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title: "三方よしとは？読み方・意味と近江商人の原典、1988年生まれの造語である理由"
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published: 2025-09-29
updated: 2026-10-12
categories: ["ビジネス理論・用語"]
publisher: "株式会社一創"
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# 三方よしとは？読み方・意味と近江商人の原典、1988年生まれの造語である理由

三方よし（さんぽうよし）とは、売り手・買い手・世間の三者がそろって満足する商いを理想とする、近江商人の商売の精神です。ただし、江戸時代の近江商人がこの四文字を唱えていたわけではありません。言葉そのものは昭和の研究から生まれています。この記事では、読み方と意味、原典である宝暦4年（1754）の家訓、造語として広まった経緯、伊藤忠商事が2020年に企業理念へ据えた背景、そして四方よし・六方よしへの拡張までを一次資料に当たって整理します。

## まとめ

先に結論を押さえます。

- 三方よしの読み方は「さんぽうよし」。売り手よし・買い手よし・世間よしの三者が満足する商いを指し、東近江市近江商人博物館はこれを「共存共栄の精神」と説明しています。
- 「三方よし」という表現自体は歴史用語ではありません。近江商人研究者の小倉榮一郎氏が1988年の著書で用いた造語で、1990年代にメディアと講演を通じて広まりました。
- 理念の原典は宝暦4年（1754）、五個荘の麻布商・中村治兵衛宗岸が15歳の養嗣子に遺した「宗次郎幼主書置」全11か条とされています。
- 「世間よし」は慈善ではなく、他国で商いを続けるために地域経済へ貢献するという実利の条件でした。伊藤忠商事の公式説明もこの起源を採っています。
- 四方よし・五方よし・六方よしに統一された定義はなく、4つ目以降に何を足すかは提唱者ごとに違います。

以下、読み方と意味から順に、原典と造語の成立、企業での使われ方まで見ていきます。

## 三方よしの意味：売り手・買い手・世間の三者が満足する商いの条件

東近江市近江商人博物館の説明では、三方よしの意味は「商いというものは、売り手も買い手も適正な利益を得て満足する取り引きでなければならない。そして、その取り引きが地域社会全体の幸福につながるものでなければならない」という共存共栄の精神です。

- 売り手よし：適正な利益を得て、商いそのものを続けられること。
- 買い手よし：価格と品質に納得し、買ったあとに満足が残ること。
- 世間よし：その取引が地域社会の幸福につながること。近江商人にとっては商いを続けるための条件でもありました。

ここで効いているのは「適正な利益」という限定です。売り手が損を被る取引も、買い手を犠牲にした高利も、どちらも三方よしではありません。売買当事者の合意で完結するウィンウィンとの違いは、取引の外側にいる第三者、つまり世間を評価軸に入れる点にあります。自社と顧客が納得していても、その過程で地域の環境や雇用を損なえば条件を満たしません。

### 読み方は「さんぽうよし」：三方良し・さんぼうよしという表記ゆれ

読み方は「さんぽうよし」です。「さんぼうよし」と濁って読まれることもあり、辞書サイトの見出しには「サンボウヨシ」が採られている例もあります。表記は「三方よし」「三方良し」「3方よし」が混在しますが、東近江市近江商人博物館や伊藤忠商事の企業理念など、発信元が近江商人に近いところでは「三方よし」とひらがな交じりで書かれています。社内文書や理念で使うなら、この表記に揃えておくのが無難です。

### 英語表現と言い換え：伊藤忠商事の公式英訳は good for all three sides

英訳の実例として参照しやすいのが伊藤忠商事の英語サイトです。同社は企業理念を Sampo-yoshi と表記し、丸括弧で Japanese for "good for all three sides": good for the seller, good for the buyer, and good for society と説明しています。三要素も urite-yoshi、kaite-yoshi、seken-yoshi とローマ字のまま。Bloombergとのタイアップ記事の表題も「The Japanese Secret to Business Longevity: Sampo-yoshi」で、訳語へ置き換えず日本語音を前面に出す方針が一貫しています。日本語の言い換えなら「共存共栄」が意味の重なりの大きい語で、近江商人の行動哲学として伝わる「陰徳善事」「利真於勤」も近い方向を向いています。

## 「三方よし」は昭和63年生まれの造語：博物館が歴史用語ではないと明記

この語の来歴は、一般に流通しているイメージとかなり違います。東近江市近江商人博物館は公式サイトで次のように書いています。「『売り手によし、買い手によし、世間によし、三方よし』という表現自体は、歴史用語ではなく、近江商人研究においては、昭和６３年(1988)ごろ、近江商人研究者の小倉榮一郎氏によって用いられた、近江商人の到達した商いの精神を端的に表した造語です」。

博物館の記述は「昭和６３年ごろ」と幅を持たせていますが、初出とされる小倉榮一郎氏（滋賀大学教授）の著書『近江商人の経営』の刊行が1988年であることから、年は1988年と特定できます。この語が広まったのは1990年代に入ってからで、メディアと講演がその経路でした。近江商人研究の第一人者である末永國紀氏も、日経ビジネスの記事でこの経緯を説明しています。伊藤忠商事も自社サイトで、滋賀大学の宇佐美名誉教授の見解として「『三方よし』という表現は、近江商人の経営理念を表現するために後世に作られたもの」と紹介しています。造語であることは、当事者側が隠さず書いている事実です。

実務上の含意は小さくありません。理念のパンフレットや採用サイトに「江戸時代から400年受け継がれてきた三方よし」と書くと、事実として誤りになります。受け継がれてきたのは理念であって、言葉は昭和の研究成果です。書き分けるなら「近江商人が到達した商いの精神を、1988年に研究者が『三方よし』と言い表した」となります。

## 原典は宝暦4年の「宗次郎幼主書置」：中村治兵衛宗岸が養嗣子に遺した11か条

言葉は昭和のものでも、理念の出どころは特定されています。三方よしの原典とされるのは、宝暦4年（1754）に近江・五個荘（現在の滋賀県東近江市五個荘石馬寺町）の麻布商、二代目中村治兵衛宗岸が書き残した家訓「宗次郎幼主書置」です。宛先は15歳の養嗣子でした。条数は吉田實男『商家の家訓』（清文社）を引く資料が全11か条としていますが、「書置」と「家訓」を別の文書として扱う原典考証もあり、数え方には異同があります。

その内容は、他国へ行商に出たときは知っている相手も知らない相手も区別せず、その土地の人々が商品に満足することを優先し、高利を望まず「天道のめぐみ次第」と考えて商売をせよ、というものです。自分の欲を抑えるために神仏への信仰を持て、とも説いています。売り手の取り分を先に決めるのではなく、買い手の満足を先に置き、利益は結果として受け取る。近江商人の行動哲学として伝わる「利真於勤」、すなわち利益は勤めを果たした結果として受け取るものだ、という考え方と重なります。

年号と担い手まで押さえておけば、記事や社内資料で出典を示せます。1754年、五個荘の麻布商、宛先は15歳の養嗣子。ここまでが原典に紐づく事実で、「三方よし」の四文字はここには出てきません。

## 「世間よし」の原義：社会貢献ではなく、他国で商いを続けるための条件

三要素のうち解釈がぶれるのが「世間よし」です。現代の解説では社会貢献やCSRと同義に扱われがちですが、成り立ちはもっと即物的でした。

伊藤忠商事は企業理念ページの注記で、「三方よし」を「近江商人がその出先で地域の経済に貢献し、『世間よし』として経済活動が許されたことに起源があり、現代サステナビリティの源流ともいえるもの」と説明しています。近江商人は他国者です。よそ者が地元の商圏に入って商売を続けるには、その土地に落とす利益を目に見える形で示す必要がありました。橋や道の普請、寺社への寄進、飢饉時の施しは、善意であると同時に営業を継続するための条件だったわけです。

この読み方をすると、近江商人の家訓群がつながってきます。八幡商人・西川利右衛門の家訓「好富施其徳」は、富を得ることを肯定したうえで、その財産に見合った徳を社会へ施せと説いたものです。五個荘商人・松居遊見が座右の銘とした「奢者必不久」は、蓄えた富を私的な奢侈へ回すことへの戒めでした。世間よしは無償の慈善ではなく、事業を長く続けるための投資として設計されています。

## 三方よしを企業理念に掲げる実例：伊藤忠商事の28年ぶり改訂と近江発の老舗

三方よしを掲げる企業として最もよく引かれるのが伊藤忠商事です。近江商人の系譜を引く企業は繊維、流通、商社に広く残っており、それぞれ理念への落とし込み方が違います。

### 伊藤忠商事：1992年「豊かさを担う責任」から2020年4月の「三方よし」へ

伊藤忠商事は2020年4月1日付で、グループ企業理念を「三方よし」に改訂しました。それまでの企業理念は1992年に制定された「豊かさを担う責任」で、28年ぶりの改訂です。同社は1858年の創業で、初代伊藤忠兵衛が麻布の持ち下り行商から事業を始めています。

理念の根拠として同社が挙げるのが、初代伊藤忠兵衛の言葉「商売は菩薩の業（行）、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」です。滋賀大学の宇佐美名誉教授はこの言葉を三方よしのルーツと位置づけています。中村治兵衛の家訓と同じく、こちらにも「三方よし」という四文字は登場しません。既存の言葉に後から名前が付いた、という順序をたどると理念の実像が見えます。

### 西川とたねや：創業1566年の山形屋と、年間300万人が訪れるラコリーナ近江八幡

寝具の西川株式会社は、初代西川仁右衛門が数え18歳で商売を始めた1566年（永禄9）を創業年と定めています。先に家訓「好富施其徳」を挙げた八幡商人の西川利右衛門とは別人です。1587年に近江国八幡町へ店を構えたのが本店「山形屋」の起こりで、1615年には近江八幡に本店を置きつつ江戸・日本橋へ出店しました。本拠を近江に残したまま他国へ出るという近江商人の型が、そのまま社史に残っています。

和菓子のたねやグループは、CEOの山本昌仁氏が『近江商人の哲学 「たねや」に学ぶ商いの基本』（講談社現代新書）で、三方よしと先義後利を自社の商売道として説明しています。同書によれば、本社機能を兼ねる「ラコリーナ近江八幡」は甲子園球場三つ分の敷地に田んぼや地元の雑草を残した造りで、融資の場で「なんで菓子屋が田んぼをやる必要があるんや」と反対されながら押し切った施設です。年間300万人近くが訪れています。世間よしを投資として実行した現代の例として、規模と来場者数が公表されており、理念が施設の設計そのものに反映された事例として参照しやすいものです。

## 四方よし・五方よし・六方よしに統一定義はない：4つ目の「方」は提唱者ごとに違う

三方よしの拡張版として四方よし、五方よし、六方よしという言い方が使われます。ここで注意したいのは、これらに定まった定義が存在しないことです。

四方よしは三方に「未来よし」を足す説明が多い一方、「作り手よし」を4つ目に置く用例もあります。五方よしは売り手・作り手・買い手・社会・未来の5要素で説明されます。六方よしを提唱したのは元国連職員の田瀬和夫氏で、三方に「作り手よし」「地球よし」「未来よし」を加えたものです。経営エッセイストの藻谷ゆかり氏が『六方よし経営』（日経BP）で地方企業の事例を通じて広め、これを「和のSDGs」と呼びました。要素の数が増えるほど、何を足したのかは提唱者に依存します。

そのため、社外向けの文書で「四方よしとは売り手・買い手・世間・未来のことです」と断定するのは避けたほうが安全です。使うなら、誰の定義を採ったのかを併記する。逆に、自社で4つ目を定義して発信するのは問題ありません。もともと三方よし自体が、研究者が後から言葉を与えたものだからです。

## CSR・CSV・ESGとの距離：「源流」と呼ぶときに崩れる部分

三方よしは[CSV経営](/column/details/5066/)や[ESG](/column/details/9693/)の源流として紹介されます。伊藤忠商事も「現代サステナビリティの源流」という表現を使っています。ただし、重ならない部分を押さえておかないと、社内で理念を運用するときにずれが出ます。

最も大きい違いは測定です。ESGもCSVも、開示指標と第三者評価を前提に組み立てられています。温室効果ガス排出量、女性管理職比率、共有価値の創出額といった数字が伴う世界です。三方よしにその仕組みはありません。世間よしが達成できたかどうかを判定する外部基準は存在せず、判断は経営者の内面に委ねられます。理念としては強く、KPIとしては働かない。ここを取り違えると、何をやっても三方よしと言える状態になります。

範囲も違います。近江商人の世間は、行商先の地域社会という具体的な空間でした。ESGが扱う地球規模の環境負荷や、サプライチェーン上流の人権は、当時の世間の外側にあります。事業の外部性まで責任範囲に含めるネットポジティブのような枠組みは、この差を埋めるために後から設計されたものです。[パーパス経営](/column/details/8310/)のように存在意義から事業を設計する枠組みと組み合わせるなら、三方よしは価値観の出発点に置き、指標側は別の枠組みで持つのが実務的です。

## 三方よしを掲げた企業理念が空文化する条件

三方よしは企業理念として使いやすい言葉です。反対しにくく、業種を選ばず、日本語として据わりがいい。だからこそ、掲げても機能しない状態に陥りやすい理念でもあります。

最も多い失敗は、世間よしを社会貢献活動へ切り出してしまうことです。本業は従来どおりに回し、寄付やボランティアを別枠で用意して世間よしと呼ぶ。近江商人の世間よしは行商という本業を続けるための条件でしたから、本業から切り離した時点で原義から外れます。判定は単純で、その活動をやめたときに本業の継続が危うくなるかどうかを見ればわかります。危うくならないなら、それは世間よしではなく広報予算です。

次に多いのが、売り手よしを従業員の犠牲で埋めることです。顧客満足と社会貢献を掲げながら現場の人件費と労働時間で帳尻を合わせる運用は、三方のうち売り手が欠けています。中村治兵衛の家訓が高利を戒めたのと同じ理由で、売り手が痩せる取引は続きません。

掲げるべきでない場面もはっきりしています。四半期業績の説明責任が強く、意思決定の評価軸を数値へ寄せている組織で、測定手段のない理念を単独で置くと、現場は既存のKPIだけを見ます。この場合は理念を[MVV](/column/details/9255/)の形に分解し、バリューの層で行動基準まで下ろすほうが機能します。理念の言葉を美しくすることと、意思決定を変えることは別の作業です。

逆に言えば、実装の入口ははっきりしています。世間よしを本業のプロセス指標に埋め込み、やめたときに売上が落ちる活動だけを世間よしと呼ぶ。売り手よしは利益率ではなく、労働時間と人件費が適正に確保されているかで点検する。この2点が動いていれば、三方よしは掲示物ではなく判断基準として働きます。

## よくある質問

### 三方よしの読み方は？

「さんぽうよし」と読みます。東近江市近江商人博物館も「三方よし」に「（さんぽうよし）」とルビを振っています。ただし「さんぼうよし」と濁る読みも残り、辞書サイトの見出し語は「サンボウヨシ」。表記は「三方よし」「三方良し」の両方が使われますが、近江商人の関係機関や伊藤忠商事の企業理念では「三方よし」が採られています。

### 三方よしは誰が言った言葉ですか？

「三方よし」という言葉を作ったのは、近江商人研究者の小倉榮一郎氏です。東近江市近江商人博物館は、この表現が歴史用語ではなく昭和63年（1988）ごろに小倉氏が用いた造語だと明記しています。1988年の著書『近江商人の経営』が初出とされ、1990年代にメディアや講演を通じて広まりました。江戸時代の近江商人自身がこの四文字を唱えていたわけではありません。

### 三方よしの原典となった家訓は何ですか？

宝暦4年（1754）に、近江・五個荘の麻布商である二代目中村治兵衛宗岸が15歳の養嗣子に遺した「宗次郎幼主書置」全11か条です。他国へ行商したときはその土地の人々が商品に満足することを優先し、高利を望まず「天道のめぐみ次第」と考えよ、という内容が含まれます。三方よしの理念が確認できる最古の史料とされています。

### 三方よしを企業理念に掲げている企業はどこですか？

代表例が伊藤忠商事です。同社は2020年4月1日付で、1992年制定の「豊かさを担う責任」から28年ぶりにグループ企業理念を「三方よし」へ改訂しました。近江商人の系譜を引く企業には、1566年創業の西川株式会社や、CEOが著書で三方よしと先義後利を掲げるたねやグループなどがあります。

### 四方よし・六方よしと三方よしの違いは何ですか？

三方よしに要素を足した拡張版ですが、統一された定義はありません。四方よしは「未来よし」を足す説明が多く、「作り手よし」を足す用例もあります。五方よしは売り手・作り手・買い手・社会・未来の5要素、六方よしは田瀬和夫氏が提唱した「作り手よし」「地球よし」「未来よし」を加えた6要素で、藻谷ゆかり氏の『六方よし経営』（日経BP）を通じて知られるようになりました。使う際は、どの定義を採用したかを併記してください。

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出典: [三方よしとは？読み方・意味と近江商人の原典、1988年生まれの造語である理由](<https://www.issoh.co.jp/column/details/9042/>)（株式会社一創）
