続か)が変われば方式が変わります。
| 比較軸 | 個別原価計算 | 総合原価計算 |
|---|---|---|
| 集計単位 | 特定製造指図書 | 期間生産量 |
| 指図書の種類 | 特定製造指図書 | 継続製造指図書 |
| 原価の算定時点 | 指図書の製品の生産完了時 | 原価計算期間の末 |
| 期末仕掛品 | 未完成の指図書の集計額 | 完成品換算量で按分 |
| 根拠条文 | 三一 | 二四 |
なお二〇は製品別計算の形態を、単純総合原価計算・等級別総合原価計算・組別総合原価計算・個別原価計算の4類型に区分しています。個別原価計算は総合原価計算の対概念というより、4類型のうちの1つという位置づけです。総合原価計算側の手続は経理・簿記学習者が最初に押さえるべき総合原価計算の基本構造と適用条件で扱っています。
基準に無い4区分の呼称と、部門間接費配賦(三三(一))という原則
検索でよく並ぶ「単純個別原価計算」「部門別個別原価計算」「実際個別原価計算」「標準個別原価計算」は、原価計算基準の条文には1件も存在しません(全文検索で4語とも0件、2ソースで確認)。簿記検定と教科書が学習の便宜で立てた区分です。実務で方式名を決めるときに条文上の根拠を探しても見つからないので、代わりに次の2条を見てください。
単純か部門別かではなく、三三(一)の部門間接費配賦が原則
三三(一)は「個別原価計算における間接費は、原則として部門間接費として各指図書に配賦する」と定めています。つまり基準の原則側は部門を経由する配賦であり、部門を設けず工場全体の一本の配賦率で配る運用(教科書でいう単純個別原価計算)は簡便法の位置づけです。部門を作らないと決めるなら、それが原則からの簡略化であることを自覚したうえで、配賦率が実態から離れていないかを定期的に検証する必要があります。ただし三三(七)は、一部の補助部門費を製造部門に配賦せず直接に指図書へ配賦することを認めており、全部門を機械的に経由させる必要はありません。部門別計算そのものの手続は製造原価の精度向上に不可欠な部門別原価計算の基本構造と全体像にまとめています。
実際か標準かの違いが実際に効くのは、四七の差異処理
実際原価で集計するか標準原価で集計するかは、集計中の見た目より期末の差異処理で差が出ます。四七(一)は実際原価計算制度の原価差異を、材料受入価格差異を除き原則として当年度の売上原価に賦課すると定めます。四七(二)1は標準原価計算制度について、数量差異・作業時間差異・能率差異等であって異常な状態に基づくと認められるものは非原価項目として処理すると定めています。標準を入れると、差異が製品原価にも売上原価にも入らず損益計算の外へ出る経路が1本増えます。ここが実際原価との実務上の分岐点です。
製造指図書を起点とする原価集計の手順
手順そのものは三二と三三に書かれています。指図書を発行し、直接費を発生のつど又は定期に整理分類して賦課し、間接費を予定配賦率で配賦し、生産完了時に製品原価を確定させる、という流れです。
直接費の賦課|三二が指定する3つの計算式
三二は直接費を「発生のつど又は定期に整理分類して、これを当該指図書に賦課する」と定め、費目ごとに計算方法を分けています。直接材料費は当該指図書に関する実際消費量にその消費価格を乗じます。直接労務費は当該指図書に関する実際の作業時間又は作業量に賃率を乗じます。作業量でもよい、という部分が落ちやすく、時間記録が取れない工程では出来高や加工数量を基準にしてかまいません。直接経費は原則として当該指図書に関する実際発生額で計算します。
賃率については一二(一)が、実際の個別賃率または職場もしくは作業区分ごとの平均賃率によるとし、平均賃率は必要ある場合に予定平均賃率で計算できると定めています。賃率の作り方と法定福利費の扱いは原価計算における人件費の扱い方|原価に含める範囲・賃率の出し方・販管費との線引きで詳しく整理しています。
製造間接費の配賦|予定配賦率と予定操業度の決め方
三三(二)は「間接費は、原則として予定配賦率をもって各指図書に配賦する」と定めます。予定配賦率は、一定期間における各部門の間接費予定額を、同期間の当該部門の予定配賦基準で除して算定します(三三(三))。配賦額は、この予定配賦率に各指図書に関する実際の配賦基準を乗じて計算します(三三(六)1)。
設定でつまずくのは分母の予定操業度です。三三(五)は、予定操業度を「原則として、一年又は一会計期間において予期される操業度」とし、明確に「技術的に達成可能な最大操業度ではなく、この期間における生産ならびに販売事情を考慮して定めた操業度である」と否定しています。設備能力をそのまま分母に置くと配賦率が低く出て、期中の配賦不足が構造的に発生します。操業度は直接作業時間、機械運転時間、生産数量等、間接費の発生と関連ある適当な物量基準で表示します。
労働と機械作業が密接に結合していて直接労務費と製造間接費を分離できない場合は、三四により加工費として部門別計算を行い、部門加工費を指図書に配賦できます。ただしこれは「分離することが困難な場合その他必要ある場合」に限った選択肢であり、常用する簡便法ではありません。
生産完了時に原価を算定する=月末の未完成分は仕掛品
三一が製品原価の算定時点を生産完了時と定めている以上、月末に完成していない指図書の集計額は仕掛品として残ります。月次で「完成」「仕掛中」を指図書単位に区分し、完成した指図書だけを製品勘定へ振り替えれば、仕掛品勘定の残高は未完成指図書の集計額と一致します。この照合が合わないときは、指図書の閉鎖漏れか、閉鎖後の指図書に費用が計上され続けているかのどちらかです。集計表の項目設計は原価計算表の作り方|記載項目と費目分類・個別原価計算の集計手順を参照してください。
個別原価計算の仕訳|数値例で追う勘定連絡と配賦差異
設例で通します。当月に指図書No.101とNo.102を発行し、No.101は当月完成、No.102は月末未完成とします。予定賃率は2,400円/時、製造間接費の予定配賦率は年間予算90,000,000円÷年間予定直接作業時間60,000時間=1,500円/時とします。
| 項目 | No.101(完成) | No.102(未完成) | 合計 |
|---|---|---|---|
| 直接材料費 | 800,000円 | 500,000円 | 1,300,000円 |
| 直接作業時間 | 300時間 | 150時間 | 450時間 |
| 直接労務費(2,400円/時) | 720,000円 | 360,000円 | 1,080,000円 |
| 製造間接費配賦額(1,500円/時) | 450,000円 | 225,000円 | 675,000円 |
| 指図書別合計 | 1,970,000円 | 1,085,000円 | 3,055,000円 |
直接費の消費と製造間接費の予定配賦
直接材料費と直接労務費は、指図書に賦課された時点で仕掛品勘定の借方に入ります。製造間接費は実際発生額をいったん製造間接費勘定に集め、予定配賦率×実際の直接作業時間で仕掛品へ振り替えます。
- 材料の消費:(借)仕掛品 1,300,000 /(貸)材料 1,300,000
- 賃金の消費:(借)仕掛品 1,080,000 /(貸)賃金 1,080,000
- 製造間接費の予定配賦:(借)仕掛品 675,000 /(貸)製造間接費 675,000
間接材料費・間接労務費・間接経費は仕掛品ではなく製造間接費勘定の借方に集めます。指図書番号が付いた伝票は仕掛品へ、付かない伝票は製造間接費へ、という単純な分岐です。
完成品の振替と配賦差異の計上
No.101は生産完了したので、集計額1,970,000円を製品勘定へ振り替えます。当月の製造間接費の実際発生額が720,000円だったとすると、予定配賦額675,000円との差45,000円が配賦差異(配賦不足=借方差異)です。
- 完成品の振替:(借)製品 1,970,000 /(貸)仕掛品 1,970,000
- 配賦差異の計上:(借)製造間接費配賦差異 45,000 /(貸)製造間接費 45,000
振替後の仕掛品勘定の残高は、1,300,000+1,080,000+675,000−1,970,000=1,085,000円となり、未完成のNo.102の集計額と一致します。月次でこの一致を確認する手順を入れておけば、指図書の閉鎖漏れはその月のうちに検出できます。
期末の配賦差異処理|個別原価計算だけに用意された指図書別配賦
四七(一)1は、原価差異を材料受入価格差異を除き原則として当年度の売上原価に賦課すると定めます。例外は四七(一)3で、予定価格等が不適当なため比較的多額の原価差異が生じた場合です。このとき個別原価計算では、当年度の売上原価と期末におけるたな卸資産へ指図書別に配賦するか科目別に配賦するかを選べます(四七(一)3(1)のイとロ)。総合原価計算の場合は科目別だけで、指図書別という選択肢はありません。案件別の採算を見せる目的なら、指図書別の配賦を選ぶ根拠がここにあります。
仕損費と作業くず|個別原価計算に固有の三五・三六
作り直しが出たときの処理は、個別原価計算では指図書の切り方と直結します。競合記事のほとんどがこの論点を扱っていませんが、受注生産では月次損益を最も動かす箇所です。
仕損費の3通りの計算と、売却価値控除が及ぶ2ケースの限定
三五は仕損費の計算を次の3通りに分けています。補修で回復でき補修指図書を発行する場合は、補修指図書に集計された製造原価が仕損費です。補修で回復できず代品のために新たな製造指図書を発行する場合は、旧指図書の全部が仕損なら旧指図書の集計額、一部が仕損なら新指図書の集計額を仕損費とします。別個の指図書を発行しない場合は、補修等に要する製造原価を見積って仕損費とします。
ここで条件を落としやすいのが控除の規定です。仕損品が売却価値または利用価値を有する場合にその見積額を控除するのは、条文上「前記(二)又は(三)の場合において」と限定されており、(一)の補修指図書のケースは対象外です。また軽微な仕損については、仕損費を計上せず、仕損品の見積売却価額または見積利用価額を当該製造指図書の製造原価から控除するにとどめることができます。処理方法は、仕損費を当該指図書に賦課するか、間接費として仕損の発生部門に賦課するかのいずれかです。後者を選ぶ場合は、予定配賦率の計算で当該製造部門の予定間接費額に仕損費の予定額を算入します。
作業くずの控除先は部門費が原則
三六は、作業くずを総合原価計算の場合に準じて評価し、その発生部門の部門費から控除すると定めます。当該製造指図書の直接材料費または製造原価から控除できるのは「必要ある場合には」という例外側です。スクラップ売却収入を発生案件の原価から引く運用が実務では広く行われていますが、条文の原則は部門費側だという点は押さえておいてください。
受注生産の個別原価管理が崩れる3か所と、崩さない運用
個別原価計算が指図書ごとに原価を集計する手続そのものを指すのに対し、個別原価管理はその集計結果を使って案件別の採算と配賦率を継続的に是正する活動を指します。条文どおりに設計しても、後者の段階で精度を落とすのは決まった箇所です。原因を挙げるだけでは動けないので、どこで判断を切るかまで書きます。
第一に工数の記録です。三二(二)が直接労務費を実際の作業時間に依存させている以上、作業時間票が後追いでまとめ書きされている限り、指図書別の原価は作れません。ここは記録精度を上げる努力より、記録できない工程を最初から間接費に寄せて予定配賦の対象にするほうが安定します。中途半端に直接費として配分すると、案件間の付け替えが起きて比較可能性まで失われます。
第二に指図書の開閉タイミングです。三一が生産完了時に原価を算定すると定めているため、引渡し後も指図書を開けたまま追加費用を落とすと、完成した月の売上原価と原価が対応しません。追加作業が発生したら新しい指図書を発行する、というルールを先に決めてください。
第三に配賦率の据え置きです。三三(五)が予定操業度を「この期間における生産ならびに販売事情を考慮して定めた操業度」としている以上、受注量が計画から大きく振れた年度に前年の配賦率をそのまま使うのは条文の想定から外れます。年度途中で受注が計画比で大きく下振れしたときは、配賦差異の累積額を四半期単位で確認し、翌年度の予定操業度に反映させる、という運用が現実的です。差異が毎期同じ符号で積み上がっているなら、それは差異ではなく配賦率の設定誤りです。
案件数が増えて指図書別の集計が表計算で追えなくなったときの選択肢は原価管理システムの基本機能と導入前に押さえるべき業務課題の全体像に、プロジェクト単位で原価を持つ場合の設計はプロジェクト別原価計算の基本構造と総合原価計算との実務上の違いにまとめています。
よくある質問
個別原価計算とは何ですか?
種類を異にする製品を個別的に生産する生産形態に適用する原価計算です(基準三一)。特定製造指図書について直接費と間接費を個別に集計し、製品原価はその指図書に含まれる製品の生産完了時に算定します。造船、金型、建設、システム開発のように案件ごとに仕様が変わる受注生産が典型例ですが、自家用設備の製作や修繕、試験研究、試作についても特定指図書を発行するなら同じ方法で原価を算定します。
総合原価計算と個別原価計算の違いは何ですか?
原価を集計する単位が違います。個別原価計算は特定製造指図書ごとに集計し、生産完了時に製品原価を算定します(三一)。総合原価計算は継続製造指図書に基づき、一期間の総製造費用を期間生産量に分割負担させます(二四)。この違いから、期末仕掛品の扱いも変わります。個別原価計算では未完成の指図書の集計額がそのまま仕掛品になり、総合原価計算では完成品換算量で按分します。
実際個別原価計算と標準個別原価計算はどう違いますか?
いずれも原価計算基準の条文には出てこない呼称で、簿記学習上の区分です(両語とも全文0件)。実質的な差は期末の原価差異処理に表れます。実際原価計算制度の原価差異は、材料受入価格差異を除き原則として当年度の売上原価に賦課します(四七(一)1)。標準原価計算制度では、数量差異・作業時間差異・能率差異等のうち異常な状態に基づくと認められるものを非原価項目として処理し、それ以外は実際原価計算制度に準じて処理します(四七(二))。
個別原価計算の計算例を簡単に教えてください。
直接材料費800,000円、直接作業時間300時間、予定賃率2,400円/時、製造間接費の予定配賦率1,500円/時の指図書なら、直接労務費が720,000円、製造間接費配賦額が450,000円で、製造原価は1,970,000円です。完成時に(借)製品1,970,000/(貸)仕掛品1,970,000と振り替えます。製造間接費の実際発生額が予定配賦額を上回った差額は配賦差異として把握し、期末に売上原価へ賦課します。
個別原価計算は表計算ソフトでもできますか?
指図書の件数が少なければ可能です。必要な列は指図書番号、直接材料費、直接作業時間、直接労務費、製造間接費配賦額、状態(完成/仕掛中)で、配賦額は予定配賦率×実際の配賦基準で計算します(三三(六)1)。表計算での実装はエクセルで原価計算する方法|原価率・売上原価の計算式と崩れない表の設計を参照してください。指図書が同時並行で数十件を超え、月次で仕掛品残高の照合が追いつかなくなった段階が、システム化を検討する目安になります。