「マルサ」は、国税局の査察部門が脱税の刑事責任を追及するために行う調査(査察)の通称です。税務署から電話で日程を相談される一般的な税務調査とは、根拠となる条文も、使える手段も、終わり方もまったく違います。この記事では、税務署や資料調査課が行う任意調査と、査察が行う強制調査の違いを国税通則法の条文で比べ、国税庁が2026年6月に公表した令和7年度の査察事績で、実際にどの程度の件数と規模で行われているのかを確認します。
まとめ:マルサと任意調査の違いの要点
- マルサは国税局の査察部(一部の国税局は調査査察部)に属する国税査察官の通称で、行うのは国税通則法第11章にもとづく犯則調査です。目的は税額の確定ではなく、検察官への告発による刑事責任の追及です。
- 税務署や国税局の資料調査課が行う税務調査は、国税通則法74条の2などにもとづく任意調査です。正当な理由なく拒むと128条の罰則(1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)があるため「断れない任意」ですが、調査官が実力で帳簿を持ち去ることはできません。
- 査察は、裁判官があらかじめ発する許可状があれば、臨検・捜索・差押えができます(132条)。事前通知の規定はなく、相手方の承諾も要りません。
- 令和7年度の査察は、着手131件、処理127件、告発82件で、告発率は64.6%でした。告発分の脱税額は1件当たり1億200万円で、同年度の一審判決80件はすべて有罪です。
- 事前通知のない税務調査や、資料調査課(料調)の調査は、それだけでは査察ではありません。手がかりの一つは許可状の提示があるかどうかですが、許可状を使わない131条の犯則調査もあるため、担当者の所属と調査の根拠もあわせて確認します。
以下、組織と目的、条文上の違い、査察で使われる手段、告発後の流れ、件数の実態の順に説明します。
マルサの正体:国税局査察部と犯則調査
正式名称は国税査察官、担当は国税局の査察部
マルサは法令上の名称ではなく、国税組織の隠語です。財務省の広報誌「ファイナンス」2019年11月号の「税務こぼれ話」は、「査察部の査にマルをつけて「マルサ」と呼んでおりましたが、今では有名になりすぎて逆に使われなくなってしまいました」と書いています。
組織としては、財務省組織規則が、東京・名古屋・大阪の各国税局に独立した査察部を置き、札幌・仙台・関東信越などそれ以外の国税局では調査査察部が査察を担うと定めています。東京国税局の査察部には、同規則499条により査察管理課・査察総括第一課・査察総括第二課・査察広域課・査察国際課などが置かれています。そこに配置される統括国税査察官・特別国税査察官をはじめとする国税査察官が、一般にマルサと呼ばれる人たちです。
国税庁は査察制度の目的を「悪質な脱税者に対して刑事責任を追及し、その一罰百戒の効果を通じて、適正・公平な課税の実現と申告納税制度の維持に資すること」と説明しています(令和7年度 査察の概要)。目的が刑事責任の追及である点が、税額を正しく確定するための税務調査との根本的な違いです。税務調査の目的と「調査」の定義は税務調査の目的とは?国税庁通達による「調査」の定義と行政指導との違いで解説しています。
資料調査課(料調)と査察部の所属・権限の違い
「マルサの次に怖い」と言われる国税局の資料調査課(通称リョウチョウ)は、査察部ではなく課税部に置かれた課です。財務省組織規則467条は、東京国税局の課税第一部と課税第二部にそれぞれ資料調査第一課から第三課を置くと定めています。
資料調査課の調査は、税務署の調査と同じく国税通則法74条の2などにもとづく任意調査です。調査が厳しいと言われることはあっても、許可状による捜索や差押えはできません。来たのが料調であれば、手続のうえでは通常の税務調査として対応することになります。
任意調査と強制調査の違いを条文で比較
両者の違いを、根拠条文から終わり方まで並べると次のとおりです。条文はe-Gov法令検索の国税通則法で確認できます。
| 項目 | 税務調査(任意調査) | 査察(強制調査) |
|---|---|---|
| 担当 | 税務署・国税局の調査部や資料調査課 | 国税局の査察部・調査査察部 |
| 根拠条文 | 国税通則法74条の2〜74条の6 | 国税通則法131条・132条 |
| 目的 | 課税標準・税額の確認 | 刑事責任の追及(告発) |
| 事前通知 | 原則あり(74条の9)・例外あり(74条の10) | 規定なし |
| 裁判官の許可状 | 不要 | 臨検・捜索・差押えに必要 |
| 拒んだとき | 128条の罰則(間接強制) | 許可状があれば拒めない |
| 終わり方 | 是正不要の通知・修正申告・更正等 | 告発の要否を判断(告発後は検察官が起訴を判断) |
| 年間の件数 | 法人の実地調査で約5万4千件 | 着手131件(令和7年度) |
法人の実地調査件数は令和6事務年度(令和6年7月〜令和7年6月)、査察は令和7年度(令和7年4月〜令和8年3月)の数字で、集計期間がずれています。それでも、桁が二つ以上違うことは読み取れます。
任意調査の「強制力」は罰則による間接強制
税務調査を断れないと言われるのは、国税通則法128条が、質問に答えない、偽りの答弁をする、検査を拒む・妨げる、正当な理由なく帳簿の提示や提出に応じないといった行為を、1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金に処すると定めているからです(2025年6月1日から懲役は拘禁刑に置き換わっています)。調査官が実力で倉庫を開けたり帳簿を押収したりするのではなく、罰則で応答を促す仕組みです。
最高裁昭和47年11月22日大法廷判決(川崎民商事件)は、当時の所得税法の検査拒否罰則について、検査の受忍を相手方に「強制する作用を伴うもの」と認めたうえで、その検査は「その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではない」としました。そのうえで、刑事責任追及を目的としないことに加え、検査制度の公益上の必要性と合理性、強制の程度などの「諸点を総合して判断すれば」、あらかじめ裁判官の発する令状を一般的要件としなくても憲法35条の法意に反しないと結論づけています。
国税庁も、税務調査手続に関するFAQの問3で、罰則がある一方で「税務当局としては、罰則があることをもって強権的に権限を行使することは考えておらず」、帳簿の提示や提出は「納税者の方の理解と協力の下、その承諾を得て行うこととしています」と説明しています。罰則の条文と、実際に適用される場面は税務署の反面調査とは?根拠条文と拒否したときの罰則を一次資料で解説で詳しく扱っています。
74条の8:質問検査権の目的と犯罪捜査との区別
国税通則法74条の8は、74条の2から74条の7までの質問検査権について「犯罪捜査のために認められたものと解してはならない」と定めています。税務署の調査官が、脱税の証拠集めを目的に任意調査の権限を使うことは、法律上許されていません。
刑事責任を追及するための調査は、別の章(国税通則法第11章 犯則事件の調査及び処分)に、別の手続として置かれています。それが査察です。以前は国税犯則取締法という別の法律で定められていましたが、平成29年度税制改正で国税通則法に編入され、2018年4月1日に国税犯則取締法は廃止されました。古い解説で「国税犯則取締法2条」などと書かれているのは、この改正前の条文です。
査察で使われる調査手段:131条と132条
131条の質問・検査・領置は任意
査察でも、すべてが強制というわけではありません。国税通則法131条1項は、犯則事件を調査するため必要があるときは、犯則嫌疑者や参考人に出頭を求め、質問し、所持品を検査し、任意に提出された物件を領置できると定めています。2項では、官公署や団体に照会して報告を求めることもできます。
128条の罰則の対象は74条の2から74条の6までの質問検査で、131条の質問は含まれていません。査察で強制力を持つのは、次の132条の処分です。
132条の臨検・捜索・差押えと裁判官の許可状
132条1項は、所属官署の所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所の裁判官が「あらかじめ発する許可状」により、臨検、身体・物件・住居その他の場所の捜索、証拠物の差押え、記録命令付差押えができると定めています。刑事訴訟法の捜索差押令状と同じく、裁判官による事前の審査を経る点が任意調査との決定的な違いです。手続面でも、通則法は次のような規定を置いています。
- 許可状は処分を受ける者に提示しなければならない(139条)
- 必要があれば錠をはずし、封を開くことができる(137条)
- 必要があれば警察官の援助を求めることができる(141条)
- 住居などでは所有者や管理者、成年の使用人・同居の親族を立ち会わせる(142条)
- 原則として、許可状に夜間執行の記載がなければ日没から日出までは着手できない。日没前に開始した処分は、必要があれば日没後も継続できる(148条)
デジタル化への対応も条文に入っています。132条2項は、差し押さえるパソコンに電気通信回線で接続された記録媒体から電磁的記録を複写して差し押さえることを認め、134条は通信事業者に通信履歴を最長60日間消去しないよう求める保全要請を定めています。クラウド会計やメールのデータも、査察では対象になりうるということです。
査察の流れ:内偵から告発、刑事裁判まで
査察は、事前の連絡なく許可状を持って着手されます。おおまかな流れは次のとおりです。
- 内偵:着手前に、取引先・金融機関の情報や資料を集めて不正の見込みを固める
- 着手:許可状により事業所や自宅などを一斉に臨検・捜索し、帳簿・通帳・データを差し押さえる
- 調査:差押物件の分析と、嫌疑者・関係者への質問を重ね、質問調書を作成する(152条)
- 告発:犯則があると思料するときは検察官に告発しなければならない(155条)
- 起訴と刑事裁判:検察官が改めて刑事訴訟法の手続で捜査して起訴を判断し、裁判所が刑を言い渡す
155条は、法人税や所得税など間接国税以外の国税の犯則事件について、調査により犯則があると思料するときは「検察官に告発しなければならない」と定めています。告発するかどうかを国税当局が裁量で決めるのではなく、犯則の心証を得れば告発する義務がある、という書き方です。なお、159条5項の「告発は、取り消すことができない」は同条1項の告発(間接国税に関する犯則事件の告発)についての規定で、155条の告発一般を対象とするものではありません。
告発後の起訴の状況について、国税庁が発足70年を機にまとめた「国税庁70年史」には「告発事件のほぼ100%が起訴されている」との記述があります。令和7年度の査察の概要には起訴件数の記載がないため、直近の起訴率はこの資料からは確認できません。
刑事責任とは別に、免れた税金そのものと重加算税・延滞税の負担も残ります。査察の概要が示す脱税額にも加算税額が含まれています。追徴税額の計算は追徴課税とは?加算税・延滞税の税率と本税50万円の計算例【令和8年】で確認できます。
脱税犯の法定刑と両罰規定
法人税法159条1項は、偽りその他不正の行為により法人税を免れた者を「十年以下の拘禁刑若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」と定め、2項で、免れた税額が1千万円を超えるときは、罰金をその免れた税額まで引き上げられるとしています。所得税法238条も同じ構造です。法人税法163条の両罰規定により、代表者や従業者が業務に関して脱税をすれば、行為者本人に加えて法人にも罰金刑が科されます。
令和7年度の一審判決80件は、すべて有罪でした。実刑判決は6人で、査察事件単独で最も重いものは、複数の納税者に脱税スキームを使わせていた脱税指南グループの首謀者に対する懲役6年です(刑名は公表資料の表記どおり)。
令和7年度の査察事績:件数・告発率・脱税額
国税庁「令和7年度 査察の概要」(令和8年6月公表)の参考計表から、直近5年の推移を抜き出しました。
| 年度 | 着手 | 処理 | 告発 | 告発率 | 告発分脱税額 | 1件当たり |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 令和3 | 116件 | 103件 | 75件 | 72.8% | 60億7,400万円 | 8,100万円 |
| 令和4 | 145件 | 139件 | 103件 | 74.1% | 100億1,900万円 | 9,700万円 |
| 令和5 | 154件 | 151件 | 101件 | 66.9% | 89億3,100万円 | 8,800万円 |
| 令和6 | 151件 | 150件 | 98件 | 65.3% | 82億3,000万円 | 8,400万円 |
| 令和7 | 131件 | 127件 | 82件 | 64.6% | 83億9,000万円 | 1億200万円 |
告発率は告発件数を処理件数で割った値で、脱税額には加算税額が含まれます。令和7年度の告発82件を税目別に見ると、法人税44件、消費税23件(うち不正受還付12件)、所得税13件、相続税2件でした。業種別で告発が最も多かったのは建設業の18者です。
読み取れることは二つあります。一つは、査察が年に100〜150件程度しか着手されない、ごく限られた手続だということです。もう一つは、処理した事件の6〜7割が告発に回っていることです。令和7年度は処理127件のうち82件が告発され、告発率は64.6%でした。告発率は処理件数を分母にした値で、着手した事件のうち何割が告発されるかを示すものではありません。また、同年度の一審判決80件は、その年度に判決が出た事件の数で、同年度に告発された82件とは別の集団です。そのうえで、一審判決は令和5年度83件、令和6年度99件、令和7年度80件と、3年続けて全件が有罪でした。
査察の対象になる規模の目安
「脱税額1億円以上が査察の目安」という説明を見かけますが、国税庁の査察の概要に着手基準の記載はありません。告発分の1件当たり脱税額は1億200万円ですが、これは平均値です。同年度に無申告事案として告発された12件のうち8件は、不正な隠蔽工作を伴わず、故意に申告書を出さずに税を免れた「単純無申告ほ脱」事案でした。金額の目安よりも、売上の除外や架空経費の計上、海外口座への資金の隠匿のように、故意に税を免れた悪質さが問われると理解しておくほうが実態に合います。
税務署の調査対象がどのように選ばれるかは税務調査が10年以上来ない個人事業主・法人|KSK2とAI選定で変わる点、法人に税務調査が入る確率は税務調査が入る確率は法人1.6%|令和6事務年度の件数と業種別データで扱っています。
来たのは税務調査か査察か:見分け方と初動
突然の訪問を受けても、事前通知がなかったことだけで査察と決めつける必要はありません。国税通則法74条の10は、違法・不当な行為を容易にするおそれや、正確な課税標準等の把握を困難にするおそれなどがあると認める場合には、税務調査でも事前通知を要しないと定めています。事前通知なしで始まった税務調査も、手続のうえでは任意調査です。
見分ける手がかりの一つは、裁判官の許可状が示されるかどうかです。査察の臨検・捜索・差押えでは、許可状の提示が義務になっています(139条)。税務調査の調査官が携帯して示すのは身分証明書で(74条の13)、許可状はありません。
- 許可状が示されない場合:通常の税務調査か、131条による任意の犯則調査かを、担当者の所属・調査目的・根拠条文で確認します。通常の税務調査では、適法な質問検査への対応が求められますが、保管場所の確認や私物の検査は承諾が前提になります。日程の変更や税理士の立ち会いも相談できます。
- 許可状が示された場合:捜索・差押えを拒むことはできません。差し押さえられた物件の目録の謄本は交付される(143条)ので、何を持ち出されたかを記録として残しておきます。告発と刑事裁判を見据え、税理士に加えて刑事事件に対応できる弁護士への相談を早い段階で検討します。
任意調査として始まった場合の通知から終了までの手続は税務調査とは?事前通知から終了手続きまでの流れを国税通則法で確認、税理士に任せられる範囲は税務調査の税理士立ち会いは必要?任せられる範囲・同席できる人・費用を条文で確認で解説しています。
よくある質問
マルサと税務署の税務調査の違いは何ですか?
目的と強制力が違います。税務署の税務調査は税額を正しく確定するための任意調査で、拒めば罰則がありますが、実力で帳簿を押収することはできません。マルサ(査察)は刑事責任を追及するための犯則調査で、裁判官の許可状があれば臨検・捜索・差押えができ、調査の結果は検察官への告発につながります。
マルサが入るのはどのような場合ですか?
偽りその他不正の行為による脱税が疑われる事案に加え、不正行為を伴わず、故意に申告書を提出しないで税を免れる単純無申告ほ脱事案も対象になります。令和7年度に告発された事案には、架空の業務委託費や架空仕入れの計上、売上の申告除外、海外預金口座への不正資金の隠匿、消費税の不正還付などがありました。国税庁は金額による着手基準を公表していません。
マルサには逮捕する権限がありますか?
ありません。国税通則法に逮捕の規定はなく、国税査察官ができるのは質問・検査・領置と、許可状による臨検・捜索・差押えです。逮捕や起訴は、告発を受けた検察官などが刑事訴訟法にもとづいて判断します。
資料調査課(料調)が来たらマルサと同じですか?
違います。資料調査課は国税局の課税部に置かれた課で、その調査は国税通則法74条の2などにもとづく任意調査です。許可状による捜索や差押えはできません。
査察の調査を拒否するとどうなりますか?
許可状にもとづく臨検・捜索・差押えは拒めず、必要があれば錠をはずすなどの処分や警察官の援助も認められています。一方、131条の質問への回答は128条の罰則の対象ではありません。ただし偽りの説明や証拠の隠滅は、刑事裁判で不利な事情として扱われるおそれがあります。