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title: "ホーソン実験とは？足かけ9年の4つの実験と結果、メイヨーの役割と批判をわかりやすく"
url: "https://www.issoh.co.jp/column/details/9562/"
published: 2025-10-28
updated: 2026-10-12
categories: ["ビジネス理論・用語"]
publisher: "株式会社一創"
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# ホーソン実験とは？足かけ9年の4つの実験と結果、メイヨーの役割と批判をわかりやすく

ホーソン実験（ホーソン工場実験、ホーソン研究とも呼ばれる）は、米国の電話機器メーカー、ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で1924年から1932年（一部の実験は1933年初め）にかけて行われた一連の研究です。照明を明るくすれば作業能率が上がるかを確かめる実験から始まり、休憩や賃金の払い方を変える実験、約2万1千人への面接、作業集団の観察へと進みました。その過程で、作業能率は物理的な条件より職場の人間関係や仲間内の規範に左右されるという解釈が生まれ、人間関係論の出発点になりました。

この記事では、4つの実験それぞれの期間・人数・わかったことを、研究の公式報告書であるレスリスバーガーとディクソンの『[Management and the Worker](https://archive.org/details/managementworker00roet)』（1939年、Harvard University Press）の記述に沿って整理します。「足かけ何年か」という問いへの答え、エルトン・メイヨーが実際に果たした役割、のちに出された批判まで扱います。

## まとめ：ホーソン実験の期間・内容・結論の要点

- **期間**：日本の教科書や辞典が採る1924〜1932年を前提にすると、始まりと終わりの年を両方数える「足かけ」で9年、年の差で8年です。リレー組立実験の最終期（1933年2月まで）を含めれば足かけ10年になります。
- **4つの実験**：照明実験（1924〜1927年）、リレー組立実験（1927〜1933年）、面接調査（1928〜1930年・21,126人）、バンク配線作業観察（1931年11月〜1932年5月・14人）。
- **わかったこと**：照明の明るさと作業量に規則的な関係は見つからず、少人数の作業室では条件の変更とは別に生産量が長期的に伸びていきました。面接と集団観察からは、仲間内で決めた「1日の仕事量」が会社の基準より強く作業量を縛っていることが見えてきました。
- **メイヨーの役割**：ハーバード大学のメイヨーが加わったのは1928年で、実験の発案者ではありません。社内で研究を指揮したのはウェスタン・エレクトリック社のペノックらで、メイヨーは解釈と理論化、面接方法の指導で影響を与えました。
- **評価**：人間関係論とインフォーマル・グループの発見として教科書に残る一方、少人数のデータと解釈には後年多くの批判が出ています。「人間関係を良くすれば生産性が上がると証明した実験」とまでは言えません。

## ホーソン実験の舞台と実施期間

実験が始まった背景には、当時の大工場に広まっていたテイラー流の科学的管理法があります。作業を細かく分け、標準作業量を決めて能率を上げる考え方で、照明のような物理的な条件を整えれば能率が上がるはずだという前提に立っていました。

### ホーソン工場：シカゴ郊外シセロの巨大工場

ホーソン工場は、AT&T（ベル・システム）の製造部門だったウェスタン・エレクトリック社の主力工場です。ハーバード・ビジネス・スクールのベーカー図書館の資料によると、イリノイ州シセロの100エーカーを超える敷地で1905年に建設が始まり、1929年には4万人を超える従業員が働いていました。『Management and the Worker』は、研究が本格化した1927年の従業員数を約29,000人、国籍・民族的背景はおよそ60に及んだと記しています。

工場では作業ごとに標準作業量（社内では「ボギー」と呼ばれた）を決め、個人の達成度を週ごとに記録していました。賃金は集団単位の出来高給で、例えばリレー組立の通常部門では約100人の集団でまとめて計算していました。この仕組みは、後のリレー組立実験とバンク配線作業観察で重要な意味を持ちます。

### 実施期間は「足かけ9年」：8年・7年半との違い

ホーソン実験の期間は、資料によって「9年」「8年」と食い違って見えます。多くは同じ1924〜1932年を数え方の違いで表したものですが、どこを終わりとするかでも変わります。

| 数え方              | 計算                 | 結果     |
| ---------------- | ------------------ | ------ |
| 足かけ（両端の年を含む）     | 1924年〜1932年の暦年を数える | 9年     |
| 年の差              | 1932−1924          | 8年     |
| 照明実験開始〜バンク配線観察終了 | 1924年11月〜1932年5月   | 約7年半   |
| リレー組立実験の最終期まで    | 1924年〜1933年2月      | 足かけ10年 |

「足かけ」は、始まりの年と終わりの年をそれぞれ1年と数える数え方です。そのため「足かけ」と言うなら9年が正しく、「足かけ8年」は年の差の8年と混ざった言い方になります。例えば『最新心理学事典』（コトバンク収録）は「1924年から1932年まで8年間」と年の差で書いています。試験やテキストで「足かけ◯年」と問われたら、1924年と1932年を両方数えて9年と答えます。ただし、リレー組立実験には1932年3月1日から1933年2月8日までの第24期があり（作業者5人は全員が入れ替わった後）、これを含めると研究は1933年まで続いたことになります。統計的な再分析で知られるフランケとカウル（1978年）も、研究の範囲を1924〜1933年としています。

## ホーソン実験の4つの実験：期間・規模・わかったこと

研究は大きく4つの段階に分かれます。照明実験はウェスタン・エレクトリック社と米国学術研究会議（National Research Council）の共同研究として始まり、その結果を受けて社内で次の実験が組まれました。

| 実験        | 期間               | 対象        | 変えたもの・調べたもの     |
| --------- | ---------------- | --------- | --------------- |
| 照明実験      | 1924年11月〜1927年4月 | 3つの製造部門   | 照明の明るさ          |
| リレー組立実験   | 1927年4月〜1933年2月  | 女性作業者6人   | 休憩・労働時間・賃金の計算単位 |
| 面接調査      | 1928〜1930年       | 延べ21,126人 | 仕事・監督者への意見      |
| バンク配線作業観察 | 1931年11月〜1932年5月 | 男性作業者14人  | 条件は変えずに観察       |

### 照明実験（1924〜1927年）：明るさと作業量に規則的な関係なし

照明実験は、「照明の質と量が産業の能率にどう関係するか」を調べる目的で1924年11月に始まり、1927年4月まで2年半続きました。最初の冬は3つの部門で照度を段階的に上げましたが、能率は照度と連動せずに上下しました。次に、照度を24・46・70フートキャンドルと変える試験群と、16〜28フートキャンドルでほぼ一定に保つ対照群を別の建物に分けたところ、両群ともほぼ同じ幅で生産量が上がっています。3回目の試験では、試験群の照度を10から1フートキャンドルずつ3まで下げても、両群の能率はゆっくり上がり続けました。作業者が「手元がほとんど見えない」と訴えて能率が落ちたのは、3フートキャンドルに達してからです。研究者は照明以外の何かが作業量を動かしていると考え、条件をもっと細かく管理できる実験に移ります。

なお、この照明実験の記録は長く失われたと考えられていましたが、経済学者のレヴィットとリストが原データを見つけて分析し、2011年刊行の論文（2009年に作業論文として公開）で語り継がれてきた劇的な結果の型は記録と一致しないと報告しています。再分析の内容はホーソン効果の解説記事で扱っています。

### リレー組立実験（1927〜1933年）：6人の作業室で休憩・労働時間・賃金を変更

電話交換機に使う継電器（リレー）の組立作業で、女性作業者6人（組立担当5人と部品を配る1人）を選び、1927年4月25日から一般の作業場で基準となる生産量を2週間記録した後、5月10日に別室へ移しました。組み上げたリレーを落とすと紙テープに穴が開く装置で、1人ひとりの生産量を正確に測っています。この実験は1933年2月まで続き、ホーソン研究で最も長い実験になりました。

研究者は休憩の回数と長さ、終業時刻、週休2日などの条件を期間ごとに変えていきました。以下は『Management and the Worker』が詳しく記録した初期13期（1927〜1929年）の主な変更です。

- **期間III（1927年6月13日〜）**：賃金の計算単位を、一般作業場の約100人の集団から、作業室の5人の集団に変更。自分の働きが賃金に返りやすくなりました。
- **期間VIII（1928年1月23日〜）**：終業を30分早めた。この期間の1928年1月25日、態度が反抗的で生産量が落ちていた作業者2人を一般作業場に戻し、時間あたりの生産量が前任者と同程度の経験者2人と入れ替えています。
- **期間XII（1928年9月3日〜11月24日）**：休憩なしの週48時間という当初の条件に12週間戻した。
- **期間XIII（1928年11月26日〜1929年6月29日）**：休憩を再開し、初期13期の中で最も長い7か月続いた。

この実験は「条件を元に戻しても生産性が上がり続けた」と紹介されることが多いのですが、原典の記述はもう少し細かいものです。期間XIIについて『Management and the Worker』は、作業者5人のうち4人の時間あたりの生産量は下がった一方、週の総生産量は過去最高になったと書いています。週の総生産量が伸びた背景には、直前の期間XI（週休2日の実験）から労働時間が週48時間に戻ったことがあります。時間あたりの能率が全員で上がり続けたわけではありません。

賃金の効果を切り分けるため、1928年からは5人単位の出来高給だけを導入した「第2リレー組立グループ」と、賃金の払い方は変えずに別室に移した「雲母剥離作業室」（1930年9月まで）の比較実験も行われました。原典は、リレー組立作業室を「集団」の話、雲母剥離作業室を「個人」の話とまとめています。研究者はここから、作業室で生まれた仲間意識と監督のやり方の変化が生産量の伸びに関わったと解釈しました。

### 面接調査（1928〜1930年）：21,126人と聞き役に徹する面接への転換

作業室の女性たちが「監督のされ方が変わった」と話したことから、会社は従業員の意見を広く聞く面接を始めました。件数は1928年に検査部門の1,600人、1929年に作業部門の10,300人、1930年に各部門の9,226人で、合計21,126人です。

当初は質問項目を決めて聞く方式でしたが、質問が答えを誘導し、面接者が重要だと思う話題にしか答えが出ないという問題がありました。そこで1929年7月頃、従業員に話題を選ばせ、面接者は口を挟まずに聞く「間接的な方法（indirect approach）」に切り替えています。原典に収められた面接者の規則の第一は「話し手の話を、辛抱強く好意的に、ただし知的に批判的な態度で聞く」というものでした。ベーカー図書館の資料によると、平均30分ほどだった面接は90分から2時間に延びました。

面接の記録を読み進めると、従業員の不満は職場の物理的な条件だけでなく、家庭の事情や監督者との関係、職場での立場と結びついていることがわかってきました。不満の言葉どおりの事実を確かめるより、その人がなぜそう感じるのかを見るべきだという考え方は、この面接調査から生まれています。質問を固定しない面接の設計については[半構造化インタビューの解説](/column/details/6327/)も参考になります。

### バンク配線作業観察（1931〜1932年）：14人と「1日の仕事」の規範

最後の段階では、条件を一切変えずに作業集団をそのまま観察しました。対象は電話交換機の端子盤（バンク）の配線作業で、配線工9人・ハンダ工3人・検査工2人の計14人です。観察は1931年11月から、仕事が減って打ち切られた1932年5月まで6か月半続きました。

観察の前に部門の32人に面接したところ、22人が作業量に触れ、そのうち20人が「端子盤2台分の配線で1日の仕事」と答えました。会社の標準作業量とは別に、作業者の間で決まった量があったのです。配線工たちは、多く作れば標準作業量を引き上げられ、同じ賃金でより多く働かされるだけだと考えていました。生産量の多い日に配線した端子数を「ためておき」、少ない日に回して報告するなどして、報告上の生産量をほぼ一定に保っていました。

集団には、次のような暗黙の掟があったと原典はまとめています。

- 働きすぎない。やりすぎる人は「レート・バスター（rate-buster）」。
- 怠けすぎない。少なすぎる人は「チズラー（chiseler）」。
- 仲間に不利なことを監督者に告げない。告げる人は「スクイーラー（squealer）」。
- 偉ぶらない。検査工でも検査工らしく振る舞わない。

作業室の中には、前方の「クリークA」と後方の「クリークB」という2つの仲間集団があり、どちらにも入らない人もいました。作業者の間で遊びとして行われていた「ビンギング（binging）」が、作業量を揃えるための制裁の役目も果たしていたと原典は記しています。会社の組織図には現れないこうした集団が、インフォーマル・グループ（非公式組織）として後の組織論に引き継がれます。集団の圧力が個人の行動を揃える仕組みは[同調圧力の解説](/column/details/9592/)でも扱っています。

## エルトン・メイヨーの役割：1928年からの参加と実験の担い手

ホーソン実験は「メイヨーの実験」と紹介されることが多いものの、メイヨーが関わったのは、照明実験の開始から3年余りたった1928年からです。

エルトン・メイヨーは1880年にオーストラリアのアデレードで生まれ、クイーンズランド大学で哲学を教えた後、1923年に米ペンシルベニア大学ウォートン校の研究員として疲労と離職の研究をしていました。その学際的な研究に目を留めたハーバード・ビジネス・スクールのドナム学長が、人間関係の研究者として招いています。ウェスタン・エレクトリック社でリレー組立実験を担当していたペノック（G. A. Pennock）が、結果の解釈に困ってメイヨーに助言を求めたのが1928年でした。

『Management and the Worker』の謝辞によると、研究を最初から統括したのはペノックで、計画と監督にはパトナム、ライト、ディクソン（いずれもウェスタン・エレクトリック社）が加わりました。ハーバード側では、メイヨーの助手だったレスリスバーガーが面接の方法づくりを担い、ホワイトヘッドがリレー組立作業室の記録を統計的に分析し、1930年半ばから加わった人類学者のウォーナーが、バンク配線作業観察の方法論の多くを提供しました。

メイヨーの役割は、現場で実験を組むことより、結果に意味を与えることでした。1933年の著書『The Human Problems of an Industrial Civilization（産業文明における人間問題）』で、生産性を左右するのは労働者の心理と集団への帰属意識だという見方を打ち出し、講演や著作を通じて研究を世に広めました。研究全体の公式報告書である『Management and the Worker』（1939年）は、レスリスバーガーとディクソンの共著です。

## ホーソン実験の結論：人間関係論とインフォーマル・グループ

研究者たちがたどり着いた結論は、作業能率は物理的な作業条件より、従業員の気持ちや態度に左右され、その態度は個人の生い立ちや職場の人間関係によって決まる、というものでした。

### 人間関係論への展開：経済人から社会人へ

テイラー流の科学的管理法は、作業の科学的な分析や労使の協力も説きましたが、能率を引き出す手段としては標準作業量と出来高給などの賃金の誘因を重視していました。人を賃金で動く「経済人」として扱う管理だと、後に人間関係論の側から対比されます。ホーソン研究の解釈は、人は職場の仲間との関係や認められることを求める「社会人」だという見方を示し、これが人間関係論（ヒューマン・リレーションズ）として広がります。その後の動機づけ研究、例えば仕事の満足と不満を別の要因に分けた[ハーズバーグの二要因理論](/column/details/8849/)なども、この流れの上にあります。

### インフォーマル・グループ：組織図にない集団の規範

バンク配線作業観察で見えた、組織図にない仲間集団とその掟は、会社が決めた公式の組織とは別に、従業員が自然につくる非公式の組織として概念化されました。会社の標準作業量より仲間の決めた量のほうが強く守られたことは、集団が個人の行動を縛る力を示す例として、集団力学（[グループダイナミクス](/column/details/9346/)）の研究にも引用されています。

### ホーソン効果との関係：実験から生まれた言葉

「観察されていると自覚すると人の行動が変わる」というホーソン効果は、この研究から名前を取った言葉ですが、実験の時代にはまだありませんでした。語が使われ始めたのは1950年代で、研究者自身の結論もホーソン効果そのものではなく、人間関係と集団の規範にありました。言葉の由来や、効果が本当にあるのかをめぐる議論はホーソン効果の解説記事で詳しく整理しています。

## ホーソン実験への批判：データの規模と解釈の見直し

ホーソン実験は、経営学や組織心理学の教科書で「人間関係の重要性を証明した実験」として紹介されてきました。一方で、1960年代以降、データの扱いと解釈に疑問が出され続けています。

### リレー組立実験の限界：5人のデータと作業者の入れ替え

リレー組立実験の作業者は5人で、そのうち2人は途中で入れ替えられています。入れ替えの理由は、2人の態度が反抗的で生産量が落ちていたことでした。会社は前任者と同程度の生産実績を持つ人を選んだとしていますが、反抗的な作業者を外したこと自体が残りの作業者への管理の締め付けとして働いた可能性があります。少人数の実験で人の入れ替えと管理の変化が重なると、その後の生産量の伸びを人間関係の改善だけで説明することはできません。

リレー組立実験の5年分のデータを統計的に分析したフランケとカウル（1978年）は、生産量のばらつきの大半を、作業者の入れ替えによる管理の締め付け、大恐慌による経済的な不安、原材料の質で説明できるとしました。こうした再分析の数字は、前述のホーソン効果の解説記事にまとめています。

### リレー組立実験の通説と原典：時間あたり生産量の低下

批判は外部の研究者からだけではありません。前述のとおり『Management and the Worker』自身が、期間XIIで時間あたりの生産量は5人中4人で下がったと書いています。リレー組立作業室では5人単位の出来高給も同時に導入されており、原典も賃金の効果を切り分けるために比較実験を組んでいます。「条件を戻しても生産性が上がり続けた」「賃金ではなく人間関係が効いた」という一般的な要約は、原典が示したデータより単純化されたものです。

## 現代の職場への示唆：傾聴型の面談と非公式な作業量の規範

ホーソン実験の価値は、「人間関係を良くすれば生産性が上がる」という結論より、研究の途中で見つかった2つの具体的な観察にあります。

- **聞き役に徹する面接**：質問を決めて聞くと、答えは聞き手の関心に寄ります。1on1や従業員面談のうち本音や不満を聞き出すことが目的の場面では、話題を相手に選ばせ、途中で口を挟まないという1929年の方法転換が参考になります。目標の合意や業務の確認が目的の面談とは分けて設けるほうが、聞き役に徹しやすくなります。
- **会社の基準と仲間の基準のずれ**：バンク配線の作業者は、会社の標準作業量ではなく「2台で1日の仕事」という仲間の基準に従っていました。多く作れば基準を引き上げられるだけだと受け止められている職場では、評価制度を細かくするだけでは、報告される数字が実態より揃う可能性があります。数字が不自然に一定なら、まず従業員がその制度をどう受け止めているかを聞くべきです。

反対に、懇親会やサークル活動を増やせば生産性が上がるという根拠として、ホーソン実験を引くのはお勧めしません。実験で生産量が伸びたリレー組立作業室では、賃金の計算単位、作業者の顔ぶれ、休憩と労働時間が同時に変わっており、仲間意識だけの効果は取り出せていないからです。集団で働くときにかえって手を抜く現象も知られており、その条件は[社会的手抜きの解説](/column/details/9567/)で実験データとともに整理しています。

## よくある質問

### ホーソン実験とは簡単に言うと何ですか？

1924年から1932年（一部は1933年初め）にかけて、米ウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で行われた、作業能率を左右する要因を調べる一連の研究です。照明や休憩などの条件を変えても作業量が条件どおりに動かなかったことから、職場の人間関係や仲間内の規範が能率に影響するという解釈が生まれ、人間関係論のきっかけになりました。

### ホーソン実験は足かけ何年行われましたか？

一般的な答えは足かけ9年です。照明実験が始まった1924年と、バンク配線作業観察が終わった1932年を両方1年と数えると9年になり、年の差で数えれば8年です。ただし、リレー組立実験の最終期は1933年2月まで続いており、これを含めると足かけ10年になります。

### エルトン・メイヨーはホーソン実験で何をしましたか？

1928年から研究に加わり、結果の解釈と理論化を担いました。助手のレスリスバーガーとともに面接調査の方法を指導し、1933年の著書『産業文明における人間問題』で人間関係論の考え方を広めています。実験を発案し現場で統括したのは、ウェスタン・エレクトリック社のペノックらです。

### ホーソン実験でわかったことは何ですか？

照明の明るさと作業量の間に規則的な関係が無かったこと、従業員の不満は職場の条件だけでなく家庭や人間関係と結びついていること、そして作業者の間に会社の基準とは別の「1日の仕事量」の掟があり、それが生産量を縛っていたことです。後者はインフォーマル・グループ（非公式組織）の発見として知られます。

### ホーソン実験にはどんな批判がありますか？

リレー組立実験は作業者5人の少人数で、途中で2人が入れ替えられており、賃金の払い方も同時に変わっていたため、人間関係の効果を取り出せていないという批判があります。照明実験の原データを分析した研究では、語り継がれてきた劇的な結果の型が記録と一致しないことも報告されています。

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出典: [ホーソン実験とは？足かけ9年の4つの実験と結果、メイヨーの役割と批判をわかりやすく](<https://www.issoh.co.jp/column/details/9562/>)（株式会社一創）
